あ、おっさんがいる。
 太宰がその光景をみた時、真っ先にそんな言葉が思い浮かんだ。
 帰ってきた福沢の家、そこの居間にいたのはテーブルに片ひざをつき、片手に麦酒を持ちながらあたりめに齧りついている福沢だった。何処からどうみても仕事終わりのおじさんの姿にたまにあの人あんな時あるよなーー。と遠目からみてしまう。
 どうしようかな。と考えている横で何してるんだいと声が聞こえた。横をみれば遊びにきたのだろう与謝野の姿。あれをと太宰は福沢を指差した。
「ああ、おっさんがいるね。たく。あの様子じゃ夕飯も用意してないんじゃないかい。折角美味しいただ飯食べに来たのに。まあ、良いか
 社長」
 居間にはいった与謝野が福沢に声をかけた。麦酒を一気に飲み干していた福沢はごくりと最後の一滴まで飲んでから与謝野の方に顔を向ける。
「何だ。あたりめでも欲しいのか」
「せいかーーい。ついでに麦酒も欲しいんだけど」
「冷蔵庫に冷えているのがあるから取ってこい。ついでに私の分も頼む」
「はいよーー」
 上機嫌で与謝野が冷蔵庫のある台所に向かう。おっさんが二人に増えるな。そんな与謝野には言えないようなことを思いながら、ますます太宰はどうしようかと考えた。
 これは面倒くさいぞ。
 そう分かるのにどれを選ぶのがより面倒くさくなくすむのか考える。
 飲むか。飲まざるか。今日は久方ぶりに自分の家に帰るか。うーーんと考え込むのに今度は太宰と呼ぶ福沢の声が聞こえた。こいこいと手招きしてくる手。それをみた太宰はまあ、良いかと考えるのを止めて福沢の元に近付いていく。あと一歩のところでとまって太宰はわざとらしく頬を膨らませた。
「犬猫のように私を呼ぶのは止めてくれませんか。もっと愛情を込めて呼んでください」
「ん。それはすまぬ。おいで」
 あたりめを齧っていた福沢が太宰の言葉に持っていたあたりめを置く。手が太宰の元に差し出されるのに満足し、その腕のなかに太宰は潜り込んだ。福沢が齧っていたあたりめを当たり前のように手にしてかじりつく。福沢が新しいあたりめに手を伸ばした。
「人がちょっと麦酒取りに行った隙にイチャイチャしだしてるんじゃないよ。たく。これだから酔っ払いは」
 麦酒の缶を三本もって戻ってきた与謝野が二人をみて悪態をついた。一本を福沢に渡して二人とは反対側に座る。プルタブを開けて麦酒を一気飲みしだすのにおっさんだなと太宰はあたりめを齧りながら思う。ぷはぁと息を吐き出す与謝野の口元には白い髭ができていた。同じようにして麦酒を開けた福沢の口元にも髭がついている。
 ほらっと福沢から差し出される麦酒の缶。タブのあいているそれを太宰は一口飲んだ。喉をならしもう一口。あたりめを齧っている福沢に渡す。与謝野がもう既に二個目の缶のプルタブを開けていた。
「うわぁ」
 引いた声が部屋のなかに響いた。襖のところを見やれば今帰ってきたのだろう乱歩が凄い顔をして三人を見ている。
「夕飯ならまだないぞ。どこかで食べてきたらどうだ」
 乱歩を見るなり眉間部分に皺を寄せ嫌そうな顔をした福沢はすぐにそう言っていた。ちょっとと乱歩が声を上げる。
「何で僕にたいしてだけそんな反応なの! もうちょっと違う反応があるでしょう!」
「乱歩さんがお酒を飲んでたら色々言うからでは?」
「そうだよ。折角気分よく飲んでるときに横からやいやい言われたくないのさ」
「明らか飲みすぎだからでしょ!」
 あ、もうと声をあらげた乱歩が福沢の回りを指した。ついそちらを見ながらまあ、確かになぁと太宰は思う。福沢の回りにはもう既に五本以上の缶が転がっていた。それらに囲まれた福沢は気にせず麦酒を飲んでいる。缶を差し出されるのに太宰も飲んだ。
 一口飲んでから騒いでいる乱歩を見る。
「まあ、良いじゃないですか。社長の唯一の趣味みたいなものなんですから。好きにさせて上げては」
「そうそう。
 あ、でも唯一ではなくなってるか最近社長趣味増えたし」
「そうなんだよね。ストレス発散で飲みたくなる気持ち前ならまだ分かったけど最近はもう必要ないだろう」
 落ち着いてと言うために口にした太宰はその後の二人の会話に首を傾けた。何のことだろうかと考える。もしかして猫の餌やりなどのことだろうか。全く相手にされずしょげた挙げ句、酒を飲んでいるのをよく見かけるが趣味と言えば趣味だろう。そのときの姿を思い出しちょっと笑ってしまいながらでもこれではあるまいと太宰は何のことですかと二人に聞いた。
 二人の呆れた眼差しが太宰に向けられる
「あんたを甘やかすことだよ」
「お前を甘やかすことだよ」
 二人同時に言われたのに太宰はぽっかんと口を開けた。目を大きくしてそれからじわじわと頬を赤らめていく。もうと全く困っているとは思えない声が聞こえた。
 ふふと太宰が笑った。
「甘やかされていまーーす」
 すりすりと福沢にすり寄って舌をだした。えへへと笑う。
「……甘やかしては別にいないのだが」
 三人の会話を無言で聞いていた福沢がようやっと口を開いた。寝言は寝て言えと与謝野と乱歩の言葉がその口をまた閉ざさせる。麦酒を飲み干した福沢が逃げるように席を立った


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