お金があるやつらと言うのは総じてろくなことを考えない。お金を水のように無駄にすると言うことを治が知ったのは作られてすぐだった。自分がなんと呼ばれるものなのかは分からなかった。この世界に治と同じものは一人しか存在しなかったから。
 でも自分が世間からみてなんと呼ばれるかは知っていた。
 普通の人なら化け物。若しくは可愛そうな存在。そして一部の大人たちからは愛玩動物。
 それが治たちだった。
 何らかの元となる遺伝子と幾つかの何かを掛け合わせて作られた手のひらサイズの意思を持つ兎と人間のキメラ。ろくでもない大人たちを喜ばせるためだけに作られた。最初はもっと大きかったらしいが抵抗し何らかの被害をもたらしたらしいので新しい個体を作るときは少し小さめにしようとしたらしい。それが失敗しこんなサイズに。
 落胆しながらもそれでもろくでもないやつらはろくでもないことしか考えない。元元の想定していた使用方法は出来ないけれど切りつけて痛め付けそう言う欲望を張らすには充分だった。
 毎日のろくでもないやつらの欲を満たすためのショーにだされ痛め付けられる。たまにそれがない日も研究のためと不味くて苦しい薬を飲まされ好き勝手にされる。嫌で嫌で堪らなかった。
 だから治は逃げた。
 熱を出して倒れたある日、薬だけは与えられたものの適当に放置されたのに意識朦朧するなかで逃げ出した。只でさえ小さな体。その上熱でふらふらしていて外にでるだけで力付き川に流れてしまったけれど、それでも良かった。
 どうせ治のような存在は受け入れられぬか同じような扱いを受けるかのどちらかだ。それならもう死んでも……。
 
 死んだと思っていたのに何かに運ばれる感触に治は目を覚ます。ゆらゆらと揺れる視界。痛くはないが何かに挟まれてるような感覚。何だろうとぼやけた意識で考えた時、誰か人の声がした。
「何を咥えているのだ
 揺れる視界の中に人の手が入り込む。それに体が僅かに震えた。逃げなくちゃと暴れようとしたのに治を抑えていた何かが離れた。人の手の中に勢い良く落ちていく。ぼすんとすこしはねた。
「これは……人形か、いや、だがこの感触は「離して!」
 捕まれて確かめるように触られる。声に驚きが含まれるのにこの先を思い浮かべ恐怖に引き攣った声が出た。暴れた拍子に掌からこぼれ落ちる。下にあるのは地面だけだった。
 あっと思いまあ、いいかと目を閉じた。
 目を閉じる直前銀色の人影をみた


「起きたか」
 目を開けたとき自分にあたるかすかな風を感じた。心地よくてもっと風を感じたいと起き上がると治を見つめる誰かが目にはいる。ぎょっとして慌てて隠れようとしたがふわりと風を感じるのに止まった。ふわりふわりと感じる風は誰かが手元に持つものを動かすためにでていた。問い掛けられたのに目が瞬くうんと首を振ればそうかと誰かが頷く。良かったと相手の指が治の頭をほんの少し撫でた。撫でられる直前肩が少し跳ねたが、撫でる手は今まで触れてきたものと全然違って心地好かった。
「…………何か食べるか」
 じいいと見つめてきてから男は聞いてきた。どうしようと少し悩んでしまうのにぎゅるるると治の腹から音がなった。あっと真っ赤に顔が染まる。「すぐに何かもって来よう」
 立ち上がる人影にきょとんと治の首が傾く。変なのと声が出た。少なくとも男は治の知っている人とは違う種類の人だった。

「すまぬな。今はこんなものしかなくて。貰い物なのだが…」
 ことんと目の前に置かれたのは何かの缶だった。男の手が蓋をあけ、それから迷うようにして治をみた。考え込むように固まり待っていろと何処かに行ってしまう。何だか美味しそうな臭いがしていたのに遠ざかってしまってぎゅううとまたお腹がなった。むうと唇が少し尖る。
 悪かったなと言って男が戻ってきた。その手には箸が握られていて治が食べるはずの缶に入れられてしまう。食べられるのではと一瞬焦ったが中のものを掴んだ箸は治の前に差し出された。ほらと言われるのに口が開いた。
 ぱっくりと食べるととても美味しい味がしてぱああと治の顔は輝いた。「気に入ったか」
 こくこくと頷くとほぼ変わらなかった顔が少しだけ優しく微笑む。それをみて治は不思議に思った。何でと声が落ちる。
「何で、私に優しくするの。私変だよ」
 治がいうのに男の目が少し険しくなった。低くなった声が何の事だととうのにますます治の頭のなか疑問が広がる。
「だって私みたいな生き物他にいないもの」
 治の言葉に男が苦虫を噛み潰したような顔をした。じぃと見つめてそれから重たげに口を開いた。
「 ……貴殿は何だ」
「分からない。作られたの。私可愛いから愛玩動物として作られたの。
……貴方は私を飼ってくれる」
 最後の言葉はぽろりとでていた。
 この人がいいなと思った。どうせ人に作られた治は一人では生きていけない。野生で生きていけるほど強くないから。誰かに飼われるしかないならこの人がいいなと。
 治が知る人と違う人ならもしかしたらずっと優しくしてくれるのかも。
「……」
 男が固まり治をみる。
「生憎何かを飼うつもりは今のところない。ただ誰かと共に暮らすのは良いなと思う。貴殿が嫌になったらでていてくれていい。だから暫くは私と暮らしてみてくれぬか」
 男の言葉に耳が垂れ下がった。やっぱりだめかと。普通の人からしたら気持ち悪いもんなと思うのに次に聞こえきた言葉に耳が跳ね上がる。ぱああと明るい笑みが浮かびうんと大きく頷いた


 目覚めて枕元に目をやったとき福沢は普段になくぎょっとしその目を見開いた。枕元には昨日出会った奇妙な生き物が眠っていたのだが、それが真っ赤な顔をしてぐったりと寝込んでいた。慌てて小さな生き物を抱えあげるとその暑さに驚く。すぐに冷やそうと厨まで急いだ。冷凍庫から氷をとりだし暑い体に与える。氷はすぐにも溶けていた。何個も氷を取り出しては小さな体を冷やした。
 必死の救護のかいもあり、ぐったりとしていた生き物が目を覚ました。ううと小さな口が呻く。
「大丈夫か」
 問い掛けるのに暑いと小さな口から言葉が出る。その声はからからに乾いていて急ぎ水を与える。

 一時間ほど救護を続けていると生き物は動けるまでに回復したそれでも暑いとごろんと机の上に転がってしまう。パタパタと扇ぎながら暑さには人よりも弱いのかと昨日なにも考えず寝かせてしまったことを悔いた。今後はこんなことがないように何か対策をたてねばと考える。が、もう一つ重大なことを思い出してハッとした。もう出勤時刻であった。早くでなければ遅刻してしまう。慌てて支度を始めるのに寝転んでいた生き物が動く。
「何処か行くの」
「仕事にいかなければならない」
 支度をしながら生き物の言葉に固まる。生き物の昼食であればパンを昨日のうちに買ってある。だが、暑いのに弱い生き物を置いていくには福沢の家には涼をとるものが扇風機しかなかった。
「……つくまでが暑いだろうが貴殿も共に来てくれるか」
 悩み問い掛けるのにぴくりと生き物が固まる。福沢を見上げ少し目元を寄せた。
「人、たくさんいますか?」
 弱々しい声で問いかけてくるのにハッとする。見たこともなかった奇妙な生き物。昨夜愛玩動物として作られたと言っていた彼がどんなことをされてきたのかは想像に固くなかった。福沢にはわりとすぐになついてくれたので忘れていたが、初めてあったあの時だって酷く怯えていたのだった。
 じぃと福沢から距離をとりながら見つめてくるのに出来るだけ柔らかい顔を作る。
「そうだな。人はそこそこいる。だが、みな優しいものたちばかりだ。貴殿を傷つけるようなことはないだろう。……信じてはくれまいか」
 福沢の声が聞こえるのに生き物は少し考えるように頷いた


 もぞりと手元で何かが動く感触に慌てて手にもつ袋を見渡した。袋からぴょこりとピンクの頭が飛び出している。中に入っていろと言おうとして様子がおかしいことに気づいた。またぐったりとしている。
「暑い……」
 袋のなかには暑さ対策に氷袋を入れておいたのだが、それはもうすべて溶けてしまったのだろう。真っ赤な顔をした生き物はこれ以上中にいるのは嫌ですと見上げてくる。さすがに外にそのまま生き物をだして歩くのはまずいかと袋に入っていて貰っていたがそれで体調を崩させる訳にもいかない。考えた末、福沢は袋のなかから生き物をだし肩にのせた。福沢の肩に乗った生き物がふぬと声をあげる。袋の中のように蒸し暑くはないが今度は日差しが暑い。力なくぐったりするのに扇子で扇ぐ。遅れることになるが何処かで冷却材でも買おうと辺りを見回した。丁度良く近くに開いているスーパーがありそこにはいった。目当てのものをとりそれからレジに並ぶのに福沢は人の目が気になった。
 突き刺さるような視線を彼方此方から感じる。
 それとなく周囲を見れば多くのものが福沢を向き、そしてその肩に視線を向けていた。福沢も己の肩をみる。そこに乗る小さな生き物。ぐったりとしていたのが今は少しだけ元気な様子を見せる。涼しい私ここにずっと住みたいと冷房の聞いた店内に満足そうだった。ずっとはすませてやれぬことを悪く思いながら順番がきたレジに商品を置く。え゛という引き攣った声が聞こえたがあえて見ないようにした。
 ぐったりとしている生き物はおとなしく動いてはいないから誰も生物だとは思わないだろう。だが明らかにミスマッチすぎるのは福沢とてわかっていた。だから周囲の反応はみないふりして買い物を済ます。
 外に出ると生き物は蛙が押し潰されたような声をあげた。肩の上でげんなりと伸びるのに何か日除けを買えば良かったかと考えながら、できるだけ影の部分を歩くようにする。生き物が少しでも涼むよう風を送り冷却材を体にあてた。
「どうだ。少しは涼しいか」
「……はい。ありがとうございます」
 気持ち良さそうな生き物の姿に良かったと安堵しながら水分をとるよう先程かった紙パックの飲み物を取り出す。ストーローがあれば飲めるだろうと指して差し出すと生き物は嬉しそうに飲んだ。
「まだ少し掛かるが我慢してもらえるか。気分が悪くなったらすぐ言ってくれ」
 こくりと生き物が頷くのに安堵し社への道を向かおうとした。だけどそんな福沢を阻む声がした。
「その……すみません」
 掛けられた声の方を向く福沢。そこにはよくみる青い帽子と制服の男が一人。
「怪しい人物が出ると通報があって駆けつけたのですが、少しお話しさせてもらってもよろしいでしょうか」
 ぴらりと手帳を見せられるのに福沢の動きが止まった。



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