「すまない。太宰」
 新年二日目の朝。朝と言っても昼近くの時間。朝食を食べ終え、少しのんびりとした後書道道具を取り出した福沢は一通りの準備を整えると隣にいた太宰にそう声をかけていた。
 少々めんどくさそうに福沢の動きを見ていただけの太宰は突然謝られて驚き、はいと首を傾けていた。どうしましたと聞く声は純粋に驚いている。それに対して福沢はもう一度すまないとそう言っていた。
「お前に謝らなくてはいけないことがあるのだが、今から書く今年の抱負だが」
「はあ、なんで今年の抱負で謝られるんですか?」
 福沢は言いながら黒い布の上に半紙を一枚敷いていた。文鎮を置いて硯の丘の部分に一滴の水を落とす。墨を手にする前にそれはと少しばかり重い声を出した。新年にはふさわしくない暗い声だ。
「お前を甘やかさないことになってしまったんだ」
 その声で福沢は太宰に告げた。
「はい」
 太宰の首は傾いて、目は丸く見開かれる。口は半開きになって美しい顔が台無しなほどの間抜けな顔だった。はいともう一度呟いてから太宰の目は福沢を見る。何と言いましたと問いかけられて福沢はすまぬとまた謝った。
「お前を甘やかさないことになった」
「…………」
 沈黙が続いた。目を見開いた太宰が何も言わず固まる。福沢は太宰が何かを言うのを静かに待っていた。太宰から目線をそらしながら耐えている。えっとと太宰の声が聞こえた。
「なんでそんな事言うのですか。私の事甘やかすの嫌になってしまいましたか」
 何処か不安そうな声。ちらりと太宰を見たら泣き出しそうにその目元を緩めていた。残念ながらそれは作られた顔であり、泣き出しそうな声も作られたものだが、内心はそんなものより不安になっているのは福沢にはちゃんと伝わっていた。それはそののと何とも言い難い声が福沢からでていく。
 苦虫をかみ潰しながら福沢はそう言うわけではないのだと太宰に伝えていた。
「嫌になどはなっていない。寧ろ許されるなら甘やかしていたい。が、これに関しては国木田に言われてしまって」
「はい? なんでそこで国木田君が出てくるんですか」
 太宰の首がますます傾く。えっとと戸惑いを含んだ太宰の褪せた目が福沢を見つめる。福沢はその目から目をそらしていた。
「……年末大掃除を行うのはわかるか」
「はい、それはまあ、私も多少はお手伝いしましたよ」
「そうだったな。助かった」
「否、この家に住んでますから当然です」
太宰は不思議そうにしながらも答えていく。その目がその日のことを思い出してにこにこしだしていた。そんな太宰に福沢の目は泳ぐ。よそを見ながらまあ、それでそのと歯切れ悪く口にした。
「その年末の大掃除、ここはお前にも手伝ってもらったが、お前の家の方はお前はしないだろうと思ったので私の方で行ったのだ。そしたら国木田たちとばったり会ってしまってな。私がお前の部屋の大掃除をしていると知って国木田が怒り出して……。何とかお前に対しての怒りは鎮めたのだが、私もお前を甘やかしすぎだ。少しは厳しくしてくれと怒りながら懇願されてしまって、これは聞くしかないなと……」
 太宰の目がまたも丸く見開いている
「……えっと、私の家の大掃除したのですか。何でです。私もうほとんど帰ってないのに」
戸惑う声。色褪せた瞳が己を見つめてくるのに福沢は耐えきれずその頬を掻いていた。
 わずかばかりそこは赤くなっている。
「まあ、そうだし今年も帰らないだろうとは思っているのだが、もしもと言う事もあるだろう。そんなとき埃まみれの家に帰ることがないようにと思って掃除をしに行ったのだ」
 福沢の声は早いものだった。声こそ小さいもののまくしたてるような勢いで、それを聞いていた太宰の頬もどんどん赤くなっていく。太宰まで俯いてしまいその顔を手のひらで隠した。
「……そうだったんですね。それは社長駄目ですよ。甘やかしすぎです。そんな甘やかしては駄目です」
 太宰から出ていく声。か細い声に福沢はちらりと太宰を見ていた。一拍遅れてそうかと福沢が頷くもののそれはほんの少しばかり色が違うものになっていた。頬は赤いままだが福沢は太宰を見て、口角を上げる
「そうは見えないがな」
 太宰の口角も上がっていて、蕩けるようにその目は下がっていた。なんともだらしないような喜びの顔を太宰は浮かべている。手のひらはより強く口元を隠した。
「だってそんなの聞いたら誰でも嬉しくなってしまいますよ。でも甘やかしすぎなのは確かですからね。
 仕方ないので社長の今年の抱負は私を甘やかしすぎない事ですね。国木田君に怒られるレベルでは甘やかしては駄目ですよ」
「ふむ。そうならないよう気をつけながら甘やかすようにしよ」
 ふにゃんふにゃと太宰が笑う。真面目腐った顔を一旦は作ったものの福沢も太宰と似たような表情を浮かべてしまっていた。




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