よん
太宰が子供になってから三日後、初めての子育てに悪戦苦闘していた福沢は奇妙な男を見つけてとらえていた。
福沢の家の前、塀に張り付くようにして家の中を見ていた男だ。どう見てもよくないものだが、掴まえた男から悪意のようなものは感じなくて福沢は太宰を腕に抱きながらその首を傾けた。
福沢の腕の中で太宰は大人しかった。
ああと聞き取りづらい言葉を吐きだしている男はどう見ても小心者。探偵社の福沢に何かを仕掛けるような類のものには見えない。
何だお前はと福沢が聞く。そうすると男の肩はね、あ、僕はと目を泳がせながら言葉を紡ぐ。その目がちらちらと福沢の腕の中の太宰を見ていた。子供好きの変質者かと思ったのは一瞬だった。
それよりと思いつくことが一つある。おいと低い声が出た。ひいいと男の肩がまた跳ねる。
「この子のことを知っているのか」
今度は声さえも出ない。声も出ずに固まって、そして
「ごめんなさい」
男は土下座をしていた。
男は何一つ悪いことなどしたことのない一般市民だった。悪いことをするような度胸すらない臆病者だった。そんな臆病者である男は何の悪戯なのか異能という特別な力を持っていた。だが臆病者が持つにふさわしい使いどころのないような異能であった。
ただ人を若返りさせるそれだけの異能だ。しかも返った所で普通の成長よりも三倍ぐらい早く成長するからずっと幼い姿でいられるわけでもない。まじで意味のないような力であった。
誰にも見向きもされなかったが、数か月前、悪魔のような男がやってきた。
最初は天使だとも思ったが、後から思えば悪魔だ。
男は君の力は凄い力だ。ぜひとも私にその力を貸してくれとねだってきたのだ。力を貸してくれるのならば大金をくれると言われ男はつい飛びついてしまった。一応言うと犯罪に使う訳ではない。誰かを困らせるようなこともなければ詐欺でもない。お代は今この場で渡す。面倒な書類手続きもしてくれると言う事まで確認していた。飛びついてしまったが最低限の確認はしている。
ただ詳しい確認をしなかったのは問題だったと男は後から思った。悪魔の頼みは一つ自分にその異能を掛けてほしいと言うものだった。
それならまだ良かったのだが、その後がやばかった。悪魔は懐から機械的な銃を取り出し、渡してきた。え、いや、なんでどうしてと慌てた男に悪魔はこれは空砲弾であると教えた。人を殺すような威力はないが、脳に向けて撃つと脳震盪を起こさせる。そう言った。ひええと思った。
冗談じゃなくてもそんなものを打ちたくなかった。男が何でと思う中、悪魔はさも当然とばかりに行った。
「まずはこれで撃ちます」
「なんで!」
男と話していたのはシャレオツなカフェだったが男は叫んでしまった。叫ばずにいられなかった。男を見つめると男はそうでないと異能がかからないからと答えてくれた。意味は分からなかったが詳しくは聞かなかった。関わってはいけないタイプだと既に分かった。
悪魔は有無を言わせない力で男を頷かせると今度は地図を書きだしていた。
「それが終わったらここに捨ててきてくれ。私の服と一緒に捨ててくれたら多分家主が拾って育ててくれるはず。でもそうならない場合もあるから、三日後ぐらいに来てくれ。それでもし私が放置されているようなら、今度はこっちの場所に廃棄してきてほしい。えっとここに書いてあるこの時間。このルート、で、ここに廃棄してくれたら誰にも気づかれないはずだ。大丈夫もしもの時のため遺書は書いておくから。これと一緒に捨ててくれ」
言葉も出なかった。叫ぶこともできずに固まっていたらそれでは決まったねと男は笑った。
「ここで実行するのは問題だよね。私の家に行こう」
立ち上がり伝票を手にしていた。理解は全く追いつかなかったがよろしくねと言われ男は頷いてしまっていた。そして何が何だか分からないうちにお金を渡され手続きをすまされ、計画は実行されていた。
途中何度か我に返ったけど男の有無を言わさぬ力で我はすぐに忘れてしまっていた。
とにかく理解できなかった。理解できなかったが幼くなった男をどうしていいのか分からない中、契約通り動いてしまったのだった。そして今日も契約通り来たのだった。
話を聞き終えた福沢は頭を抱えた。頭を抱えこむしかできなかった。
何をやっているのだと思う。男はごめんなさいごめんなさいと平謝りしている。だがどう考えても男は悪くなかった。すべて太宰が悪い。起きたら説教をしてやると心に固く誓う、福沢は一つ大事なことを男に確認していた。
「それで貴君の力は通常より早いスピードで成長すると言う話だったが、どれぐらいのスピードなんだ」
「はい。個人差はあるんですが大体三倍、一年で三歳ぐらいになるイメージで太宰さんだと二十四歳だと言う事なのでおおよそ八年で元の姿に戻りま、あ、でもそういえば太宰さん変な事を言っていました。じゃあ、二年半ぐらいで元に戻るわけかって違うって伝えたんですが
分かってないと言う感じじゃないのに……。聞いても分かっているよって笑っていて」
「そうか。分かった。ありがとう」
男の言葉に福沢の目が少しだけ見開いた。そして出ていくため息。太宰の考えていることが福沢には分かった。つまり太宰の異能が発動するまでのことだろう。
異能は脳に宿ると言われているが、脳の機能が小さい子供のうちは発動しないものである。太宰が発動したのは恐らく七
八歳ぐらいのころからなのだろう。
それがそうなら二年半後に太宰の異能が発動し元に戻る。
似たような体の年齢を操作する異能は太宰が触れても戻すことはできないが、今回は成長スピードが速い。その間も異能がかかっている状態であると言う事だからきっと異能が発動したら戻ってしまうのだろう。
逆を言うと三年待たないと太宰は戻らないわけだ。へたをしたらずっとこのままではと思っていたからそれが知られただけでよい事であった。
ほっとして男に優しい気持ちで声をかける。
「私の社員がすまなかったな。捨てることは何があってもないから安心してくれ」
伝えながら福沢は太宰をみた。お前が一番安心するんだぞと思いながら頭を撫でていくのに伝わったとは思わなかった。まあ二年半のうちに伝えればいいだろう
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