探偵社で預かることになった子供はとても大人しい子どもであった。時折背筋が冷たくなるほどに大人しく自分からは何もしない子だった。言われても動かないことの方が多くて人のことも興味がないのか話を聞いている様子もなかった。
 自分の状況を把握しているのかどうかすら怪しく感情表現の乏しい子であった。
 どうしたらよいのかと戸惑いながら世話をしていた探偵社の者たちは状況になれ子供の様子をしっかりと観察して子供がおかしいことに気付き始めていた。根気よく子供に話しかけ、子供の様子をしっかりとみながら時折迷うように太宰を見た。
 太宰はというと自分が連れてきたと言うのに子供のことに関しては我関せずで周りができない分の仕事を黙々と片付けているだけであった。子供には声をかけることもなければ近づくこともなく、子供もまた太宰に近づこうとすることがなかった。
 どうしたらいいんでしょう。と敦が太宰に聞いたこともあったが私は知らないよ。どうにかしたまえと言うだけであった。その時の太宰は笑っているものの何処か恐ろしいものを感じさせて依頼太宰に子供について聞く者はいなかった。それでも太宰を見てしまう。
 太宰は竿の視線すべてを無視して子供について何かを言うことは一切なかった。探偵社に取って子供を拾ってからの一週間はとてつもなく長い一週間であった。
 どうしたらいいのか。どうにか子供に話してもらうことはできないのか。頭を悩ませ続けた。
 そんなとき、それは九に訪れた。
 その日太宰は探偵社にいなかった。依頼に出かけていた。その他にも谷崎や乱尾、賢治たちもそれぞれの依頼に出ていた。探偵社にいたのは敦や鏡花、国木田、与謝野の四人であった。
 子供が来てからというもの何かあった時のために大人であり比較的にも落ち着いている国木田と与謝野の二人が探偵社でお留守番をすることが多かった。与謝野に関しては与謝野にs化できない依頼が来ることあり、その時は出ていくが、国木田の仕事は太宰やその他調査員、それに福沢がカバーしてずっと事務所に詰めていた。書類仕事ははかどるもののこれでいいのかと彼は良く悩んでいた。
 その日もその日とて子供の姿を視界に収めながら頭を抱えていた。元はと言えばあの唐変木がと何度も恨み言を吐いている。そんな中で子供があーーあと声を上げ始めたのだ。傍で話しかけていた敦がぎょっとして子供を見、国木田も慌てたように子供の方に顔を向けていた。その時与謝野はいなかった。
 丁度昼の用意をしに行ったところだった。
 あーーう。ああーーと子供は口を何度か開けて話して暫くしてからその口を閉じた。どうしたんです。大丈夫と敦と鏡花が聞く。子供はじっと二人の顔を見ていた。三人の様子を注意深く眺めながら国木田は自身の机から立ち上がっていた。ひとまず近づいていく。子供は再び口を開けてあーう、あーーとうなる。それからまた口を閉じて、あつし、きょーかと二人の名前を呼んでいた。
 国木田の足が止まった。子供の目の前にいた敦と鏡花も固まっている。その目は丸くなっていた。
 子供が誰かの名前を呼んだことは今まで一度もなかった。驚き呆然としてしまう。そうしていると子供が再び二人の名前を呼んだ。
 数分の間が開く。子供は首を傾ける。あうとまた一つ唸った。
「敦、鏡花。あーー、どうしたの」
 大きな褪せた目が見つめ、そして首を傾けた。たどたどしい声。二人からの返事がないのにすぐに下を向いて地面を見つめる。あーーうとうねり、それから今度はおはようと言った。じっと二人を見てすぐに別の言葉を口にする。こんどはさよならだった。じっと二人を見る。
 二人は突然のことについていけず固まったままだ。そのままでそれで子供は仕事だと言った。依頼が来ている。ここに言ってくれ。すまない。ここなのですが、また自殺か。探しに行ってくれ。先ほど依頼人の方から。様々な言葉を子供が口にしながらその都度敦と鏡花を見ていた。
 いくつもの言葉を言いながら子供の首はどんどん傾いていく。あーーあーーと何度か声を上げては言葉を口にして、二人は暫くしてから困り果てて周りを見上げた。周りで働いていた事務員たちも全員三人の姿を見ていたが、見上げられれば慌てて視線をそらしていた。全員と惑うような目をして何度も首を傾けている。これはどういう事でしょうかとそう敦が問いかけるけれど誰も何も言えなかった。
 国木田がじっと子どもを見る。
 それで。何をしたいのだと子供に聞いていた。子供はくにきだをみてその口を閉ざした。首を傾け目が上を見る。舌に落ちたと思うと何がしたいのだと国木田と同じ言葉を口にしていた。ちらりと国木田を見上げる。見つめられた国木田が目を丸くした。はあと声が出ていく。子供の目はあっちこっちを泳いでいる。あーうと唸る。その姿に驚きながらも国木田はじっと見つめた。そしてその目を鋭いものにしていく。
「まさか言葉が分からないのか」
 えっと国木田の言葉に周りは固まっている。口にした国木田事態信じられないと子供を見ている。子供は国木田をまたじっと見て、そして少しした後たどたどしい声でまた国木田と同じことを口にしていた。褪せた目がじっと国木田を見ている。
 その瞳の中の国木田が大きく目を見開いて、そして何故それをと言いかけ口を閉ざしていた。はああと深いため息をついている。
 国木田の鋭い眼差しが子供を見た。
 敦や鏡花、その周りはそんな国木田と子供を見ている。
 子供は俯いていて、その目はまたあちこちを彷徨っている。そうかと思えば一点をじっと見始めた。分かるとそんな言葉を口にした。分かる分からないと何度も苦にして、それで・……不意に国木田を見上げる。
「分からない。……あーー、う、あーー。分からない。言葉分からない」
 子供の目が国木田を映して、周りにいる敦や鏡花も映していく。分からないともう一度言う。しんと事務所は静まり返る。
 暫く誰もその場を動くことができなかった。子供が不安そうにしていく。あ、えっと敦から声が出ていく。それで国木田を見ていた。どうしたらと情けない声が出ていく。見られた国木田は困ったように子供を見る。
「どうしたらといっても」
 戸惑っている国木田。子供からめをそらせないでいた。こどもはそれぞれ不安そうに見ていく。口を開けては何かを言おうとして、口を閉ざす。俯いたり、周りを見たりしていた。どうにも動けない現状を変えたのは与謝野であった。
 昼食で来たよとやってきた与謝野は事務所の状況を見ると目を丸くして周りを見渡した。そして何をしているんだいと聞いてきた。
 それが周りにいた事務員が小さな声を出しては国木田や与謝野、子供を見る。
「その、あの子言葉が分からないみたいで」
「は」
 子供を見ながら伝えると与謝野の口が大きく開く。間の抜けた声が出ていく。分からないってどういうと言いながら国木田を見るが、国木田は頭を抱えてどうしていいのかとそう見つめ返すだけだ。あーーと与謝野が子供を見て、それで、
 懐から携帯を取り出していた。ぷるるとなる機械音
「社長。問題が発覚したんだけど今すぐ帰ってきてくれないかい。今すぐ。
 太宰が連れてきたあの子、言葉が分からないそうなんだよ」


 その後与謝野と国木田を筆頭にして、子供に色々話しかけて子供が本当に言葉を分かっていないことを確かめた探偵社は、福沢が帰ってきた後に会議を開いていた。その会議では子供の教育方針について話し合っていた。
 とにもかくにもまずは言葉を習得させないといけない。その後も子供の様子をみながらしかるべき教育をしていくべきだろう。やたらと大人しいのは何もわかっていないからだろうから、今後は子供の様子をよく見ながら何か気になる者があるようなら教えたり、触らせたりして自発的な行動ができるようにしていこう。そんな風に話し合いはまとまった。
 探偵社の社員そのほとんどが会議に出ていた中で、一人太宰だけは会議に出ていなかった。
 明らかに太宰は子供を避けているようで、自分は子供とは関係ない。子供にはかかわらないとしていあ。会議のある間も一人外にでて、外での仕事を終わらせていた。そんな太宰に声をかけたのは国木田であった。
 仕事の後、探偵社に戻ってきた太宰に声をかけ、そして太宰を外に連れ出していた。人がいないその場で国木田は凄い力で太宰を壁に押し付けていた。おいという声は何処までも低い。
「お前本当にあれはお前の子じゃないんだろうな。もし、もしお前の子供であれば俺はお前を」
 鋭い真名罪で睨みつけられる。太宰は口を閉ざして国木田をじっとみつめていた。壁にごりごりと体を押し付けられながら太宰ははあとため息をつく。褪せた目はとても冷たい色をしていた。
「だから言っているだろう。あの子は私の子供ではないよ。私が作ったわけじゃない」
 冷たい声が言葉を紡ぐ。凍えた冬の夜の冷たさよりもずっと冷たい声。どっと背筋が震えそうだった。気おされながらそれでも国木田は太宰おw睨みつけた。本当だろうなと確認する。太宰は舌打ちを打った。そうだと言っているだろうと答える。それでもういいかいと国木田の腕を払っていた。
 立ち去るかと思った太宰は立ち去ることはなかった。振り払ったまま立ち尽くしてじっと国木田を見ている。その目は笑っているようで笑っていなかった。悩んでいるようにも見える。
「あの子供はずっと幸せ者だよ。こんな風に怒ってくれる人がいるのだからね」
 そんな声を口にしていた。えっと国木田が太宰を見る。どういうことだと聞こうとしたがその前に太宰は笑っていた。今度はいつもと同じ笑顔だった。
「じゃあ、私はこれで」
 今度こそ太宰は去っていく。


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