弐拾肆

「そう言えば太宰さん」
「なんだい」
 仕事の途中、太宰はかけられた声にげんなりとした言葉を返した。仕事ならちゃんとやっているだろうとひらひらと書類をふる。太宰! 書類で遊ぶなと国木田の鋭い声が聞こえてくるのに嫌そうに机の上に倒れる。あーー、面倒なのだよと声が出る。周りは苦笑を向けた。書類を貯めに貯める癖がある太宰がこれでもかというほど貯めた書類を無理矢理片付けさせている途中、国木田の怒声がたくさん聞こえるが太宰のやる気は一向に出なかった。
 ああーー、と声を吐き出して太宰はそう言えばと声をかけてきた相手を見る。
「で、谷崎くんは何の用事なの」
「あ、いや、たいした話じゃなかったのでまた今度で良いですよ。まずは書類を終わらせないとですよね」
 谷崎の目が太宰の前に山のように積まれた書類をみる。それを片付けてからでないと余計な話は出来ないよな。と谷崎が考えたのに同じものを見ている太宰は全く別のことを考えていた。この話に流れを変えてしまえば書類をしなくてもすむのではないか。書類仕事は厭きたしつまらなくてもいいから別のことをしたい。
「なんだい。話してごらん」
「え?」
「良いから。ほら、何の用事だったんだい」
 にこにこと笑う太宰。国木田が仕事しろと怒鳴るが最早聞こえていない。座ったままで動いてもいないのに谷崎は迫られている感覚を感じていた。言わなければやられる。何か恐ろしい目にあうと……。国木田の怒鳴り声は聞こえるがそれよりも谷崎は今太宰が恐ろしかった。可哀想と周りは谷崎に同情を寄せる。
「で、」
 にっこりと太宰が笑いかけるのに谷崎は折れた。
「えっと、土曜日弟さんに会うんですよね」
「そうだけど……」
 キョトンとした眼を太宰はする。面白い話だといいなと考えていたが何故弟の話なのだろうと……。他のみんなもそんな眼を谷崎に向ける。国木田は恨めしそうな眼を向けていて谷崎は冷や汗を流していた。
「いや、弟さんとはどんなことを何時もされているのか気になって……」
「どんなって……家族の話とかだけど。何で?」
 褪赭の目が何時もの彼には珍しく不思議そうな目で谷崎を見る。弟と何してるかなんて気になることかなと太宰は思うが、周りは全員谷崎が聞いた瞬間興味深そうな眼を向けていた。あの国木田すら少し気になるようで太宰を見た。谷崎はそんな国木田の様子にほっと息を吐く。これならそんなに怒られないですむんじゃないかと思い言葉にする声から緊張がとれていた。
「……折角だったら横濱を案内とかしてあげたらいいんじゃないかなって思いまして」
「横濱を?」
「ええ。僕がもしそのこと同じ立場だったらナオミがどんな場所で過ごしてきたのか気になると思うから、よく行くお店とか教えてあげたらいいんじゃないかって思ってて……」
 谷崎が話すのに太宰の目が大きく見開く。他の人の目も見開いていく。兄弟がいる谷崎だからこそ思えたことだろうが聞くと確かにと思う話。きらきらと敦の目が輝いた。
「ああ、そうですね! 是非案内してあげたらどうですか、太宰さん」
「そうだな。案内でもしてやれ太宰」
 敦が声を跳ね上がらせて笑う。国木田さえもそういうのに太宰はあまりいい顔をしなかった。
「え……いや」
 困ったように眉を寄せて躊躇うような声をあげる。んーーと口を尖らせるのにみんながん? と首を傾ける。いい案だと思うが彼には違うのかと……
「なんだい。なにか問題でもあるのかい」
 与謝野が問うのに太宰はヘラりと笑った。
「問題と言うか私がよく行く場所と言えば飲み屋なんだけど……」
 あーー。頬を書きながら話した言葉に全員から乾いた声がでていく。生温い目が太宰を見つめた。太宰さんだから。太宰だからなとその目はいいたげだ。
「さすがに飲み屋に高校生はつれていけないね……」
「ですね……」
「僕ら行っちゃってますが弟さんはつれてけませんよね」
 どうしようかと呆れた声たちが言う。ああとため息のようなものが落ちるのに太宰はえへへと気まずそうに笑った。
「きちんとした生活をしてないからそう言うことになるんだ。大体お前は!」
「あーー、その話は長くなりそうだからいいよ。そんな話は聞きたくなーい!」
 ぶるぶると髪を揺らす太宰。国木田が般若のような顔で見つめるのにべぇと舌をだした。何時もの光景にはぁと溜め息をつきながら周りは真剣に考えていた。
「他によく行く場所とかないんですか」
「うーん」
 聞かれるのにえっと言う顔を太宰がする。まだこの話を続けるのかと言いたげな顔をするのに、みんなの顔は当たり前だと言っているようだった。
「普段休みの日とか飲みに行くだけじゃないでしょ」
「休みの日は……だってほら」
 不思議そうな目。飲み屋によく行くとはいえ、それだけではないはず。たまには何処か他の場所にも……。みんな考えるがでてくるのは飲み屋でぐだんぐだんに横たわっている太宰の姿だった。本人に聞いてみても思い当たる場所はないのか首を傾けられる。しばらく考えてからあーーと言う声を出した太宰は何故か顔を赤らめて……。
「社長の家だし」
 あーー、と飽きれとはまた違うが似たような声が落ちる。そういやそうだったなと言う目が向けられる。このバカップルめと誰かが呟いた小さな声が聞こえた。
「後、よく行く場所あるにはあるけど……社長とのデートスポットと言うかよくお出掛けする場所で」
「そこは案内できないんですか」
「さすがの私も恋人とのデートスポットを弟に教えるのは恥ずかしいのだよ」
「他、社長とお出掛け以外に何処かへ行ったりしないんです」
 社長とお出掛け以外で……。考える太宰は額を抑えて苦しそうだった。本当にそれ以外ではお出掛けしないのだろう。奇妙な顔になっていた。
「んーー、墓参り?」
 ようやっとでた一言。だけど太宰はすぐに首を振った。
「は、違うよね」
 家族とでかける場所など太宰にはよくわからないがそれはないだろうと分かる。紹介できるならしたいがとは言え自分のことを教えるのに連れていく場所ではないだろう。
「お墓は……。違いますよね」
 みんなが苦笑するのに分かってやっぱりねと思った太宰の頭の脳裏にはもうひとつ絶対違うよなと言うところが浮かんでいた。
「後はかわと、」
「駄目ですよ! 絶対ダメですからね」
「ダメ」
「弟を泣かせるつもりかお前は!」
 すべてを言い終わる前に口々に責められるのに太宰はむううと頬を膨らませた。
「そんなんじゃないけどよく行く場所って言えばもうそれぐらいしかないんだよ!」
「他にあるでしょ。もっとなんか無難な所」
 呆れた眼をしたみんなが困ったように聞いてくる。何処かしらはと言われる太宰は考えるが特にでてこなかった。いやででくるところがあるにはあるのだが……そこはあまり言いたくないと言うか……。んーーと他はないよと言おうとした太宰。その前に国木田が口を開いていた。
「お前がよく行くところと言えばうずまきはよく行ってるんじゃないか」
「あ、そっか。うずまき。確かに太宰さん毎日行ってますもんね。良いじゃないですか」
「ああ、そうだな。その辺りが無難だな」
 げっと太宰の顔が歪んだ。それはすぐに思い浮かんだが言いたくないと太宰が言わなかった事だった。
「えーー」
 嫌そうな声が太宰からでる。げんなりとするのに周りはん? と首を傾ける。
「何だ。何か不満があるのか」
「だってうずまきだとみんなに見られちゃうじゃないか」
 それは嫌なのだよと言ったのに対し向けられるのは興味津々と輝いた瞳だった。
「良いじゃないですか」
「僕太宰さんの弟に会ってみたいです」
「そうだ。折角なんだから連れてきたらどうだい」
「あ、いいですね、それ!」
「そうだな。そうしたらどうだ」
「太宰さんの弟が来るなら美味しいお茶菓子用意しておきませんとね」
 与謝野の提案と共に次々に進んでいく話。このままでは合わせることになりそうで太宰は褪せる。合わせたくないわけではないが、合わせるには気恥ずかしさがある。
「……呼ばないよ」
「何でですか。呼んでくださいよ」
「歓迎しますよ」
 にこにことした目。お茶とかどうしましょうか。何か用意するものはと楽しそうな話すら聞こえてくるのにどうしようかと悩む太宰。
「いきなりつれてきても弟も驚くだろうし」
「連絡したらいいだろう。連絡先ぐらいは聞いているだろう」
「まあ……」
 連れてこなくても良いようにと何とか言い訳を口にするがあっさりとそれは切り捨てられた。連絡先は最近やっと交換したところだった。良守はずっと機会を伺い交換しようとしていたが太宰はそれを長いこと拒んでいた。それがこないだ福沢と共に会いに行ったときに連絡先を知らないことを知った福沢に言われて交換することに。良守と福沢も交換していたから太宰から連絡しなくとも連絡することは可能だった。
 このままでは連れてくることになってしまう。それはちょっと悩んだのに太宰の脳裏にある人の姿が浮かんだ。
「あ、それに乱歩さんが何て言うか。乱歩さん関係ない人間が探偵社に来るの嫌うだろう」
 ばぁとでた明るい声。これならと太宰が思うのに良守をこさせようとにじりよっていた周りの動きが止まった
「あーー、確かに」
「でも……」
 乱歩の姿を思い浮かべてそれぞれ苦い声を出す。確かに乱歩は探偵社に余計な人が来るのを嫌うところがあった。幾ら太宰の弟だとは言え関係者でもないのにつれてくるのは嫌がりそうだ。悩むみんなの姿に太宰がホッとしたときがちゃりとドアノブが回った。太宰の肩がびくりと跳ねる。ゲッと言う顔をするのに入ってきたのは乱歩だった。
 思い浮かんで言ったものの実は太宰は乱歩が反対するような未来は見えてなかった。むしろ面白そうじゃんと積極的に言ってくる姿が見えていた。何とかみんなが乱歩に話すのを食い止めようとしたが相手はそれより一歩上だった。
「ふーーん。いいんじゃない。連れてきたら」
「へっ?」
 キョトンと全員の首が傾く。乱歩と共に帰ってきた福沢の首も傾くのに太宰だけがああと手で顔を覆った。最悪だと呟くのにえっと幾人かが太宰を見てええと声をあげる。
「太宰の弟。連れてきたらいいじゃないか」
 僕も会いたい! と乱歩が至極楽しそうに話すのに何でそれをと分かっていても驚いて、先程までの会話を知らない福沢は何でそんな話にと驚いた。
「……いいんですか?」
 人を招くことをよしとしない乱歩があっさり許したことが不思議で国木田が問うのに乱歩は良いって言ってるでしょとあっさりと返した。太宰の弟なんて見てみたいに決まっているじゃないかと言われるのに貴方ならそう言うと思ってましたと太宰は溜め息をつく。
「やったー! 乱歩さんありがとうございます」
「これで問題ないですね」
「太宰さんの弟さんが来るの楽しみです」
 歓迎ムードの探偵社に嫌だよと言いたとも言えなかった。福沢さえ良守が来るならその日は予定を開けておかねばなと言い出している。どう良守に伝えようと悩むのに乱歩が高らかに声をあげる。
「あ、そうだ! 与謝野さん何か美味しいお茶用意しておいてよ」
「お茶?」
「そうそう。紅茶とかがいいかな。あまーいやつね」
 キラキラとした目で楽しそうにお願いされるのに与謝野は首を傾ける。周りも乱歩さんがお茶だなんて奇妙だなと首を傾けた。ただ二人、太宰と福沢だけは違う反応を見せ、太宰は手で顔を覆い、福沢はむっと眉間に皺を作った。何のためにそんなことを頼んだのかわかったのだ
「まあ、いいけど。でも珍しいね。乱歩さんがお茶を用意してだなんて菓子やラムネなら毎日のように頼まれるけど」
「やっぱ。美味しいケーキには美味しいお茶が必要でしょ」
「ケーキ?」
「……ケーキ作ってくるとは」
 乱歩が嬉々とした声をあげるのに太宰はなんとも言えない顔をした。呼ぶのも嫌なのにまさかケーキを作ってきてほしいなどと言えるはずもなくて、期待はしないほうがと声をかけようとしたがそれを乱歩が先回りする。
「作ってくるよ。この名探偵が言ってるんだから間違いない!」
 断言されるのにそうだろうと太宰も思ってしまった。毎回ではないがかなりの頻度でケーキを作ってくるから探偵社に招待されたとなればそれこそ絶対に作ってくるんだろうなと読めた。だけどと悩むのにちょっと待ってくださいと敦が声をあげた。
「作ってくるってどう言うことですか? 一体だれが」
 キョトンとした目が二人の間を見る。それに答えたのは太宰ではなく乱歩だった。
「太宰の弟君だよ」
「へ?」
「太宰の弟君はお菓子作りが凄く上手なんだよね。そのなかでもケーキが絶品なんだよ」
「そうなんですか!」
「まあ……」
 驚いた目、そのあと輝いた目が向けられるのに太宰は溜め息をついた。ああ、嫌なことになると思っていたのが的中してしまったと。
「へえ、やるじゃないかあんたの弟。こりゃ、いいお茶選んでやんないとね」
「これは茶菓子も変なのは用意できませんわね。兄様今日はお茶菓子選びを手伝ってくださいませ。そして一緒にあんなことやこんなことを」
「え、ちょ、ナオミ」
 やんややんやと話されるのを聞きながら連絡しなくてもいいかなと遠い目をしながら太宰は思った。連絡はせず忘れてたからと連れてこなくても……。だがそんな太宰の考えは読まれてしまう。
「まあね。あ、ちゃんと連絡しとけよ! 太宰。連絡さえしとけばケーキ作ってきてくれるから」
 はぁあとこんどは大きな溜め息をついた


 嫌なのか。そう聞かれたのに太宰は顔をあげた。近くに福沢の顔がある。夕飯を食べ終わった後、福沢が片付けをしている間にやるべきことを終わらせておこうと携帯を握りしめた太宰はでもそのまま十数分ほど固まってしまっていた。
「嫌という訳ではありませんが……」
 太宰の声が少し震え、言いがたそうに口を閉ざす。じいと見つめてくる目に太宰は苦笑のようなものを返す。
「恥ずかしいじゃないですか」
「私には合わせてくれたではないか」
「そりゃあ、貴方は特別だから……、あってもらいたい気持ちが多くて……。それに貴方ならなんだかんだ言ってくることないでしょ。みんなに紹介したら絶対似てないだの何だの言われますよ。私と違って良守の方が可愛いげあるとか、お前も弟を見習ってもっと素直になれとか。あ、それこそ弟にならって家事を覚えろとか絶対国木田君や与謝野さんが言ってきますよ」
 太宰がぶつぶつと話す話に福沢はフッと笑ってしまった。その光景がまるで本当にあったかのようにすぐ浮かんで、それでむぅと拗ねる太宰の姿も浮かんだ。
「お前も充分素直で可愛いのにな」
 思うままを口にした言葉に太宰がぐるりと福沢を見た。丸く見開いた目で奇妙なものを見るように。んーー、と太宰から声が上がる。
「私が言えたことではないですが、福沢さんは惚れた欲目と言う言葉を辞書で引いた方がいいと思いますよ」
「そうか?」
「そうです」
 もうと太宰のほほが膨らむがそこに怒っている様子はなくむしろ何処と無く嬉しそうであった。福沢にぴっとりとくっついてくる。側による肩を抱き寄せながら福沢は太宰のてに握られた携帯を見つめる。
「電話はしないのか」
「……しないとですよね」
 問うのに太宰は嫌そうな顔をした。唇をむむと尖らせて携帯を睨み付ける。ため息が聞こえてきそうなそれに握りしめている手に手を重ねた。
「したくないならしなくてもいいと思うが……」
 いつも通り過ごしたらいいだろう。福沢が言うのに太宰はんんと変な声をあげた。そうできたらいいなと考えるが脳裏に浮かぶのは乱歩の姿だ。ケーキケーキとまだ三日も後だと言うのに眼を輝かせては楽しそうにしていた。これでケーキが食べられないとなったら……。
「乱歩さんに怒られてしまいます」
 それだけですめばいいが……。絶対にそれだけではすまないだろう。
「乱歩のことなら気にする必要はない。私がいっておく」
 福沢の言葉に太宰は瞬きを繰り返す。重ねられている手を何となく携帯越しに握り返した。福沢が言えば乱歩はどうにかなるだろう。それはそれで恨まれそうだが、何かを言われることはなさそうだ。でも……
「……でも、何時かはみんなに合わせることになるんだし早い方が良いのかなって。何時かは……良守だけじゃなくて爺さんや父さんたちだって」
 小さな声になった。自分で言いながら本当にそんな未来が訪れるのか分からなかった。でもきっといつかそう思いたかった。
「そうだな」
 福沢がふわりと微笑んで太宰の頭に触れる。ふわふわと触られる感触に太宰はふふと笑みを浮かべた。昔良守の頭を撫でていたことを思い出した。良守もこんな気持ちになっていてくれたのかなと、そんなことを思う。
「私がかけようか」
「いえ、私が」
 福沢が聞いてくるのに太宰は首を振った。それは自分でやらねばならないだろうと。携帯を持つ手が震える。じいと画面を睨み付けるのに福沢が席を立った。見上げるのにまた頭を撫でられる。大丈夫と柔らかな声。褒美に何か飲み物をいれてくるだけだ。そう言われるのにもうと太宰が頬を膨らませる。子供じゃないんですよと囁く声は何処と無く嬉しそうだった。
 消えていた背を見つめてから携帯に手を落とす。
 連絡、しなければなとだしていた良守の名。ボタンを押した。プルルプルル。音がなるのに消したくなる衝動を抑えた。
 ぷつりと音がやんで他の音が聞こえた。もしもと慌てた声が聞こえたと思うとどんがらがしゃんと何かが落ちる音。遠くから騒がしいわ良守! と知らぬ誰かの声が聞こえてくる。その声に胸がぎゅっと締め上げられて変わらないなとそんな感想を抱いてしまった。祖父のものだとなんでだか分かってしまった。うるせ、じじい! とその声に返す声。それからまた慌てたような音が聞こえた。
「に、兄さん!!」
 上ずった声が太宰を電話越しに呼ぶ。久しぶりだね、良守と答える声は色んな理由でもって震えてしまっていた。ぱあと太宰の声を聞いて明るい笑みを浮かべるのが電話越しにも分かった。
「兄さんから連絡なんて珍しいな」
 にこにことそんな擬音さえも聞こえてきそうなほど明るい声。弾むその声とは真逆に太宰のテンションは低くあーだとかうーだとか暫く唸っていた
「うーーん、あのさ、今度のことなんだけど」
「どうかした?もしかして会えなくなったとか」
 言いたくないなというオーラを出しながら話すのに電話の裏側楽しそうだった気配が落ち込んでいく。寂しいと声がいうのにううと太宰の喉がなった。早く違うと言ってあげなくてはと思うのに声はなかなか出なかった。
「そんなことはないんだけど……、あのね、私が働いている会社に来ないかい?」
 ようやっとでた言葉。一瞬の間なにもなかった
「へ?」
 驚いたのか奇妙な声が聞こえてくる。
「みんなが会いたいって言ってて」
「行く! 絶対いく!」
 驚き叫ぶ声に理由を言えば言い終わる前に断言されてしまって……
「そう。じゃあ、おいで」
 淡白なような声がでた。ばくばくと心臓は音を立てどうしようと頭のなかでは言葉が回ってるのに実際口にできたのは冷たいつっけんどんな言葉で良守が不自然に思ったり落ち込んだらどうしようと思うのにそれから先の言葉も出てこない。ただ幸い相手はそこまで気にしてないようで。電話口からはどうしよ、え。なに持ってけば、あ、そうだ!ケーキとか。何か、他にもと電話したときよりも慌てた声が聞こえばたんばたんと騒がしい音が立ていた。
 煩いといっておるのが分からんのかお前は! うるせ!俺は今忙しいんだ! 何を!! はぁん、そんな技当たるかよ。甘いわ! うわぁ!
 聞こえだす声、ばたんと大きな音ともに近かった声が離れバタバタという音だけが聞こえてくるのにこれはもう無理かなと電話を切った。もう少し聞いていたいと言う思いもあったがあまり長いこと聞くべきではないだろうと判断して。
 ほぅと太宰から吐息が出る。達成感もあるがそれだけではないだろう。ゆっくりと後ろにもたれ掛かった。戻ってきていた福沢の胸元に頭を置く。よくやったと誉めるように福沢の手が太宰の頭を撫でた。
「にしても、何をやっているんだ。繁守のやつは」
 はぁあと呆れた声が福沢から出るのに目だけで見上げる。聞こえてましたかと問えば少しなと返された。
「お爺さん、多分昔からあんな人なんですよね。良守によくチョップを食らわせていたようなそんな気がします」
「あれは昔から元気が有り余っているような奴だったからな。時折強引で人の話を聞かん」
 そうだったんだ。ふふと太宰の口許が弧を描く。記憶の中の祖父の顔に新たな部分が加わり新しい顔を作る。声だけでなくあってみたいなとそんな願いがわいた



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