変な人だと思っていた福沢さんはただの変な人ではなかった。かなりの変な人だった。こんな女としても人としても終わっているような私の事を好きだと言ったのだった
 正直信じられなかったけど、でも福沢さんの目には嘘など欠片もなかった。真っ直ぐに見つめてくる目に本当のことだと分かってしまった。理解できなくて呆然とした。私の事を守りたいだなんて意味の分からない言葉が聞こえてきて、本当に意味が分からなくなって私は逃げた。
 逃げた先は織田作と安吾の場所。安吾は嫌だ僕を巻き込まないでください。死にたくないと訳の分からないことを言って怯えたので織田作の家で暮らしていた。織田作の家には彼が拾った子供たちが住んでいるのだが、何時までいるんだよ。早く家に帰れよと言ってくるのであまり可愛くはない。
 もし離婚されて行く場所がなくなったら織田作の家に住み着いてやろうと考えていたのだが、それはやめておいた方がいいかもなと思えた。良い大人が喧嘩なんてするなよな、なんて何にも分かっていない子供のくせに言ってくるのだ。別に私は福沢さんと喧嘩なんてしていない。ただ逃げているだけなのに。
「そちらの方が問題だと僕は思うんですけどね」
「だって仕方ないじゃない」
 話していたら安吾が盛大なため息をついてきた。私はぷっくりと頬を膨らませて抗議の声を上げた。訳が分からなかったのだもの。私の事好きだなんて絶対あの人おかしいよ。私が言うのに安吾も織田作もため息をついてくる。
 今いるのは織田作の家ではなくいつも行くバールパンのカウンター席だった。誰も私の味方になってくれないのが悲しくてマスターに洗剤入りのカクテルを注文する。マスターはいつも通りクールにありませんと答えた。
 死にたいと言えばその前にすることあるでしょう。妻に自殺されたなんて色々噂されて仕事に支障も出るでしょうから、せめて離婚してからしてあげてください。と安吾は冷たい事を言ってきた。
「なんで今日の安吾はそんなに冷たいんだい。いつもみたいに優しくしてくれてもいいじゃないか」
「別に僕はいつも優しくないと思うんですが、そうですね。太宰君が迷惑かけ過ぎだと思っているからじゃないですか。怖くなったのは分からなくもないですが、だからって失踪したら福沢さんも困るでしょう。
 というか告白した翌日に失踪されるというのは同じ男として可哀想過ぎて見ていられないんですが」
 はあとため息をつきながら安吾が言った。それはそうだなと逆隣で織田が頷いている。えっと私は声を出してしまった。そうなのと見つめる。その辺は気にならなかった。ふつうは女性でも可哀想になると思うんですけどねと安吾がため息をついていた。
「だって分からなかったのだもの」
 責められているようで唇を尖らせてしまう。聞こえてくるため息。だってじゃないんですよと言いながら安吾は私を見てきた
「太宰君、昔は私は美しいから全人類に好かれるなんて言っていたじゃないですか。何で好きだと言われて理解できないってなるんですか」
「そりゃあ私の美貌の話なのだよ。私は美しいからこの顔だけなら全人類に好かれるけど、でも私の内面まで知って好いてくる人なんているはずないのだよ。それなのにあの人は私の事好きだなんて言ってくるから 」
 頬を膨らませてしまう。安吾は僕たちはどう思っているんですかなんて言ってきていた。二人は友達でしょうと答える。恋人としてだよ。というのにまあ、分からなくはないですけど、でも好きになる人だっているでしょうと安吾は言ってきていた。
なんでと聞く,明確な答えは帰ってこなかった。人を好きになるのに理由はいらないんじゃないかと言ってきたのは織田作だ。 
 困ったように私を見てきていた。分からないものは嫌いなのだよと答える。なら分かるまで聞けばいいんじゃないかと言われて、それは面倒だと言った。どうして好きになったのかそんな理由は知りたくないと思う。はあと安吾がため息を吐いた。
「別にいいだろう。安吾には今の所迷惑かけてないんだから。安吾は友達がいないから私を家に招いてくれないし」
「死にたくないですからね」
「私だってさすがに襲撃で迷惑かけたりはしないのだよちゃんと自分で対処するのに」
「そうじゃなくて」
 深いため息。織田作は何故か笑っていた。貴方何時まで気付かないんですかと安吾が言ってきた。何がと聞く。
「言うつもりはなかったんですが、福沢さん、ずっと貴方のことを見守っているんですよ。貴方が深夜に出かけてくるたび遠くからついてきて、夜変な奴らに襲われたりしないよう見張ってくれているんです」
 ぽかんと口が開いてしまった。何の話だと思ってしまう。じっと安吾は私を見てくる。俺の家の周りにも時々来ている。子供たちが好きなお菓子とかおいていてくれるから助かっているなんて織田作が言ってきていた。太宰君が何のお土産も持たずにお邪魔しているからですよと安吾のため息がまた一つ。
 呆然としていれば、だから僕は嫌なんですよと言った。
「太宰君の友達と言う事は分かってくれているでしょうし、何かをされたことはありませんけどあの人の視線鋭くて怖いんですよ」
 ため息をつきつつ言われても私は口を開けて固まったまま動けなかった。何の話をされているんだと安吾を見つめる。安吾がじっと見つめてくる。織田作の方も見た。嘘だよねとすがる。あの人はお前のことをすごく心配しているからなと言われてしまう。
 あまり心配をかけてやるなと言われてそんなこと言われてもと思った。逆に毎日付きまとわれていたというのはそちらの方が怖い気がするのだが、それは無視なのかと思ってみてしまう。
 おかげで変な奴らに襲われることもなかっただろうと織田作の言葉。まあそれはと思った。おかしいとは思ってはいたのだ。何かしら狙われてもいい筈なのに外に出てても一切襲われることがないからおかしいなとは。でもまさか福沢さんのせいだとは思っていなかった。
「貴方がいなくなって落ち込んではいますけど、それよりも貴方の事酷く心配しているみたいですよ。まずはその辺どうにかしてあげた方がいいんじゃないですか」
「そんなこと言ったって私だって一杯悩んでいるんだよ。二人は私の味方をしてよ」
 ぷくうと頬を膨らませて二人を睨んだ。とはいってもねと水を飲みながら安吾が言っていた。
「ここまでされて太宰君が相手のことを嫌いと言わない時点で僕らが言うことはないと思っていますからね」
「そうだな」
 はいと私は首を傾けた何の話だと思って二人を見るのにだってと二人は言った。
「いくら太宰君が他人に興味がないって言ったってここまで興味を持って生活してそれで今でも共に居るってことはそれなりに気に入ったってことでしょう。一度興味を持った相手から興味がなくなったら太宰君はそれがどんな相手であれ自分の前から消そうとしますし、基本的に太宰君の興味が長持ちしません。
 それが興味を失うことなくずっと一緒に居続けるのは結婚相手と言う事より相手のことを好ましいと思っているからと僕は判断しましたけど。織田作さんもそれは同じだと思いますけど」
「ああ、そうでなくとも最近の太宰の話はあの人のことばかりだったからな。好きなんだなと思っていた」
 ぽかんと口が開いてしまった。何を言っているんだと二人を見つめる。いい加減帰ってあげたらどうだと織田作が言ってくる。お前もそろそろ寂しいだろうと言われて、そんなわけないだろうと思いつつ福沢さんのことが気になってしまっているのは確かだった。
 むうと口をへの字に曲げてしまう。
 いま一度あの人とのこと考えてみたらいいじゃないですかなんて安吾が言う。私は頬を膨らませてそっぽを向くことしかできなかった


 その日、私は織田作と帰るつもりだったのを止めて、一人夜道を歩いていた。福沢さんの家に帰るでもなくぶらぶらと歩いていく。ある程度歩いたところで足を止めた。暫く一人でたたずんだ後、意を決しているんですかと声を掛けていた。
 暗闇に向かい声を掛けるのは誰も出てこなかった場合恥ずかしいなと少し思う。だがそんな心配は必要なくすぐに後ろから福沢さんが出てきていた。福沢さんは困ったように眉根を寄せている。そして気付いたのかと聞いてきていた。
「気づいたと言うか、教えてもらったんですが……、つけられていたとか不愉快なんですが」
「そうだろうな、すまぬ。だが女性が一人で夜に出歩くのは危険だろう。特に貴殿は狙われていたこともある。心配だったのだ」
 少しだけ低い声を出したに福沢さんはすぐに認め謝っていたが、悪びれるような様子はなかった。これからもするだろうと宣言されてしまい口を尖らせる。心配なのだ。と何度も言われ別に平気なんですよと返した。
「私はこう見えても優秀なのでそこらの雑魚につかまってやるほど優しくないのです」
「分かっている。でも心配になってしまうのだ。貴殿が好きだから、それに私は貴殿の夫だからな。貴殿を守る義務もある。分かってはくれないか。もうすでに」
 言ってくる福沢さんは何処か弱弱しかった。何時も探偵社で見せているような社長としての威厳を感じられない。むうと私の唇は尖る。襲われていると言いたいのでしょうと低い声が出ていく。福沢さんはそうだと少し悲しげに眉を寄せた。やはりかとため息が出ていく。分かっていたことだけど実際に聞くと面倒に感じてしまう。
「それでも私は私の後をつけられるのは嫌いです」
「すまない。……誓って貴殿の個人的なことを知ろうとしたことはない。会話を聞いたことはないし、貴殿とよく合う彼らの仲も知らぬ。あくまでも……守りたかったそれだけだ」
 肩を落とした福沢さんがしてくる謝罪。情けない顔で謝ってこられ、私は次の言葉がでてこなかった。守りたいなんてよく分からない言葉を口にされてただ困ってしまうのに福沢さんは落ち込んでいるような雰囲気を見せつつも私の事を真っ直ぐに見ていた。すまないともう一度言われるのに別にと言った。
 もういいですよと前に歩き始めた。福沢さんはその場から動くことはなかった。距離が離れていく。私は見えなくなる前に立ち止まってしまった。
 立ち止まって後ろを見る。福沢さんは少しだけ驚くようなそぶりを見せながら、周りを見渡して他に人がいないことを確認していた。それから私を見てふっと笑みを浮かべていた。小さな笑み。零れたようなその笑みの意味は分からなくて少し腹が立つような感覚がある。
 むうと頬を膨らませるのにこれからどこに行くんだと福沢さんが聞いてきた。知りませんよと私は答えた。その辺を適当にぶらつくだけです。そう言えばそうかと福沢さんは言う。そしてそれならと言いながら私の方に歩いてきた。
 大股で歩いてくる福沢さんを見つめる。結構開いていた距離はあっという間にあと十歩になっていた。七歩になって五歩、三歩二歩、一歩。
 目の前に福沢さんが立つ。
 ほらとでも言うように福沢さんの手が私の前に差し出された。
「それなら今日は一緒に帰ろう。
 野宿は体にも悪い」
 野宿なんて昔はいつもの事。自分の体何て大切にもしていない。どうでもいいと思う。だけど福沢さんの言葉に嫌だとはどうしてか言えなかった。
 織田作と安吾の言葉を思い出して少しだけむかむかとした 
 
 

 あんた何やっているんだい。
 隣の席に座った女性に言われ私は思わずはいと言うような声をこぼしてしまった。
 久しぶりに来た探偵社の事務所。とりあえずある仕事をしている最中。失踪したのもあってどう接したらいいか分からなかったのだろう声を掛けてくるものはそれまでいなかった。隣の席に座った女性を見る。蝶の髪飾りをした女性は事務員ではなく調査員。
 君死に給うことなかれという瀕死の怪我を全快させる異能を持つ。森さんが好きそうないい異能だ。私も駒として扱えるとなるととても大切にするだろう。
 そんな女性を見る。異能が強力だからなのかは分からないが中々癖の強い性格の持ち主だった筈。そんで福沢さんの養い子みたいなもの。 
 どういうつもりで私に話しかけてくるのだろうと思いつつ私は何がですかときいた。与謝野さんはすぐに失踪していたことと今日のことだよと聞いてくる
「わざわざ失踪して社長に心配かけてさ、かと思えば帰ってきた今日はやたら社長のこと見ているだろう。まあ、失踪した前の日も社長の事やたら見てたけど、今日ほどじゃなかっただろう。
 何考えているのかなって」
「別に何も考えていませんよ。そんな社長のことなど見ていませんし、仮に見ていたとしてもそれは他に知っている人もいないから見てしまうだけです。深い意味はありません。
 失踪したことについては謝りますけど……、それにも特に意味などありませんよ」
 与謝野さんの目は話している間もじっと私の事を見てきていた。獲物を逃さないとばかりの光がその目に宿っていて、何が何でも何かを言わせるつもりだと悟る。でも私が言えるようなことなど殆どなくてひとまず笑っていた。嘘をいちなと与謝野さんが私を見てくる。
 そんなはずはない。何かあるんだろうと言ってくるのにないですと言った。ふーーんと与謝野さんは鼻を鳴らす。つまらなそうに肘をつきながら親の仇のように私を見てくる。
「そんなウソ通じると思っているのかい。
 どうして失踪したのか言ってみなよ」
「どうして何て言われても特に意味なんてないんですよね」
「そう言ってごまかしたいのか、それとも思いたいのかどっちか分からないんだけど、どっちにしてもいつまでもそんな風に社長のやさしさに胡坐掛かれていても腹立つんだよね。いい加減ちゃんと社長と向き合ってもらわないとさ。
 ここ最近はそのつもりになってきたのかなって思っていたけど、失踪しやがるだろう。だから私が言えることはいっとかない取って思ったんだよね」
 与謝野さんはずっと鋭い眼差しをしていた。そしてその鋭い眼差しで私を睨んでくるの私はなんのことですかと言った、あまり続けたい話ではなくて、逃げ道を探すけど逃げられそうな場所などなかった。
「だから、あんたが社長を好きじゃないかって話」
 肝心なことを言う気はないのかと思っていたが与謝野さんは案外あっさりと言っていた。それは私が考えたくもない言葉だった。織田作や安吾に似たようなことを散々言われてしまった暫くは忘れていたい言葉。
 それが振ってこられ私は固まってしまった。一分ぐらい固まってからご冗談をと笑う。冗談じゃないことはあんたが一番よく知っているだろうと与謝野さんが言ってくる。
 そんなわけないじゃないですかと言ってもあるかもしれないだろう。というかげんにあったわけだと与謝野さんは私を見て指さした。
「妻になって何年も興味がなかったのに今更好きになるわけないじゃないですか」
「だからこそだろう」
 私が笑って否定の言葉を吐く。その言葉の否定を与謝野さんは吐いてくる。好きなんだろうと繰り返されて私は違いますよという。そんなはずない。好きだからよく見ているんだろと訳の分からないことを言ってこられた
「違いますよ。私がよく見ているのはただ」
 興味があるだけと言いそうになって私は口を閉ざした。聞こえてくるのは興味なくすのは早いですからね。という安吾の声。興味をなくしていない時点で好きと言う事だろうと言われたのに眉を寄せた。
 そんなつもりではない。つもりではないのだが、でも普通なら興味など一瞬のうちに忘れていることを思い出してしまった。たまたまという言葉は出てこずに唇を閉ざしてしまう。そんなのどうでもいいじゃないですかと言ってしまう。良くないよと与謝野の言葉。ただ何なのだいと言われるのにそっぽをむいた。
「社長が気になるから見ているんだろう。そういうのを一般的に恋しているって思うんだ。あんたも社長の事好きになったんだろう」
 与謝野さんはえげつないほどに鋭い声で私を斬りつけた。私は答えず俯いていた。そんなはずはない。なかった。だって私は恋をしたことなんて社長に対してだけでなく、今までの人生でも一度もないのだ。
 そんなものがあるはずがないと言った。
 あると私じゃない癖に与謝野さんが強い口調でいう。そんなはずないですと私はもう一度言った。与謝野さんがもう一度あると言って私を見てくる。私は俯いてないんですと言った。今更でしょうとそんな言葉を云ってしまう。あんた何か勘違いしていないかいと与謝野さんが言ってくる。
 はいと私は与謝野さんを見た。
「あんた勘違いしているよ。今更なんかじゃない」 
 与謝野さんの眉は今にも破けそうなほど眉間に皴ができていた。はいと私がそれを見た。勘違いしていると与謝野は再び言ってきた。
「今更も何もそもそもあんたが好きになったんじゃない。
 あんたを福沢さんが好きにさせたんだ」
 強く聞こえてくる声。はっと口が開いた。与謝野さんの声はさらに聞こえてきて。
「勝ったのは福沢さん何だからね。あんたがいつまでもグダグダとやってこの結論出さないからわざわざ私が言いに来てやったけど、本当はとっくにあんたは社長に負けているんだよ」
 ぽかんと口を開けるだけあけてそれ以外は何もできなかった


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