わんわんわんわん

 福沢は事務所の中でその目を瞬かせていた。
 ぱちぱちと瞬かせながら下に転がるもよを見た。誰もいなくなった探偵社の事務所の中にいるのは今は福沢一人の筈だった。他の者はもう全員帰ったはずで戸締りしたら帰ろうと福沢も思っていた。
 それにもかかわらず事務所の中にはもう一人今はいた。一人ではなく一匹と言った方が正しいのか。茶色い毛玉の犬。
 ポメラニアン化した太宰だった。
 太宰は小さな体でくうんと鼻をならして丸くなっていた。
 何処か怯えているような太宰を見て福沢はただ手を伸ばす。おいでとかける声。そのてを太宰は何処か苦しそうに見た。鼻を鳴らしてはおずおずと後ろに足が逃げていく。福沢の手は太宰に向けられ続ける。
 どれだけの時間が経ったのだろうか。
 時計の針が一蹴したんじゃないのかと思える時間を経って太宰の前足が一歩前に出ていた
 そしてぎゅっと福沢が広げた腕に飛び込んでくる。その体を抱きしめて福沢はふわふわの体を撫でまわしていた。勿論太宰が心地よいと思える触れ方であり、太宰はふにゃふにゃと蕩け初めくうくうくうと甘く鼻を鳴らし始めていた。
 その体を腕の中に収めて福沢は立ち上がる。もう一度事務所の中を確認し、そして事務所を後にしていた。

 歩きながらも福沢の手は太宰を撫で続ける。



 すみませんでした。元の体に戻った太宰からの第一声は謝罪であった。いつものことなので福沢は気にすることなくそう硬くなるなと柔らかく言っている。それでも太宰は気になるのか申し訳ありませんでしたとまた謝るのであった。気にしなくていいともう一度福沢が言うがでもと太宰が呟く。
 今回はいつも以上に気にしている様子の太宰に福沢もそれはそうかと頭を悩ませていた。ポメラニアン化したことをどうこういうつもりは福沢にはなく、ポメラニアンの太宰の世話を福沢は楽しくやらせてもらっている。むしろふわふわの太宰を甘やかすことで福沢が癒されているくらいだった。なので何一つ気にしなくていいのが福沢の考えではあるものの、ただ一つ気になっていることがあってどうもここ最近太宰がポメラニアン化する回数が多い気がしているのだった。
 あまり仕事も忙しくはなく本人にもストレスなどそんなに貯まっていなさそうな時ですらポメラニアン化している。今回などはポメラニアン化するつい先日に元に戻ったばかりだ。それだからこそ太宰の方もいつもより気まずげなのだろう。
 謝ったきり下をむいて黙ってしまった太宰を見る。見た感じ太宰の方も戸惑っているのを感じるが福沢は問いかけていた。
「最近何か疲れるようなことでもしているのか。もしくは嫌な相手ができたとか」
「そんなことはないんですけどね……。殆ど今までと変わらなくてこれが問題みたいなこともない筈なんですけど、なのにどうしてかポメラニアンになってしまうんですよね。
 社長にはいつもご迷惑かけてしまって申し訳ありません」
「迷惑とは思わないからいいのだが、何もなくポメラニアン化するとも思えないからそれは心配だな。もしかしたら知らず知らずのうちに何かがストレスになっているのかもしれない。少ししかできないが、お前のストレスの原因こちらでも探してみようと思う」
 真剣な顔をして福沢が言う。一拍遅れてから太宰はありがとうございますと小さな声で口にしていた。



 数週間後。太宰は資料集めのために訪れた病院でその目を丸くしていた。太宰の視界の先には福沢がいて、丁度病室に入っていくところだ。太宰がいる病院は数週間前に加害者と思われる男が来ていただけの所で普段探偵社が通っている所とは違う。そんな所に来ている福沢に何か途轍もなく重い病気でもかかえているのではないかと不安になって太宰は誰にもばれないようそっと盗聴器を仕掛けてきていた。そしてそれで福沢と医師の声を聴き始めた。


「それで私に相談というのは本人のことではないと言う事でしたが」
 ひとまず太宰は聞こえてきた言葉にほっとしていた。社長の事でないなら問題はないなと思いつつも盗聴は続行する。次に福沢が言った言葉は太宰には予測などできないだろうと思われる言葉だった。
 福沢はポメガバースの事についてなのですとそう言っていたのだ。盗聴器越し医師の驚いた声が聞こえてきたがそれはすぐに収まってなるほど何て言っていた。太宰は何がなるほどなのかと驚いている。
 ポメガバースのことについてなど医師に聞いても分からないと答えられるのが常識でそれぐらい福沢も知っている筈であったのだ。それがどうしてとイヤホンに触れてしまう。答えはすぐに分かった。
「先生はポメガバースについて研究していると聞いています。ですのでぜひともお聞きしたいのです」
 頼んだ福沢に医師は何でも聞いてくださいと答えていた。自分で教えられることなら何でも教えるとまで言っていた。
「それではその、お聞きしたいのはポメラニアン化する頻度のことについて何です。
 勿論、ストレスによるものが大きく頻度にはその者の環境が問われることはよく分かっているのですが、知人のポメラニアン化する頻度がおかしい気がして、もしからしたら悪い病気なのではないかと不安になってしまったのです」
「具体的には」
「はい。具体的には」
 福沢の声が聞こえる。真剣に今までのことを話していく福沢の声を聞いて太宰の耳はやたらと熱くなり始めていた。こんなこと今まで殆どなかったのに体が今は熱い気がしている。何だかぽかぽかと変な気分で太宰は一度目を閉じていた。
 福沢が話し終えて医師が悩む音が聞こえる。こんな問題医師でも答え何て出せないだろうと太宰は思っている。さっさと帰ってしまう方が楽ですよと心の中で念じていたがそれが叶うことはなく医師が福沢に質問までしてしまっていた。
「これまでポメラニアン化してきた時のことなども詳しく教えてもらっていいですかね。できれば些細なことも含めて話してほしいのですが」
「分かりました」
 また福沢が話しだしていた。思い出せる限りの記憶引きずり出しているだろう福沢のこと少しだけ分からなくなったが何だか暖かいものを感じてしまっていた。
 一通り話し終わって医師は暫く悩んでいた。そうしてから憶測ですがと前打って話し始めていた。
「もしかしたらで確証はないのですが、反動が来ているのかもしれませんね」
「反動ですか」
「はい。本来ポメラニアン化は止めるようなものではないですが、それをトラウマのため長い間止めてしまっていたと言うならそれまでなれなかった文の反動が来ている場合もあるんじゃないかと思いまして。
 まあポメガバースを研究していると言っても所詮この程度の話しか出てこないですし、ポメラニアン化を抑える薬などもないので何もできないんですが、解決にはまずポメラニアン化をたくさんするしかないのではないかと思いますよ。
 ポメラニアン化するのを恐れずポメラニアン化する。そして満足するまでもふられる。これを繰り返せば反動も落ち着いてくるのでないかと思います。無理ない範囲で世話してあげるようお願いします」
 医師の言葉が聞こえる。無理ない範囲でって今でも十分無理ある範囲のように思うけど。そう太宰は考えていたが、福沢の言葉は違っていた。聞こえてきた声は低いくせにとても穏やかな声だったのだ。
「あれを世話するのはとても楽しくやらせてもらっている。それだけでいいのであれば簡単な話だ。すこしほっともした。今回はありがとうございました」


その数日後。太宰は再びポメラニアン化していた。ひたすら撫でてくる福沢の膝の上。暖かさを感じながら太宰は安らかに眠りについている。
 



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