嫉妬する話

「いい加減にしてください! なんで僕ばかりに悪戯してくるんですか!!」
 ばんと大きな音が探偵社内に響く。たぁと音をたてた張本人である敦が手を押さえて、うずくまるのに周りの者はアーーと言うような表情をして敦の隣にいる太宰を見ていた。
 太宰は呆然としたように敦を見下ろしていたが、徐々にその口許が尖っていきすねたような顔になる。別にとでていく声はいつになく低いものだ。ぐっと敦が太宰を睨み付けた。
 ふんと太宰はそっぽを向く。
 もう一度別になんでもないよと言った。
 が、太宰は自分の今の行動が異常なことも、その理由についても全て正確に把握していた。それを他人に言うつもりがないだけで。太宰はじっと敦を見てから、また目をそらす。敦の目が見てくるがふんと鼻を鳴らすだけだ。でも申し訳ないなと言う気持ちは実は本の少しだけあった。
 ちらりと敦を見ては目をそらす。
 むうとむくれそうになるのだけは抑えながら席から立ち上がっていた。太宰さんと敦が声をかけるがそれには返事をせず、太宰は机から離れる。数ヵ月前のことを思い出していた。
 数ヵ月前、太宰は死んだようにして生きていた。
 天人五衰との戦いの末に死ぬ。そんな甘美な未来を夢見て生きていた太宰は、天人五衰との戦いの後に生き残ってしまったことに絶望して、生きる目的をなくした中で、ただ息をしては太宰治を演じていた。
 何で。どうして。沸き上がる疑問を圧し殺し、死に急ぎながら生きていた。そこに声をかけてきたのは福沢だった。
 少し良いかと言った福沢とともに太宰は町の中を歩いた。何故自分を呼んだのか不思議に思いながら後ろをついて歩いていた。その途中福沢は太宰にそろそろ考えてもらっても良いだろうかと問いかけてきたのだ。
 えっと太宰は声にだして首を傾けた。なんのことだと福沢を見た。福沢は約束だっただろうと太宰に言ってきて……。
「全て終わったら、ちゃんと考えると……」
 お前のことが好きだ
 福沢に言われた時、太宰には別の言葉が聞こえていた。それは忙しさに忙殺されて忘れていた、否、忘れようとして忘れた言葉だった。
 数年前に福沢に告白された時の言葉。その時太宰は答えを返せなかった。
 どう答えていいか分からなかった。人を好きだなんて感情知らない。例え付き合ったとして後数年で自分は死ぬ。それにやらねばならないことが多すぎる。自分ができる全てを使っても勝てるかどうか分からない相手がいる。絶対に勝たねばならない相手。その相手とのこと全てが終わらない限り付き合うだなんて、そんな、そんなものに時間をかけるわけには行かない。
 そうやって悩んだところ福沢はそれではと太宰に言った。
 それではお前がなさねばならないこと全てが終わった暁には、私との事を考えてくれないかと。それまで待っているから。
 頼む。
 穏やかに言われたその時、太宰ははいと頷いていた。全てが終わったら考えますと。その時には既に死んでいるだろうけど。その言葉を飲み込んで頷いて、でももし生きていたらそんなことを考えた。
「私は今も変わらずお前が好きだ。太宰。私と付き合ってくれないか」
 福沢に言われ、太宰は福沢を見つめた。
 どう答えていいのかまだ分からなかった。やらねばならなかったことは全て終わった。残っているのはどう生きていいかも分からないような燃えカスの日々だ。そこにいたのもがらくたの太宰だ。
 何もかもに置いていかれてただ息をしているだけの何かだ。
 そんなものが人と付きあっていいのだろうか。そもそも。
 考えていると福沢が私のことを嫌いかと太宰に聞いた。いいえと言葉はでていた。嫌いなどではなかった。でも分からなかった。それに福沢はそれならば付き合ってくれないかと言葉を重ねる。好きだと囁いて太宰を見つめる。
 優しい色をした銀灰の瞳に太宰は頷いていた。
 福沢の手がそっと太宰に伸びて、そして一度離れていた。
 ありがとうと頬の筋肉を少しばかり緩める福沢。その姿を見て太宰はああ、そうだと思い出していた。私たちは触れることは許されないのだと。

 過去のことを思い出した太宰は敦を見る。長いこと睨んでしまいそうなのをすぐに目をそらした。
 そもそも敦君を探偵社にいれる計画をたてたのは私だ。私が敦君の存在を邪魔に思うのは間違っている。彼は何も悪くないと心のなかで太宰は言い聞かせていた。
 福沢の異能と太宰の異能。
 それは最悪なまでに相性が悪かった。人の異能を調整する福沢の異能に、人の異能を打ち消す太宰。その力で探偵社の社員、主に敦や鏡花の異能が暴走しないよう福沢が守っているのに、太宰が触れたらその異能を消してしまう。
 だから二人は触れ合うことができず、恋人となってからも手を繋いだことひとつない。
 ただ傍にいるだけ。その日々が寂しかった。
 どこにいくんだと敦の他、国木田が怒ったように聞く。太宰は散歩とひらひら手を振って事務所からでていた。二三歩歩いて足を止める。
 敦に酷く絡み、悪戯して、自分の仕事も押し付ける。そんな行為をここ数日太宰は繰り返していた。自分がやっていることがただの八つ当たりであることは分かっている。それでもそれを抑えることはできなかった。
「だって振れて欲しいのだもの。昔はちゃんと……」
 小さな声が太宰からこぼれていく。


 がちゃり。太宰がでていたのとは別の音が同時期にしていた。太宰を追いかけていたみんなの視線がはっとそちら向く。開いた扉から福沢が姿を見せていた。
 福沢の目が室内を見渡して立ち上がっている敦を見る。
「怒鳴り声が聞こえていたが何かあったか」
 ちらりとその隣の空になった席を見てから福沢は問いかけていた。言いづらそうにその場にいた者たちは視線をずらしていた。太宰さんがとでていく声にそうかと福沢は頷いた。詳細は語っていないがそれだけでも充分伝わったのか福沢は再び立ったままの敦を見る。
 見つめる目、その上には深い皺ができて少し険しいものになっている。
 たらりと敦からでる汗。ごくりと息を飲んだのは敦だけではなかった。
「すまなかった」
 福沢の口が開いて言葉を紡いだ。へっと目が見開かれていく。
「太宰に迷惑を掛けられているのだろう。すまなかった。だが、許してやってくれないか。酷いようなら私に言ってくれたら少しは何とかできるだろう。だから」
 福沢の言葉に敦からははぁと間抜けな声しかでていかない。口を大きく開けて福沢を見てしまう。福沢は真剣な眼差しをしていた。ええと首を傾ける敦。頼むとだけ言って福沢は太宰がでていた扉に足を向けていた。
 呆然としていた国木田が慌てて何処にと問いかける。少し振り向いた福沢はちょっとした用事ができてな。そう答えて探偵社からでていていた。
ぱたりとドアが閉まる
「え……。僕どうして社長に謝られたんですか」
 呆けた声がとう。誰一人答えられるものはいなかった。


 がちゃりと開いたドアに階段の前で止まっていた太宰は後ろを振り向いていた。
 福沢が太宰を見てそっとその目元を弛ませる。反対に太宰は口元を小さく尖らせていた。太宰の横を福沢が通り、そしてそっとその手を差し出してくる。手をとることはしないが福沢に続いて太宰は歩きだしていた。
 階段を降りて、横浜の町を歩く。前を向く背中に太宰は声を投げ掛ける。
「貴方が謝ることはないのに。あれは……」
 唇を尖らせながらの言葉は小さい。聞いた福沢は太宰の方を向いて目尻を少し下げる。
「そう言うな。私のせいみたいな所もあるのだ。それにお前は最近敦ばかり気にしているからな……」
 気まずそうに福沢の言葉を聞いていた太宰は最後の方に首を傾けていた。見上げてくる褪せた瞳に福沢はこれはまあいいと首を振る。それよりと太宰に向けて問う。
「お前が良いのであれば私たちの関係をみんなに言おうか。そうしたらみんなのことだ。わずかな時間になるだろうが私たちが触れ合えるよう協力してくれると思うが」
 太宰の目が震える。色褪せた瞳がほんのわずかに色を載せる。だけど太宰は首を横に振っていた。いいですとその口は言う。そう言うのは求めていませんと。
「貴方に触れたいけど……、知られたくはないのです。悪いことをしているとは思わないけれど、こう言う関係は弱みになるでしょう。それは嫌なんです。
 それに貴方と傍にいられるだけで満足なので良いのです」
 俯いた太宰がそれでも微笑む。福沢は何も言えずに太宰を見つめて、そうかと頷いていた。早めの昼食でも食べに行くかとその口がとえば太宰ははいと答える。寂しくなっても貴方とこんな時間を過ごせるだけで忘れてしまいますからとその口は小さく笑った。


 

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