拾拾

「だから知らないのだよ。あんな人かどうかすらよく分からない男の事など、私は一つも知りはしないの。それより私の小刀を返してよ。あれは私が貰った由緒あるもので大切にしてくださいねと念を圧されているのだよ」
 探偵社の事務所、人の輪の中心に座らされた太宰ははぁと何度も息を吐き出していた。その口が話したことに嘘つけと国木田が怒鳴る。
 今、太宰は尋問されている所であった。
 その内容は天人五衰との戦いのときに出てきた銀髪の男についてだ。男のお陰で戦いは終わり、探偵社の被害も少なかったもののそれで見過ごすと言う話しになるわけでもなく、探偵社はあの男がなんであったのか調べることになったのだった。マフィアからの圧力もある。そのために男が唯一話していた太宰が取り調べを受けていた。
 何度聞かれようとも太宰の答えは変わりなかった。
「お前があの男の名前を読んでいたのは敦や鏡花達が聞いている。……親密な接触があったことも俺も含め全員が目撃しているんだ。それにあの男はお前を助けるために現れたように見えた。そんな状況で知らないと言うのを信じると思っているのか」
「そうは言われても知らないものは知らないしね。あの男が何なのか私が教えてほしいくらいさ」
「太宰!」
 国木田が怒鳴り机を叩いた。全員の目が太宰を見ている。国木田だけじゃなく与謝野や鏡花も無理があると言っていた。
「どうみたってあれは知っているものの反応だったし、ただしっている以上の関係があるようにしか思えない」
「名前を読んでいたのに知らないは無理がある。それにあの男の動きは最初から何処にあの短刀を隠し持っているのか知っている動きだった。
 よく知っていないと出来ない」
 じっと全員の目が太宰をみてくる。はぁと太宰は息を吐いて天井を見上げる。そんなことを言われても知らないものは知らないとその口はきっぱりと言葉にしていた。
「無意味なことはしないでもっと別の事に時間を使った方が良いと思うのだけどね」
 太宰から出ていく声。ため息すらつく,お前はと国木田が怒鳴る。それよりと太宰は言った。小刀を返してと太宰が言う。駄目だと答える国木田。
「一応あれは証拠物件だ」
「なにもでなかったのでしょう」
「それはそうだが」
「なら」
「駄目だ。指紋がついていないなどあの状況ではありえない。もっと詳しく調べれば何かしら出てくるはず」
 そんなのと太宰の口が開いて、固まった。大きな声が途中で聞こえなくなったのに視線が突き刺さる。太宰は立ち上がりかけていたのをゆっくりと座り直して舌打ちをひとつしていた。
「私は何も知らないよ。何もね」
 太宰と国木田が名前を確かめるに呼ぶ。だがその後に続く言葉はなかった。国木田の言葉の前に低い声がやめろと告げていたのだ。
 それは探偵社であれば誰もが動きを止めざる終えないもので、みんなが後ろを振り向いていた。
 扉の前に福沢がたっていた。
 周りが立ち上がるなか、太宰は座ったままそっぽをむいている。福沢がみんなのもとに近づいてくる。
「大丈夫でしたか」
「病院はなんて」
「心配するようなことは何もない。それよりこれ以上太宰への追求はやめろ」
 口々に聞こえてくる心配の声に短く答えた後、福沢の目は太宰を見ていた。見下ろして言葉を告げる。はっと驚いたのは太宰以外だった。太宰は驚く様子もなく椅子の上に座っている。表情豊かと言えた今までと違い、今の太宰はとても静かな顔をしていた。
「ですが」
「しても無意味だ」
 国木田が声を上げるのに福沢は短く答えていた。さらに驚く周り。どういうことだいと与謝野が聞いてきていた。ちらりとそちらを見てすぐに福沢は太宰を見る。
「あの男を捕まえることはできないだろう。
 それより、太宰がお前に用がある。ついてきてくれるか」
「はい」
 どうしてですかと聞いてくる答えには答えず福沢は太宰に問いかけていた。頷いた太宰はすぐに立ち上がっていた。



「それで何の話をするつもりですか。わざわざ貴方の家にまできてそんなに気づかれたくないことなのですか」
 小首を傾け問いかける太宰。でも本当は何の話をするのか分かっているようだった。太宰の目は福沢を見ながら時折小さく歪められる。太宰の前に座る福沢は俯いて太宰を見ていなかった。腕を組みなにかを考えるように一つのところを見つめている。
 唇を噛み締め、震えていた。
 問いかけた太宰は口を閉ざして福沢の口が動くのを待った。その時が訪れたのはかなりの時間がかかった。やっと動いた福沢の口。太宰はその口を泣き出しそうな目でみる。
「お前が諭吉さまと呼んでいた男は、私と何か関係があるのか」
 低い声が何度も躊躇った後に問いかけてくる。太宰の目が震え閉じていく。その一瞬後、太宰の口に笑みが浮かび、そして閉じた口が開いた。
「ええ、その通りです。どういう関係かは分かりますか」
 知らないと何度も言っていたのが嘘のように肯定して太宰はではと問う。福沢は唇を噛み締め直してからその口を開いた。
「荒唐無稽だとは思う。そんな馬鹿なことがあって良いものかとも。だけど、これしか考えられぬ。
 あの男は私の前世と呼ばれるものだ」
 閉じた口から出ていく固い声。太宰の口元がさらに大きく上がって弧を描いた。
「正解です」
 柔らかな声が告げる。
「何故お前がそれを知っていた。」
「何故でしょう」
 福沢が問う。太宰は首を傾けていた。肩もともにすくめる大げさな動作。じっと見つめてくる色褪せた瞳はちゃんと答えを知っているものの目だ。そのうえで福沢の言葉を待っている。
 分かりながら福沢はその口を動かした。動かす前に唾を大きく飲んでいた。
「お前とであってから時折記憶のようなものを見た。それは全く覚えにない。私が知らぬ光景。そのなかにお前がいた。どうしてだ。
 あれが私の前世だと知って、私はこれが前世のものだと分かった。だとしたらお前がいたのはあり得ぬことだろう」
 睨むほどの力はない。それでもそんな目で福沢は太宰を見つめた。どうしてだとその目が聞いてくる。太宰の口から零れ落ちていく吐息。ふっと笑いながら太宰は福沢を見ていた。その目が時折自身の左手の小指を見つめている。
「隠しだてはできませんよね。まあ、流石にするつもりはなかったんですが」
 太宰の瞼が一度閉じた。何かを思い出すように伏せられ、そして暫くして開いていく。褪せた瞳は福沢を見ながらも遠くを見ていた。
「横浜から少し離れたところに小さな神社があるんです。小さいですが神主などはちゃんといる場所なんですが、そこにはもう使われていない井戸がありました。何だかいわく付きの井戸だったそうですが、社長に会う前、四年前でしたか、井戸に飛び降り自殺してみたくなって飛び降りたんですよ。
 そしたら五〇〇年程過去に遡ってしまいましてね。そこで貴方の前世とであったんです」
 これが真相ですと太宰が話した。にっこりと笑っている。太宰の口から出たのは福沢の言う前世と言う奴よりもよほど荒唐無稽な話であった。覚悟を持って聞いた福沢も予想以上にぶっ飛んだ事態に口を開けてしまっていた。固まって数分動かない。太宰が社長と呼びかけていた。
「社長どうしましたか?」
 わざとらしく小首を傾ける太宰。否と言いながら福沢は太宰をじっと見てしまっていた
「何から言えば良いのかと思ってな」
 出てくる声は固い
「取り敢えず神社の井戸で自殺をしようとするな。迷惑だろう」
「そうですね。まあ死ななかったので問題はないでしょう」
「そう言う問題ではないだろう」
 言ったのはとても間抜けな言葉だった。他に何かないのかと思う。太宰はくすりと笑っていた。そしてその目を福沢から離して、五百年前の福沢に思いをはせるのだ。
「五百年前の貴方は私に優しくしてくれました。最初はつきはなそうとしてましたけど、一緒にいたら情でもわいたのでしょうね。とても素敵な二年間を過ごさせてもらいました。隠れる期間も終わったのでそろそろかとこちらに戻ることを決めたのですが、その時に言われたんですよ。
 何時かお前に会いに行くと。
 冗談だと思っていたんですが、」
 語る太宰の口元には穏やかな笑みが浮かんでいた。柔らかで優しい好いていた時間を思い出して、幸せそうにしているのを福沢は見つめる。
 言葉を切った太宰は上を見上げてから、懐に手を置いていた。その中にはあの白い短刀があるはずだった。探偵社を出る時に福沢が太宰に返したのだ。国木田あたりは何かを言いたそうにしていたが、さすがに社長である福沢の決定に異議を突き立てることはなかった。
 ぎゅっと刀を握りしめながら太宰が福沢を見てくる。
 幸せそうだった笑みが鳴りを潜めて悲しそうなものに変わっていた。
「呪いだったでしょう」
 太宰の口は静かにその言葉を紡いだ。色褪せた瞳が福沢を見つめている。
「貴方の私への思いは呪いだったのです。前世の貴方が貴方に掛けたのですよ」
 語られる声は静かだ。悲しみにさえも今は感じない。太宰をじっと見つめた福沢はそっとその目を太宰の左手へとやっていた。太宰の左手は今右手によって隠れている。左手を包み込んだ右手はぎゅっと握りしめながらその小指に触れていた。それは太宰がよくやる仕草であった。
「太宰。左手を貸してはくれないか」
 福沢の声が太宰に願う。静かだった太宰は首を傾けていた。何故と云いたそうに福沢を見つめる。福沢はすでに動いていた。左手を無理やりにつかんで自分の元まで引き寄せている。 
 そして左手の薬指に噛み付く。痛みが太宰に走った。顔が歪む。じっと見つめてしまう。離れていく福沢。
指にできる真っ赤な痕。大きく見開いた褪せた目の中にその指が映った。歯形がくっきりと浮かんでいる。
 社長と太宰からこぼれていくか細い声。何でと聞こえる。口を離した福沢はじっとその指を見ていた。
「覚えていないだけであの男も同じことをしたのだろう。前と言えど私がやりそうなことは何となく分かる」
 睨むようになってしまったが太宰はそっと笑った。悲しそうにしながらそうなんですねとか細い声をこぼしていく。
「お前は」
 太宰を見ながら福沢は問いかけていた。何をかも聞かない問に太宰は目元をゆがめて福沢を見る。一度閉じる口。きゅっと結ばれて動かなくなりながら、ゆっくりと開いていく。
「……好きでしたよ。あの人の事が好きでした」
 太宰の声が福沢の耳に届く。自分で問いかけておいて、福沢の顔は歪んでいた。
「恋人なんて甘ったるい関係ではなく。私たちは互いに何も言いませんでしたけど、それでも好きでしたし、愛されていました。ふっ。愛されているかどうかは半信半疑だったのですが、貴方が私の前に現れたこと、そして諭吉様が現れたことで確信になりました。
 今、あの人は貴方のなかにいるのですか」
 伸びた太宰の手は福沢の胸元に触れる。手のひらを根元まで押し付けると小さく感じる心臓の音。
 じいと福沢は自分の体を見下ろす。あの時、福沢の体の中に前世の福沢は消えていた。その時のことをどちらも思い出していた。太宰の目は慈しみ願うようなまなざしであった。
「そうだろうな。実際には聞こえぬだろうが、私には私のなか別の鼓動が音を立てているのが聞こえる。あの男はこの体のなかに入ったのだろう」
 口元を歪めてしまいながら福沢は答えていた。ゆっくりと息を吐き出していくのに太宰の手は胸元で握りしめられ、そしてその顔は幸せそうに綻んでいた。何処か悲しそうにも見えるけれど、伝わってくるのは太宰の中胸いっぱいにあふれた喜びであった。
「太宰」
 思わず福沢の口から太宰の名前が飛び出していた。その目に福沢を入れた太宰が幸せそうだった顔をこわばらせて泣きそうになる。
「ごめんなさい」
 聞こえてくる声は謝罪だった。俯く太宰を見つめる。私の事をと何かを言いかけながら福沢はその口を閉ざした。結局何も言えないまま太宰だけを見ていた。




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