いち

太宰がいなくなるのはいつものことだった。
 いつものこと過ぎて最早驚くこともない。心配だけは何時だってしてしまうが何かあれば福沢のもとに連絡が来るだろう。それを福沢は知っている。だからいなくなってもそう気にすることはなかったのだけど……。


 これはどうしたらいいのだろう
 福沢の家、何故か落ちていた太宰の服。そしてその中にいる赤ん坊を福沢は見つめた。あーあーと赤ん坊は何かを口にしている。なんと言っているのか分かることはできない。そもそも意味があるのかすら分からない。何故赤ん坊。そう思いながら見下ろして恐る恐る腕を伸ばす。指先で触れる頬はふにふにと柔らかくそして暖かい。生きているものの温度だ。
 あーと赤ん坊が福沢の手を掴んだ。
 見つめてくる目は太宰と同じ褪赭色だった


「で、どうするんだい」
 重たい沈黙の後に何とか口を開いた与謝野が問いかけてきた言葉。それに答えることができるものは今この中にはいなかった。
 重い沈黙だけがまた場を支配する。会議室の机の真ん中、ドンと置かれた籠のなかに収められているのは赤子だった。福沢の家で見つかった太宰の服を下に敷いて布で包まれた赤子は今はすやすやと眠っている。
 少し前まではまるで怪物と言わんばかりに暴れていたが、今は静かである。おとなしく眠っている赤子はふくふくとしていて愛らしい天使のようにも思えるが、探偵社の者たちには発狂したくなるほどの大問題、悪魔と言って差支えがなかった。
 その隣には恐ろしいことが書かれた紙が置かれている。一度目を通してからは誰もそちらを見ようとはしていなかった。
 現実から目を背けている。与謝野がもう一度どうすると聞いた。
 帰ってくるのは沈黙のみ。問いかけた与謝野も何も言わずに口を閉ざしている。
 どれくらいそうしていただろうか。長い針が数字を三以上は進んでしまっていた。
 すやすやと眠る赤子。
 みんなの目が少しずつたった一人に集まり始めた。その一人福沢は重いため息をついて赤子を眺める。
「……育てるしかあるまい。基本は私が面倒を見るが、何かあればお前たちにもサポートを頼む」
 重苦しく告げていく。乾いた笑みを浮かべる探偵社。ですよねと遠い目をする。また静かになる。あのと敦が手を上げていた
「育ってるって成長速度とか他の子と変わらないんでしょうか」
 部屋の中の空気がまた一段と重くなった。災害級の敵を目の前にしたかのように赤子を見つめて動かなくなる。実際似たようなものであった。
「……どうなんだろうな。そもそも原因が分からん。
 だがその可能性はあるだろう」
 国木田がこの世の終わりのような顔をして答えていた。はっはと全員からこぼれるため息。机の上の赤子を見る。ふくふくとした頬にふわふわの産毛。全体的にぷにぷにもちもちとしていて、小さく丸っこい。
 愛らしい赤子。
 みんなが視界に入れまいとしているその横の紙には探偵社に取って嫌な事実が書かれていた。それは探偵社の頭を悩ませる何故か福沢の家にいた赤子がDNA鑑定の結果、探偵社の社員である大宰治であると確定されたものである。
 どうしてこうなったのか。
 そう思いながら内容を見た時全員、仲良く気絶していた。
 次の瞬間、赤子の泣き声に起こされていた。そこからは大変だ。ずっと泣き続ける赤子を抱えてこうでもないあーーでもないとどうやったら子供を泣き止ませることができるか奮闘することになったのだ。お互い八つ当たりしながらも一丸となって泣き止ませに掛かった。が、悲しいかな赤子をあつかったことがあるものなど探偵社には一人もいなかった。
 とにかく思いつく限りのことをした。殆どそれは意味をなさず、気が済んだら勝手に泣き止んで眠っていた。
 唯一意味があったのは福沢が抱いた時だったが、数分大人しくしていたがまたすぐに泣き始めていた。
 そして赤子が落ち着いて眠った後、緊急会議を開いたのだ。
 どうしていいか分からずほとんど進まなかった会議、決まったのはとりあえずの対応だけだ。
 正直もう原因なんて知らなくていいなとみんなおも言っていた。太宰の事を思い浮かべてみるとろくなことが思いつかない。福沢の家に太宰の体が合った時点で突発的ではなく計画的。それも本人の計画にしか思えない。
 口を閉ざしたまま全員立ち上がっていた。じゃあ、そういうことで会議が終了する。
 机の上の赤子は安らかに眠っている。福沢はそれを見てため息をついた。



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