「そう言えばこないだ変な事件に巻き込まれたそうですね。大丈夫でしたか」
 軽薄な笑みを浮かべならが森が聞いてきた。福沢は眉をしかめて相手を見ている。聞いたのかと聞けば相手は話題になっていますからねと笑った。はあと福沢の口からため息が出ていく。
 ありゃあ酷かったからね。最悪だったよね。と後ろで与謝野や乱歩が騒いで、そうでしたよねと他の者たちも頷いていた。
 数日前、演練に出ていた時起きた奇怪な事件は忘れようとしても忘れられないものだった。
 演練の中にいた主が政府に嫌われているから戦っても審神者ではなく政府が蓄えている力によって瞬時にケガを直すシステムから除外されていると言う刀九振り。相性がいいから直してやってくれと頼まれるまでは別に良かった。
 与謝野を連れていてあげていたらすぐに直せてやっていただろうが、あいにくその日は留守番をさせていたので福沢が手入れをしようとしたのだ。だが、その途中で本人たちが謎の言葉を残して去ってしまったのだった。
 聞き違いでなければ確かお前たちがいなくても幸せになれるとかだったか。
 だがそれが何のことなのかさっぱり分からず福沢はただ茫然としてしまった。その場にいた刀やみんな、それに他の本丸の者たちに慰められたり、災難だったなと同情されたりしたのだが、その中に幾人か妙なものも混じっていた。
 何かを悟ったような顔をして許してやってくれよと言ってきたものだ。驚きはしたが怒ってはいなかった福沢は単純に頷いていたのだが、今思うとあの時のあれは変な事を言って去っていたことではないように思う。中には何人かまあがんばれよなんてそんなことを言ってきたものもいたのだ。
 しかもその後、演練にでるとそんな態度をした者たちからこれは些細なものだけどとやたら滅多ら物を差し出された。今の福沢は中学生だから、大体が流行りのお菓子とか子供が好きそうなものだったが、中には和菓子だったり、牛丼の詰め合わせだったり、渋めの猫が描かれたグッズだったりと、どういう訳か前世からの福沢の好みに合うものがあった。
 中には大人になったら飲んでくれと酒の詰め合わせを贈ってくるものもいた。
 不可解きわまりない事である。去られたことよりその事の方が福沢は気になっていた。一体どうしてと暇があれば考えてしまうが今の所は答えが出ていない。その話を持ち出されて福沢の顔は渋面になってしまう。そんな福沢をにやにやと笑いながらまあと言ったのは森だ
「災難な福沢殿には悪いけど私としてはその子たちのことより、その子たちがシステムから外されていたと言う事が気になるのですよね。その子たちの主が政府に何をしたのか知らないけど、政府が気に入らない奴らが現れたら今後そういう事もできると言う事だからね」
「それはそうだな」
「ただでさえ信用なんて欠片もないのにそれをやられてしまうとどう信用していいのか分からなくなってしまいますよね。まあ、むこうも信用してもらおうとかは欠片も思っていないのでしょうが。
 どこかで足元をすくわれてしまいそうでこんな屋台骨の上で戦わされているのは怖いです。崩れた時、どうするべきかをそろそろまともに話し合う必要があると思うんですよね」
 森深いため息をついた。福沢は神妙な顔つきになって森を見ている。騒がしかった周りも鳴りを潜めて森と福沢の二人を見ている。
「わざわざ私を呼んだのはそう言う訳か」
「ええ。同じ世界から呼ばれた者同士手を組むのは定石でしょう。それに太宰君ははああ見えて安心を好むところがありますからね。もしかしたら地盤を固めれば出てきてくれるかもしれない。何時までも引きこもってもらいたくはない。というより心配なんですよね。こうして顕現させてしまえば彼らはもう私のもの。政府と言えども手出しさせずにすみますが、顕現していない魂は政府でどうにかしてしまえますから。何時までもそんな危ない所にはいてほしくない。ああ、それこそが彼なりの自殺なのかもしれませんが」
 森がまたため息をついた。話の途中、でてきた太宰の名前に福沢が肩を跳ねさせる。太宰と言えばまだ誰の元にも来てなくて問題となっていたのだ。森の考えと同じようなことを福沢も考えては不安になっていた処だ。
 一時休戦しましょうと言われる。直接的な戦いをしていたわけではないけれど福沢は一つ頷いていた。そうだな。それで具体的にはと問えばそれはまだと森は答えた。はあと乱歩と与謝野の二人が険しい声が出ていく。
「まあ、話したい事はいくつかあるもののまだ人がそろっていないんでよ。もう一人あの人も呼んでいてね。みんなで来てくれると思うのだけど」
 丁度、その時、来客を知らせる鈴の音が鳴り響いていた。にいと森の口元が上がる。立ち上がった広津が迎えに向かっている。ほどなくして福沢と世界を同じくするもう一人種田がやってきていた。
 久しぶりやなと言葉にするその口元は笑みを浮かべているものの何やら考え込んでいるのか険しい顔立ちになっていた。迎え入れた森や福沢の気配もそれにつられてぴりぴりとしたものになっていく。
 どうかしましたかと福沢が問いかける。
 用意されていた席に座った種田は少々気になる噂をみみにしてなとそう呟いていた。
 その後ろにいる坂口は口を堅く閉ざして青ざめた顔をしている。森側にいた織田が坂口を見ては眉を寄せていた。大丈夫かと問いかけるその瞳に坂口は大丈夫ですよというように笑う。
「気になる噂とは」
「あれなんやけどな、転生審神者専用の演練上、そこの連中の間でもし力を消す力を持つ者がいたらそいつのことは政府に隠しておいた方がいいみたいな噂が流れとったんや」
「は」
「……」
 部屋の空気が冷えていく。緊迫したものへと変わっていた。動けば切れてしまいそうなほど静まり返った空気。福沢も森もどちらも険しい顔をして種田を見ていた。そんな顔をする事が分かっていたのだろう。種田は受け止め、どう思うと二人に問いかけている。
「それはよろしくない噂だね。一体どこからそんな噂が流れたのか。それより政府は何をたくらんでいるのかな。まあ政府を落としれいるためのものとも考えられない事ではないけど、でも今現状ですでに信用はないからね」
 ふむと顎に手をあてた森が考えを口にしては福沢の眉間に強烈なしわができていた。舌打ちを一つ打ちたくなりながら奥歯をじっと噛みしめて畳の上を睨みつける。太さん宰は大丈夫でしょうかと左斜め後ろにいた敦がそう声を落としていた。
 ちらりと見やれば不安そうな顔をした敦が見える。周りの賢治や谷崎、鏡花も似たような顔をした。国木田は唇を噛みしめている。
「何を弱気になっているのだ。あの人が此度のようなことで何かあるとも。こんな世界の政府なぞにあの人は好きなようにはされぬ」
 そんな中で聞こえてきたのは芥川の声だった。口元を上げてぶれることはない。彼にまあそうなんだろうけどねと森は苦笑していた。でもとその口から小さく零れた声は福沢だけが聞こえる。織田に坂口は下を向いていた。
 太宰ならばあるいはと皆が思い浮かべたであろう姿を自身も思い浮かべながら福沢はその唇を噛みしめていた。
 まあと空気を換えるように種田が口にした。種田が扇を閉じる。
「ここで不安になっていてもしょうがない。まずはこの噂についてしらべてみたほうがいいやろう」
「そうですね。いくつか交流のある本丸の方に聞いてみますよ」
「私の所もそうしてみよう



 森の所での対談が終わった後、福沢はその足で演練上に来ていた。丁度用のある知り合いが演練に出ている筈のころ合いであった。いつもは適当にその場にいて声を掛けてくるものの相手をすることが多いが、今は人を探し、演練の中を回っていく。
 相変わらず演練の中は騒がしく己の技のみせあいや、不思議道具の見せあいをしている者がおおくいた。隅の方によって何やら隠れながら話している者もいる。お互いの本丸を守るためにもここではそう言う行為は良く見えていた。そのうちの一人の中に福沢は今日の目的と決めていたものを見つけていた。人が離れたのを見て近づいていく。少しいいかと声をかけるとその相手の肩は跳ね上がっていた。
「うえ、まだ俺何もして、ああ、なんだあんたか
 脅かすなよ」
「……
すまぬな。だがなにも」
 そこまで驚くことはないのではないか。言いかけた言葉を福沢は無理やり飲み込んでいた。そして貴殿に聞きたい事があるのだがと言えば賢治と同じぐらいの年頃の男の子はその目を小さく彷徨わせた後に何だよと聞いてきていた。
「最近力を消す力を持つ者がいれば政府に気をつけろと言う話を聞いたのだが、それがどういうことか知らぬかと思ってな」
 相手の目が小さく見開かれていた。見開いて福沢をじっと見つめる。いや、そのと聞こえる声は何かをためらうものだった。やはり男は何かを知っていた。
 教えてくれぬかと再び問いかけながら福沢は太宰の事を思い出した。出来過ぎるほどできた男のくせに大切なものは子供のころからずっとどこかに取りこぼしてきたような男だった。何もかもがどうでもよいのだというようにしながら、おいていかれることを嫌っていた。
 福沢にとって大切な。
 それを強く思い出してしまうのは多分今日話題になったあの日のことのせいだ。
 演練で出会った刀たち。何処のものか分からない彼らに少しの間施したていれ。その時にほんのわずか、欠片ほどだが、福沢は確かに感じたのだ。
 太宰の気配を。
 そして後の様子がおかしい周り。彼らが福沢の知らない何か重要なことを知っているとそう確信した。そしてそれが何か分からなかったけど良くないものであることも。
 気付いていたけどそれが何か聞くのが怖くて一人胸の中に収めていたのだ。
 今日の話でそれでは手遅れになるかもしれぬと問いに来たのだった。聞かれた男はえっと口を開けてあーーと声をこぼしていた。
 それはと言葉を落とし、目を泳がせる。じっと見つめる福沢。ちらりと相手の目がみる。迷いはあるものの意志の強そうな大きな目であった。
「俺が言ったって言うのは言わねえでくれよ。口止めされているしもしばれたら……。でもやぱ仲間ってやつは大事じゃん」
「……」
「その。あーー。やっぱだめかな。そんでもそれがいいって言うなら。でもあーー、」
 男は戸惑い迷い福沢を見た。それから口元を曲げていた。睨むように見てしまう。そのとまた男の口が開く
「ブラック本丸って聞いたことあるか」
「ああ、形だけは」
「そこの本丸の対策のために力を消す力を持っている奴が……あ、その使えるんだとよ。ブラック本丸の奴らは呪い見たいなもんでつながれているんだけど、そいつらの力だとそれが解けるからそれで潜入して呪いを解いてから審神者を取り押さえるってそういうやり方をやりたいみたいで……。もう、否、それでその」
 男が言いよどむ。
 その目はずっと福沢とあわずその辺を彷徨っていた。何かを言いたげにしながらその事については言葉にしない。わりいと頭を下げていた。
 これ以上はもう無理なんだとそう言われて福沢はああと一つ頷くことしかできなかった。言わないといけないことは色々ある。
 無理をして口にしてくれただろう。それに対して礼をいくつでも言わないといけない。だけど今の福沢からは言葉が出ない。
 太宰の事が頭に浮かんでそれしかなかった。
 酷く、それはもうひどく嫌な予感がした。



 貴方って可哀想な人が好きなんですか?
 そう言ったものに手を差し伸べたくなるものなのですかね。まあ、私はそう言うものではありませんけど。可愛そうだなんて反吐が出る言葉ですよ。私はいつだって私のためにこの場を生きているのですから。
 そんなことを太宰が言ったのはいつのことだっただろうか。大昔の話。まだその心を開いていなかった時、太宰は薄く笑って福沢にそう告げていた。脆い部分を必死に守って笑う。その姿にその時の福沢は何も言ってやることができずただ太宰の頭を撫でるだけだった。口を閉ざした太宰はそれ以上は何も言うことはなかった。
 
 思い出した記憶に福沢は口元を折り曲げていた。出ていく深いため息。どうしたんだい主と傍にいた近衛が問いかけてきていた。福沢の近衛は基本的には初期刀の歌仙に決まっていた。
 森の所だとその日その日で別のものがやっているようだが、福沢はせわしない毎日、そういう所だけでも変わり無くあると落ち着くのでずっと固定し続けている。なにもないと近衛に向けて首を振った。
「それよりそろそろ遠出に言っていた者が帰ってくるだろう。迎えに行こう」
「ああ、そうだね」
 立ち上がった福沢の動きについて歌仙も歩いてくる。玄関まで行くと丁度到着したところだったのだろう。騒がしい声が聞こえてくる。
 主さまと乱が抱き着いてくるのを受け止めようとしたが、咄嗟に体に力が入らずこけそうになってしまった。だがこけることなく歌仙が背を支える。
「大丈夫かい。主」
「主どうしたの」
 自分の状況を確認する前に周りから聞こえてくる声は驚いているものだった。抱き着いてきた乱が今度は慌てた顔をして福沢を見ていた。信じられないとその目が語る。福沢は自分の状況を冷静に理解していく。大丈夫だとみんなに告げて、歌仙に支えられたままの体でありがとうと伝えていた。固まったままの目を見て小さく口元を上げる。みんなの目は険しい。いつも笑顔を浮かべている歌仙も目尻に深い皴を作っていた。
「主やはりここ最近おかしいよ。寝不足なようだし体調も良くないだろう。何かあるんじゃないかい」
「そうですよ。いつもならこんなことないのに。お体しんどいんですか」
「そんなことはないが」
 親愛の目で見つめられる。福沢はそっとその目から目をそらしていた。心当たりはある。寝不足も自覚しているがそれをそうだとは言えなかった。
 太宰の姿が浮かぶ。
 もし。
 だけどそれを口にするのが怖かった。
「主」
 歌仙が福沢の名前を呼んだ。紫の深い目が福沢を見てくる。人に使えることを己の生きる道だとする彼らは主に何処までもまっすぐである。
「何かあるのなら言ってくれ。僕らは主が心配なんだ」
 歌仙の言葉に福沢はその唇をぎゅっと噛みしめていた。その真っ直ぐさが福沢はとても羨ましくなる時がある。


後悔は先に立たない。そんなありきたいな言葉で福沢が押しつぶされたのはそのすぐ後だった。
 


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