ばんとすぐそばで響く大きな音。あがる悲鳴。飛び散る赤。崩れ落ちていく男の姿を見つめ浅い吐息を漏らした。暗い色をした褪赭色の目が男を見下ろし、それから周りを見回す。
 褪赭色の目の中に写るのは等間隔で置かれた大きな筒。下は機械で固定され、上には沢山の管がつくガラスの筒のなかには液体がつまり、そこには人の形をした何かが沈められていた。こぽこぽと気泡が音を立てる。部屋のなかは機械音で満ちていた。
「よくまあ飽きないものだよね」
 黒々とした声が生きているのが一人だけの世界で響く。赤い血が世界を染め上げている。吐き出されるため息。
「数十年たっても成功したのはたった一体だけ。粛清されたにも関わらず何度も何度も甦って……無意味だと知ればいいのに。
 少なくとも私が生きている限りはこの研究をさせ続けたりしない。何度だって壊す」
 これ以上私を産み落としたりしない。
 小さな音が世界の中に消えていく。輝きのない目がそこにある筒、培養機を見つめる。かつて昔男は、太宰治は同じような場所で生まれた。数十年前、戦争をしていたこの国で戦力増加のために行われた強い異能力者を科学的に産み出し複製しようとした研究。数人の遺伝子を掛け合わせ行われたそれ。何十と云う溶媒機が並ぶなかその一つから太宰は産まれた。望む異能を産み出すために何種類もの組み合わせを作り何十と云う数あった中で目覚めたのは太宰を含め数人。その中でも求められたレベルの異能を持っていたのは太宰一人。その太宰の細胞を使って幾人もの太宰が作り出されようとした。その途中で倫理に反するとして粛清された研究。廃棄されるはずだった太宰は逃げ出して生き延びた。その後なんとかこの世界で生きてきた太宰は数年前に研究がまだ続いていることを知った。誰かがデータや核となる細胞を持ち出し裏の世界で続けていたのだ。昔ほど大規模ではなくなった研究は太宰を複製することにだけ焦点がおかれていた。だがそれすらも簡単なことではなく成功した例は今の所ない。きっとこれからもないだろう。そうなる前に太宰が壊していくから。太宰が何度潰しても何処からか研究データが漏れ甦るがそれでも何度だって太宰は潰していく。
 己がただ一人の己であるために。そしてこれ以上この世界から逸脱しないために。
 重い足取りで一際大きな機械に立つ。眺め、そして片手をあげる。拳銃の握られた手。微かに震えた指先で引き金を引く。何発も銃声が轟く。バチバチと激しい音が機械からでた。火花が散り、やがて沈黙する。部屋のなか唸り声のように鳴り響いていた機械音がなくなる。こぽこぽと気泡が作られていたのがすべての培養器からなくなり、活動を停止する。それらを眺め緩慢な動作で拳銃の弾を補充する。並べられるすべての筒に向けって発砲した。
 血で濡れた部屋のなかが液体で覆われていく。足元にやって来る液体を見つめながら太宰は踵を返した。
 彼の日常に戻ろうとこの場を去ろうとする。
 だけど太宰は戻れなかった。
 部屋を出ようとした彼の耳にああと声が届いてしまった。立ち止まった彼はその目を見開いて後ろを向く。







 子供を拾ってしまったのだよ。
 そう言って背中の後ろにいた子供を太宰が見せるとその場に集まっていた殆どの者達ははあと大声をあげて太宰と太宰が連れてきた子供を見ていた。太宰の前にいるのはひざ丈より少し上ぐらいまでしか届いてないようなまだ幼い子どもであった。
 どこからどう見ても子供であるのに、はあああともう一度国木田が声を上げる。何度も太宰と子供を見て、そして太宰の首筋を掴んでいた。
 握りしめそうな勢いで掴んで体を揺さぶる。お前はああと叫ぶのを聞いて太宰はその顔を歪めていた。
「どこの誰との子供だ。ちゃんと責任は果たしているんだろうな。ええ!!」
 近所にまで聞こえそうな声でとんでもないことを叫ぶ国木田。ため息をついたのは太宰だった。太宰は揺さぶられながら人の話を聞いてくれないかいと国木田を見ている
「私の子供ではなく拾った子供なのだけど」
「そんなわけないだろうが!」
 ため息とともに太宰は言っていたが、その言葉はすぐに国木田に否定されていた。もう一度太宰がため息をつく。太宰さんと今まで国木田の勢いに押されていた敦が口を開いた。
「あの、隠さなくても大丈夫ですよ。……その分かりますから」
「そうですよ」
 暑しどころか谷崎にまで言われて太宰はだから違うと呆れたようにしていた。ただと惑う様子はない。最初からこうなることを把握していたようだった。馬鹿言うんじゃないよと与謝野が太宰と子供を見る。その目はとても険しい。
「こんなそっくりなのに関係ないわけないだろう。何処の女だい」
 鋭い眼差しが国木田以外からも飛んでくる。みんな静かに太宰を見つめていた。ぎゃいぎゃいと攻め立ててきている。騒がしい探偵社の中でも異様な光景であった。やたらと煩いのに子供が何かに反応することはなかった。
 太宰の前に立ち静かに前を見つめている。ぎゃいぎゃいと太宰を責め立てる周りに静かな子供。
 そんな光景にはみんな意識が向いていなかった。
 何処の子ですか。ちゃんと責任は果たしたのか。周囲に問われて太宰はため息をつく。だから違うよと言うものの誰も聞くことはなかった。
 ジト目で太宰を見てきてはあんたってやつはと深いため息をつかれる。何人かはまあ太宰さんですからと苦笑していた。国木田の手はまだ太宰の首を握り締めている。どうすれば話が進むのか。
 このままではずっと同じことを言ってそうだ。そう考えていた時、ガチャリとどあのぶを回す音が響いた。
 開いたのは探偵社の奥にある部屋の扉。
 探偵社の社長である福沢の部屋であった。
「先ほどから騒がしいが、何かあったのか」
 部屋から出てきた福沢はまず事務所の中を見渡し、騒動の中心に目を向けた。国木田に首を掴まれた太宰を見って眉を顰めてから口を開く。太宰からその視線がそらされることはなかった。
それがと周りにいた事務員が困ったように口ごもった。国木田や与謝野をみる。敦や谷崎も何と言っていいのか言葉に困り、太宰の足元にいる子供を見た。
 子供は福沢が入ってきた一度だけ音につられてそちらを見ていたが、今は静かに他の場所を見ていた。与謝野と国木田がこいつがと太宰を指さした。
 太宰を見ていた福沢は国木田と与謝野を見、それから敦や谷崎を見た。その視線が太宰から動いているのを気付いて眉を寄せる。そこに何かあるのかと視線を向けるが、見えなかったのだろう。数歩前に出ていた。
 じっと状況を確認していく。その福沢の目が大きく見開く。その視線の先には静かに立ち尽くしている子供がいた。
 じっと子どもを見て福沢はその子供はとかすれた声を出していた。
 太宰の目が福沢を見てから子供を見て暫く何かを考えていた。それから口を開く。
「実は数国前に拾ってしまいましてね。無口で何を言っても答えてくれず、親がいるのかも怪しかったのでここまで連れてきたのですよ。でも拾ったと言うのにみんなが信じれくれないんですよ。
 どうやら私の隠し子だと思っているようなのですよね。
 私はそんなへまはしないのですけどね。そもそも」
 何事かを言いかけた太宰。褪せた目が大きく見開いて一瞬後には元に戻っていた。どうにかしてくれませんかとその口が言う。福沢の目が太宰を見て、それから子供を見ていく。
 子供の髪は黒に近いこげ茶色であった。ぐしゃぐしゃに見える癖毛。褪せた色の目をしている。
 部品を見ても太宰を連想させるが、その部品の位置は綺麗に太宰と同じ場所に納まっている。瓜二つと言える顔立ち。子供だと思うのも無理はない。というかそれしか思えない。子供をじっと見てから福沢は太宰を見る。太宰はにこにこと笑っている。
 その目は福沢が来てからもその前からも一度も子供を見ることはなかった。二人とそれから周りをじっと絵見て、福沢はちらりと後ろを見ていた。そこには乱歩がいるが、彼はつまらなそうに頬杖をついているだけ。興味はなさそうであった。
 もう一度子供を見て福沢は口を開いた。
「そう言うのであればそうなのだろう。まずは警察に届けよう。もし親御さんが見つからないのであればこちらの方で世話をしてやろう」
 ええと国木田や与謝野、敦、谷崎から声が上がっていた。信じられないと見つめてくる目。何でと言いたげな目に見つめてくる大きな目。その中に褪せた色も混じっていた。じっと見てきてすぐにさすが社長と柔らかなものになる。にこにこと笑って太宰は周りを見る。国木田が苦虫をみ潰したような顔をしていたが、福沢が決めたことには文句は言えない。歯を噛みしめていた。
 他の者もそんな国木田の様子を見て言葉を控える。よろしくねと太宰が笑った。子供の目は一度も誰かとあうことがなかった。


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