その数日後、福沢は自身の家で太宰が唇を尖らしている姿を見ていた。その前には夕食が並んでいる。
「仕事の調子はどうだ」
「良い感じですよ」
 食べる気もなさそうに箸でつついている太宰に問いかければ、とても簡潔な答えが返ってくる。詳細を教えるつもりはまだないのだろう。福沢もそれを聞くつもりはなかった。何処まで進んでいるのか気になるところではあるが、聞いたところでどうにかなることでもない。それより太宰の様子をじっと見て問題がないかだけはしっかりと確かめておきたかった。
「そうか。嫌な思いはしていないか」
「別に大丈夫ですよ。まあ、依頼主の思わず性癖を知ってしまい驚いてはいますが
 よくあんな性癖を持っていたのに依頼できましたよね。自分では特殊な性癖と分からないものなのでしょうか」
 太宰はいつもと変りない。いつもと同じで福沢が問うのをめんどくさそうにしている。少し不満げにも見える。そうかと思えば途中何かを思い出したのか愉快気に口元を歪ませて笑っていた。太宰が言うのを聞いて福沢は少しだけ眉を寄せてしまった。そんな反応も含めて面白そうにして太宰は問いかけてくる。ことりとわざとらしく傾けられた首。
「どんな性癖なのだ」
「聞きたいのですか」
「いや、いい。今だけですでに頭が痛い」
「ふふ。きっと目をひん剥いた上に泡を吹いて倒れますよ」
 何を言えばいいのか分からなくて福沢が逆に問いかけてしまった。それを分かっていたのか太宰は余計笑っていた。にやにやとした笑み。あまりいい予感はせず福沢は首を振った。くすくすと笑う声が響く。
 悪戯好きの子どものような目をして見てくる。
「社長も気を付けてくださいよ。何の性癖もないと思っていたら実はやばい性癖で恋人にひかれるなんてよくありますから。まあ、前抱いてきた時はそんなやばい性癖持っていなさそうでしたが」
 何と答えていいのか分からず福沢は口を閉ざした。おくれてそうかとか細い声が聞こえてくるぐらいだった。そんな反応からあまりこの手の話をしたくないことが分かってくれたらいいのに太宰は分かってくれず話は続いた。分かっているからこそ続いたのかもしれない。
 どちらなのかは福沢には判断できなかった。
「ええ、ノーマルだと思いますよ。すこしねちこかったですが」
 太宰の口の端が上がっている。福沢はもう答えなかった。太宰から視線をそらしてしまう。楽しげな笑い声が耳に届いていた。
「さっさといれてだしてしまえばよかったのに」
 にっこりと笑いながら太宰は言った。だがどこか吐き捨てるような感じがあって、福沢は顔を上げていた。じっと太宰を見る。笑っているがなんとなく不安になるような笑い方でだから福沢は閉じていた口を開けてしまう。
「傷つけたくはなかったから」
 小さくだが太宰の目が見開いていた。それからその口がそっと息を吐きだしている。ため息をつきながらも不安を感じた何かを残している。
「私はあんなものはすぐにいれてすぐに出される方がいいですけどね。仕事も何もあっさり終わってくれた方がいいでしょう」
「そうかもしれないな」
 太宰は笑う。ねえと同意を求めて思わず頷いてしまいそうな明るさを持った笑み。眉を寄せながら福沢は頷いていた。言いたい事はあるものの分からなくはない言葉だった。確かにそうしたいと思えるだろうと太宰を見つめる。
 言いたい言葉が浮かんできたけどそれは飲み干していた。今の太宰には意味がないだろうと唾とともに飲み込んだ。が太宰は何かに気付いたようで福沢にどうかしたのかと問いかけてきていた。
 緩く首を振り何でもないと福沢は言った。
 じっと太宰の目は見てくる。その目から逃れるため、そして自分の中で湧きあがった思いを抑えるため、福沢の手は太宰に伸びていた。そして太宰の頭を撫でていく。
 ふわふわと振れる。褪せた目が大きくなっていた。福沢の手を見上げて一度首を傾けていた
「この前も人の頭を撫でてきましたが一体何のつもりですか。子供だとでも思っているのですか」
 太宰が問いかけてくる。少しばかり不機嫌そうな声であった。胡乱気な眼差しで見つめられ福沢は首を横に振った。
「そう言うつもりではないが。
 ……これも子供にするためだけのものでもない」
「では何だというのですか」
 太宰は固い声で問いかけてくる。他にはないでしょうとそう言いたげである。そんな太宰を福沢はことさら優しい手つきで撫でた。ふわふわと撫でて太宰の事を見つめる。
「ただお前のことを大切に思っているだけ。それだけだ」
 柔らかく告げる。
 太宰の目が大きくなって福沢を見てきた。はあとでていく覇気のない声。何度か瞬きまでして見つめてそれで息を吐きだした。
「社長は随分面白い冗談を言うのですね」
「冗談なぉ言っていないが」
 笑って太宰は言った。一つも信じていないのが伝わってくる笑い方だった。今度は福沢が息を吐きだしていたが、すでに心のうちは固まっていた。
 太宰を見つめる。福沢としては見つめているだけのつもりだが、何時もそれだけでも恐ろしいと言われてしまう。そんな目でじっと見つめて一つ一つ言葉を重ねていく。太宰の頭を撫でてその目から目をそらさなかった。
「すこしでもお前に私の気持ちが伝わってくれると嬉しい。お前はなんてことない事だろ言うが、私はそれでも心配してしまう。中には相手のことなど考えずに乱暴してくるものもいるだろう」
 声をゆっくりとかけていく。それでも伝わりきらなかったようで太宰は不思議そうにしていたし、最後になるともう考えるのを止めてしまっていた。また笑みを浮かべている。
「今回は大丈夫ですよ。私は客側ですし」
「それでも心配してしまうのだ。お前が大切だから」
 言葉を重ねる。太宰が困ったように口を開けた。
「そんな変なことを言っても私はほだされませんからね」
「それでいい。ただ私が心配しているだけだから」
 そんなこと知っている思ったことは口にせず、福沢はただ己の思いを伝えていた。



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