そんな感じのデートを三回ぐらい社長とした。
 それとは違い映画に行ってカラオケに行ってと言うデートを一回した。
 どうも私の趣味にあっているのか。もっと他の物にした方がいいのではないかと考えてくれたようであった。そのデートの日社長は難しそうな顔をしていて、目元には深い隈、少しつらそうでもあった。前日の夜遅くまで一生懸命考えてくれたのだろう。寝ていなかったかもしれない。
 何だか申し訳なくなってしまった。
 映画はその時はやっていたという恋愛もの。社長はじっとスクリーンを見つめていたが、たびたび首を傾けていた。
 終わった後もそれは変わらずで、感想を言おうとして口を閉ざすを繰り返していた。
 カラオケは入ったもののマイクやパネルの使い方が分からずに固まっていて、二人して歌えるような曲もないから入って三十分ででていていた。すまぬと肩を落とす社長はいつもと違い可愛かった。
 何かの雑誌でも見て決めたデートコースだったのだろう。あの時は言わなかったが、正直私も楽しくはなかった。だからと言って何がいいのかは分からないけど。
私はついこういうのは雑誌などより知っている誰かに聞いた方がいいと思いますよと言っていた。自分に合うものを教えてくれます。そんなことを言ったと思う
 誰にも伝えていない関係でこんなことが知られるのもどうかと考え込んでいる福沢を見た。その後すぐにいつもので十分ですけどと言っておいた。
 この前のデートはいつも通りだったのだけど。
 二度目の今日はどうも違っていた。 
 きっと社員にでも聞いてきたデートコースだろう。今日私が社長と来たのは水族館だった。普段はバスでの移動がメインなのだが、今日は車での移動だった。社長には車を運転するような印象がないので新しいところを見せてイメージアップらしい。そんなことを言っていたと本人が教えてくれた。驚いたことに社長は与謝野先生にも聞いていたのだ。そんなことをして大丈夫だろうかとは思ったもの言う事はしなかった。
 社長が運転する車に乗ったのは初めてだった。思っていたよりも揺れは少なく、とても穏やかに進んだ。途中福沢は酔ったりしていないかと心配そうに聞いてきた。みんなに自分の運転は荒いと言われることが多いから心配していたのだと唇をへの字にしていた。
 そんなことないですよと答えればほっとする。
そんな心配するならバスでもよかったのではそう私が思ったのが伝わったのかは分からないが、それでも車がいいと与謝野が強く勧めてきてなと社長は教えてくれた。それで私はなんとなくわかった。
 社長は本気で運転が荒く、そして与謝野さんは社長の恋愛についてあまりよく思っていないと言う事が。
 まあからかうつもりも半分ぐらいは会ったのだろうが、それよりも悪いところを見せつけて別れさせる気が合ったのだ。
 つまりはそれぐらい荒いと言う事でもあり、穏やかな車に乗りながら普段社長はどんな運転をしているのだろうとそちらに興味を抱いた。
 水族館にしたのはいきなりハイカラな場所にいくよりはこういう所に行く方がよいだろうと言われたからだそうで、まあ確かにまだらしくあったけど、それでも似合ってはいなかった。
「社長って魚を見て楽しいとかは思わないでしょう」
 暗い室内。水槽だけが淡く光っているのに私は聞いた。嫌と言いかけた福沢はそうだなと答え直していた。
「何が美味しいとか考えているのではないですか」
「それだけではないが、まあ。……だが可愛いと思うものもなかにはいるぞ」
 社長の指が小さな魚を指さした。こういうのは可愛いなというのにそうだなと思いつつも私は退屈でしょうと聞いていた。答えは分かっていた。退屈に決まっている。
 見るのはそれなりに面白いけど、それでも見るだけが楽しいとは思えなかった。隣にいるのは私のようなやつで私もまたおいしそうだなぐらいしか考えていなかった
 私は社長と歩いているだけで楽しいのだけれど
 社長の答えをじっと待った。
 水槽を見ているふりをして社長を見る。社長が何故か笑った。穏やかに笑って首を振る。いやと聞こえてくる声。
「そう退屈でもない。これでも私もそこそこ楽しんでいる」
 嘘かと思うような言葉。でも福沢は嘘はつけても嘘でこのような顔ができるものではなかった。その表情は本物。ならば。言葉に嘘はないのか。驚くのに社長がそれよりと水槽の中を指さした。
「見てみろ。あそこに面白い魚がいるぞ」
「え?
「あれはうまいんだろうか。まずそうだが、でもああいうものがうまかったりするのだろうな」
 ふむと社長が顎に手をあてて呟いていた。その言葉に私は思わず笑ってしまう。
「何の話をしているんですか」
「だが気になるだろう。帰りは珍しい魚が食べられる居酒屋にでも行くか。少し遠くなるがいい所があると聞いたことがある」
「やはり社長が水族館鑑賞に来るのは間違っていたのでは」
 くすくすと笑いながら水槽の中を見た。社長が指さすものを探してみた。確かに社長が言う通りまずそうな見た目だ。美味しいのだろうかと首を傾ける。
 名前はとプレートを探した
「そうか? だがお前も退屈ではないだろう」
「そうですね」
 一瞬言葉に詰まりながら私は頷いていた。


水族館デートから一か月後、その後も何度か社長とのデートはあった。デート以外にも夕食を食べに行くだけの日とかもあって、まあ、端から見たらそれなりにいい感じだ。恋人と言えるような付き合いをしていたと思う。だけどそれははたから見たらで、私からするといつ切れるか分からない線を不安になりながら立っているような状態だった。
 怯えながら社長をじっと見ているのに私はついに耐えられなくなった。
 だから、気づけば私は社長に聞いていた。
どうしてこんな関係を続けるんですか。と
 仕事終わり社長と食べに来た居酒屋。個室に案内されて周りには人がいない。社長の好きな酒だと言うもの頼んでほんのりと酔っている。まあ、それをほとんど覚めてしまったが。
 固まった社長を見る。
 酒を飲んでいた福沢は固まり、震える目で私を見ては、徳利を置いていた。どういうことだと社長が聞いてくる。
「だって貴方がこんな関係を続ける必要はないでしょう。責任のためと言うつもりでしょうけど、そんな責任がないことは貴方はよく知っているでしょう。
 だってあの日、私たちの間には何もなかったんですからね」
 私の問いにそれはと開いた口。その言葉を言わせずに告げるのに開いた口は一度閉じる。下を向いて黙り込んでしまうのに私はどうしてともう一度聞いた。どうしてと思うのに社長は困ったように瞳を彷徨わせ私を見る。じいと見てくる瞳。その瞳に最初は目を彷徨わせているだけだったが何だか恐ろしくなってそらした。ほうと息をついた社長がお前もと言った。
「……お前こそどうしてなのだ。何であんなことをした」
 社長が問いかけてくる。私は口を開けたが答えなかった。何のためにあんなことをしたのか、分からなくなりながら俯く。何も言えないのに社長が視線をそらしてお酒を飲んだ。その口からはそれ以上言葉がでてくることはなかった。


 もうこれで終わりかと思っていたのだけど、その後も時折二人で食べに行くことがあった。さすがにデートはなく、無言で食べる。無言で帰るそんなよく分からない謎の時間が。その時間の中でも社長は優しかった。
 ちゃんとエスコートしてくれ、暖かい目で私を見てくる。話をすることはなくなったものの気まずいだとか冷たいとかそういうことは全く感じることがなかった。
 とても穏やかで優しい時間。そんな時間が続くのにわたしはしゃちょうを見た。今日も社長は穏やかに私を見ている。時折それは探るようなものになり、そしてもどかしそうなものになった。

 前に行く社長を私は気にしながら歩いていく。歩幅は私に会っていた。少し緩やかなぐらいだが、無理はなく歩きやすい。人が多い所ではそれとなく距離を詰めて、その体で私が歩く道を開けていく。時折こちらを見てはそっと笑っていた。
 たどり着いた居酒屋の扉を開けて共に入りながら、後に入る私のために暖簾をあげたままにしてくれる。へいいらっしゃいと店員の声。
 社長が離して個室に案内される。いつもそうだが人が多くともまたされることはなくすんなりと二人きりになる。運ばれてくるつまみとお冷。まずは酒をそれぞれ一本。と軽いもの。それから何がよいとメニューを見せてくる。
 どれでもいいと答えると社長は私が好むものだけを選んで注文してくれる。小皿に料理を取り分けて、私の前に皿が並ぶ。たくさん食べろ。何時も言われるようなお決まりの台詞は会話がなくたってからもなくなることはなかった。
 取り分けてもらった料理を食べる。その姿を社長は穏やかで優しい目で見てくるけど、ときには探るものにもなっていた。
 私が食べる姿をじっと見つめてくる。私の一挙一動をじっくりとみては何を考えているのかをあててこようとしているのだ。
 どうにかここにいる理由を知ろうとしている。それは知っている目だ。ここしばらくよく見るからでもあるが、何よりも私もそんな目をしていた。そんな目をして社長を見ていた。
 綿者何となくわかって来たけれど、きっと社長はまだ分かっていないだろう。
 私は社長よりもその辺読みにくい自覚はあった。気付いてもらおうとは思ってはいない……。
 だから、だから、
「お前は私の事が好きなのか」
 社長に聞かれて私は死ぬほど驚いた。
 まだ残っている料理を見る。そう言えばと聞いてきたのは福沢だった。珍しく話すのに少し驚きながら何ですかと聞いた。口を開いた福沢はあ、いやと口を一度閉じる。名前を呼ぶ。戸惑うように私を見つめてきてはそれでもその口はもう一度開いた。
「お前に聞きたいことがあるのだ」
「何ですか」
「お前は」
 社長の目は私からそらされていた。……いつも人の目をはっきりと見る人だからそれはとても珍しい光景だった。それほど気まずい事なのか。言い難い事なのか。考えるのに社長の目はゆっくりと開く。そして先ほどの問いを口にした。
 その吐息を聞いて私はぽかんと口を開けた間抜けな顔をしてしまった。社長がそんなことを聞いてくるなんて予想外にもほどがあった。私の態度からばれたなんて思わないのにどうして。考え込むのに社長は見当はずれなことを言っていたらすまないと謝っていた。
「ただ与謝野に聞いた」
「……与謝野さんがそんなことを言ったんですか」
「いや、あれは、それは詐欺師の手口だ。社長に近づいて何かをしようとしているのに違いない。そんな奴は掴まえて皮でもはいで売り飛ばしてしまえと言っていた」
「それは……とても恐ろしいですね」
 まさかと二重に驚いたのに対し社長はすぐに否定してくれたが、ほっとはできなかった。逆に背筋がどっと冷える。与謝野先生ならやり兼ねない。なんなら乱歩さんまでやろうとしてくることを私走っていた。
 二人は社長が大好きだから。
「それを聞いて与謝野がそこまで言うのはどうしてだろうかと疑問に思ってな。確かに詐欺師の可能性などもあるのだろうが、私が見る限りそこに怒っているわけではなかった。ついで私が違うと思うと言っても社長が鈍いからそう思えるんだとぐちぐち言ってきて私に対してもかなり怒っているようだった。
 いつもなら笑ってからかってきそうなものだがそれがなく、とにかく様子がおかしくてな。なので与謝野のことを乱歩に聞いてみようとしたら、乱歩も乱歩で様子がおかしかった。不機嫌で太宰なんて川でおぼれてヨーロッパあたりまで流されてしまえばいいんだ。もう二度と戻ってくるなとか言っていてな。さすがにそれはと拳骨は落としたものの、どうしてそんなに不機嫌なのかは気になってな。
 与謝野には詳しく言っていないもののお前とのこの関係が理由なのは間違いないだろう。とはいえ私に直接言ってこないことを見ると言えないような個人的なこと。
 奴らといえど個人のことについてはそう強くは踏み込んでこないからな。それでと考えて思いついたのがこの答えだった。
 前に一度源一郎とあった時も同じような態度を取ってきたが、それよりひどいとなるとこう云う者しか思いつかなかった」
 はあと私の口から何度か息が落ちていた。気軽に行ってくれるが乱歩さんに拳骨はやばくないだろうか。私が殺されると思ってすぐに訪れる爆弾。
 まさかそんな方向から責めてくるとは思っておらず社長が話し終わって暫くしても飲み込めなかった。
 私の態度ではなく、他の人の態度からくるなんて
「違ったか」
 社長が少しだけ悲しそうに目を細める。その目は机の上を見ていた。所在なさげに箸がゆらゆらと揺れている。私ははあと気のない声を出した。
 どういえばよいか分からなかった。違うことはない。大正解だ。大正解だけども……。
「そんな推理のされ方答えるの嫌なのですけど」
 ずいぶん待たせてから私が言ったのはそんな言葉だった。そんな問題かとは思うけど、そんな問題だろう。誰だって相手の養い子の態度から思い人に気持ちがばれるのはいやではないか。しかもとてもじゃないが祝福しているとはいいがたいものから。
 鳩が豆鉄砲を食ったような顔を社長はした。数分してそれもそうだと頷いていた。
「すまなかった。ただこれしかなくて。お前がどうしてこんな関係を続けようとしたのか。その理由は何か。私なりに考えてみようと見詰めていたが、やはり何も分からずこうするしかなかった。奴らの考えなら多少読めるからな。
 本当は私もお前から分かりたかった。だが分からぬから、代わりにお前から教えてもらうことはできないか」
 社長の目が私をじっと見てくる。まあ、それはそうだろう。いかに社長と言えどそう簡単に見破られるような態度、私は取らない。それに何より
 だけど社長は与謝野さんや乱歩さんの態度ならよめて、そしてそれを間違っているとは思わないだろう。つまり。
 ふうと息を吐き出す。社長はと私は聞いていた。
「社長は私の事好きなんでしょう」
 そう問いかけたのに、問われた社長は少し驚いていた。えっと開いた口。一度閉じて言葉を考える。むうと尖る口。困ったように歪んだ。お前は断言してくるのだと言ってくる。
「まあ、見ていたら分かりますから」
 ここ数日の話だけどそれは言わない。口をとざすのにそうかと福沢は言った。私を見つめて悲しそうに笑う。それから残っていた夕食を食べ始めた。いつもよりずっとゆっくりと食べ進めていく社長を見つめる。私も一口食べたが味はしなかった。
 ごちそうさまでした。
 箸を置いて社長はお酒を飲んでいく。その姿をみながら私はほうと吐息をついた。今日はいつもの半分も食べられていない。代わり社長が全部食べてくれている。私はお冷をコップに注ぎ直した。一口分だけ入れて飲む。酒を飲み終えたのだろう社長はコップを手にしたまま固まっていた。
 社長が立ち上がるのに合わせて私も立ち上がった。店の外に出てゆっくりと歩いていく。いつもより歩調が遅い気がする。ゆっくりと歩いていくのに社長の足が止まった。
「太宰」
 社長が私を呼ぶ。
「……どうしてか聞いてもよいか」
 絞り出すような声で言われた問い。社長の腕は震えていた。それを見つめる。薄く開く口。何かを言おうと思ったが言える言葉を思いつかなかった。
「言いたくないか」
「……」
「すまないな。変なことを聞いてしまって」
「いえ」
 また無言に戻ってしまう。気まずく思うのに私は社長の姿を見た。もうすぐ私の寮につくのに社長はすぐには動かなかった。
 じっと動かず立ち止まっている。その顔がどんな顔をしているのか私には分かっていた。苦笑を浮かべた苦しそうな顔だ。
 太宰と社長が私を呼び掛けてくる。
 私はこの関係をいつまで続けたらいい
 問われたのはそんな事私は言葉にだせず私の足元を見る。社長がふと笑った気がして、社長手が私の頭に触れた。
「分かった。それならばいつまでもこの関係を続けよう。だが一つだけ覚えておいてくれ。私はお前が好きだ。お前のことを好ましく思っている。
 だからこんな関係じゃなくてもっとちゃんとした関係になりたいと思っている。お前がそうなるための気持ちの整理がついたのなら、その時は私にちゃんと教えてくれ。それまで待っているから」




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