何度もその番号を見つめた。
 一度は消そうともしたものの師にそれは止めておけと言われて留まった番号。その番号を見つめてはつばを飲み込む。これに掛ければ何かが分かるはずだ。そう分かっているが福沢の手は中々その番号を押すことはなかった。
 ふうと深いため息をつく。
 福沢さんと呼ぶ穏やかな声を思い出した。何かを口にすることはない。いつもそうだ。太宰が福沢に自分から何かを口にしたことなど一度もない。その癖して何かを求めるように福沢を見てくるのだ。そしてその名前を呼ぶのだ。
 福沢は共に居ながらずっとそれが気になっていた。
 今起きている。その真実がわかればその答えにもたどりつける気がしている。だからこそ福沢は奥歯を噛みしめて番号を見つめる。
 息を吸い込んで吐きだす。一度強く目を閉じて、それからゆっくりと開けていた。
 見つめる番号。真ん中のボタンを押す。ぷるると鳴る機械音。つーーと音がしてもしもしと機械越しの声が聞こえてくる。ふふと柔らかな笑みが聞こえていた。
「貴方が私に連絡など珍しいですね、福沢殿」
 久しぶりに聞く友とも敵ともはっきりとは口にできない男の声だった。柔らかな声で男はどうしたのです、と聞いてくる。聞いてきはするが答えはもう知っているかのようであった。
「太宰のことで聞きたいことがある」
「太宰君のことで?」
 福沢が言えば森はさらに笑った。やはり福沢がそう聞くことを知っているようであった。なんですと言う声。口元が三日月のように持ち上がっているのが電話越しにも伝わってくる。
 ふうと息をのみこんで言葉を吐きだす。
「太宰のことをお前はどこまでしっている。太宰がお前と出会う前に何処で何をしていたかは知らぬか」
「何でそんな質問を」
 森が柔らかに問う。問わずともわかっているだろうに問いかけてくる。唇を噛みしめて福沢は言葉を紡いだ。
「ほう。例の辻斬りと太宰君が……。薄々そうじゃないかとは思っていたんですがね」
「どう言うことだ」
 福沢が紡いだ言葉に森はわざとらしく笑う。どうせもうすでに知っていたことなのだろう。眉を寄せてしまいながら福沢は森に問いかける。電話越しの笑みが深くなった。
「探偵社のものがしらないのも仕方ないけど。実は事件は辻斬りだけではないのですよ」
「そういえば太宰もそんなことを」
 あの日の夜の太宰を思い出す。男の願いが叶うと言っていた。その中に出てきた話。
「いろんな組織からどうも情報が抜き取られているみたいでしてね、しかもその情報が敵対組織に安値で売られていたりするんですよ。さらにそれだけでなく武器や資金までもが盗難にあっています」
 くつくつと森は笑いながら話しているが、話している内容は決して笑えるようなものではなかった。むしろぞっと背筋が寒くなる。怒りでまともに聞こえていなかった話も思い出しながら福沢は唇を噛みしめていた。 
とんでもないことが横濱で起きようとしている。その中心に太宰がいる。
「裏社会は今やいつ破裂してもおかしくない爆弾のような状況ですよ。何のためにこんなことをしているのやら」
 やれやれと笑っていた森が首を軽く振った。まずいですよといままでわらっていたくせに言っている。脳裏に浮かぶ組み敷かれた太宰の姿。冷たい目をした太宰が言った言葉。
「戦争を、起こすそうだ」
 口にしながら吐き気が襲ってくるのを福沢は感じた。ろくでもない言葉だ。電話の向こうにいる森は喉を震わせている。最初から分かっている者の反応。読んでいたのだろう。
「成る程ね。それは太宰君の考えで」
「太宰の作戦だが戦争を起こしたいのはあの男のほうだ。奴は人を斬ることに執着している。戦争になればたくさん斬れるだろう」
 分かっている答えを森が聞く。福沢はそれに答えた。
「太宰くんは何かを脅されそれにしたがっていると」
 森がまた問う。福沢は短くああと答えた。今度の森の声は疑っているのが伝わってくるものだった。太宰君が脅されるような質だとは思わないのですがと疑問の声もまた聞こえてきていた。似たようなことは福地も言っていた。あれは脅される側ではなく脅す側。たとえどんな情報が出まわろうと一切気にしないようなそんな男だろうとそう。
 正直な話、福沢とてそう思う。恋人であるが、否恋人であるからこそ太宰が誰かに脅されるような質でないことをよく理解している。太宰にとって己の価値など無価値に等しい。無価値のものを守ろうなどと人はしないものだった。
 だから太宰が脅されるなどあり得るはずがなかった。
 それでもあの日の夜の太宰は確かに何かを脅されていた。
 福沢が信じられないが真実なのだと告げる。森は半信半疑の様子ではあるが信じたようであった。そして何かを考え始めていた。ふうと吐息が聞こえてくる。
「残念ながらその男と太宰君の関係は私も知りませんでした。太宰君の過去は一度調べてみたことがあるのですが、なにもでてこなかったんですよ」
「……そうか」
 首を振るような気配が伝わってきた。だがその口元が笑っているのが福沢には分かる。分からないと言いながら何かの手掛かりは得ている顔だ。頷きながら森の言葉を待つ。森が告げるのはあまり福沢にとっては良くない事だった。
「…福沢殿、貴方、何か心当たりがあるんじゃないですか」
 福沢の目が見開く。
「何故、そんなことを」
 言葉に一瞬つまり戸惑った声が出ていく。手にした電話機から喉の奥で笑う声が聞こえてくる。分かりやすいですねとそんな嫌な声まで聞こえてきていた。
「ただの勘でしたが、今確信しました。ありますね。何故それを調べないんですか」
 森の声が柔らかに福沢を責める。
 福沢は一度口を閉ざして目を左右に動かしていた。逃げ場所を探すようなそぶり。さいわいなことにそれを見ている人はいない。だが電話越しにも関わらず気付かれているとは思っていた。
 それはと小さな声が福沢からでていく。
 ふふと森が笑う。
「まあ、どうでも良いですけどね。ただ早くしないと後悔してしまいますよ」
「どういうことだ」
 柔らかなままの声。だけどその声は不吉なものを感じさせる。泳いでいた福沢の目が目の前を見て、そして低い声が出ていく。口が堅く引き結ばれていく。電話の声は柔らかいままだがおぞましく感じるようなものに変わり始めていた。
「今回の件、マフィアも相当の被害を受けていますからね。如何に太宰君といえども許すことはできません」
 赤い目が蛇のように敵を見る。そんな姿が浮かぶ声だった。口元は笑っている。福沢の目がどうしたって鋭くなる。
「太宰に手をだしてみろ。貴殿を殺す」
「そうさせないでください」
 低くなる声。もりはくつくつと笑いそうして言葉を紡いでいた。
「……」



「あまり政府を敵にまわすものではないぞ。福沢」
「種田長官」
 声をかけられて福沢はそちらを見た。そこにいるのはよく知る男だった。その男の名前を呼ぶ。呼ばれた男は口元を上げて笑い、こっちきいと福沢を呼びよせる。福沢は話していた相手を一度睨んですぐに種田の元に歩いていた。
 種田は福沢が来たのを見てどこかに歩き始める。その後ろをついて歩きながら福沢は小さなため息をついていた。
 結局何も話していた相手からは得られなかった。
 福沢が得たい情報を相手が持っていないなんてことはない筈なのだが、頑なに相手は口を割らなかったのだ。
 どうにかして情報を得なければいけない福沢はどうすればいいのか考えながら後をついていく。
 二人がいるのは今政府の建物の中だった。種田はその一つの中に入って、そして内側から鍵を閉めていた。
でと福沢をまっすぐに見てくる。
「何が聞きたいんや。わしが答えられる範囲ならこたえてやるで」
 にいと上がる種田の口元。その笑みを見て福沢は目を見開いていた。そうであってくれたらとは思っていた。だが。
 いいのですかと福沢の口からでていく。種田は良いも悪いもないと言っていた。
「福沢君が聞きたいのはあの男に関することなんやろ。それやったら教えるしかない。何せ一番あの男を倒せる可能性を持ってるのが探偵社なんやからな」
「……太宰ですか」
 ぐっと福沢は唇を噛みしめた。かすれた声がでていく。それに僅かに眉を寄せながらも種田はその首を縦に振っていた。
「あの男の異能を破るのはほぼ不可能。そもそもが破られん異能なんやからな。どんな攻撃もはじき返して通さない異能。毒の攻撃とかならまだ聞くが厄介なことに軍である程度の毒には耐性をつけているから奴を殺すための毒の入手がまず不可能。かりにあったとしても奴を一つの所に押し込んでいるのもまた不可能に近い。福沢君や猟犬の隊長も一緒に失うことになる。
 本当困ったことに打つ手なし。ただ一つあるとしたら太宰君が持つ触れた異能を消す異能のみ。
 わしらとしては探偵社にゆだねてそのバックアップをするしかない。だからこの件で探偵社が知りたい事があるならわしができる範囲で教えたる。何が聞きたいんや」
 種田の言葉に福沢の眉が寄った。有難い話である。頼りたいのは間違いない。ただ浮かぶのは太宰の姿だ。太宰は今敵の元にいる。
 ふうと福沢から細い吐息が出た。
「私が知りたいのは十数年前私が殺した者の事です」
 はっと種田の口が開いた。そして訝し気に福沢を見てくる。
「どういう事や。あの男を捕まえるために調べていたんと違うんか」
「否、そうです。あの男を捕まえるために私はその情報を調べているのです。
 今太宰は男に何かしらを脅されて男の元についています。男を捕まえるためにもまずは太宰を助け出す必要がある。その為にも太宰が脅されている理由が何なのかを知る必要があるのです」
 はっと種田の口はさらに開いて、太宰君がと声をこぼす。到底信じられないと口にする声はまあ当然の反応のものであった。残念ながら真実ですと福沢が告げるとその目が愕然と開き、元に戻るのに数秒かかっていた。はっと我に変えて福沢を見てくる。
「事情は分かったけどそこからどうして君が殺した人の話になってくるんや」
 福沢の呼吸がわずかに揺れた。目が見開くがすぐに閉じて福沢は話し始めた。
「まだ確かとは言えませんが、私が殺した者の中に太宰の家族がいた可能性があるのです」
 種田の目がまた見開く。
「正直今の今で忘れていたのですが、昔殺しに入った人の家で子供と出会ったことがあったのです。……家族やその家にいる者全員暗殺対象でしたが事前の資料に子供の姿はなく私はその子供を見逃しました。
 後で政府のものが来れば生かすか殺すかは勝手に決めるだろうと思って。子供を殺したくなかったのでそうしたのですが、今思い出してみるとあの日の子供は太宰に似ていた気がする。もしかしたらあの子が。
 だからその情報を欲しいのです。資料に乗ってなかったのではなく私が見逃していただけの可能性もある。あいつらが本当に太宰の家族で会ったのかどうか、それを確かめたい」
「なるほどな。理由は分かった。でもそれがどう関係してくるんや。いまいちわしには分からんのだが」
 福沢の目は俯いていた。地面をじっと睨んで吐きだしていく言葉。今にも一歩を踏み出して何かを切り裂きそうなそんな恐ろしさを感じながら種田は首をひねっていた。
 また福沢の目が大きくなった。呼吸も乱れて何かを言いづらそうに視線を一度だけ彷徨わせた。それはとかすれた声が出ていく。
 唇を噛みしめた後、深呼吸をしていた。呼吸を整えて福沢の目は種田を見据える。そして種田に問いをしていた。
「種田長官は太宰をあの男が脅したネタはなんだと考えますか」
「さぱりわからん。あれは誰かに脅されるようなたまやない」
 種田は考える様子すら見せずに頷いていた。福沢もそうなると読んでいただろう。すぐに頷いている。そして種田を見ている。
何処か睨むような目であるのが、睨んでいるのが種田でないことはその雰囲気から伝わってきていた。
「そうです。太宰は誰かに脅されるような奴ではありません。彼奴は自分のことなどどうでもいいと思っているから何をされようと基本的にいいし、ばらされても困ること一つしない。あの男は何かをばらすと太宰を脅していましたが普通ならそんな脅しは聞かないはずなんです。
 それがなぜ効いたのか。私には一つだけ心当たりがあります。
 私が太宰の親を殺したという事実。この事実であれば太宰はきっと自分を無価値だと思っているからこそ私にだけは知られたくないと思い、脅しを聞いた可能性があります」
 種田の眉間にしわができる。
「どういう事や」
口元に指をあてて考え込むが結局分からず聞いていた。
 問われた福沢は覚悟を決めていた筈なのに目を一瞬だけそらしてしまっていた。躊躇った声を出しながら、息をのんで言葉を続けていく。言葉にする傍ら時折奥歯を噛みしめていた。
「それは……、私と太宰の関係にあります。私たちは他の者にはいっていませんが付き合っているのです。
 あれは分かりづらいし、本人すら自覚しているか怪しいですが、ちゃんとわたしのことをすいています。それは分かります。だからこそ太宰は私に知られたくないと思うはず。ずっと傍にいて欲しいから」
「……なるほどと言いたいけど、それでもようわからん。知られてもいいんやないか。殺してしまったと知れば罪悪感が湧くやろ。それを利用してずっと傍に置くことも出きる
 そうしそうやけどな」
 聞いていた種田は最初こそ驚いていたものの今では冷静になって考え込んでいた。そして一つ頷くふりをして首を振った。福沢をじっと見る。見られる福沢はその首を横に振る。彼にしては長く言葉を話した後、もう出てくる言葉などなさそうにも思えるのにどんどんと言葉は出ていく。
 福沢の目元は睨みつけるようなもののまま何処か泣き出しそうに歪んでいた。
「しませんよ。あれはああ見えてそういう所繊細なんです。義務感で傍に居させたとしても自分を嫌いになっていたらどうしようもない。好きでいてくれないなら傍にいても意味がないと考えるでしょうし、何より罪悪感とか優しくしなければと言う義務は疲れてしまうでしょう。どんな好きなものでもやりなさいと言われてやっていると嫌になってくる。それと同じで今は好きでも嫌いになると考える。
 だから太宰は絶対に知られたくないと考えるんです。
 ……確かに優しくしなければと考えないわけではないですが、でもそれ以上に私はあの子のことを優しくしたいと思っている。この腕で笑っていて欲しいとその姿をずっと自分に見せていて欲しいと。
 誰より離したくないと思っているんです。だから義務感など気にしなくてもいいのに。そんなものほとんど意味のないものなのだから」
 噛みしめた奥歯が嫌な音を立てる。また驚いた眼で見てしまいながら種田はすぐに仕事の顔に戻っていた。それでと福沢に聞く。
「どうするんや。動けば関係が壊れるんやないか」
「そうですね。でもいつまでも太宰をあの男の傍にもいさせたくない。あの子の策を使って私があの男を倒します」 
 答える声は何処までも低い。まだぶれているがそれでも覚悟は決まっていた。




「あの子がどんな弱みを脅されているのかは知りませんが、一つ言えることがあります。
 あの子はただ大人しくしている子供ではない。反撃できるチャンスを待っている。反撃できるその小さな隙を作ろうとしている筈。どういう方法かはわかりませんが、でもそうだとすればあの子が使いそうな手は貴方も分かっているのではないですか」
 嫌な言葉を思い出しながら福沢はその時を待っていた。息をひそめて小川の傍で男が出てくるのを待つ。
 一戦交えた後の体はあちこちが悲鳴をあげていたが、撤退しようとは思わなかった。
 闇の中潜んでいた。

 一人では危険だと言った福地は追い返していた。大丈夫、問題ないと何度も話して説得した。
 何度も考えだした結論。
 息をひそめて時を待つ。何時間も待って男が一人やってきていた。くそと悪態をつく男。
 全然満足できやしねえ、あの屑がと罵る男は乱暴で汚らしい。その足元が少しふらついていた。今にも倒れそうな姿。福沢はふっとその口元だけを歪ませていた。反撃できるチャンスを待っている。森の言葉がよみがえる。
 太宰の疲れた顔を思い出しながら福沢は立ち上がり、その男の前に立つ。
 外に向く目。なんでといいながら男が構える。おれにころされにきたのかよと笑う男に福沢は無言で刀を構えた。男が切りかかってくるのをよける。すかさず攻撃を仕掛けるのに受け止めた男は強くはじいてつき進んでくる。これをよける福沢。何度も切りあって覚えた太刀筋、
 だが今はかすかに早さと強さが足りなかった。
 男の刃を福沢の刃がはじいた。
 踏み込んで男を切り上げていく。皮膚が切り裂かれて赤い血が流れた。男の目が驚愕に見開き、福沢は眉をわずかに寄背ながらもそのできた傷を見つめる。揺れ動く体。
何でと驚いた声を男が挙げるのに福沢は森の言葉を思い出す。
あの子は大人しく言うことを聞くなんてことないというその言葉。そんなのわざわざ言われなくとも福沢だって知っていた。
 太宰であれば敵を踏み潰すためのチャンスをちゃんと待っていると。
 それが今だった。
 毎夜のように暴れさせ。だけど細かい注文を付けては満足させないようにしていた。いくら殺しても満足できないのに男の苛つきは溜まり、満足できないからともっと暴れる。疲れていることなど気にせず人を殺すことに執着する。
 だけど毎夜のように戦えば体は確実に疲弊していく。思ったように戦えなくなり、さらに苛だちが募って満足から遠くなる。そうすれば男の性格上満足がいくまで殺そうとしてさらに暴れることを求める。
 悪循環。
 そうやって男の純粋な力を奪いながら太宰は異能の力も奪っていた。自分で始末するつもりだっただろうが、そうできない時のことも考えてちゃんと保険を用意していた。そう言う男だ。
 その方法は毒と麻薬だった。太宰は抱かれるとき、気付かれない程度のごく少量の毒と麻薬を口づけや体の中にまぜて男に塗り込んでいたのだ。気づかれない少量はすぐには効かない。
 だけど、解毒の難しいものを与えることで少しずつ体の中にためさせていた。そして一気にそれが現れるようにしていたのだ。体力を落としただけでなく体の中からボロボロにし、そしてその頭の中も壊している。
 異能は脳に宿ると言われている。だから太宰は脳を壊した。脳の神経を異常に避ける毒や麻薬を飲ませ、脳の信号が正常に回らなくさせた。さらに脳をとかして異能の制御が満足にできないようにしたのだ。
 普通であれば少しは気付きそうなものだが、太宰の策略によって苛立ちに支配されていた男は気付かなかった。さらに思考が回らなくなっていくからげんじょうがおかしいことにも気づかなくなっていく。そうして男は太宰の策にからみとられたのだ。
 長い時間をかけて己の体すら使って太宰は男を倒すための準備を整えていた。
男の目がさらに見開いていて怒りに染まる。ここにきて太宰の計画に気付いたのだろう。あのくそがと毒づく。殺してやると叫ぶのに福沢は手にしたその刀を男に向かい振り下ろしていた。
 逃げようとする男だったがその体はふらついて動くことだってできなかった。
 赤い血が飛ぶ。
 首を切り落とす。男の目は濁り、動かぬ人となる。返り血をぬぐいながら福沢は己の手を見降ろした。もう二度と人は殺さぬとそう決めた。誓った。だけど足音が聞こえて福沢は振り向いていた。
 そこには拳銃を握り締めた太宰の姿がある。
 急いできたのだろう体に羽織っただけの殆ど裸のような姿。立ち尽くす太宰はなんでと声を出した。
 どうしてと太宰が言う。福沢は太宰に手を伸ばす。太宰は濡れた手から逃げなかった。その頭に手をのせてその体を掻き抱く。
 胸にうずくドロドロとしたもの。
 目の前が赤い。太宰に口づけていた。褪せた目はさらに見開き太宰は逃げようと首を振った。その顎を掴んで引き寄せ呼吸を奪う。
 銀の糸が二人の間を紡ぐ。どうしてと太宰が聞いた。もう一度噛みついてから分からないと思った。
「どうしたらこの思いがお前に伝わるのか分からない
 ただ私はお前にずっと傍にいてほしい。お前の手を離したくない。掴み続けて居たい。だから」
 福沢はもう一度口づけるだからと声を出す。悲し気に聞こえる声はそれでも太宰を求めていた。
「今、お前を私のものにする」
 






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