風邪をひく話

朝起きて一番最初にすることは隣で寝ている太宰の寝顔見ることだった。太宰の寝顔をみて穏やかに眠っている姿に朝一番の幸せを手に入れる。布団からでようとすると太宰は目を覚ます。その頭を撫でてもう少し寝ているように伝えれば、安心して太宰はまた眠る。
 起き上がった福沢は一つ大きく背伸びをして何かがおかしいことに気付いた。何処かだるい。背伸びをしたとき一瞬体が傾いていた。ちょっと動くのですら億劫なような……。
 台所に道すがら考えて福沢は己が風邪を引いたことを認めたのだった。恐らく熱もでているのだろう。
 今日一日は休まなければ。すぐにでも薬を飲んで布団で横になるのが良いだろう。思いながら福沢は台所で襷をつける。野菜を切り、鍋に水と共に放り込んで沸かしてく。冷蔵庫から魚を取り出し塩で味をつけてグリルに。別の鍋でほうれん草を湯がき、取り出した後湯ぎりして切る。それを鰹節で醤油であえる。湯が沸き野菜に火の通ってきた鍋には味噌をとかしいれる。グリルの中をひっくり返して、あえたほうれん草を皿にも盛り付ける。お味噌汁もお椀にいれ、ご飯も茶碗に盛っていく。膳に載せた所でグリルから焼けた魚を取り出した。居間のテーブルにそれを並べていく。
 朝食の準備が終わったら太宰のもとに。
 太宰の肩を優しい力で揺らす。起きなさい。声をかけなければ太宰がゆっくりと目を開いた。福沢をぼんやりと眺めてからおはようございますと口からだす。そのまま寝そうになるのを起こした。服を着替えさせ、準備の整った膳の前に座らせる。
 いただきます
 まだ少しながらも眠りながらも食べ始める太宰を福沢は見つめる。半分程食べて太宰はお茶に手を伸ばした。その首が何故か傾いている。温くなったお茶を飲んで太宰は太宰はんーーと上を見上げた。チラリと太宰の目が福沢を見る。
「福沢さん? 何かありましたか」
「? 何がだ」
「いえ。何かいつもと違う気がして……。味付けが全体的にちょっと濃いですし、それに福沢さんも今日はなんだか」
 言いながら太宰の目はじぃと福沢を見出していた。瞬きをする。福沢もまた目に汗が入っていくのに瞬きをして追い出していた。
「もしかして具合悪いんですか。風邪でも引いているんじゃ。あ、与謝野先生を呼びましょうか」
 完全に目が覚めたのだろう。
 太宰は食べている途中だが立ち上がり電話機の元に行こうとしていた。良いと福沢がその動きを止める。
「ただの風邪だからあまり気にするな。それより朝食をしっかり食べなさい。朝までは寝ていたからな。お前の方にも菌が移っているかもしれん。体調を崩さぬよう用心しておけ」
「……はい」
 止められたのに太宰は福沢を不服そうに睨み付けていた。その目に福沢は睨み返す。しぶしぶと太宰が自分の席に戻ってきた。箸を握り直そうとしてあっと声を上げる。
「もう。何いつも通りに過ごしてるんです。ご飯なんて作っちゃダメじゃないですか。具合悪いならもっと前に私を起こして、私に作るよう言ってくださいよ。朝食の準備ぐらいなら私がしますのに。もう食べたら社長はすぐ寝てください。後は私がやりますから」
「いや」
「いいから。私だって家の事ぐらいちゃんとできますし、看病もできます。びょうにんは大人しく寝ていてください」
 ぷくうと膨れる太宰の頬。先程よりも強く睨み付けられるのに今度は福沢が折れる番だった。頷けば太宰がにっこりと笑顔になる。
「そうと決まれば探偵社には連絡しないとですよね。社長の分も連絡するので、社長はゆっくりご飯を食べていてください」
 言いながら太宰は既に携帯を手にし、恐らく国木田辺りに電話をかけていた。コール音が聞こえてきて、続いてもしもしと国木田の声が聞こえてきた。
「あ、国木田君。今日社長が風邪を引いて熱もでてるみたいなんだ。社長はお休みで、私も看病するからお休みなのだよ。じゃあ後はよろしく」
 それは休みの連絡にはなっていないだろう。思ったものの福沢は言わなかった。どうせ後日国木田が言うだろうと、国木田には悪いが今日はそのままにしておくことにして箸を置いた。
「すまぬが、太宰。私はもう寝に行く」
「え? ほとんど食べてませんよ」
 驚く太宰。太宰が見る福沢の膳はご飯をほんの二三口ぐらいしか食べていなかった。
「ああ。食べないといけないのは分かっているが食欲がなくてな。喉にも違和感があって食べ物を飲み込みにくいのもある。昼に起きたらお粥でも作ってしっかり食べることにする」
「そうですか。あ、私もついていきますよ」
「よい。お前はゆっくり食べてきなさい。寝にいくだけだ。何もないから」
「は……」
 立ち上がろうとした太宰を福沢が止める。心配するなと言われるのに太宰はしたがっていた。
 福沢のいなくなった居間。朝食を取りながら太宰は何度か座り直す。洗濯をして、それからお粥を作って……。今日これからやることを考えながら、太宰ははてと手を止めた。
「看病と言うのはどうやればよかったのだろうか」


 ピンポーン
 チャイムが鳴ったのに福沢の横、座り込んでいた太宰はじいと玄関の方角を見た。誰かがきたことはなる前から気付いていてそれがどう言うものなのかじっと考えていた。本日来る予定のあるものはいない。荷物なども特に頼んでいなかった。郵便が届くのももう少し後だろう。誰だと考えながら立たないでいるのにチャイムがもう一度鳴った。太宰の眉間にしわができる。
 泥棒。詐欺。
 考えるのに連続でなり始めたチャイム。その音を聴いて太宰はあっと立ち上がっていた。この鳴らし方には覚えがある。
 玄関に向かい扉を開けた。
 そこにいたのは与謝野だ。
「与謝野先生来てくださったんですか」
「まあ、熱をだしてるって聴いたら来ないわけにもいかないだろう。医者だからね」
「良かった。朝呼ぼうとしたら社長に良いと言われてしまって」
 与謝野をみて太宰はらしくもなくほぅと胸を撫で下ろしていた。安心した姿を隠すことなく見せる太宰に与謝野は少しだけ眉をしかめている。
「まあ、社長ならそう言うだろうね。どうせただの風邪とかだろうし。妾が来たのも半分以上あんたが気になったからだからね」
「え?」
 太宰の首が横に傾いた。どう言うことだろうかと与謝野を見つめるのに、与謝野も太宰をまじまじと見つめた。その目には疑う色があった。
「あんたが看病するって言っているみたいだけど、あんた看病なんてできるのかい。今は何してたんだい」
 うっと太宰が奇妙な声を盛らした。与謝野の言葉に渋いかおをする。
「……福沢さんの隣に座ってました」
当たっていると思いながら答える太宰の声は小さい。多分これは言ったらあきれられるだろう。そう思っているから聞き取りづらいものになってしまう。はぁと与謝野からでた低い声。まさかそれだけ?他は何もしてないのかい? と言うように見つめてこられるのに太宰は力なく頷く。
「どうしたら良いのか分からなくて。
 私が前に倒れた時は社長が起きる度私の傍にいたからそうしてくれてたのかもとも思ったのですがやはり違いますよね」
 うつむく太宰に与謝野ははぁとため息をついた。つまりあれが元凶かと寝ている福沢の顔を思い浮かべる。間違いではないが、もう少しやるべきことがあるのをいざと言う時のため分からせておくべきだったと心のなか愚痴る。
「まあ、傍にはいただろうけど寝入ったときとかにそれ以外のこともしてたと思うよ。汗を拭いてやったり飲み物とかを布団の傍に置いて、もし吐きたくなった時ようの入れ物とかも用意しておくといいよ。この家にはないだろうけど冷えピタとかも貼ってやるといい。スーパーとかでも買えるからね。ほら、この箱のだから覚えときな。
 あ、それから起きたときにすぐ食べられるようお粥なんかは用意しておいた方がいい」
 与謝野が教えていくのに太宰はやたらと真剣な顔をして聞いていた。ポケットから手帳を取り出してメモまでしているのに普段もこれぐらい真面目なら良いんだけどと与謝野は考えてしまった。最後の話には太宰は少し誇らしげにした
「あ、それなら用意していますよ。社長が起きたらお粥を食べると言っていたので」
「ああ、そうなのかい。なんだ。あんたでも少しはまともに看病できるんだね。……そのお粥ちょっと味見していいかい」
「はい」
 感心し良くやったじゃないかと太宰を褒める与謝野。だが褒めながらも与謝野は嫌な予感を抱えていた。これは確かめなければと聞くのに太宰は大きく頷く。


「……」
 やっぱりこうなっているのか。
 太宰はなんでも器用にこなせるくせに食べ物については興味が無さすぎて、一度教えたもの以外は例えどんな簡単なものでも作れぬのだ。昔福沢が愚痴っていたことを思い出しながら、与謝野は上面だけは綺麗にできていると思えなくもないお粥を見つめた。
 つまりお粥の作り方は教えなかったのか。
 そう思いながらもう一度スプーンで下の方をすくった。ごそりと先端が何かに引っ掛かる感触。力を込めてうえに引きずりだせば茶色い塊が現れる。
「太宰。この粥はどうやって作ったんだい」
「え? えーーと、水にご飯をいれ火をつけました」
「火加減は」
「強です」
 なるほど。だから下はこんなに焦げてるのか。上の方も見た目柔らかそうになっているが、中はまだ固いな。考えながら与謝野は鍋のなかをかき混ぜる。白い部分よりも茶色い部分が多いのではないのかと思ってしまうぐらいには焦げている。与謝野は鍋に蓋をした。
「これは社長の具合が良くなったら食べてもらいな。お粥は作り直すよ」
「へ?」
 言いながら冷蔵庫に鍋をし舞い込む。太宰はそんな与謝野に首を傾けた。それはダメなんですか。不思議そうに問いかけてくる太宰に与謝野は生暖かいような冷たいような目をむける。
「はっきり言うとこれはまずい。食べなくとも分かる。とてもまずい。とはいえ捨てるのももったいないからね。社長の体調が良いときに食べてもらいな。元気なときなら社長は喜んで食べてくれるよ」
 与謝野の言葉に太宰は一瞬だけ傷ついた顔をした。だがそれは本当に一瞬で、次の瞬間にはまあそうだろうなと言わんばかりに頷いていた。本人も何か違うとは思っていたのだ。じゃあ、捨てますよと言いそうな雰囲気だったがそれは与謝野が許さなかった。笑いながら次の鍋を用意してくるのに太宰は従うしかなかった。
「ほら。さっさと作るよ。ご飯はちゃんとあるね。てか、かなりの量あるじゃないか。社長朝炊いたな」
 鍋を手に炊飯器を開けた与謝野は中身をみてため息をついた。何やってんだと思いながら鍋のなかにご飯をよそう。そのなかにみずをそそいでいく。
「鍋にご飯と水をいれたらひにかける」
 コンロに鍋を置いて火をつけた。
「お粥を作るとき重要なのは火加減だよ。弱火でじっくり炊いてなかまで火を通すことが大事なんだ強火にしたらなかまで火が通る前に焦げちまうから強火にするんじゃないよ」
「……分かりました」
「お米だけだと寂しいからね後から葱だけでも足すといいよ。ちゃんとみじん切りしたやつだよ」
「はい」
 見せながら言い聞かせていくのに太宰は頷く。あまり興味はなさそうだが、頭はいい太宰の事だから覚えただろう。ついでに薬味をいれることも教えながら、そうだ。後で塩も一撮みいれるんだよとも伝える。こくりと、頷く頭。じぃと鍋をみているのに与謝野はその場を離れて風呂場へと向かった。桶とタオルを手にし台所まで戻って、まだ立ったままの太宰にその二つを渡した。
「これにお水をいれてタオルをつけな。つけたタオルはきっちり絞ってそれで社長の顔でも拭いて上げな。一回拭いたら水につけ直して今度は絞ったやつを額に載せてやるんだ。しばらく置いておくと体温でタオルの温度が温くなるからその都度かえてあげてやること。水が温くなってきたら新しいのに取り替えてやるんだよ」「お粥は」
 渡されたものを見つめながら太宰は聞いた。鍋をみてから与謝野を見る。見つめてこられるのに与謝野は太宰の手にしっかりと桶を握らせる。
「妾が見ててやるから、あんたはそれしてきてやりな」
「はい……」
 唇を尖らせながらも太宰は頷いた。

「福沢さん……」
 福沢の寝ている部屋にきた太宰は音を立てないよう襖を開けて覗き込むように部屋のなかを見ていた。小さい声で名前を呼んで返事がないことを確認してからなかにはいる。恐る恐る近づいて寝ている福沢を覗き込んだ。
 福沢からは大量の汗が流れ落ちており、苦しげな顔をしている。太宰の顔から消え失せていた。何を考えているのか分かることの出来ない顔になりながら太宰は福沢の顔の上に絞ったタオルを置いた。拭くってどうしたらいいんだろうと思いながら、ほんの少しだけ力をいれて拭いていく。あまり入れすぎたら起きるよね。考え込むのにんっと福沢が動いた
「太宰か」
目蓋の上にタオルが乗っている状況で福沢が聞く。太宰の肩が跳ねた。
「あ、すみません。起こしてしまいましたか」
「気にするな。それより拭いていてくれたのかありがとう」
「いえ、あ、与謝野先生が来ているので呼んできますね。起きたのでしたら一度看てもらいましょう」
 話してる途中、だぁと音を立てて太宰が立ち上がっていた。その気配を感じて福沢は苦笑していた。それよりタオルの方をのけて欲しいのだがと思っていたが、太宰は既に部屋からでていて……。


「ああ。風邪だね。ただの風邪。一日ゆっくり寝て休んだら明日にも治れてるよ。薬だけ置いてくね」
 与謝野が告げたのに安堵したのは太宰だった。良かったですね。そうにこにこと笑う太宰に福沢はああと答えてやっている。そんな二人に与謝野は大丈夫そうかと胸を撫で下ろしていた。ほぅとしてからそうだと声をかける。
「せっかく起きたんだからお粥食べな。太宰が作ってくれたからさ」
「そうか。ありがとう太宰」
「え、いやそれは」
 与謝野の言葉に太宰は驚いていた。違うと言おうとしていたのに与謝野は良いから早くとってきてあげなと太宰を急かしている。葱を忘れるなよと言われるのに太宰は納得行かない顔をしながらも取りに行く
「そうそう。冷蔵庫に失敗作もあるから、元気になったらそれも食べて」
「ちょ、与謝野さん、それは」
「太宰」
 部屋をでていた太宰が、与謝野の言葉を聞きつけ戻ってきていた。口を塞ごうとしたところを福沢が名前を呼んでいた。太宰の目が罰が悪そうに福沢を見た。ぷいと背けようとしていたけれど、福沢の方が早かった
「ありがとう。楽しみにしている」
 にやにやと与謝野は笑う。太宰は逃げるように台所へと向かっていた。消えていた背に与謝野の笑みが強くなる。傑作だねと呟くのに福沢は視線をそちらに移した。今日始めてまともに与謝野の顔を見るのに福沢から最初にでてきたのは謝罪の言葉だった。
「迷惑かけてるようですまぬな。だが来てくれて助かった」
「全くこういうときのために太宰にちゃんと看病のしかたぐらい教えておきな」
 何処と無くほっとした様子の福沢。そんな福沢に与謝野は大袈裟に肩を落として見せた。呆れたように見つめれば福沢は困ったように口許を歪める。
「すまぬな。風邪になるなど考えてもなかった」
「どんな健康なやつでも風邪にはなるんだよ」
「そうだな」
 与謝野の言葉に福沢は頷く。その通りだと口にするのに分かってるならと与謝野はさらに強い口調になった。
「太宰にもその辺ちゃんと言い聞かせな」
 言われると分かっていた福沢はそれでも目尻を下げてしまう。
「あれは具合が悪くならんからな」
「気付かないだけだろ」
「そうだな」
 ふぅと小さなため息とともに福沢が口にした言葉。それを一刀両断に切りながら与謝野も同じようにため息をついていた。
「少し変だなと思ったらすぐ休む。実践して覚えさせな。何朝から働いてるんだい。ご飯炊いて、朝食作ってる場合じゃないんだよ」
 全くと悪態をつく。歪んでいた口許を先程とは違う形で歪めて福沢は与謝野から目線をはずしていた。布団の上の皺を辿ってしまう。
「……今日一日寝込むことになるのは分かってたんだ。朝の楽しみぐらい楽しんでも良いだろう」
「それぐらい我慢しなよ」
「……例えばだ」
 子供じゃあるまいしと。普段子供だと思ってみている相手から言われて福沢はますます口許を歪めていた。目がジィと布団の上をみて、それから与謝野を見る。言い訳などするものでないと思うがせずにはいられなかった。
「お前が太宰に朝食を作るとする。太宰はその朝食を作っている段階で起きるだろう。ご飯を食べるときは目が覚めている。ご飯食べている途中で私の体調が良くないのに気付いたが、お前なら最初に起きたときに気付いていただろう。
 あの子があんなに気を許していられるのは私だけなのだ。その姿をみるのはとても心地よいのだ。朝はあれをみぬと始まらぬ」
「はいはい。分かったよ」
 むうと口を尖らせている福沢に与謝野は呆れたひらひらと手を振っていた。そんな話聞きたくもなかったと思っているのに、二人の耳には太宰の足音が届いていた。開けたままにしている襖から太宰が顔を覗かせる。
「社長。どうぞ。与謝野さんが作ってくれたので美味しいと思いますよ」
「ああ。二人ともありがとう」
 部屋にはいってくる太宰の手元を二人とも見つめた。あ、ちゃんと鍋じゃなくお椀にいれてきている。二人してそんなことを感心していた。与謝野の隣にすわる太宰。上からお椀の中も覗き込んで与謝野は一つ満足げに首を縦に振っていた。これなら大丈夫だろうと立ち上がる。
「じゃあ、それ食べたら薬飲んで後は寝るんだよ。粥だけじゃあれだからね夜は何か食べやすいもの作ってあげな。後で簡単なレシピ送るから、動画付きのやつとかあるからそれみたらあんたも作れるだろう」
「え、与謝野さん帰ってしまうんですか?」
 部屋をでていこうとする与謝野に太宰は驚いていた。何でと書いてある顔に私も仕事抜け出して来てるからねと引き留めにくい理由を言っていた。
「社長も大丈夫そうだしね。ゆっくり寝かせておけば明日の朝には元気になってるさ」
 与謝野が言うのに太宰は与謝野と福沢の二人を交互に見つめていた。子犬のようにも見える目が見上げてくるが、与謝野はそれから目をそらしていた。
「じゃあね」
 手をひらひらと振って部屋をでていく。太宰の足が起き上がろうと動いたが、それは福沢が止めていた。福沢が名前を呼べば太宰はそちらの方に意識を強くむける。動きが止まってしまうのに福沢はお粥が食べたいと太宰の手元をみて口にする。あわてて太宰は福沢の傍にお粥ののったお盆を置いた。お盆の上にある箸を手にして福沢はそれを食べ始めた。
 太宰の目がじっと福沢をみる。
「旨いな。ありがとう」
「与謝野先生が作ってくださいましたから」
 福沢の言葉に太宰は困ったように笑う。そうしながら何処かほっとしたようだった。福沢が食べるのをみながら太宰はそうだと辺りを見渡した。
「それ食べましたお薬飲みましょうね。えっと、これですかね。これって」
 探していたのは与謝野が置いていた薬なのだろう。小さな箱を見つけて手に取るのに太宰は不安そうな表情を再び浮かべていた。その手にあるのは町のドラッグストアなどで見かける箱だ。市販品の薬をじぃと睨み付けている。
「まあ、それで十分だろう」
 太宰の手のなかを見て福沢は声をかける。実際ちょっと風邪引いたぐらいでは医者になどあまり行かぬしなと思うのに、太宰は心配そうな顔をしていた。
「本当に大丈夫ですか?」
「与謝野は優秀な医者だ。安心しなさい。
 ……朝よりだいぶ良くなっている。明日にはいつも通りだから」
 問い掛けられるのに福沢は安心させようとするが、太宰はそれでも何処か不安そうにしていた。


 何か冷たいものが顔に触れる感触で福沢は目覚めた。意識はぼんやりとしているなかでその感触の理由であろう太宰の目が名前を呼んだ。
「だ、ざい……」
 それなりに長いこと眠っていたのかでた声は掠れている。何とか開いた視界はぼやけていて。ぼやけていたが太宰が驚き困っていることは分かった。
「社長。すみません」
「冷たいな。ありがとう」
 謝る声が聞こえてくるのに福沢はそれは聞こえないふりして顔の上にあるタオルに触れていた。落ちないよう額にあてなおしながら太宰をみる。太宰は所在なさげに体を揺らしていた。
「ずっとここにいたのか」
「ずっと、……と言うわけでは……」
 福沢が問い掛けるのに太宰は咄嗟に口を開きながらも、すぐに口を閉ざしていた。口ごもりながら何とか言おうとした事を最後まで言いきる。それは明らかな嘘で福沢はそんな太宰を笑ってしまっていた。
「押し入れにもう一枚布団がある。それをだしてきてくれるか」
 穏やかな声で福沢は太宰に頼む。太宰はえっと口を開いた。なぜ布団と疑問に思うのに福沢は少し体を起こして、ここに敷けと言う意味で自分が寝ている布団のとなりを叩く。
「どうせここにいるのならお前も横になっているといい」
「でも……」
 福沢が言うのに太宰は戸惑った。嬉しい提案ではあるはずだ。それでも本当にそうして良いのか迷っている太宰に福沢は仕方ないなと言って布団から起き上がる素振りを見せた。すぐに太宰が止めに来る。その時太宰は自分がやりますからと口にしていた。頼むと言えば困ったようにめもとをよせる。何度も福沢と押し入れを見てくるのに福沢は立ち上がる素振りを見せてせかした。太宰は慌てて押し入れから布団をだした。そしてその布団を福沢の隣に敷く。
 横になれ。福沢が言うのに太宰が横になった。
 戸惑いながらジィと見てくる褪赭の瞳。福沢の手が太宰の手を握り締める。
「こうしていても良いか」
 問うのに蓬髪が布団の上で揺れる。縦に動いた首。掴む手が強くなるのに太宰は福沢の手を見下ろす。
「熱いですね」
「熱がでてるからな。だが明日になればいつも通りだろう。お前の手が気持ちいいな」
 思わずこぼれた声。答える福沢は穏やかで優しかった。苦しくないですかと問うのにだいぶ良くなったと答えが帰ってくる。ほっとしながら太宰は福沢と福沢の手を見た。
 大丈夫と福沢の手が太宰の手を強く握る。

 一緒に寝ようか。


 そんな風に囁かれるのに太宰は一つ頷いた。





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