拾陸

「私にも兄弟がいたんですよ。兄と弟。兄は子供の癖に少し老け顔だったんですよね……今はどうなってるんだろう」
「どうなってると思う」
 懐かしむように話した太宰はかけられた問いに首を傾けた。気にはなりながらもあまりちゃんと考えたことはなかった。良守が記憶よりずっと大きくなっていたように兄である正守も変わったのだろうと思うのだが……。
 真剣に一度考えるが兄が大きくなった姿と言うのは中々予想がつかなかった。兄とは年は近かったがあまり話さなかったのか思い出している記憶もほぼなかった。兄は修行熱心であったことを少しだけ覚えている。修行する後ろ姿を太宰は見ていた。ああ、それから一緒に学校に通っていたこと。爺村何てあだ名で呼ばれていたようなそんな記憶。
「んーー、年齢と顔が一致してきて貫禄が出てきているかもしれませんね。あ、嫌でもまだ年齢より老けて見えてそうだな。兄のことだから髭とか作ってそうだし」
「髭?」
「……あんまり覚えてないんですけど兄さん昔から大人になろうと背伸びをしていたようなそんな気がするのでだから」
「ほう」
 実際そうだったかはわからない。でも修業に時間をかける兄は何となく太宰には早く大人になろうとしているように思えた。予想してみるものの顔は思い浮かばなかった。弟の良守の顔を思い出してそれにいろいろ加えてみるがそれでもしっくりは来ない。諦めて弟のことへ思考を写していく
「弟は泣き虫だったんですよ。良く泣いて良く笑う。兄弟の中で一番感情豊かだったかも」
「なるほど」
 記憶の中の良守は泣いているか笑っているかだった。大きな目をキラキラ輝かせ太宰を見つめる。遠くから兄や祖父に対して起こっている姿を見た覚えがあるような気もするがそれは形にならなかった。一番ハッキリと思い出せるのは泣き顔だ。
 ほらと泣いている姿に手を差し出す誰かの姿。だから
「泣いている彼に良く手を差し出したりしていたと思うんですよ。何となくそんな記憶があるんです。だからかな……」
 それを真似して手を差し出した。掴んできた手は小さくて涙をたっぷり浮かべた顔が太宰を見あげる。そんな顔をずっと見続けたからその泣き顔には弱い。こんなのではダメだろうと思うのに叶わない。
「どうした」
「……何にもないです」
 問いかけてきた声に太宰は首を振る。弟の涙に弱いなど話したら笑われるかなと考えながらきっとそんなことはないかと考え直す。優しい声ででは泣かないように大切にしてやらねばなってそんなことを言うはずだ。
「弟は泣き虫で……とても優しい子でした」
「そうか」
「私とは似ても似つかない子で……」
「そんなことはないだろう。お前もとても優しい子だ」
 福沢の手が何時ものように太宰の頭を撫でてそんなことを言う。言われるだろうと思っていた言葉を口にする福沢に太宰はすり寄った。会いたいなと思った言葉は飲み込んでそうだったら良いなとそんな望みを口にした。



 福沢の腕のなかに抱かれながら太宰は家族の話を話した。最近は太宰が家族の話をすることも多くなっていて毎日のようにポツリポツリと少しずつ話していく。
 その時の太宰はとても幸せそうだが不安は拭えないのか家族の話をするときは決まって福沢の腕の中だった。
「そうだ。私祖父もいるんですよ。祖父の話はまだしてませんでしたよ」
 太宰がとうてくるのにああ、そうだったなと少し考えてから福沢は答えた。太宰の祖父のことは他の家族よりもよく知っていることもあってそうだっただろうか。聞いたことがあるようなと少し悩んでしまった。どんな人だったんだと聞かなくても分かっているもののとう。太宰が少しだけ困った顔をした。
「祖父との記憶はあまり覚えてないんです。一番記憶が曖昧で……。でも祖父もとても優しい人だったんです。多分そう。厳しいところもあったけど……でも優しくて沢山遊んでくれてたと思うんですよね」
 ぼんやりとした記憶を辿りたどたどしく語る太宰にそうかと福沢は言う。
「色んな遊びをしてくれて、特に囲碁をよくしたのかな?」
 首を傾ける太宰にああ、そうかと前に繁守と囲碁をしたときのことを思い出した。打ち方が変わったなと言う繁守は何処か悔しそうに福沢を見ていた。変わった打ち方と云うのがどう言うことなのか分かり何とも言えない気持ちになる。嬉しいのは間違いないが少し恥ずかしいような……。腕の中の存在にいとおしい気持ちがわく。ふわふわとした髪をすけば嬉しそうにした太宰も福沢の髪に触れてああ、そうだと声をあげる。
「ああ、そうだ。祖父の記憶はあまりなくて顔も一番覚えてないんですが揉み上げの事はよく覚えているんですよ」
「揉み上げ?」
 何故もみ上げと突然の太宰の言葉に首が傾く。太宰の目が少し大きくなったような気がする。それで懐かしむ笑みを浮かべていた口元が楽しげなものに変わっていて。
「とても面白い形をしていたんですよ。だから一番覚えているんですね。沢山遊んでくれたけど……あのもみ上げを掴んだりして遊んでみたいって多分ずっと思ってたんです」
 ふふと笑いながら太宰が話す。もみ上げの形を思い出しているのだろう。太宰の手が福沢の髪の毛を掴んで弄る。昔そうしたかったのだろう。軽く引っ張ったり指でくるくる遊んだりしている。その指先を見ながらそうだっただろうかと思い出した繁守の顔に福沢は吹き出しそうになった。腹筋に力を込めるが何かあればすぐに崩壊しそうなほど笑いを堪えるのは困難だった。確かにあれは変わった形をしていた。だがそれにしても揉み上げの形だけを覚えられているとは……不便だが笑ってしまう。
「遊んだことはあるのか?」
「多分、ないのかな? 触ってみたかったんですけどね」
 我慢しきれず少しだけ声が震えてしまったものの太宰はその事に気付かなかった。んーーと考え込むように腕のなかで首を傾けながら緩く首を振る。福沢の髪を弄る手が少し弱くなる。もうできないものに思いを馳せるように
「いつか、触れるといいな」
 きっと嫌がりはするだろうがお前に言われたら触らせてくれるだろう。そう思いながら言った言葉に太宰はぎゅっと抱き付いてきた。出来たらいいなと胸のなかで聞こえないような小さな声が口にする。



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