好きという気持ちが太宰にはよく分からないでいた。向けられたことはあっても向けたことはただの一度もない感情だ。
 まして恋愛的な意味でなんて一度もなく他人の気持ちであれば形として分かるのだが、自分の気持ちとなると何をどうしたら好きと言う事になるのかさっぱり分からないでいた。
 そんな太宰が最近よく考えるのはどうしたら好きになれるのかだった。
 福沢に抱くことはないと宣言されてから、太宰はではどうしたらと考え、好きになればいいのだと結論を出した。好きになれば福沢に抱いてもらえる。抱いてもらえれば自分の体に夢中にさせることができた。夢中にさせて離れさせなくなることができる。社長が縋りついて私を求めるような……。そんな風に。
 そうしたら手に入れた優しさを失わなくて済むのだ。
 そのために福沢を好きになろうとしたが、太宰には好きが分からずその計画がうまく進まなかったのだ。
 ありとあらゆる書物を集めて好きについて研究した。それでも答えが出てくることはなかった。太宰にとって好きという気持ちは難しすぎるものだった。日がな一日そればかり考えて、その事ばかり気にしているような毎日だった。ろくな仕事もないような毎日で、国木田がいつも怒っていたが太宰が気にすることはなかった。
 福沢がどうかしたのかと問いかけてくる時もあったがそれに答えることもなかった。一人悩み続けるだけの日々。
 その間にも女の子のふりをして福沢に会う時もあったが福沢はいつもと変わらず優しいまま。太宰を抱くようなことは決してなかった。
 会うのはいつも福沢の家。他に誰もおらず、問題になるようなことさえないと言うのに、太宰がどんな刺激的な格好をしてもその強靭な精神でもってやり過ごしてくる。
 抱いてと願っても叶えてさえくれなかった。
 駄目だ。貴殿をいつか悲しませるかもしれない。そんな行為はできないとそんな風に断ってくるのだ。
 そこにあるのは純粋ないたわりだけで太宰は恐ろしくも嬉しくもなるのだった。

 恋をしたことがあると何人かに聞いたことがあった。
 他人の恋心を自分に当てはめようとしたのだが、悲しいかな探偵社社員で恋をしていると答えたものはほとんどいなかった。例外はいた者のあてにならない恋。恋について分からないまま。
 太宰のそんな動きが探偵社内で不気味に映ることはなかった。もうすでに社長が恋をしていると言う話が広がっており、その話題の中の出来事であると認識されているようだったのだ。ただ一人納得しないものと言うものももちろんいるもので、それは寄りにもよって福沢だった。
 太宰に何かある度どうかしたのか。何かあれば相談に乗るぞと聞いてくるのだった。まさか恋をしたい本人に質問することもできずいつも中途半端に濁していた。
 心配していると伝えてくる瞳から逃げるのが少しだけ辛かった。女の子の時は擦り寄ってその瞳を余すことなく受け取れるのが理由だろう。
 もっと触れられたらいいのになんてそんなことを思うのだった。
 太宰は恋が知りたくてだけど知ることができなかった。


 悩み続けたある日、太宰は福沢に聞いていた。
 好きとは何を基準に決めるのですか。どうやればわかるのですかと。悩んだ末福沢は答えた。その人の傍にどれだけいたいかではないだろうか。それを聞いた太宰はそれならと言っていた。
「私は貴方の事をとても好きなのではないですか」


 ぱちくりとみひらく銀の眼差し。薄く開いた唇。虚を突かれたような顔をしている福沢を見つめて太宰はもう一度言っていた。
「私は貴方のことをとても好きなのではないでしょうか」
 沈黙が落ちる。福沢の家。居間に飾られた柱時計が時を刻んでいく。ちくたくちくたく。頭の中がそれで支配されそうなほどうるさく感じる。それとは別に鼓動も胸を占拠してなり喚いていた。
 暫くして福沢の口が動く。
「……何を言って」
「だって私は貴方の傍にいたいです。貴方の傍にずっとずっといたい」
 福沢の目を真っ直ぐに見て太宰は言葉を紡いだ。それでは駄目なのですかと福沢に問いかける。薄く開いた福沢の口がわななきそれからそっと息が吐きだされていた。駄目だとそんな声が聞こえてくる
 何故ですかと太宰は福沢に聞く。すがるような形になっていた。
「お前は傍にいたいのではない。ただ優しくしてほしいのだろう。分かっているから」
 福沢の言葉は優しくだけどゆっくりと拒絶している。そんなことはないと呟くけれど、その声は弱弱しいものになってしまっていた。太宰が見つめる先で福沢はそっと微笑んでは太宰のほほを撫でてきていた。
「大丈夫。お前が望んでくれる限り私はお前に優しくしていく。ここにいるから」
 穏やかな声。そんな声で優しく諭されても太宰は納得することまではできなかった。違いますなんてそんなことを口にするけど、福沢は違わぬとそう言ってきていた。
 銀灰の目が少し悲し気に顰められてそれでも優しく福沢の手は太宰を撫でていく。
「何となく最初から分かっていたのだ。お前が何を求めていたのか。
 きっとお前は普段今のような恰好をしたりはしないのだろう。その私に対しては最初からしおらしく悩みなどを打ち明けてきてくれたらそんなことも今までなかったのだろう」
 ふっと一つ息をついて話し出した福沢。その中身に太宰の目は見開かれていた。何で何てそんな言葉が出ていくのを福沢は目尻を少し下げたような顔でみている。微笑んでいるのだと思うが、悲しんでいるようでもあった。あまり変わらないはずの表情が今はとても豊かだった。
 図星である太宰はそれがとても怖い。
「なんでと言われてもあまり具体的には言えないが、何処となく違和感を覚えたと言うか……。お前の見た目はとても甘えなれてそうな格好で、仕草や話し方とかもそんな様子が伺えていたが、実際に私が触れたり少し優しくしたりするとほんのわずかに固まったり、緊張したりとして甘えることになれていないようなそんな感覚がしたんだ。
 それに話していると服装とかにも違和感を覚えてきて……。私はあまりファッションに詳しくないので当たっていないかもしれないが、お前の服装とお前の好みが合わない感じがどこかあってな。でも全体から感じるお前とはあっているような……。それで何となく演技しているのかなと思った。甘え上手な女の子を演技していて、本当はあまり甘えられてない。最初のころはぐいぐいくるから人付き合いが好きなのかとも思っていたが、誰ともそつなく付き合えそうだが、人との付き合いを何となく面倒に感じているのも感じ取れて……。
 それでもしかしたら誰かに甘えてみたかったのかなとそう思った。誰かに甘えてみたくていつもと違う格好をして街を歩いた。丁度私が助けたから私にすがってみたのかと。お前は甘えてみたかっただけで、私がそんなお前を甘やかした。
 そしてお前はその優しさをまだ私に求めているだけだ。優しくしてもらい続けたいと思っているだけ。そんな理由で付き合うなどと勿体ないだろう。
 もっと他にいい人はきっと見つかる。私は羽休めみたいなものだ。
 他の誰かが見つかってお前に私が必要なくなるまで傍にいる。この約束を違えたりしないからそれで安心してくれないか」
 呆然と太宰は福沢の話を聞いていた。途中途切れ途切れになって言葉を探していた長い話。それは最初から福沢をターゲットにしていたという以外は全部本当の話で、太宰は飲み込んだ後唇を噛みしめていた。
 話の間いつの間にか止まっていた福沢の手が再び太宰の頭を撫でてくる。優しいそれは甘やかす為のもので太宰はそんな手を睨んだ。
 誰かって誰ですか。そんな声が太宰から出ていた。
「誰かなんていなかったから私は貴方に縋ったんです。それを与えてくれた貴方とずっといたいと思うのは当然のことでしょう。なぜそこから好きになってはいけないのですか。どうしてそれを好きとは言ってくれないのですか」
 銀灰の目がわずかにだが揺れた。手が震えて唇が少しだけ開いていた。そんな福沢を太宰はじっと睨みつけた。
「好きとか正直私はほとんど分かりません。でも一つだけ分かっていることがあります。私は貴方が私に与えてくれたものが好きです。それが欲しい。他の人がいつか与えてくれるかもしれないものなんてそんなものはいりません。
 今現在ないものなんて夢見るだけ馬鹿らしいです。今あるものが欲しいし、今あるものが何より気に入っているのです。それ以外欲しくないです。これが欲しい。それでは駄目なのですか」
 太宰が福沢に問う。福沢の唇が少し歪んで、それでもゆっくりと首を振っていた。何でとまた太宰から咎めるような声がでた。睨む太宰の目はすがるような色をしていた。
 福沢から一つ深い吐息が出ていく。
「私はお前に言ってなかったが。武装探偵社という所で働いている。そこの社長だ」
 何を言われるのかと身構えていた太宰からははあとそんな声が出ていく。予想していた話とは全く違う話であった。どうしてそんなことを言われるのかと福沢を見る。福沢の目は真剣であった。
「もしかしたら聞いたことがあるかもしれないが、そこは軍関係の仕事を請け負う事もある危険な職場だ。今は殆ど現場仕事は社員に任せているとはいえ本当に大変な時は私も出張る。一週間以上仕事で缶詰めになる時もあるし、誰かに命を狙われるときも多くそう言う時はお前に遭うことはできないだろう」
 福沢を見ていた褪せた目が見開いてあっ。何てそんな声が落ちた。福沢の目が細まって太宰を見つめる。
 いつも迫力ある目とは違ったこれは本当に悲し気な目だった。
「お前が甘えたいと思った時、私は傍にいることができないかもしれない。傍にいることでお前にさらなる負担をかけるかもしれない。
 私は社長だ。いついかなる時も私情を優先するわけにはいかない。
 今はそんなときはまだ来ていないが、いつかお前に寂し思いをさせる時は来るだろう。だから私がずっとお前の傍にいるのは無理なのだ。お前は私のようなものでなくもっとお前を一番に考えて幸せにしてくれるものを探す方がいい。
 お前はとても寂しがり屋のようだからな」
 だから分かってくれと福沢はそう言った。
 話を聞いていた太宰は頷くように首を落としていたけれど、でもそのすぐ後に嫌ですとそう震える声でも言っていた。福沢の目元。深い皴がさらに深くなっている。それでも太宰はもう一度嫌ですと言っていた。
「それでも貴方がいいです。いつか寂しくなるから我慢しろなんてことができるほど人間って器用なものじゃないんです。
 そんな器用ならいつかなくすかもしれないと分かっているのに誰かに優しくされてみたいなんて思わないし、与えられたその優しさに縋って手放せなくなったりしません。形あるものはいつか失うなんてそんな当然のこと分かっていてそれでも欲しいなんて思ったりしません。
 もう何も手に入れたりしないって決めたのに、それでも手を伸ばしたりしません
 私はそんな器用にはなれないんです。器用だと思ってたのに何でもできると思ってたのにそれができない不器用なんです。
 だからそんな理由で諦めろなんて言われても無理です。
 私は貴方がいいんです。好きとか分からないけど貴方に優しくしてほしんです。それでは駄目ですか」
 見開いた福沢の目が見てきて、それから下を向いていた。長い前髪に隠されて福沢の表情が見えなくなる。唇が噛みしめられているのだけが見えていた。
 お願いですとすがるように口にする。
 きっと好きなんです。だからとそう言葉を重ねていく。どうしていいのか他に分からなかった。今まで経験した様々なことを思い浮かべるけど今直面しているようなことは一度もなかった。だからこそ欲しいと思ったのだけど、答えが分からないのは苦しい。
 お願いとどうしようもなくてそう口にする。
 はあああと深い吐息が福沢から聞こえてきた。少し動いた頭。髪の隙間福沢の目が周りの皴がくっきりと跡を残しそうなほど閉じられているのが分かる。もう一度長いと息を吐きだしていく。
 唇を噛みしめてから福沢は目を開けて太宰を見てきた。
「私とて、人の子。どれだけ我慢しようと好いているものにそのように縋られてはこの手を掴みたくなってしまう。それでもいいとお前は言うのか」
 銀灰の目が太宰を見る。福沢からは言葉が出ていた。太宰の答え何て既に決まっていた。
「それがいいのです。それが私の望みなんです」
 くそっと荒々しく言葉を吐き捨てた福沢が太宰を抱きしめてくる。後悔するなよなんてそんな言葉をらしくもなく口にする福沢に太宰は嬉しくて笑っていた。やっと欲しいものが手に入ったと福沢の背に手を回した。



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