物心ついた時より福沢には妙な記憶があった。
 それは自分であって自分ではない男の記憶。似ているようで違う別の世界で産れて死んでゆくまでを覚えていた。前世の記憶とでもいう奴だろう。
 福沢はこれまで一度もその話を誰かにしたことはない。そのような話をしても信じてもらえぬことを知っていた。それだけでなく周りに奇妙な子と思われ家族に迷惑を掛けることも分かっていた。
 誰にも言わず15年固く守り続けてきた秘密。
 それを何故、目の前の男たちが知っているのか。
 疑惑の眼差しでもって福沢は睨み上げる。
 その眼光に黒服の男たちは竦み上がった。かつて様々な修羅場を潜りぬけてきた武人の殺気は、例え子供の姿になろうと消えるものではなかったのだ。
 震える男らを福沢は見据える。
 男らの中に福沢が知る顔は誰一人いない。
 彼らはつい先ほどいきなり福沢を襲ってきたのだ。学校から家へと帰宅途中であった福沢を拉致しようとしてきた。まだ中学生であるものの前世で武人として生きた記憶をもち、今生でも修練を怠ったことのない福沢には撃退するなど造作もない相手。ものの数分で無力化すると警察に通報をしようと懐から携帯を取りだそうとした。そこで男らのうち一人が言ったのが前世の記憶を持っているのではないかと云うものであった。
その言葉を聞いてすぐに福沢は携帯を取り出すのをやめ男らを睨み上げた。誰にも言ったことのない記憶のことをどうして知っているのか。もしやこやつらも同じように前世の記憶を。だとしたらどうして自分を襲ったのか。かつて敵だった者たちだったとしたら。様々な憶測が頭の中で飛び交う。
「何故知っている」
 まだ声変りをしていないはずなのに背筋が凍るほど低い声が福沢から出た。ひぇっと情けのない声が尻をついたままの男らから零れた。ま、待ってくれ、男の一人が青ざめた顔で声をあげる。
「わ、私たちは怪しいものではない。時の政府のものだ」
「はっ」
 嘲笑のような声が零れ落ちる。その眼差しは絶対零度見るものすべてが凍り付きそうで、あたりの空気が一度と言わず五度は十度は下がった。可哀想に福沢の目の前にいる男らはみなふるえ青ざめるという表現すら生易しいほどに血の気を失っていた。
 いきなり人を拉致をしようとしていたものが政府などと馬鹿馬鹿しい。しかも時の政府だ。なんだそのへんてこな言葉は。馬鹿も休み休み言え。と云うような感じの言葉がその眼差しからはうかがえた。
 もういいと、どうせ牢屋で何を喚いたところで馬鹿な奴らの狂言だと思われるだろうと再び警察に連絡を取ろうとする。そこに本当なんだ、話を聞いてくれと男らが声を上げるが聞く耳は持たない。110番を押しかけたまっさにその時、福沢は白い光に包まれた。
 そしてその光が止んだ時、福沢がいたのは先ほどまでいたところとは全く別の場所。外にいたはずなのに室内、それも見知らぬ場所だった。すぐさま警戒する福沢の前には男らと同じような格好をした新たな男が。男は警戒する福沢に声を掛けることなく周りの倒れたままの男らに怒鳴りを上げた。
「何をしておる!記憶持ちだぞ!いきなり連れてこようとしても無駄なことぐらいいい加減悟らんか!もっとスムーズに連れてこれるようになれ! この馬鹿共らが!」
 男の怒鳴り声が室内に響き渡る。慌てて立ちあがった男らが敬礼し申し訳ございませんと次々に頭を下げる所からして男が福沢を拉致しようとしら男らの上司なのだろう。余計に警戒し距離を取ろうとする福沢に男は笑みを浮かべた。
 そしてこう言う。
「この度は大変申し訳ありませんでした。部下の躾が行き届かなかったばかりに。だが是非とも貴方に話を聞いていただきたいのですよ。
 福沢諭吉殿。何貴方にも良いお話だと思いますよ」
 にやりと笑って男が告げた名は今生では誰も知らぬはずの福沢の前世の名であった。



 男の話を端的に言うと審神者になってもらいたいというものであった。
 審神者。福沢も聞くだけなら幾度か聞いたことの言葉である。一応は国家公務員でありながらその採用基準もそもそもどんな仕事をするかしらも知られていない謎の職業。その適正は健康診断で分かるという何とも胡散臭い話。
 福沢は興味がなかったので軽く聞いた程度だが、学校でもその話はよく噂される話でその中には時間を渡って歴史を守る仕事らしいとか、刀の付喪神を仲間にするらしいとか何ともファンタジックなものが混ざっていたが、どうやらそれらはすべて正解だったらしい。
 実は十数年前にタイムマシンを完成させたものがいたのだが、時間を自由に移動できるなど何が起こるか分からないという事で政府はそれを発表せずに厳重に封印したらしい。だがどこから漏れたのかそのタイムマシンの技術が盗み出されそれを悪用し歴史を自分たちの都合のいいように改善しようとするものが現れたのだと。
 歴史修正主義者と名乗っているらしいがその者たちを止めるために誕生したのが審神者なるもの。その審神者になるには霊力なるものが必要不可欠らしいのだがそれが分かるのが健康診断で、公にしないのは新たに悪用しようとするものを生まないためらしい。その割にはだいぶ情報が外に漏れている気がするのは気のせいではないだろう。取り敢えず政府は無能と福沢の中で烙印が押された。前世の世界の政府の方がまだ幾分かましだった。
 そう判断したから福沢は審神者になることを決めた。むしろそうするしかなかった。
 と言うのもこの話にはまだ続きがあり、次から次へと増え続ける歴史修正主義者の軍勢に対してそれを止めるための審神者の数が圧倒的に少なすぎたのだと。審神者になるための霊力を保有する者は少なく、しかも保有していたとしても少なすぎては意味がない。たとえ十分な量を保有していたとしても中には邪な心の持ち主もいる。
 最初素質があるものを片っ端から審神者にしていたので、最近ではそう云った邪な心の者たちが刀剣男子達に暴力を振るったり、無茶な命令をしたりするブラック本丸と言う問題まで出てくる始末。
 ただでさえ少ない戦力がさらに損なわれ人手不足は加速する。それを食い止めるために過去の時代のものからも審神者になれる素質があるものは連れてきて審神者になってもらっているらしいが、それでも足りぬ。しかも敵の力もどんどん強くなっていて今いる刀剣男子ではいづれ歯が立たなくなる日が出てくるのではないかという不安すらも訪れ始めた。
 そうした時、政府が目につけたのは異世界と言うこの世界とは違う別の世界の存在だった。何でも無数にあるというその異世界を自由に行き来する装置を作り出し、政府はその世界からも審神者を求めるようなった。
 だが異世界を探しても審神者の素質があるものつまり霊力を保有するものは少なかった。それでもその異世界から連れてきたものたちは霊力こそそこそこのものでもこの世界の人間にはない物理的な強さがあった。それに異世界から連れてきたおかげかこの世界のものが歴史を渡るのよりも少ないリスクで歴史を渡れるので自ら戦場に出ることができる。その強さは刀剣男子達をも凌ぐものでその下にいるからか異世界から来た者たちの刀剣男子はこの世界の者たちのよりも遥かに強い力を持っていたのだと。
 審神者探しに行き詰った政府は今度はそこに目を付けた。
 先ほどから話に出てくる刀剣男子とは刀に宿る魂。いわゆる付喪神と言うやつで、それに呼びかけ降ろし使役するために必要なのが霊力。それを行使するのが審神者であるわけだが、その刀剣男子を異世界のものから作れないかと考えたのだ。
 どうやってやったのかはしらないがそれは見事成功し、異世界で生きていた者たちの魂をそれがよく身に着けていたものたちに宿し、この世に降ろす形代とした。ただそれに宿るのは殆どが人間の魂で神である刀剣男子達と違って分裂させることはできなかった。なので一つ核となる魂を選びものに宿すのではなく、こちらの世界で人間として転生してもらう事にした。そうすることにより魂は懐かしい気配につられ一か所に集まる。分散させてそれぞれの場所で力を使わせるより、一か所で纏まって力を振るってもらった方が戦力として数えやすいという理由だった。そしてその転生者こそ、福沢であり、福沢の持つ前世の記憶はその証拠なのだと。
 つまりは今現在福沢の前世の仲間たちは刀剣男子とは少し違うが似たようなものになり歴史修正主義者と戦うため使われようとしているのだった。
 これに腹が立たぬ福沢ではない。前世という名の過去の話であろうが大切な仲間たちだったのだ。それを都合よく利用しようなどと許せる話ではない。だが今の福沢はただの中学生にすぎぬ。政府相手に何を言った所で意味など持たぬ。ならば怒りをぐっとこらえて審神者になる道を選んだ。男は転生者とはいえこの世界に産れた以上福沢にはこの世界での権利があり、審神者になることを辞退することもできるという話をしたが、無能な政府に大切な仲間を預けることなどできないと辞退は選ばなかった。万が一にもブラック本丸とか言う奴に仲間が行ってみることになってみろ。怒りで我を忘れて人一人ぐらい殺しそうだ。
 仲間たちは自分が守ると強い決意のもと審神者になった。


 審神者になった福沢は初期刀として選んだ歌仙兼定とこんのすけと言う何でも審神者生活をサポートする管狐をつれて、一つの屋敷に訪れた。
 異界に立っているというそこはこれから福沢が審神者として暮らす場所である。その屋敷に入ればこんのすけは早速チュートリアルとかいう奴をしようと言い出し、福沢に未だ刀のままである歌仙兼定を顕現するように進めてきた。言われるままに福沢は歌仙を顕現させる。
 ちなみに福沢が何故歌仙を選んだのかというとかつての仲間たちを思い出し一人世話役が欲しいと思ったからである。
 前世の頃社長として仲間たちをまとめ上げていた福沢であるが今は中学生のみ。個性豊かな彼らを到底抑え切れるとは思わなかったのだ。なのでパッと見一番世話を焼くのが上手そうな歌仙を選んだ。歌仙を顕現させる今度は出陣させてみようとこんのすけが言ったのだがそれは福沢は良しとしなかった。一人では何かあった時に大変である。正直政府を信用していないのもある。政府が決めたとおりのチュートリアルを行うつもりはなかった。
 福沢はこんのすけの懇願を無視し鍛刀部屋へと向かった。
 そしてそこで僅かな資材でではあるが鍛刀しでてきたのは眼鏡であった。正直どうしてだと思った。
 ガラスとプラスチックの部分の資材はどこからでてきたと。取り敢えず福沢はその眼鏡を顕現せずに手に持つと残りの僅かな資材でまた鍛刀した。今度出てきたのは蝶の髪飾り。まあ、鉄だと深くは考えなかった。
 そしてその後福沢は眼鏡と蝶の髪飾りを同時に顕現させた。現れたのは福沢が予想していた通り前世の仲間であった二人で先に眼鏡を顕現させなくて良かったと胸を撫で下ろした。今の福沢では与謝野がくるまで乱歩を抑えることはできぬと思っていたのだ。初出陣は歌仙と乱歩与謝野の三人に行ってもらった。
 怪我もなく無事に終わり、後は刀装という奴を作ってチュートリアルは終わりとなった。ちなみに二人の鍛刀時間はそれぞれ十時間以上かかりチュートリアルは二日かけて行われたのだった。予定がと涙目のこんのすけには悪いと思いながらも、乱歩が一人で行かせてたら怪我してたよと告げたことで政府の信頼度はさらに落ちた。





 それから一年ほど。福沢の本丸にもだいぶ人が増えた。イベント限定やドロップ限定などではない刀剣は殆ど集まっている。なかなか手に入らないとされる三日月すらいた。それもこれも福沢が鍛刀に力をいれているからである。手に入れた資材のすべて注ぎ込み毎日のように鍛刀を繰り返していた。
 ブラックではない。霊力こそ福沢から注ぎ込まないといけないが、怪我の方は与謝野の異能が効くのである。本体刀であるはずなのに……。もうそこらへんは深く考えていない。そう云うものなんだとただ納得している。なので手入れの分は必要なく安心して鍛刀に励んでいればほとんどの刀が集まってしまったのだった。だがそれでも福沢は鍛刀止めなかった。理由は明白。
 こないのである。
 刀剣男子ではなく。彼の前世の仲間が。一人だけ来ないのである。
 手帳で国木田、で谷崎(+ナオミ)、麦わら帽子で賢治、お茶漬けで敦、携帯電話で鏡花、猫のみぃちゃん(夏目ではなかった)で春野と来たのに、何故か包帯太宰だけが来ないのである。ちなみに彼が来るなら包帯だろうと仲間たち全員一致で決まっている。彼の魂がこの世界に来てないのでは一度は考えたが敦と鏡花が一緒に来たと言っていたので来て居ることは間違いないだろう。だが他の全員が福沢が審神者になって三か月ぐらいで集まったのに対して太宰だけは未だに来ないのだ。
 実は福沢達の世界からは核となる人物が三人選ばれていてポートマフィアの森と、異能特務課の種田もそれぞれ審神者となっている。特務課はないとしてもポートマフィアに行く可能性は無きにしも非ず。それゆえここ一年仲間たち全員焦り必死に太宰を呼び寄せようと鍛刀素材を集めては鍛刀するを繰り返した。
 それでもこない。マフィアの方にも表れていない。どこでなにをしているのやら。太宰らしいと言えば太宰らしいがそれでも早く来てくれとみんな毎日のように祈った。福沢もずっと太宰が来ることを祈り続けている。前世の仲間に会えると聞いた時、彼が真っ先に思い浮かべたのは太宰の事であった。
 前世で福沢と太宰は男同士でありながらも情を交わし合い体を重ね合った仲であった。
 審神者になる前から前世の事を思い出すたびにその記憶を思い出し彼とまた口付ける夢を見た。転生した今もまだ福沢は太宰の事を愛しているのであった。だからこそ早く来いと願い続ける。


 





 
 ……その頃太宰はというと。

 福沢の所と違い空に暗雲が立ち込め淀んだ空気の本丸。その一室で両手を縛られ布団の上に転がされ男に好きなように犯されていた。体中に刀でつけたような傷跡がいくつも浮かび、それらすべてから血が滴り落ちていた。あ、あと上がる甘い声は悲鳴にも似た何か。
 乱れた蓬髪が揺れる。美しかった顔は何が何かわからない液体で汚され見る影もない。それでもその顔に恍惚とした笑みを浮かべれば男の欲望を強く煽った。男が一層強く激しく太宰を犯す。
 その部屋の外ではいくつかの影が震えながら蹲っていた。




 すべては気まぐれだった
 全員が福沢のもとに向かったのを感じてしばらく太宰は自分もそろそろ行こうかと起き上がった。懐かしい気配を辿りもう一度あの人の元に。自分からしてみたら死んでからの世界の続きという感覚であの人への思いは途切れることなく続いているけど一度転生したあの人はどうだろう。もしかしたらもうそんな思い抱いていないかもしれない。別の人を好きになっているなんてことも。それが不安で最後まで残ってしまったが一人ここに残されるのは寂しい。何よりあの人に会いたかった。
 だから行こうと足を一歩進め下の世界に飛び降りようとした。
 だがその時、わずかな音を聞いたのだ。
 ――て、――けて。
 辿り行こうとした場所とは違う場所から聞こえた祈りのような声。掠れた悲痛なその声に太宰はすぐにすべてを把握した。
「ふーーん。ちょっと寄り道するのも面白そうかな……。たくさん傷つけばあの人放っておけなさそうだし」
 踏み出そうとした足が声が聞こえた方に方向転換した。そして太宰はそちらに向かって飛び降りた、

 辿り着いたのはブラック本丸。









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