それから数年後、何だかんだと生き続けてしまった私は自分の足で光の世界を歩むことになってしまった。
 そこまで導いたのはたった一人の友の言葉。
 どこまでやれるか分からないけど、それでも足掻いてみることにした。そんな私の前に現れたのは心底憎んだあの人であった。 
途中から何となくわかりながら流されるままに流されていた私はあの人にあった時、あの時抱いたような絶望を抱き、同時に何故か安心していた。
 とにかくこの場でできることをやっていこうと思ったのだった。
 それも恐らく今日で終わりだろう。




私は私を見つめてくる視線を見つめ返した。銀灰の目がいつになく見開いて揺れていた。驚きをその目のすべてで表現される。太宰の心はやたらと凪いでいた。もっと何か感じることがあるかと思っていたけど何も感じることはなくただ目の前にいる福沢と見続ける。福沢は太宰を見つめながらその口元を僅かに歪ませていた。
「……お前は私の事を嫌いなのだと思っていた」
その口から紡がれる言葉。銀がそらされることはない。意識しなくても太宰の口角が上がる。嫌いですよとその口は動いていた。褪せた目が三日月のように吊り上がっている。
「貴方のことなんて入社するその前からずっと大嫌いでした。貴方にばれていたのはそうて意外でしたがね」
 福沢の目は細められるものの再び驚くような様子はなかった。じっと見てきながら何かを考えているのかその口が引き結ばれる。そのまま暫く何も言わなくなって、それで一度。太宰から銀の目がそれた。銀灰の目は福沢が手にしている者を見、そして太宰と福沢の間に箱を見下ろしていた。
 福沢の手の中にあるのは薄緑色の羽織だった。その昔福沢が着ていたものだ。そして盗んだもの。いつか返さなければと思いつつ返すことはなかった。憎んだ後も捨てることはなく手にしていた。それが福沢の手の中にある。隠すつもりがあったわけじゃない。どうでもいいと言う事にしたかっただけのことがらが今ばれてしまっていた。手にしているのをただ冷めた目で見てしまう。
 どうしてそんなことになったのだったかとそんな事をぼんやりと考えていた。
 正直な話をするとあまり覚えていなかった。
 朝から考えがまとまらなくて思考が鈍っているのを感じていたのは覚えている。体も少しおかしくて体調不良と呼ばれる類のものであることは気付いていた。だが、太宰はまあいいだろうと出社した。気にするほどのことではないと思っていた。仕事はやれた。多分、いつもより時間がかかったもののどうせ書類仕事だけで問題はなかった。仕事の間、太宰の体調不良に気付く者もおらず一言でいうとよい感じであった。
 問題が起きたのは仕事が終わった後、太宰は自分の体が家に帰りつけないほど弱っていることを感じ取っていた。だから退社の時刻になっても仕事が終わらないふりをして事務所に残った。
 道端で倒れるより探偵社に残る方が安全であった。仕事をしているふりして全員を見送っていたが、最後に福沢が出てきた。
 今日は仕事が終わるまでここにいるので戸締りは私がやりますよ。社長はお帰りください。そう福沢には伝えた。
 それなのに福沢は何故かそれに何も言わなかった。むしろじっと太宰を見降ろしてきて、そして否、お前は帰れ。むしろこれから私が連れて帰る。そう言ったのだった。太宰が驚けば福沢は風邪をひいているのだろう。無理はするな。他の者は騙せても私は騙されんぞとその鋭い眼を向けてきたのだ。
 風邪と言われて太宰は驚いた。固まってしまった太宰に福沢はほらいくぞとその手を差し出してきていた。何を言っているのですかと聞いた声はかすれていた。福沢はその銀灰の目で太宰を見てしんどいくせに無理をするなと少し咎めるよう言うのだった。
 しんどくないと笑おうとした太宰だが、それすらめんどくさくなるぐらいには体調が悪くて結局福沢の手を掴んでいた。そして太宰の家まで帰ってきたのだったが、福沢は太宰の家を見て顔を歪めた。太宰の家は布団が敷かれ寮に備え付けの小さなテーブルの上、缶や瓶が散らかっているような部屋だった。埃で汚れている。眉を寄せながらもお前はさっさと寝ろと布団の中に太宰を押し込んで自分は部屋の片づけをして、何かを作ろうとしていた。
 テーブルの上のごみをまとめ、台所で棚の中を見る。ほぼ何もない棚の中には酒とカニ缶ぐらいしかない。なんで鍋の一つもないのだと驚いていた福沢は奥にあった段ボールに気付いて手を伸ばした。その中身を確認するためにあげて、目を見開く。そんな様子をぼんやりと布団の中から見ていた太宰は数分経ってからあることに気付いてはっとしていた。目を見開き立ち上がる。
それは駄目ですと口にしてももう遅い。
 福沢に中を見られていた。そして福沢はその中の一つを手に取り、箱の中から取り出していた。一緒に箱の中身が少しこぼれていく。
 太宰の体から力が抜けて倒れそうになった。見開いた眼。
 銀灰の目が太宰を見つめる。


 そんな流れだった。太宰が長い事執着して、捨てようと思った後も結局捨てられなかったなれの果てをみた福沢は困惑して太宰を見ている。そしてばらまかれたものを見ている。
 隠し撮りした福沢の写真。依頼人あての手紙。
 そんなものが見える。
 嫌いですともう一度言う。大嫌いですと。困惑している福沢はじっと太宰を見て、下を見た。それから何かを考え口を開いた。
「では私の弱みでも探していたのか」
 箱一杯に詰まったものを見て福沢が言う。その言葉に太宰は少し固まってそうですねと言いかけ、それは違いますよと答えていた。
 はっと福沢の目が見開く。何だと。そんな風に見つめてきては箱の中を見た。はこの中に詰め込まれた大量のものを見た瞬間。恐らく嫌悪を抱いただろうが浮かべてはいない。
 ただ理解することができないと見てくる。何を言っているのだとじっと見つめてくる目を見て、太宰は一つ笑っていた。
 頭痛がひどくて、考えがまとまらない。ただ何もかもがどうでもよくなっていた。すべて終わって滅んでしまえとさえ思う。
 だから太宰は……。
「貴方が悪いんですよ」
 笑ってそう告げていたのだ。
「ずっとずっと見ていたのに貴方は与謝野先生にだけ手を差し伸べて私を置いていてしまうんですもの。与謝野先生よりずっと私の方が貴方を見て、貴方を待っていたのに来てくれないから。
 だから貴方なんて大嫌いなんです。
 この世で一番貴方が嫌いです」
 自分勝手な言い分であると分かっている。だから好きにもなってもらえないのだ。分かっているけど太宰はそれを気にしなかった。ただあの時抱いた憎しみと恨みのすべてをぶつけるのだ。
 福沢は呆然とした顔で太宰を見ていた。
 これですべて終わったな。荷物を詰めて出ていかなければ。まあ、纏めるような荷物なんてないけど。ふらつきそうな体を何とか起こしながら太宰は考え続ける。
 福沢がゆらりと太宰の目の前で動いた。銀灰の目はまだ太宰を見ていた。
 それなら
 福沢の口が動いた。


「今からでも私に拾われてみるか」


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