山の麓、戦いから少し離れたその場所で福沢は太宰を木の根元に横たえていた。太宰は荒い息をしながら頭を抱え込んでいる。苦しそうにしているのに福沢は太宰を静かに揺すっていた。
「太宰。ゆっくり息をしなさい」
「ごめ、……すみま」
 はあはあと零れていく荒い息に福沢は声を掛けていく。普段汗をかきにくい太宰の額にはびっしょりと汗が流れ落ちていた。その汗をふいて、頬に張り付いた髪をとかしていく
「いいから。今はなにも気にしなくていいから、ゆっくり息をはいて」
ゆっくり吸って吐いてと太宰に聞こえるよう耳元で深呼吸をしていく。私に合わせて。大丈夫だからと声を掛けながら呼吸をするのに太宰の呼吸もだんだんあい始めていた。はぁあ、ふぅう、はぁあと深い呼吸を繰り返していく。
 上下する薄い胸。額から流れ落ちていく汗が少しばかり少なくなったようにも思える。福沢の手がもう一度額の汗をぬぐった。とんとんと背を叩いてから、太宰の顔を覗き込む。
 褪せた目の焦点はあい、福沢の顔をしっかりと見ていた。
「落ち着いたか」
穏やかな声で福沢が聞くのに太宰の首は縦に振られていた。もう大丈夫ですと太宰が歪に口角を上げる。無線からは色々と混乱しているような声が聞こえてきていた。
「暫くここで休んでいろ」
  太宰の頭を撫で、その様子をじっと見ながら福沢は言っていた。自らも太宰の隣に腰を落とすのに太宰はいいえと首を振っていた。凭れ掛かっている木に手を置いて立ち上がろうとしている。
「太宰」
 その体を抑えながら福沢は太宰の名前を呼んだ。太宰の声はかすれている。無茶をするなと口にするのに太宰はそれでも首を振った。私が行きますと立ち上がった後、そうだと太宰は福沢を見た。社長と福沢を呼ぶ。
「今すぐみんなに伝えてもらいたいことがあります。良いですか」
 問いかけてくる目は何かに怯えるように震えていた。休ませたいが今の太宰の様子からしてそれは無理そうであると判断し、福沢は重くなる口を開いた。 
「……何だ」
「戦うのをやめるように伝えてください。いま戦っている彼らはあの男の仲間ではありません」
震えてはいるものの太宰の目は真剣である。冗談で言っているわけではないのに福沢の目は軽く見開いていた。んと口を強く閉ざして太宰を見つめるのに太宰も見つめ返してくる。
「それはどういう」
「彼らはこの山に住んでいただけ。私達が侵入してきたから襲ったのでしょう。私達は彼らと争うように操られていたのです」
 太宰の声が答えていく。福沢はその話を聞きながら、かすかにその目元を細めていた。顎に手を置きながら首をひねる。
「だが……侵入してきたからといってなんの警告もなしに攻撃を仕掛けてくるか。あの男の仲間だからでは」
 疑うように福沢は考えを口にする。太宰はすぐに否定の言葉を答えていた。
「彼らもまた操られているんです。忘れましたかあの男の異能を。あの男の異能は精神を操るもの。考え方をほんの少し弄る程度の力ではありますが、その力で私達を自分達に害なす敵であると認識させれば」
 なるほどと福沢は頷く。
「侵入しただけですぐに攻撃に入る」
「ええ、見た感じ好戦的なものが多いようですしね」
 そう言う事かと言いながらも福沢はもう一度考えこんでいるようだった。じっと顎に手をあて考えながら福沢はその口をひらく。太宰から目をそらすことはない。
「だがなぜそう言いきれるのだ。男の仲間である可能性を覆す根拠は何だ」
「そ、れは」
 福沢が太宰に問いかける。太宰の目が見開いていた。何かを言おうとして口を開いたがそこから声が出ていくことはない。言いにくいのか何度も口を開いては閉ざしていた。一度は落ち着いていた呼吸が再び荒くなり始めていく。福沢の手は太宰の体を支えていた。
「それは……」
「ゆっくり息をしろ」
 何かを言おうと太宰は口を開き続けていた。福沢がそれを抑えて呼吸をするように言い聞かせていた。呼吸を合わせるように指示をするのに、そうしようとはしているものの、何かを言おうとしてしまってうまくできていなかった。落ち着けと福沢は言葉を重ねる。大丈夫だからまずは呼吸を整えてゆっくりと話せ。
 語りかけるのに太宰は頷くもののできるわけではなかった。どうしたんだと少々焦りながら福沢が口にしてしまっていた。こんな太宰の様子は滅多に見えるものではない。何があるのかと考えてしまうのに、太宰の肩が大きく跳ね上がっていた。
 浅い呼吸をしながら太宰はあたりを見渡す。その目元には生理的に涙があふれ始めていた。
「何、これは。
 何が」
 きょろきょろと辺りを見る太宰。何かに戸惑う様子なのに福沢がそれが何か分からなかった。何かを急に感じ取ったようなそんなようすだったが福沢は何も感じていない。太宰の様子を見ながら福沢もあたりを見た。何もない。山の中は変わって等板なった。
「太宰。どうした」
 太宰の肩に手を寄せながら福沢が問いかける。太宰がそれにこたえようと福沢の目を見る。それとほぼ同じ時に何かが福沢の背をぞくり走り去っていていた。太宰の口から高い叫び声が鳴り響く。
 頭を抱える太宰。驚きながら福沢はその体を抱きしめていた。太宰の名前を呼んで叫ぶのに、地響きが起きた。下からたたきつけてくるような揺れ。
 衝撃に体勢を崩しながら、太宰を守ろうと福沢はぎゅっと抱きしめる。
 揺れは暫くしてから収まり始めていた。完全に収まったのを確認して、福沢は太宰を少し体から離した。大丈夫かと確かめるのに太宰の瞳孔は完全に開いていた。はあはあと荒い息をこぼしているのに大丈夫だからと福沢は声を掛ける。私がいると口にするのに太宰はそんな言葉聞こえていないようだった。
 無線から安否を確認しあう仲間の声が聞こえていく。太宰の事が心配であるが、そちらを無視するわけにもいかなかった。福沢は私と太宰は無事だと無線に答えている。探偵社のメンバーは全員無事のようであった。今のはなんだったのか。何が起きたのか。この山はやはり何かがおかしい。そんなことを口々に口にしていた。マフィアである中原と芥川からの返信はなかった。
 大丈夫なのか。あの二人は今どこにいるのかとも聞いてきていた。一旦別行動をとったため分からない。一度、私たちが奴らと別れた地点まで誰か行ってくれ。無事を確認したら連れて全員で集合。そののちに引こうと福沢は告げていた。今回の件はおかしなことが多すぎる。一度立て直すべきだと告げるのにはいとそれぞれから返事が聞こえてきていた。
指示を出し終えた後、福沢は太宰を見た。そして太宰にここにいることを告げる。
 だが太宰は首を横に振っていた。
「いえ、私もいきます。心配していただかなくとも私は大丈夫ですから」
 青ざめた顔。呼吸は落ち着きを取り戻しているものの額には大量の汗が再び流れ落ちていた。今にも倒れそうな様子に福沢からはでもと弱い声が出ていく。これ以上無理をさせるのは危険だとそう思っているのが伝わってくるのにそれでも太宰は大丈夫ですと強く行った。
「お願いします。多分状況を一番できているのは私です。私がいかないとどうなるか分からない。私が言って確かめる必要があるんです」
 太宰の目は何かに縋るようだった。じっと見つめてくるのに福沢は頷いてしまう



 その頃、中原と芥川は正守と対峙していた。芥川の羅生門が正守の体を切り裂かんと襲うのに、正守の体に近づけばそれは触れた先から消滅していた。ちっと舌打ちを打ってすぐに羅生門を戻す。結と正守が言うと同時に芥川の足元が何かに囲まれる。それを羅生門で壊し逃げていく。
「芥川、大丈夫か!」
「はい」
 距離を取り、近づくタイミングを計っていた中原が芥川に声をかける。芥川はすぐにはいと答えていた。中原と同じように距離を取り、正守を睨みつける。
「距離をとっても不利、かといって近づけもしねえこりゃ厄介だな」
 中原が呟くのに荒んだような目で正守は二人を見ていた。恐ろしいまでの怒りが伝わってくるのに二人は攻撃を仕掛けるタイミングだけを考えていた。
「なんのつもりだ」
「ああ?」
 そんな二人に届く声。中原は怪訝そうに眉を寄せた。変な言葉だと思い睨む。
「なんのつもりで烏森の力を狙う」
 正守からは低い声が出ていく。その声で問いかけるのに中原はその目をひん剥いていた。全く心当たりのない言葉。首を強く傾ける横で、芥川も怪訝な顔をしていた。
「はあ?烏森の力だ。一体なんの話を」
「烏森の力は貴様らになどわたさん」
「訳わかんねえこといってんじゃねぞ」
 言いながら正守の手は動いている。危ないと逃げながら中原は叫んだ。山にあったいしっころを大量に正守に打ち込んでいく。正守の体に近づけばそれは消滅していくが、少しは衝撃を感じるのか正守が軽くうめいた。その隙を逃さず、芥川は再び攻撃を仕掛けた。すべてを飲み込まんと向かうがそれすらも消滅していく。
 芥川から舌打ちが出た。
「結」
素早く正守の腕が動き、叫んだ。何かが来ると二人はその場から逃げる。逃げた先でつかまるのに芥川は切り裂き、中原はそのなにかを押しつぶしていた。
 今度は正守から舌打ちが落ちた。
「あの力一体」
 本当に異能の力なのか。だとしたらどういう力なんだと中原も芥川も正守を見る。正守は日本の指をたて、二人の動きを追っていく。
「結結結結結」
 逃げ回るほど潰されていく空間。何かが道を邪魔してくるのを感じながらひたすらに二人は逃げる。どうしたらと打開策を考えていると中原が見えない何かにぶつかっていた。結とひときわ大きなもので中原の体を囲む。しまったと逃げようとするのに今度は小さいもので関節を抑えていた。
「中原さん」
 芥川が怒鳴る様に叫び、逃げるのを止める。
「羅生門!」
 中原がつかまった結界を切り裂いていく。そんな芥川の羅生門に向かい正守は結界をはる。こんなものと切り裂こうとしたが、羅生門が動くことはなかった。掴まえられるのに動きが止まった芥川。その体が大きな結界で囲まれ、さらに何個も細かい結界で動きを止めていく。
 その姿で止めながら正守は中原を睨んだ。
「さて、今度は」
 低い声。中原から舌打ちが出ていく。どうすると睨みつけた目はあっと見開いた。何だと正守が中原を警戒するのにその後ろから何かが近づいていく。
「白夜叉雪」
「月下獣」
 二人の声が響く。
 敦が正守を襲い、鏡花が芥川の囲まれていた結界を狙う。芥川もその瞬間羅生門を動かして二人の力が加わるのに結界は壊れた。
「大丈夫ですか」
 敦が声を掛けるのにああと中原が答えている。
「そいつには近付くな。近づいた突端攻撃される。それから囲む技があるから気を付けろ」
「はい!」
 四人が正守に向かっていく。


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