太宰に父親がいることは知っていた。入社するため必要だった戸籍のなかに父親の名前ははっきりと書かれていた。母親はいなかった。だが父親がいるのに緊急連絡先は紹介人の種田長官になっていた。
 不思議とも思わなかったが念のため、入社してすぐに太宰にどうしてかと聞いていた。
 その時太宰は福沢から言われた父親と言う言葉を一度繰り返した。少し見開いた目。開いた口。ことんと傾く首。それ以降はほとんど見ることのなかった太宰の驚いた顔。父ともう一度繰り返してから太宰はああと頷いていた。
 そう言えばいましたねと呟く声はそんな存在のことすっかり忘れていた。
「家出、したわけでもないんですが、十より前の頃から会っていませんので覚えていませんでした。向こうも私のことなど忘れていることでしょう。ですので連絡は種田長官に頼みます。とは言え、私が死んだとき以外はしないでほしいのですけどね。私がもし死んだりしたとき適当な扱われ方をして死体が変なところに渡らないため、特務異能科が処理すると言うそれだけのはなしなので。
 ほら私の異能は少し特殊ですから、その体を使って何かたくらむ奴らがいないとも言いきれないでしょう。死以外は連絡しなくて大丈夫ですよ。一人でどうにだってできますので」
 その時の太宰の姿は少し寂しそうに見えた。何て言っても太宰は笑うだけなのだろう。


 その日のことを思い出しながら福沢は家族かと呟いていた。見上げるのは太宰がいる病室だ。今ごろは眠っている頃だろうか。外にでたことを後悔した。
 忘れていた父親。きっとその後にまた太宰は忘れたはずだ。太宰にとって必要でなく、そしてきっとあの日太宰が言った通り向こうだって必要とせず忘れていた筈だ。
 それが何で今頃。
 握りしめた手に爪が食い込んで僅に痛みを感じた。



 ゆっくりと目を開けた時、目に写るのはぼんやりとした光。それから緩慢な動きで目を反らして太宰は部屋のなかを見る。見渡す範囲白くほとんどなにも見えなかった。机の影だけ何となく見える。太宰は天井に視線を戻す。
 部屋のなかに誰もいないことだけは分かった。
 天井を見上げた後、太宰からああと声が漏れていく。そうだとその口は形だけ動いた。
 あの男が来たのだったと太宰は数日前のことを思い出す。胃のなかから何かがせりあがって食道を焼く。我慢しようと一瞬思ったが、決壊して口のなかに酸っぱい味が広がっていく。開いた口から溢れて口回りを汚す。横に垂れていくのを気にすることはできない。逆流してきたものが口のなか下に落ちていき、喉につまる。息苦しく足掻く。持ち上がらない手。体をまともに起こすこともできずヘッドの上で窒息してしまいそうだった。
 口のなか気持ちが悪い酸の味で一杯なら鼻まで強烈な匂いで犯されていた。
 意識が遠退いていきながら太宰は動かない手をそれでも動かしてなにかを掴もうとしていた。


 酸っぱい匂いが鼻につく。それだけで喉元が何かを吐き出そうと動く。ゴホゴホと激しく咳き込めば口のなかから塊が飛んだ。べったりと肌につくが拭くことはできない。白く見える天井を見上げる。明かりはついている。けれど人はいない。
 匂いに気分が悪くなりながら太宰は目を閉じた。
 胃だけでなく胸のあたりまでむかむかする。頭も痛みだしたような気がしてはっと口許は笑おうとした。笑みと言えるほど口角が動くことはない。体も何処か熱い気がするがずっと続いているからそれが正常なのか異常なのかもう分からなかった。
 もう一度眠りに落ちようとしながら、太宰は数日前のことを思い出す。
 何かを看護師に言われながらその男は太宰の病室に入ってきた。感じる様子からきっと制止の声だっただろう。入ってきた男が何かを言っていることは分かったが何を言っているかは分からなかった。まだ確認ができていないので、一先ず外で待っていてくださいと看護師が言うのは虫食い状態ではあったものの聞こえた。その後うるせぇと聞こえた声はやたら大きくて太宰にもはっきりと聞こえた。確認だここでしたらいいだろうが! 怒鳴る声。聞き覚えのない声だった。
 知らない誰かが叫んでいて誰だと思ったが、その男が太宰に向けて何かを言ってきた。上からかけられる声は先程までより大きくなくて太宰にはうまく聞き取れなかった。何を言っている。穴だらけの文字、そして状況で言葉を推測するけれど上手く分かることができなかった。
 答えろよああ! と男が怒鳴った。看護師達が何か男に声をかける。恐らくは止めてくださいとかの言葉。そのなかには患者は耳が良く聞こえておりません的なものもあったのだろう。男の手が太宰の髪を掴んで乱暴に起こす。抵抗することもできず引っ張られれば、悲鳴が聞こえた。
 その悲鳴よりも大きく太宰の耳元で俺はお前の父親だよなと男が怒鳴った。はい? と太宰は首を傾けた。何を言われたのだと少し考えた。何かたまってるんだ。そうだろうが。父親だろうがと男がまた怒鳴る。
 父親と太宰の口が小さく動いて、太宰はそんな人いないと言おうとした。言う前にああと太宰は思い出す。
 そういえばそんな存在がいたのだったと。
 そうだよなと男が聞くのに、太宰はそうだ。こんな声をしていた。こんな声でそして……
 父親のことを全て思い出していく。そして太宰はこくりと頷いていた。はっきり声だして言え! 男が怒鳴る。
「父親です」
 太宰の口が震えて、小さな声で言葉を紡いだ。男はその声に不満そうにしていたが看護師が何かを言って納得したのか太宰の髪から手を離した。浮いていた太宰の背中がベッドに叩きつけられる。下は柔らかい布団であるものの衝撃は走った。咳き込んでしまった。大丈夫ですかと看護師が駆け寄ってくる。その彼女達に向かい男は何かを言っている
 ギャアギャアと喚いているのが、何なのか分からなかったが太宰は自分が言うべきことは分かっていた。唇を必死に動かして喉から声を出した。
「大丈夫。この人は私の父親だから、この人の言う通りにして、病室からでていてくれ」
 ひゅっと看護師達が息を飲むのが分かった。男が何かを言っている。きっと分かってんじゃねぇかとそんな感じに笑っているのだろう。ですがと一人の看護師が声を掛けてきたけど男に怒鳴られ追い払われていた。太宰はもう一度だけ口を開けた。大丈夫だから。父の言う通りにしてくれとと同じ言葉を口にする。看護師達が部屋からでていくのを感じた。
 ガタガタと椅子を引く音が聞こえる。 隣に男が座るのを感じて太宰は止めろと言いそうになった。飲み込んで天井を見上げる。
 どっと、疲れてもう寝たかったけれど寝ては行けないことは分かっていた。霞む目の前。なにも考えられない頭。ぼぅと燃えるように熱くなった体。苦しいと声がでそうだった。男の体が太宰に近づいてくる。
 髪を引っ張られ、耳元に唇が当たる。気持ち悪いと思った。
「お前、もうじき死ぬんだろう」
 男の声ははっきりと聞こえた。
「あの時はもらいそびれちまったが今度こそ生命保険たんまり貰うことができるぜ。遊ぶ金にはなるだろうよ。早く死んでくれよ」
 グラグラと揺れる。胃のなかが動き出して、喉元をせりあがって来るなにか。口のなかから飛び出していく。男が悲鳴を上げて飛び上がった。くそが! きたねえだろうが!  叫んだ男の腕が殴り付けてきた。太宰はかつてのことを思い出しながら意識を失った。

 嘗て太宰がいた家は普通の家庭と言うには少々荒れていた。夫婦間は良くなく、母親はよく一人で出掛けていた。家のなかには飲んだくれの父と学校に行くのを止めた太宰だけがいた。飲んだくれの父はよく太宰にあったった。殴られたり蹴られたりと暴力を受けたが太宰はその家から逃げようとすることはなかった。そうする意味を感じなかった。
 ただ静かに現状を受け入れていた。
 太宰の家は最初からこうであった訳ではなかった。最初はまだ優しい家族だった。太宰のこともそれなりに愛してくれていた。
 おかしくなったのは太宰が幼稚園にあがった頃から。
 幼稚園にはいった太宰は周りの子供に馴染むことができなかった。その頃から太宰は既に周りの大人より頭ひとつ飛び抜けており、周りの子供はそんな太宰を気味悪がり、幼稚園の先生もまた太宰を恐れていた。
 それを敏感に感じ取ったのは母親で、母親は入学する前から太宰の異常性に気付いて怯えていた。それが本当だったと分かると母親は太宰を化け物扱いするようになり、お前なんて私の子供じゃないと言うことが増えていた。父親は母親の姿を見て太宰の異常に気付き離れていた。
 その頃から夫婦なかも悪くなっていき、責任の押し付けあいをするようになった。そして母親は家での恐怖を忘れるように外で男を作っては遊ぶようになった。運が悪いことにその一人が当時父親が働いていた会社の社長の娘婿で浮気がばれて、父親は会社を追われた上、莫大な借金も押し付けられた。
 そこからは転落人生だ。
 父親は日がな一日飲んだくれるようになり、母親は外で遊び呆けるように。
 離婚しなかったのはどちらが太宰を引き取るか。化け物の押し付けあいで揉めたからだ。どちらもお前が見ろの一点張りで譲らず喧嘩ばかりが続いた。喧嘩した日は必ず二人揃って太宰を殴った。より太宰を泣かせた方が親になるなんて言うかけをされたこともあった。
 世間一般で言うと最悪な人生といってもいいのだろう。
 それが終わったのはこのままでは埒が明かないと二人が今後の方向を変えたからだ。
 どちらも引き取りたくないなら、どちらも引き取らなくて言い。そうだ。殺してしまおうと。ただなにもせず殺したら二人が捕まるだけ。二人は考えてそして太宰を自然死させることに決めた。保険はこれでも一応はいていたようで太宰が死ねば大量のお金が手にはいった。
 一石二鳥だと両親は太宰を殺そうとしてきた。
 ご飯を少量しかあたえられずかと言え餓死は虐待として捕まるから健康を害し、何らかの病気で殺そうとしていた。そのためのかは分からないがよくない薬は何個か飲まされていた。ある日家のなかで倒れたが、運悪くその日学校の先生が来ない太宰の様子を月に一度見に来る日だった。太宰の様子がおかしいことに気付いた先生はすぐに病院に搬送させていた。
 そこで二人の虐待はばれ太宰は施設に入れられることになったが、そこでも太宰は異質でよく思われなかった。それを感じ取った太宰は家に帰りたがり、無理やり施設を抜け出したりもした。家に帰ればそこでは父親が暮らしていた。
 悪知恵だけは働く父親は母親を犯人。自分は止めようとした被害者になることで何をのがれたのだ。聞いた話だと母親は獄中で死んだらしい。母親にも多額の生命保険が掛けられており、それは全て男の手にわたった。男はそれを酒や博打と好きなことに費やしてはあっという間に使っていた。太宰には一度も興味を示さず家のなかには男一人がいるようなひびだった。
 そして男はある日太宰をおいてでていた。帰ってくることはなかった。
 家のなかで朽ちていくのを待っていた太宰はある日、大規模な紛争に巻き込まれ、そして自身の異能の力に気付いた。それから少しして森に見いだされてマフィアになったのだ。
 父親とは父親がでていた日からあっていなかった。
 捨てられた。訳ではないと太宰は思っている。捨てるその前から太宰は父の目には写っていなかったから。最初からなかったものだったから。


 父親のことを考えて太宰はほうと息を吐いた。
 あの日現れてから父親は殆ど病室にはきていなかった。看護師にも最低限の入室以外はいるなと脅しているらしく一日一回の検診と食事の時以外は誰かが来ることはなかった。時々来る父親は寝ている太宰を乱暴に起こしてはいつ死ぬんだと聞いてくる。
 今の太宰は死ななくてはいけない存在だった。
 そして父親の望み通り死は近づいてきている。ここ数日前から回復したりしていたのが一気に下がって今では毎日が苦しいような状況だった。いっそ死んでしまいたいと思うといつも昔見た父親の顔が思い浮かんだ。こんな奴のためにまだ死にたくない。そんなことを思ってしまった。
 眠気が来る。目を閉じながら太宰は咳を溢す。
 グラグラと頭が痛んで、まともに考えることさえ嫌だった。胃はずっと刺激され口から何度も胃液がでていた。僅かに鉄の匂いがした



 太宰さんと慌てたような声に起こされた。大丈夫ですかと問いかけてくるのは看護師だろう。太宰はぱちぱちと天井を見上げてから声がする方向を見る。人の顔がうっすらとだが見えた。口のなかで何かが固まっていて上手く動かない。
 それでも運良く気道までは詰まっていないようで息はできていた。ただとてもしんどく意識はぼんやりとしている。看護師の手が太宰を持ち上げて背中を丸める。叩かれて固まっていたものが口のなかからでていた。
 お口をすすいでくださいねと水を含まされる。口のなかで動かす気力もないけれどいつまでも口に残る酸っぱい味は不快で何とかすすぐ。吐き出した後は今度は飲んでくださいと水を飲まされた。看護師が数人集まっており、太宰の体を拭いて服を変えていく。ベッドから車イスに移されて、一回診察を受けましょうねと言われていた。
 考える力もなく太宰は頷く。眠くなったら寝ていいですからね。看護師の声を聴きながら太宰は再び寝に落ちていた。

 起きた時には診察は終わっていた。簡単な説明を受ける。父親とは連絡はとれたものの来ないらしくて、他の人に連絡したいのだけど誰か連絡していい人はいないかと太宰は聞かれていた。ゆるりと首を振った。落胆するのが何となく分かった。
 その後病室に戻された太宰は綺麗になったシーツの上に横たえられて、何かあればこれで呼んでくださいとナースコールを手につけられていた。外れないよう固定されたものの感触は少ししか感じない。使わないのだろうと思いながら目を閉じた。

 次に起きたのは男に髪を捕まれたからだった。
 てめぇのせいで呼び出されて余計な時間を使っただろうがと太宰に聞こえる程の声で怒鳴る男は太宰の髪を抑えて乱暴に揺する。不機嫌なのに太宰は何の反応もせずやりたいままにさせていた。
 早く死ねと男から言われる。好き勝手に暴れてから男はでていた。男のいなくなった病室。気を失って眠りについた。


 夢の中で夢だと分かるのを明晰夢と言う。
 夢など滅多に見ない太宰は大抵の夢は明晰夢であったけど、今日の夢はやたらとはっきりとそうだったと分かった。
 太宰と目の前で福沢が笑っていた。もう何ヶ月も見ていない姿にそもそも見たこともないような穏やかな笑みで笑っていた。
 その手が太宰に伸びて触れる。大丈夫とその声がささやく。私が傍にいるからとその声が言う。太宰の体は太宰の意思とは関係なく腕を伸ばしていた。小さな腕だった。その腕を手に取り、福沢はいとも容易く抱き上げる。
 頭を撫でる手が大きなものになっていた。
 

 人の気配がした。誰かが傍にいて顔を何かしていた。拭いているのだろうか。ぼんやりと横を向いて誰かの形だけを見た太宰は僅にその手を動かした。

 しゃ、ちょう。
 飛び出した声。意識は長くは持たずもう一度眠りに落ちた。



 その日目を開けしばらくしてから太宰はいつもと違う匂いが部屋のなかに漂っていることに気付いた。目を動かして部屋の中の異常を確認しようとする。写る何かの影。花瓶と花に見える。太宰は何でとその口を動かした。
 父親が来る前は花は毎日のように飾られていた。敦と鏡花、賢治、それに谷崎とナオミが日替わりで持ってきてくれるのだと教えてくれた。いつも見舞いの花には少し不釣り合いな匂いの強いものだった。
 父親が来てからはない。最初のうちはあったが、花を見た男が激怒して見舞いの品を受けとるなと看護師に言ってからはなくなった筈だった。
 それが何でと太宰は花瓶を見る。
 そうしてから部屋のなかに人がいることに気付いた。おきましたかと問いかけてきたのは看護師だった。どうしてと聞いた。これをと看護師はなにかを太宰の体に掛けてくる。黒くて薄いそれは布団などではなく何故掛けられたのか分からないものだった。
 だけどどこかで見覚えがあるような気がする。
 何かがおかしい。何かが起きた。何かを企んでいる。ぼんやりとする頭で太宰は考える。寝起きの頭は動きは鈍いものの痛みは少なくすこしは思考することができた。看護師を見上げる。看護師は太宰の耳元にそっと何かを置いて離れていく。
 ごめんなさい。でもとそんな声が聞こえた。
 ぷるるると耳元で電子音がなって、それからぷつと繋がる音がする。えっと見開く太宰の目。看護師は部屋の外にでていた。
 太宰
 低い声が太宰の名前を呼んだ。聞こえているかとその声が聞いてくるのにえっとまたこぼれていく声。太宰ともう一度呼ばれる名前。
「お前のことが気になってなすまない。……元気、ではないだろうが、体調はどうだろうか。少しは良くなっているか? リハビリはもうはじめているだろうか」
 低い声が穏やかに太宰に問いかけを続ける。声が咄嗟にでていかなくて太宰からは喘ぐような声がでていく。太宰と呼ぶ声。
 紛れもなく福沢の声だった。大丈夫かとその声が聞いてくる。太宰は父親のことを脳裏に思い浮かべた。
 大丈夫ですと振るえた口が言葉にする。そうかと何処か小さくなった声が頷く。間違えたと思った後に否、これで正しいのだと太宰は思い直した。ガンガンと頭のなかで鐘が響きはじめている。胃のなかでまぐまが踊っていた。
「父親とは上手くやれているか」
 福沢の声が聞いてきた。のどが渇く。水を求めるように口が開いた。ぱくぱくと動いた。奥からは胃酸が逆流してくる。口のなかに苦い味が広がる。溢しながらはいと太宰は声に出していた。瞳孔が見開く。太宰と福沢が太宰の名前を呼ぶ。
 口からでた液体が喉を伝い掛けられたなにかに広がっていた。
 ああ、そうだと黒かったそのおおよその形を思い出して太宰は喉を振るわせる。またこぼれていくもの。
「父親とは上手くやれているか」
 看護師が掛けていたのは福沢の羽織だった。
 福沢の声がもう一度聞いた。喉を塞ぐ液体でまた溺れそうになり意識が遠退く。太宰と福沢の声が聞く。その声は少し焦っているようにも思えた。何を求められているのか水の中のような世界で太宰はその時確かに理解した。
 口が動いたのはほぼ無意識だった
「違います。あんな人父親なんかじゃない」
 叫ぶように声がでる。喉を塞いでいたものが飛び出して空気がはいってくる。太宰はそれを感じる前に目を閉ざしていた



 次に目を開けた時、太宰は己に触れるやさしいものをかんじていた。ふわふわと触れていく手を開けた目で見つめる。起きたかと低い声が耳元で聞いた。ふわふわと撫でていく手に目頭が熱くなる。
 目を少し動かせば銀色の人影が目にはいってきた。ぼんやりとしているけれどそれが誰であるかは分かる。社長と声を溢せばどうしたと穏やかな声が聞いてきた。太宰の手がぴくりと動くのに福沢はその手を握りしめた。
 大きな手の感触。太宰の口から吐息がこぼれてそれから音がでていく

 貴方が父親だったらよかったのに

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