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 キャーー可愛いと聞こえてくる女性陣の声。女性陣は机の周りを円になって囲んでいた。きゃーきゃーと聞こえてくる声の隙間。あーーうーーと言った赤子の声も聞こえていた。
 そっと覗くと籠に入れられた赤子の姿が見える。その服は女の子ものじゃないのかと疑うほどふりふりとした代物であった。いくら今は子供といえども後で戻った時に可哀想ではと福沢は止めたが、世話賃ぐらいいただかないとやってられないと言う与謝野に負けてしまっていた。可愛い可愛いと女性陣は赤子の周りで世話を焼いている。赤子はきょろきょろとあたりを見渡してはいるものの泣く様子もなく大人しくしていた。
 これならば自分はいらぬなと福沢は事務室から立ち去ろうとした。自分の部屋である社長室へと戻ろうとする。人の垣根の隙間、大きな褪せた目が福沢の背中を見つける。
 その目が銀灰が遠くに行くのを見てふるふると震えた。
ふあああああんと聞こえてきた鼓膜を破りそうなほどの泣き声。社長室まであと一歩という所で福沢は足を止めてしまった。えっと後ろを振り返ると籠の中に入った赤子がきゃんきゃんと大泣きしている。じろりと女の目が福沢を睨んでくる。
「社長。何勝手に出ていこうとしているんだい」
「出てちゃダメ」
「そうですよ。社長が出ていくと太宰さんが泣くんですから」
「ちゃんと抱っこしてあげてくださいよ」
 次々に出ていくみんなからのため息。太宰はわんわんと泣いている。ほらと籠ごと太宰を押し付けられる。泣いている赤子を見降ろす。すぐに赤子の体を抱き上げた。抱っこをして軽く揺する。泣いていた赤子の目が見開いて、大きな褪赭の中に福沢を映す。開いていた大きな目がふにゃっと揺れてただの笑みに変わっていた。
泣くのを止めて福沢の腕の中できゃきゃと笑う。かと思うとその次にはうとうとし始めて福沢の腕の中で眠りに落ち始めていた。
 すやすやと眠るのを見つめてまた周りは可愛いと声を出している。頬をどろりと落として赤子を見ながらにしてもと与謝野が首を傾げる。
「どんだけこいつ社長が好きなのかね。社長がいなくなったらすぐ泣いてさ」
「そう言えばそうですわよね。社長が抱いていたら大人しいですし、社長と太宰さんってそんなに仲がよかった印象なかったんですけど」
 感心と呆れを混ぜた与謝野の声。福沢の腕の中にいる赤子の可愛さを堪能していた他の者たちもその言葉に不思議そうに見始めていた。じっと太宰と福沢の二人を見てくる。
 その目に福沢は冷や汗を流しそうだった。腕の中で安らかに眠る赤子。仲がよさそうでないと言われてしまったが実はそうではなかった。
 むしろ仲がいい所か、恋人として付き合っていた。特に隠していたつもりもないが言ったこともない。以外と気付かれていないものなのだなと暢気に思えないぐらいには今は状況が悪かった。何でか福沢の家にいたぐらいだしねと笑っている与謝野から逃げるよう太宰を見る。
「これも人だ。お父さんと言うものが欲しかったのかもしん」
「ああ、なるほどじゃあ、お父さん頑張んないとね」
 ごまかすのがいいのかと口にした福沢は自分で口にしておきながらかなりへこんだ。。
 眠る太宰。ふんわりとした頬が見える。でもと少しだけ思った。


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