始めて太宰にあった時、一目で何かがおかしいことに気付いた。
 婚約者となって繋ぎを作れ。そこから潜り込んで反逆の証拠をつかむように。すべてが終わればその子供も殺すことになる。婚約の件もなくなるから気にすることは何もない。
 そんな気にくわない命令の元、婚約することになった女の子。だけど婚約の議を終えるころには福沢はその子が男であることに気付いていた。
 細い体。愛らしい顔立ち。女の子にも見えたが、だけどちょっとした体格とか歩き方でわかってしまう。男だろうと問いかけた。そうだけどでもいいでしょうとその子は言った。どうせ殺されるんだからと。
 福沢が目を見開いた中、その為に婚約したんでしょうと言った子供は福沢が知りたかった情報のすべてを教えてくれていた。ご丁寧に証拠までつけて。それさえ手に入れてしまえば子供の家族を処罰することができる。子供もまた。
 どうしてだと福沢は子どもに聞いた。どうしてこんなことを教えてくれる。殺されるのが分かっているのだろうと。子供はだって生きたところでいいことなんてないものと答えた。
 こんな世界生きてる意味なんてない。死ぬも生きるも一緒。それなら死んだ方がいい。
 子供らしからぬ真っ黒な目をして子供が答えて、福沢は言葉を失った。好きにしていいと言った子供。全部覚悟しているから。何も見ずに子供が告げた。福沢は何も言わなかった。
 それからしばらく福沢は子どもとともに過ごした。子供から聞いた情報を政府に教えることができずに意味のない日々を過ごした。その日々の中で福沢には子供に対する加護欲が沸き始めていた。大切にしなければと思い、そして、政府に一度逆らった。
 子供の親を殺しながら子供だけは殺さなかったのだ。
 私が守ると告げた言葉。共に生きていこうと差し出した手。その手を見下ろした子供は何を言われたのかその時、理解していなかった。福沢が舌を巻くほど賢かった子供はただ福沢の言葉の理解だけは拒んだ。耳も目も閉ざした子供が哀れで、最初は確かにただの同情だったのだ。
 それでもそれはいつしか同情とは遠いものに変わっていた。
 思うに子供の目がまずかった。次第に打ち解けていた子供はずっと福沢しかいないとそう言うような目で見て来たのだ。お願いと伸ばされた小さな手。それらに福沢は己の心が動かされるのがわかった。ひきつけられて大切と思うようになって、それで……


 昔のことを思い出してほうと一つ息をついていた。どれだけ思い出そうとそれはもう過去の話だった。たとえ福沢にとっては過去のことでなくとも相手にとっては過去のことで話せることなどは何もないのだった。もしかしたら忘れてしまいたいとそんな風にも思われているかもしれない。
 福沢の眉間にしわができる。それは嫌だなと思ったものの福沢が言えることなどない。後悔されていたら悲しいが過去の思い出のことでいえることも何も持たなかった。
 福沢の目はちらりと部屋の奥にいた太宰を見た。
 太宰とはしばらく話していなかった。何時頃からかといわれると忘れもしない、一度太宰が精神だけ子供に戻ってしまってからのことだった。太宰はその時のことを忘れたと言っていたが、その後からどう見ても太宰の様子がおかしくなってしまった。 
 忘れたというのは嘘で本当は覚えているのだろう。そのうえで避けられている。
 その理由は聞かずとも予想ができる。思い出した日のことを太宰がよくないものと感じているからだろう。もしかしたら福沢に対して恨みの一つや二つあるのかもしれない。
 ただそれを言ってくることもないのだろう。
 寂しいものも感じたがそれも仕方のないことなのだろうと思おうとしていた。それでも寂しく感じるのは福沢がなれてしまっていたからなのだろう。
 再会した時から少しずつ福沢は太宰との距離を縮めていた。昔のことは話さずに一人になりたがる彼の傍に寄り添って彼の邪魔にならないよう気をつけながら日々を過ごして、そして少しでも彼が安らげるようにと願い傍に居てきた。
 最初は気味が悪そうにしていた太宰もそのうちそれに慣れてきて、福沢がいるのを当たり前のこととまで思うようになっていた。
 そのことが嬉しく誇りのようなものだったのに今は見る影もなしだ。目があえば笑ってくれていたが、目が合うことすらもなくなっていた。
 ため息をつきたくなるほど落ち込みながら、そそくさと去っていく太宰を見送る。その後、福沢も社長室へと戻っていた。
 何にもする気が起きないが、それでもペンを手にして書類を見ていく。なんとか仕事をしようとすると扉が勝手に空いていた。ちらりとそちらを見れはま乱歩が社長室に入ってきていた。予想通りだったがその顔が何故かやたらと嫌そうだったのは予想外だった。どうせ人をからかうような顔をしているに決まっていると思っていた。目元を歪めて乱歩を見る。
「僕だって来たくはないんだけどさ、でも与謝野さんがどうせそのうち頼まれるんなら嫌な仕事は早く終わらせといた方がいいんじゃないかなって。
 意味もなくもだもだしてるの見るのはそれはそれで嫌だし。早く終わってくれた方が僕としてもいいのかなって思って」
 何の用だと聞くと渋い顔をした乱歩が言っていた。何の話か全く分からないが、乱歩の話なんてこんなものだ。無理に聞き出そうとはせず、乱歩がその気になって分かりやすく話すようになるのを待つ。聞くよりはその方が早いことを経験上知っている。適当に書類を見る。その間に乱歩は近くまで来ていた。隅に置いている椅子を勝手に引っ張り出してきて座る。
「僕は正直に言うと社長と太宰にはうまいこと言ってほしくないんだよね。だってなんかむかつくだろう」
 分かるでしょうといわれ、全く分からないと思った。一体何の話をしに来たんだと思う。が聞くことまではしなかった。とはいえと頬杖をついた乱歩が言う。
「きっとうまくいった方が僕たちとしてもいいことがあると思うのは確かなんだよね。彼奴のついでに社長にどっか連れていてもらえたり、美味しいものにありつけたりと良いことづくめのはずなんだよ。むかつくけど。そりゃあもうすごくむかつくだろうけど。だからちゃんと社長を応援してあげることにしたんだよ
 結論から言うと」
 ああ、やっと話す気になったか。長い話を右から左にと聞き流していた福沢は、乱歩の声が少しだけ変わったのに真面目に聞く体制を作っていた。ここで聞かなければ後ですねる。数日仕事をしないなんてことも平気でやる。だからちゃんと聞こうとした。聞こえてきた声は福沢にとっては奇想天外ものだった
「太宰は社長のことが好きなんだよ」
 はいと声が出てしまったのは仕方ないだろう。口を開けて乱歩を見てしまったのも仕方がないことだ。何を言っているんだこの馬鹿はと言うような目で見てしまうのも仕方ないことで。疲れているのか。熱が出ているなら休めと言ってしまったことも仕方ないことだった。
 福沢の言葉に乱歩がそんなわけないでしょうと怒る。
「いい。この名探偵が言っていることに間違いなんてないんだからちゃんと聞いてよね。
 太宰は社長のことが好きなの。そりゃあ、今は社長から逃げているけど、あれは社長が嫌いだから逃げているんじゃなくて社長が好きだからどうしていいかわからなくて逃げているだけだから。社長が自分のことを甘やかしてくれたのは、昔の義務からで、そうだとしたらいつか疎ましく思われるって考えて逃げているだけなんだよ。
 分かった」
 乱歩が語気を荒くして福沢に聞いた。寧ろ分かれと言いたげな声。福沢の口はぽかんと開いている。はいと声が出ていく。あーーもう言いたくなかったと叫んでいた。でもさきっとこのほうが良いんだよねと言い聞かせている姿にお前は何を言っているんだと福沢は言っていた。だからそういうことなのと乱歩が怒鳴る。
「あのバカは社長のことが好きなの!
 これは間違いないから。馬鹿だから弱気になっているだけ。福沢さんだってあのバカがそう言う奴だってこと知っているだろう」
 怒鳴られ、何も言えなかった。確かにその通りで太宰ならそういうことをやりそうではあると思う。だけどそれをすぐには信じることができなかったのだ。固まる福沢にそういうことだから。後は何とかしてねと言い捨てて乱歩が出ていく。
 ぽかんと口を開けている福沢はそれを止めることができなかった。
 何とかとは何をすればいいのか。思いながらとりあえず今日太宰を夕飯にでも誘うかと福沢は決めていた。それから全部が終わったら乱歩と与謝野も夕飯に連れていかなければいけないのだろうなとも思っていた。





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