「お疲れ。それで収穫はあったのか」
 問いかければ太宰は満面の笑みでええと答えていた。誰がどうみてもご機嫌な様子にしか見えない。何時になく満足しているのが伝わってきて、福沢は眉を寄せながらも肩を落としていた。よかったとはいえないがそうかとは頷いた。太宰は楽し気な様子だった。
「ついでに依頼主も大喜びなのできっと色々つけた額支払われるはずですよ」
「何をしたんだ」
「うふふ」
 そんな姿で何やら物騒なことを口にし出して福沢の眉が少し動いた。じっと太宰を見る。太宰は楽し気なまま笑った。含みのある笑いに福沢からはため息が落ちていく。
「あまりひどい事はするなよ」
「私もそのつもりだったのですがね。中々のやり手……しかも嫌な奴の手を組みやがったので少々してしまいました」
 舌を出して笑う。相変わらず見た目にそぐわず中身は恐ろしい。もう一度福沢からため息が出ていた。
「一応探偵社は善良な会社になっているのだが」
「こちらが手を汚すことはないので大丈夫ですよ」
「まあ、よいか。死体が上がるようなことは止めてくれ」
「安心してください。あの男にもあの嫌な奴にもそんなことはしていませんよ。あくまで合法の範囲です」
それならばまあいいと福沢は一つ頷いた。福沢も自身で言っていたが一応である。多少ならば何とでもなるだろう。それよりと太宰を見る。今日の太宰はいつもよりずっとご機嫌である。これならばとおもい声をかける。
「そうだ。今日は私の家に来い」
 ふっと口元を上げて微笑むと太宰ははいと首を傾けていた。ええと戸惑ったような声が彼女から出ていく。
「もう終わりましたけど」
 ご機嫌だった顔が不機嫌なものになっていく。笑みが消えて小さく閉じた口が尖る。はあと出ていくため息。嫌だと言いたげな声。ジト目で見てくるのをじっと見ながら、それでも福沢は太宰に同じことを言っていた。
「仕事終わりの軽い祝いをしよう」
「今までしたことないでしょう」
 その後に続けたのに太宰の口はますます尖る。嫌そうな目で福沢を見てくる。どう足掻いても嫌だとその顔は言っているが、それでも福沢は諦めることなく声をかけていた。この様子なら押したら行けると分かっていた。
「今回だけな。私にとっては大変な仕事だったからな」
 太宰の目が細められる。不機嫌であるとその顔前面で口にしてくるがどこか芝居じみてもいた。褪せた色の目が僅かにそれて何処かを見る。
「うまい酒を用意してある」
「……行きましょう」
 太宰の目は本当に小さくだが見開いて、それで頷いていた。予定通りうまくいって福沢は口角を少し上げた。


 その日の夜、福沢の家を訪れた太宰の前には大量の料理が並べられていた。その中心にあるのは大きな蟹であった。その足の一本から身を取り出し食べていく太宰。じっと見つめた福沢がふっとその目元を緩めていた。
「うまいか」
 穏やかな声が問いかける。問われた太宰は福沢を見てほんの少しだけ眉を寄せいていた。んと眉間に皴を作る。
「そうですね。蟹にまずいものはないですね」
「そうか」
 答えながら太宰はもう一口食べた。口元もまた緩んでいく。はあと太宰からはため息が出ていた。
「ただ一つ言っておくと私は貴方をバカだと思っていますよ」
 口にしながらその目は福沢を見ている。
「うん? 何がだ」
「こんな高いものを用意する必要ないでしょう」
 分からないと首を傾けた福沢に太宰は目で目の前のカニを指し示した。机の上にどんとおかれた蟹は先ほどから太宰しか手を付けていなかった。福沢はその周りのものをちょこちょこと食べては太宰に蟹を勧めてくる。
「お前に喜んでほしいと思ったのが、駄目か」
「そういうこと事態をバカだなと思います」
「そうは言われでもな」
 福沢の声に何処か困ったような色が混じりもしたがそれだけだった。
「大切なもののことを喜ばせたくなるだろう。暫く共に食事をしていたがお前はあまり食べてくれなかったしな」
 真っ直ぐに福沢は太宰を見る。太宰はそれを受け取りながらまたため息をついていた。
「そんなに食べることが好きじゃないんです」
 言って太宰の口が一口また蟹を含んだ。顔はつまらなそうなものだ。
「食は生の基本。少しでも楽しんでほしい。好きな食べ物なら少しは楽しい気持ちになれるだろう」
 だからもっと食べろと太宰の皿の中に福沢がもう一本蟹の足を入れていた。食べ終わった殻を専用の皿に入れながら太宰の手が福沢のいれた蟹の足を手にする。身を取り出していく。
「よくわかりませんが、まあ蟹は美味しいですよ」
 一口太宰の口に蟹が入っていく。つまらなそうではあるがそれでも食べていく。そんな太宰に微笑んで福沢は酒瓶に手を伸ばしていた。
「酒を飲むか」
「はい」
 太宰のグラスに注いで自分のグラスにも注いでいく。


 しばらくしたころ、福沢は目の前にいる太宰を見た。机の真ん中にはまだ蟹が残っているがもう箸をつけられてはいない。太宰は口数が減り、何処かぼんやりとし眼で机の上をただ見ている。
 じっとそんな姿を見つめてから福沢は声をかけていた。
「酔っているのか」
 穏やかな声。少し目元を緩めて微笑む。ぼんやりとしていた太宰が福沢を見て眉を寄せた。
「別に酔っていませんよ」
「そうか」
「何ですか。また心配ですか
 これぐらいなら覚めるから大丈夫ですよ。意識もしっかりしていますし、何時でも動けます。なんなら今から仕事になっても大丈夫ですよ」
 はあとため息一つついて太宰は嫌そうに手を振った。ふわりと微笑んで福沢を見る。今にも立ち上がりそうなその姿を見て福沢は微笑みから一つその目を落としていた。
「そうか。それは残念だった」
 えっと太宰の口が開く。立ち上がろうとしていた体は動かずに福沢を見る。変化自体は少ないが悲し気だと伝わってくるような気がして太宰は眉を寄せる。開いた口を閉じる。
「泊っていけという口実が欲しかったから。酔っていないのは悲しい」
「なんで私が泊まらないといけないのですか」
 太宰の目が見開いていた。驚いた声が出ていく。
「泊ってくれたらいいなと思ったから」
「なんでそんな事」
「なんでだろうな」
「はぐらかすんですか」
 首をほんの少しだけ傾ける福沢。太宰からは不機嫌な声が出ていく。じっと半目で福沢をねめつける。そんな目をされても福沢は穏やかな様子であった。探偵社にいる時よりずっと穏やかな表情で太宰を見てる。
「そんなつもりはないが、私にもよく分からないから。ただそうあってくれたら嬉しいと思った」
「貴方変になっていませんか」
 答えた福沢を太宰は意味が分からないと切り捨てる。そうかと不思議そうに福沢が言うのをすぐにそうだと言っていた。
「まあ、馬鹿みたいに優しい人であるのはもう知っているから驚きませんが、それでも馬鹿だと思いますよ」
 どうしてしまったのですかとため息をつきながら太宰は問いかけていた。穏やかなままに福沢はその目元をほんの少しだけ寄せていた。ほとんど変わらないぐらいに口元が尖る。
「少し馬鹿と言い過ぎではないか」
「それぐらい馬鹿だからですよ」
 僅かに不満げな声が福沢から出たが、太宰はそれにもすぐに答えていた。福沢の目元がまた少し寄って太宰を見る。一度は下を見てからゆっくりと首を振っていた。
「ふむ。馬鹿のつもりはないのだがな」
「気づかないところが馬鹿なんですよ」
 やれやれとばかりに太宰はその首を振った。どうにかした方がいいですよとそう口にする太宰を福沢は見ている。見ながらその手を伸ばしていた。少し腰を上げて太宰に近づき、そしてその頭をゆっくりと撫でていく。
 ふわふわと触れていくのを太宰は見上げてまた目元を寄せた。はあとでていく。
「だから何で頭を撫でるんですか」
「私がこうしたいから」
 太宰に問われて福沢は微笑んで答える。頭を撫でるのは止めなかった。
「わけのわからないことを言わないでください。そう言う意味の分からない行動が私は一番嫌いなんですよ」
 太宰の眉が寄る。さらに嫌そうな顔になったがそれでも手は止まらなかった。褪せた目がちらりとなでる手を見上げるがそれを振り払う事もまたなかった。
 太宰は福沢を見ている。
「そうか。ではそうだな。
 好ましいから。お前が好ましいから」
 撫でながらさらに穏やかな表情をして答えた。太宰の表情が一瞬なくなって、目が左右を彷徨う。その後少しして不機嫌な顔に変わっていた。
「……どこでねじを落としてきたんですか」
 大きなため息とともに聞かれる言葉。別にどこにも落としてきてはいないと答える福沢を太宰はにらんでいた。


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