「どうだ、治。楽しむというのも変だが、楽しんでいるか」
 ソファに大人しく座っていた所、声を掛けてきたのは社長室から出てきた福沢さんであった。退屈だなと思っていた処だが、それを言う訳にもいかず頷いておく。そうすると福沢さんは嬉しそうに微笑んでいた。
「社員みんな仲良くていい会社ですね」
「お前にそう言ってもらえてうれしいな。今後も暇であれば共に来るか」
 とりあえず社交辞令の言葉を口にする。社交辞令であるものの本心でもあった。私が来ているのもあって何処となくどうしていいか迷っているような雰囲気もあるが、みんな和気藹々としておりいい雰囲気と言ってよいものをしていた。まあ、実際はそういうものよく分からないのでそうなのか分からないけれど。でも私が知っている場所よりはいい雰囲気をしているのではないだろうか。
 福沢さんは嬉しそうに笑いながら私の隣に座ってくる。少しだけ寄った。福沢さんが聞いてくるのに私は少しだけ驚いてしまう。何を言っているのだと福沢さんを見て、それから周りを見た。何人かの事務員。そして調査員全員と目があってしまった。慌てて目をそらした調査員は資料を手から落としたり、ペンを壊したりしていてかなり動揺していることが伝わってくる。ちらりと福沢さんを見る。福沢さんはじっと私を見ていて周りには目をやっていないようだった。
 はあと声が出ていた。
「えっと、嬉しいのですがさすがに頻繁に来るのは迷惑ではありませんか。私は何ができるわけでもありませんし」
「そんなことはない。お前は大人しくしていてくれるからここにいられても迷惑にはならぬ。まあ、それが本当のお前かどうかはさておき、例えそうでなくとも迷惑とは思わん」
 だからいいですよ。今日はお邪魔させていただきありがとうございました。とそんなことを言おうとしていた私は、その前に福沢さんから言われた言葉にえっと口を開けてしまっていた。すぐに閉じながら福沢さんを見る。じっと見てくる福沢さんの顔は少しばかり険しくなっていた。、眉間に皴を寄せて見下ろされる。
 やはり昨日のことはばれていたのだろう。ただ咎めるつもりはないように思う。それなら昨日のうちに咎めているだろう。
 では何のつもりなのか。もしや他のこともばれているのか。考えながら周りを見る。周りの視線はこちらに集まってきていた。何かを知っているのかと思って伺うけれど、彼らは私と福沢さん、両方を伺ってきているのが分かる。きっと彼らも福沢さんの真意が分かっていないだのだろう。
 唯一分かっているのは奥の席でラムネを飲みながらつまらなそうに肘をついている男、江戸川乱歩さんだろう。この武装探偵社の頭脳にして解決できない事件など一つもないという天才。何でも超推理という異能を持っているらしい。
 正直に言うとあまり関わりたくはない相手なので一瞬見ては視線をそらした。
 再び福沢さんに視線を戻すと福沢さんはどうだと聞いてきた。何も言えずに口を閉ざす。じっと見て来た福沢さんは暫くしてもう一度口を開く。
「お前も一日退屈だろうし……、そうだな。もし気になるのであれば少しでいいから探偵社の仕事を手伝ってもらえるとありがたい。事務仕事などはできるだろう」
「まあ、できますけど」
 福沢さんの言葉に私は口を尖らせる。別に嫌なわけではなかった。少々面倒だなとは思うものの家に行っても退屈なことには変わりない。特にやることもなくボケっとしているような日々だ。だからこそこの探偵社のあたりを見回るなんて言う面倒なことをやっていたのもあるった。
 福沢さんのことも気になるし、近くで見る分にはいいかなとも思ってしまう。ただ読めないからこそ相手の手の上に乗るのはどうかとも思ってしまう。
 敵対しようという感じは見えないものの分からないものは答えがでるまで敵としてみた方がいいと思う。悩むのに嫌かと福沢さんが聞いてきた。
「嫌……というほどではないのですが、いいのですか」
「よい。お前に毎日退屈させているだろうと気になっていたしな。少しでも退屈しのぎになってくれたらいいなと思う。……実は作戦練ったりするの好きだろう」
 最後の言葉は周りの誰にも聞こえないようにとても小さな声で言われていた。隣同士だから聞こえたようなものだ。その言葉に私は目を丸くしてしまった。何でそのことがばれてしまったのかと見つめてから、否、ばれるかと今までの生活を振り返っていた。福沢さんが用意してくれていた紙に書き捨てていたのはちょっと思い出した小説の一説だったり、計算式だったり、その時の気分によりそれぞれだが、最も多いのは新聞やその辺で見た組織をいかに潰すかという作戦だった。適当に使える駒の人数を決めて簡単に振り分けるだけの遊びだが意外に楽しくて暇をつぶすには丁度良かった。
 そしてそれを考えた紙は大体いつも飽きてその辺に放り捨てていた。気づいたら片付いていることが多いので、片づけていたのは福沢さんだろう。その時に見ていてもおかしくはなかった。
「今まではお前がこちらに興味がないようだったので言えなかったのだが、最近は少しだが興味を持ってくれているだろう。ただ家にいるよりもお前にとってもいいと思うし、お前が嫌でなければ、ぜひ来てくれ」
 小さな声で福沢さんは話を続けてきた。どうやらこちらのことを考えてくれていたのが伝わってくるのだが、だから何でと思ってしまった。あのほぼ記号みたいな書きなぐりの紙の意味が分かったというならそこそこ頭はいい筈だ。それは私も分かっていた。それならば私を置いておくことにメリットなど感じないはずなのだが、何故置いておこうとするのか理解できない。捨てればいいのに。 
 福沢さんを見ればじっと見てくる。はいと私が言うのを待っているのが伝わってきた。天邪鬼な部分が首をもたげてくる。いいえと言ってしまいたくなったが、でもよく考えろと冷静な部分が告げる。
 探偵社なんて暇をつぶすのには丁度良いし、もしかしたら今後の私が使えるいい情報が手に入るかもしれない。人生なんて殆ど捨てたようなものだけど生きてしまっている以上はある程度願っていることもあった。
 分かりましたと私の口が勝手に答えている


「それで探偵社で明日から少し働くことになってね。
 と言っても福沢さんの簡単な補佐ぐらいでほとんど何もやらせてはもらえないんだろうけど、でも暇が潰せるのはありがたいよね。家事して家で待つなんて私の柄ではなかったし、どんな楽しい人たちが依頼に来ているかと思うと少しワクワクしてしまうよ」
 いつものバー。両隣にいるのは織田作と安吾の二人だった。太宰の話を聞いた安吾ははあと重いため息をついていた。
「太宰さんが明日から仕事にいくって大丈夫なんですか。貴方真面目に仕事しないじゃないですか。それで社長令嬢なんて人によっては胃に穴が開きそうですよ」
「安吾みたいに」
「ぼくはあいていませんよ」
「そこそこ真面目にはやるつもりだよ」
 出されたお酒を飲む。安吾の言い分はまあもっともだなと思いながら疑わしい言葉を私は返していた。また嘘をと言いたげな目で安吾が見てくる。私もとんだ嘘を吐くものだとは思うけど、でも少しは本気だ。
 一人になって生きる準備は一人になってからしたらいいと、結婚してから何もしていなかったから折角だ。今から少し頑張ろうという気持ちになっていた。
 まあ、頑張ることなんてないのだけど。
 お酒を飲むのにまあ、頑張れよと織田作が言ってくれた。


 日が変わる前にバーを出て家に戻った。家の中の電機は出ていた時と同じできえたままだった。福沢さんが起きていることを感じながら福沢さんの自室の前を通る。普通に考えたら怒られそうなこの夜の遊びをし始めたのは結婚してすぐからだったが、そう言えばこれも一度も怒られたことはなかった。
 気づかれていることは知っていて、帰ってくるまで起きて待っていることも知っているのだが、何も言ってこないことに疑問を思ったことはなかった。そんなものなのだろうと思っていたけど、よくよく考えたらこれもおかしなことだった。
 普通よく知らない見知らぬ相手が好き勝手家の中でしていたら何か言ってもよさそうなのに。どうしてだろうかと考えてしまって足が止まった。
 何を考えているのかと福沢さんの部屋をじっと見る。襖越しに声が聞こえてきた。治と呼びかけてきたのは福沢さんだ。ぴくりと肩が跳ねた。当然だが今の段階で呼びかけられたことは今まで一度もなかった。それなのに何でと思うのに福沢さんが起きるのがわかった。
 襖が開いて福沢さんが出てきた。どうかしたのかと福沢さんが聞いてきた。私は福沢さんの方こそどうしたのですかと聞いていた。お前が立ち止まったからと福沢さんは言ってきた。
「いつもならここで立ち止まらないだろう」
「え、ああ」
 そっと目線をそらしてしまう。どうしていいのだろうかと考える。じっと福沢さんは私を見てきていた。何も言わないけれど見つめてくる視線は強くて何かを言わなければという気持ちにさせてくる。
「その……何も言わないのだなと思いまして」
 口からそんな言葉が出てしまった。福沢さんが不思議そうに私を見てくる。
「……こんな夜更けに勝手に出歩くだなんて嫌がられてもおかしくないのに貴方は何も言ってこないからどうしてなのかと思って」
「なるほど……」
 福沢さんを見る。福沢さんは顎に手をあてて少しの間考え込んでいた。
「正直あまり気にはしてほしくないな。過干渉になりすぎて嫌いに思われたくないというだけの情けない理由だからな」
 ぽっかんと口が開いてしまった。口にしてきた福沢さんは少しだけ耳を赤くしている。と言う事は嘘ではないと言う事だがあまりよく分からなかった。どういうことだと思ってしまう。福沢さんはすこしだけめをそらしながら私の事を気にしていた。
「妻となるものに嫌われたいと思うものはあまりいない。こうは言いたくないが男は格好つけたがり屋だしな。……嫌われないように息をひそめてじっと待っているのだ」
 福沢さんが何かを言う。あまり理解できない言葉だった。どういうことだと私が見る。ふっと福沢さんは口角を上げていた。おだやかに微笑んでいるのを見る。何で今と思うが、福沢さんの手が私を撫でてきた。
「明日は早い。もう眠ると良い」
 はあと出ていく声。まあいいかと自分の部屋に向かった。



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