その日は今思えばやたらとおかしな日だった。
 あるじはどこかぼんやりとしていて何度もため息をついていた。どうかしたのか。何かあるんですか。何でもするぜと声を掛けても主は笑うだけ。ありがとうでも大丈夫だよ。それより君たちは君達が幸せになることを考えな。そんな事を言った。珍しい言葉だった。主は最初こそ僕たちに君たちの幸せを考えると良いよと言っていたが、それでも僕たちが主についてくのを伝えると仕方ないねとそう言ってそれきり。傍にいることを許してくれていた。そんな主が告げる言葉。
 何かが終わる気がしたけど聞くことはできなかった。主は美しく笑っていたから。いつもとどここかが違う主。
 そんなときに来た指令。
 それ自体はいつも通りのものだったがそれを見た主は暫く固まっていた。それからそれでは行くかと立ち上がる。僕たちを見てその口元から笑みを消した恐ろしい顔をした。
「今日は君達を連れてはいかないよ。私一人で行くから大人しくしているんだ」
 今まで主が潜入するとき、僕らのうち二人は共にいくのが常だった。組み合わせとしては短刀一本に大太刀か打刀だ。それなのに主はいらないと言う。すぐにどうしてそんなの駄目だとみんな主に言っていた。主は聞いてくれなかった。
 にっこりと笑って今日はそう危なくないのだよ。大丈夫だから心配しないでとそう笑ったのだった。それは美しいわりに怖く、拒否を一言も許さない声だった。口を閉ざしてしまったのに主はそれではと飛び込もうとする。
 この時酷く嫌な予感がした。そして僕は飛び込んでいく主の背に向けて駆けだしていた。怒られてもいい。捨てられてもいい。それでも今ついていかなければ何かとんでもないことが起きる気がした。そう何かが告げていた。
 みんなそうしているのが見える。
 吸い込まれていく中で手を伸ばすみんなの姿が見えた。


そして刀の形でたどり着いた本丸はドロドロとした嫌な空気が漂う場所だった。重苦しく息もできない。どう見てもあたりだ。
 刀の中で動向を見る。顕現した主はいつもと違う。あの美しい笑みを浮かべることなく険しい顔をしていて、そして、目の前にいる男を睨みつけると僕たちを掴んでは走り出していた。主と驚くが刀の形では何もできなかった。
 男が命じるのに合わせて刀剣たちが追いかけてくる。太宰の手が襖に伸びた。ばんと何かが弾ける。襖が開く。おかしなことに気付いた。部屋の中が異様に呪いや何かで満ちている。顕現する部屋には見えなかった。
 男が主を捕まえようと札を投げてくる。呪いが込められているが主に触れてしまえば意味はない。くそと男は吐き捨てて刀を投げていた。主の体にあたり、前のめりになる。おかしいと思わない方がどうかしている。
 主は走ってそれで。
 本丸に一つはある時空転移の装置に辿り着いていた。刀剣たちを過去に送る装置を無理やり動かして、そしてその中に俺ともう一つの刀を放り込んでいた。
「いいかい皆に言うのだよ。全部忘れて君たちは幸せに生きるのだ。
 決して政府を敵に回すのではないよ。忘れて生きるのだよ」
 主が満足したように笑って……


 それでその姿は見えなくなった。


 はめられた。否、主は気付いていた。俺たちは裏切られたのだ。政府の誰かは分からないが、誰かが主のことを伝えており、主を捕まえさせるために送り込んだ。気付いていて主はそれを口にすることもなく一人で向かおうとしたが、俺たちがついてきたから俺たちだけでも逃がしたのだった。
 そして主は笑った。
ああ、やっと私をこの世から消してくれるのかいなんて笑っていた。
 そんなの、そんなの許せるはずがない。
 でも伸ばした手は届かなかった。気づいた時には何処かの時代だった。隣には一緒に落ちたのだろう。山姥切がいた。主と叫ぶが届くはずもない。途方にくれそうになるけどそんな暇もないとちゃんと分かっていた。いついかなる時でも思考は止めるな。考え続けろと言った主の言葉が浮かぶ。
 頭なんてよくないけどそれでも考えて解決策を探る。
「主の主のところに行こう。きっと他にもこの時間に出陣している筈だからまずはそいつらの本丸まで連れていてもらって、そしたら行けるはずだ」
 でた策を叫べば同じことを考えていただろう山姥切がああと言って立ち上がっていた。



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