断ろうと思っていた。
いくつもくる見合い話のうちの一つ。断ることができなかった為、あいはするものの適当に過ごした後に、断ろうとそう考えていた。
だけど会って幾度か言葉を交わしたらそんなつもりがなくなってしまったのだった。
最初の見合いの時、どんな話をしたのかはもう覚えていない。覚えているのは福沢の好みの話だったと言う事だった。
彼女がしてくる話はすべて福沢の好みの話であった。話だけでない。仕草も口調もその日の服装もすべてが福沢の好みで、福沢が嫌うところなど何処にもなかった。
だからこそ感じたおぞけ。
何だこの女はと一歩引いたところで彼女を見てしまった。
気味が悪いと思ってしまった。彼女は何処までも福沢の好みの女のままだった。話すことの一つ一つ、些細な仕草までも好みで、あそこまで一致する女というのももう二度と会うこともないだろう。何もかもが見透かされているようで福沢はすぐにでも帰りたいとずっと思っていた。
それが変わったのは、確か彼女の両親がそれではと去っていた時だった。後はご両人でと去っていた姿を見送った後、福沢はその異変に気付いた。前の席に座る彼女。穏やかで美しい笑みを抱えていた彼女はその笑みを張り付けたままその瞳から一切の輝きを失わせていた。笑っている。なのに恐ろしく感じる。怒りなどと言うものは一切なかったけど、それに近しい何かは感じた。何もない目が真っ直ぐに前を見ていたが、そこにいるはずの福沢は見ていなかった。
その目は一瞬のうちに消えていた。福沢が息を飲んだ次の瞬間には輝きが戻り、福沢に笑いかけてくる。どうしましょうかと少し頬を染め、困ったように小さく首を傾ける姿はとても愛らしかった。
だけど福沢はそんなものを気にすることはできなかった。
先ほど見た彼女の姿が気になってそれ以外は入ってこなかったのだ。
その先も彼女はずっと福沢の好みの女性を演じ続けていた。一つのずれもない完璧な姿だった。だけどそんなものより福沢が気になったのは、一瞬だけ見た何もない彼女の姿。きっとそれこそが彼女なのだろうと思うと、彼女のことが気になってしまった。
だからか。二度目のお見合いの話があった時も福沢は断ることがなかった。一回お見合いをすれば次はすべて断っていたのにも関わらず受け入れたのに社員は全員驚いていた。やめてよねといってきたものもいたが止めることはなかった。
二回目のお見舞いも変わらず彼女は福沢の好みの女であった。何処をどう切り取っても好きとしか思えず、嫌いなどと言う言葉は欠片も出てこない完璧な女。それをごく自然な仕草で行っている。福沢は深く感心した。
よくできるものだと思いながら彼女と共に過ごした。
どこまでも美しい女だった。気味が悪いと思いながらも完璧な姿に心がときめくときもあった。好きだと思ってしまう時もあった。だけどそんな時よりも福沢の気を引いたのはごくまれに見せる何もない目だった。
それはほんの少し福沢が視線をそらした時などに見せていた。見つけると福沢はその奥が知りたくなった。どうしてそんな顔をするのか。何を考えているのか、考えてしまって福沢はより深く彼女を見つめてしまった。
二回目が終わり、三回目もまたすることになってしまった。
三回目はもうほとんど結婚すると言っているようなものだった。彼女の両親もそのつもりで福沢に話しかけてきた。正直彼女の両親は福沢の嫌いなタイプだった。考えていることが明け透けで、彼女のことも道具としか見ていないようだった。そもそも養子縁組によって家族となっているようで怪しいところがいくつもあった。
それでも見ないふりして福沢は彼女のことを見ていた。
三回目の時、彼女は福沢の好みの女だったけど、何処か違う姿も見せていた。父親や母親の言葉にただ素直に頷いていく姿は福沢の理想ではなく、両親の理想の姿であった。やはり彼女は演じていたのだった。
どうしてと思いながら福沢は彼女を見つめた。
どうして自分自身を一切出さないのか。それは寂しくはないのか。無性に彼女のことが気になって、彼女のことを知りたいと思った。
しってそれで……。
彼女と結婚することが決まった。決まった後は、話はとんとん拍子に進んだ。結婚の日取り、呼ぶ人の人数などすべて決まっていくのにそこに彼女の意思はなかった。そして福沢の意思もほとんど入っていなかった。福沢好みを演じていた彼女は結婚に関しては演じるのを止めていた。両親好みを演じて、両親のために全て決めていた。
結婚が終わった後、彼女の両親は大変嬉しそうにしており、結婚式に来ていた客人たちと嫌なつながりを作っているようだった。
結婚式が終わった後、ほうと肩を落とす彼女を見て、福沢はこれが彼女が望んでいたことだったのだと気付いた。
そこそこいいつながりを持っている相手と結婚して、そして両親の役に立つ。親が好きだとかそんな風には思えなかった。ただ義務を果たしたような姿。後はどうとでもなれというように冷たい目をしていた。これからどうするつもりなのだろうかと福沢は彼女を見ていた。
共に暮らす家に帰った彼女はまるで他人の家にいるようだった。家の中は結婚する前に一通り案内してどこに何があるのかなどは把握して動いていたのに、それでも他人のようになじむ気配はなかった。家事をやらせてみたが何一つできなかった。誰にも教えてもらったことはなかったのだろう。
驚いたけれど、そうだろうともどこかで思ってしまった。ひとまず福沢が少しずつ彼女に教えていくことになったけど、それはとても難しい事だった。彼女と話していた間に頭がいいことはよくわかっていた。福沢のレベルに合わせた話をしてくれていたが、ほんとうはそれよりもずっと良かっただろう。そうでありながら彼女はちっとも家事を覚えなかった。
必要とする気を感じなかった。どうでもいいと思いあまり覚えようともしていない。そんな相手に教えるのは難しい。だけど彼女が覚えようと思っていないのが、福沢ができると思っていたから出ないことを知っていたから根気よく教え続けていた。
共に居てひしひしと彼女からつたわってきたのはもうどうでもよいという感情だった。この世界に居なくてもいい。いつ死んでもいい。いっそ死んでしまいたい。そんな思いを感じ取った。
福沢が家にいない時、彼女は覚えかけの家事を少しやるぐらいで後はぼんやりと床に座って過ごしているだけだった。何もせずただ息をしているだけのその姿は死体かと思えるほどに生きている匂いを感じさせなかった。
彼女のことはよくわからないままだったけど、それでも彼女に生きる意志が薄い事だけは分かった。彼女は死ぬ時を待つように生きていた。
そんな彼女を見て福沢は、幸せも分かっていないように思える彼女が幸せになれる日を望むよう、祈って待つようになった。いつか偽りのものでなく本心から笑ってくれたらとそう願った。
彼女は福沢との関係がいつ終わってもいいと思っているようだったが、福沢は彼女が許す限りは続けていたいと思っていた。
彼女が何日かおきに外に出ることも早いうちに知っていた。昔の知り合いだろうにあっている姿はいつもの誰にも興味がないものと違ってほんの少しだけ楽しそうだった。
嘘か本当か分からないような笑みを浮かべていた。それでも彼女が笑ってくれていることが嬉しかった。そしてそれ以上の笑顔を浮かべさせたいと思った。
福沢はそうして彼女。
太宰治という少女を好きになっていたのだった。
愛しているのですかと聞いてきた治に向けて福沢は一度だけ微笑んでいた。赤くなったほほを隠しながらああと答える。治は凍り付いている。
「好きではあるものの特別なことは望んでいない。夫婦でもあるが何もしなくてもいい。ただの利益のために結婚したことは分かっている。私が一方的に好きなだけだ。
お前は何も気にせず好きなように過ごしてくれ。夫としてこれからもお前を守らせてほしいが、それ以外は求めることはない」
ゆっくりと言葉を重ねていく。彼女は驚いたようにその目を丸く見開いていた
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