「へえ、こんな依頼も来るんですね。で、どうするんですか?」
 覗きこんでくる猫のような大きな目がにっと細められる。福沢はしまったと固まってしまった。太宰。口先から出したような掠れた声が福沢から出ていく。にこり。太宰はそんな音が聞こえてきそうなほどの笑みを浮かべた。
「私が行きましょう」
 柔らかなテノールが告げた言葉。福沢の目尻がぴくりと震える。何をと出ようとする声。それを遮る声は軽やかなものだ。
「だってこんな仕事国木田君には無理でしょう。与謝野さんは女性だし、乱歩さんは国木田君以上に向いてない。それに貴方が乱歩さんにやらせるとは思えない。
 ねえ、私が行くのが最適解でしょ」
 軽く告げられた言葉。福沢の眉が寄る。やはり、こいつは。思わず考えてしまうなか、そうと決まればとすこしばかり荒れた白い手が福沢の手の中から書類を奪おうとした。皺が出来るほど強く書類を握り込む。
「社長。潜入するのなら情報がほしいのですが……」
「まだお前にやってもらうとは言っていないが」
「……では誰にやってもらうのですか。私以外に適任はいないでしょ」
 書類がとれず太宰の笑みが驚いたものにかわった。何故と目を丸くする相手に福沢はため息をつきたい思いだ。何故も何もないだろうと。それと同時に相手にそんな顔をさせられた事が少し愉快でもあった。首を傾けて問い掛けられ、受けぬと端的に答える。
「は?」
「この依頼は受けぬ」
「受けぬってそれ、官僚からの依頼ですよね」
「そうだな」
「では受けるしかないのでは」
「受けぬ。このようなふざけた依頼は探偵社では受けないことにしている」
 でもかなりの地位の方ですよ。大きな目をさらに大きく見開いてきょとんと首を傾ける太宰は奇妙な者を相手にするような顔をして福沢に聞く。そうだなと福沢は短く答える。社の不利益になるのでは。例えそうだとしても社員が心に傷を負うのが見えている依頼は受けぬ。はぁ。
 褪赭の目が何度も瞬く。心に傷……。呆然とした声が考えるように繰り返す。そうだと頷く。話はこれで終わりだと書類を捨てようとした福沢の手を太宰が掴んだ。
「社長のお話は分かりました。確かに彼らならば傷ついてしまうかもしれませんね。国木田君は勿論のこと、乱歩さんなどもああ見えて純情ですからね。ですが私ならば大丈夫ですよ。実は昔こう言った仕事をしたこともあるのです。だから安心してください。慣れておりますから今さら傷付いたりしませんよ」
 にこりと太宰がまた笑みを浮かべていた。そして軽い調子で言葉を紡ぐ。刻まれていた眉間の皺が彫刻のように深くなった。太宰。低い声が名前を呼ぶ。だが太宰は気にせず福沢の手から書類を奪い取った。
「社長。私、この男を知っていますが何かと恩を売っておいた方がいい相手ですよ。いずれ彼はさらに高い地位につく。それに彼の顔の広さは侮れません。こんな簡単なことで恩を売れるならば受けて置いて損のない依頼です。
 私は早速明日から潜入致しますね」
 待ってと言う筈の言葉を言うことはできなかった。その前に太宰が部屋から消えていて。はぁと福沢はため息をつく。
 太宰の言う通り恩を売っておいて損のない相手ではあるのだろうが、あんな依頼を受けてまで売る意味があるとは思えなかった。福沢が見ていた依頼書に書かれていたのは男娼宿への潜入依頼。そこにいる男娼の一人がスパイで部下から情報を抜き取った疑いがあるのでそれを調べて欲しいと言うものだった。
 こんなくだらぬ、いな、ふざけているとしか思えない依頼をよく送ってこれたものだ。わりと依頼をしてくる者だがこの際切ってやろうか。そう考え込んでいたところを太宰に見られ、そして今依頼書は太宰のもとにある。
 今から止めにいったところでもう遅いだろう。それにあの様子ではいくら説明しても福沢が言いたいことを理解してくれそうにない。それならばと考え福沢はまたため息をつく。
 面倒なことになったと思いながら、脳裏に浮かぶ人影を切りつけた。


 褪赭の目が大きく見開くのを猫のようだと福沢は見つめた。
 ぽかんと開いた口がな、と音にならない驚きを口にする。呆けながらもすぐに我を取り戻す姿に流石だなと思いながらも福沢の顔には深い皺ができた。目の前にいる太宰を見つめる。赤い襦袢を着崩し白い肌を惜しみ無く晒す太宰の首もとにはいつも巻いてある包帯は見られない。いつもはいやがるくせにこんな時だとこいつは外すのかと苛立つ。ぼさぼさの蓬髪も丁寧に整えられ男が好きそうな身なりに全てが作られていた。
 腹の底から沸き立つような怒りを感じながら福沢は太宰に手を伸ばす。伸ばされた手に太宰は自然な動作で答えた。抱き締められ床に敷かれた布団の上にもつれ込む。
「何故こんなところに社長が」
 口付けるまでに近づいた距離で囁かれる。唇の横に口づけながら福沢は答える。
「お前の様子を見に来た。大丈夫か心配だったからな。怪我は、増えてないようだな。
 良くはないが、良かった」
 低い声がいつになく柔らかに囁く。福沢の手が太宰の体を這う。わざわざ貴方が来なくとも。福沢の行動がまだ理解できずに問いかけてくる声に答えず首尾はどうだと福沢は太宰に聞く。ぼちぼちといった所ですかね。あと二三日あれば証拠をすべて揃えられますよ。にやりと笑う太宰。潜入を開始してまだ日が経っていないことを考えればかなり早い方だろう。それでも福沢はまだ三日も掛かるのかと思ってしまった。怒りで力が入りそうなのを抑え、太宰の肌を触って行く。太宰は不思議そうに福沢を見ていた。
「社長って男を抱いたことがあるのですか」
 耳元で小さな声を囁かれる。囁きながら太宰の口は甘い音を奏でていた。聞かれた言葉に福沢の動きが一瞬止まる。
「あるように見えるか」
「それがですね、見えないから困っているのですよ。えっと言っておきますが男を抱くと言うのはそれが好きな人でなければ相当気味の悪い行為ですからね。精神的に傷付いても知りませんよ」
「そうか」
 鼻先に口づけが落ちる。福沢の手が太宰の体をはい下に降りていく。太宰は少しの間むぅと唇を尖らした。甘い声をあげながら私の話聞いていたのだろうかと心のなか首を傾ける。
 太宰。福沢の低い声が太宰のなを呼ぶ。
「お前に傷をつけるような事はしないから安心しろ」
 猫のように丸くなった目が瞼の奥に何度も隠れた。
 キスはしなかった。
 触れるその一瞬には離れていた。ふりだけして代わりに鼻筋に唇を落としていく。はだけた胸元を熱い手のひらで誘ってゆっくりとその下に辿る。体の中心、軽く持ち上がっているものを触る時、その口元がわずかに上がっていた。
 徐々に握る力を強くしながらこすっていき、顔を見ながら心地よい触り方を探す。
 そして精を吐き出させるとその奥に行き、すぼめられた入口に触れる。
 何度かその場所を確かめ、人差し指を一本中にいれていく。ずっぽりとうまったのに上がる声。まずは広げるように動かす。小さく聞こえてくる声。赤く染まった頬。蕩けるような瞳。
 分かっていても一瞬騙されそうになる偽りの姿。ある程度広がった所へもう一本を入れて穴をほぐす。三本目を入れて暫く穴が広がったのを確かめてから己のものを取り出す。白い体の上に唇を這わせながら広がった穴の中に押し込んでいく。
 甘い吐息が部屋の中にこぼれていく。


チュッと最後、額に唇を落としていく。太宰は布団の中からじっと福沢の背を覗いていた。


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