玖玖

福地の刃が二人の間に躍り出た太宰の体を切り裂かんと迫る。みんなの時間がまるでスローモーションのように進んでいく中、太宰は口許に笑みを浮かべる。
 ふわりと微笑む。その瞳が福地の瞳に写り、そして、切り裂く前、太宰の傍でなにかが強い輝きを放っていた。
 間近でみた福沢と福地が目を押さえる。周りの者も目を閉じる。
 強い光は一瞬で収まり消えていく。なんだと周りがざわめいていた。中心にいた二人の動きは遅れている。えっと三人をみた誰かが声を溢した。
 色褪せた瞳のなかに長い銀髪が写っている。
 誰だと溢す周囲。見開かれていく福沢と福地の目。二人の間、太宰のすぐ傍に一人の男がたっていた。長めの銀髪を前に結い上げた着物姿の男。その手は福地の刀、その刃の部分を握りしめている。
 呆然と男をみていた福地がその事に気付いて抜こうとするがぴくりとも動くことはなくまたその目は見開かれている。そんな状況のなか、誰かが社長と呟いていた。
 はっとするように周りにいた探偵社の者が真ん中に立つ男をみる。男の腕は太宰の背に周り、太宰をささえている。もう一つ傍にある瞳とよく似た銀灰の瞳はまっすぐに太宰をみていた。
 諭吉様と震えた声が音を紡ぐ。
 男の口許が緩く持ち上がった。ゆっくりと口が開く。
「云ったろ。お前は死なせぬと」
 低い声はその場にいる殆どの者がよく知るもの。みんなの目が見開かれていく。お前は何者だと刀を固定された福地が怒鳴った。銀灰の瞳がそちらをみることはない。静かに太宰だけをみている。太宰の瞳は大きく見開かれゆらりと揺れていた。
 刀を握られている福地は柄を強く握る。その手ごと取り戻そうと動いた。福地の体が前にいて邪魔となる太宰を突き飛ばそうとその片腕を伸ばす。
 ぱきりと音を立てて刃がおれた。えっとその目が見開くよりも前、男は軽く凪払うようにその腕を振っていた。
 ただそれだけの動作だった。なのに福地の体に獣に刻まれたような大きな傷がつき、血を拭きだし、倒れていく。
 男の目が離れることはない。
「たかだか人ごときが邪魔をするな」
 冷たい声が出ていく。みんなの目がその状況をみ、何が起きたのか理解できないでいた。太宰の目が男だけをみている。
 なんでとその口が動く。男は答えることなく空いた手で太宰を抱え直していた。横抱き、お姫様抱っこと云われるような抱きかたで抱えあげて、太宰の唇に噛み付くように口付けていた。獣のように呼吸すら奪っていくが、太宰は抵抗の一つもしなかった。
 何をと声をあげるのは福沢でそんな福沢を男はみた。男の目が初めて写した太宰以外の者だった。
 はっと鼻で笑って男は太宰に視線を移す。
「また会いに来る」
 静かに告げる言葉。えっと太宰からは声が落ちる。残念ながらもう時間がなくてなと男は太宰に向けて再び声をかけていた。
「だが消える前にやっておくことはあるか」
 男の手が太宰の体に触れて隠されていた小刀を手にしていた。それはと太宰が手を伸ばす。男は鞘から刃を抜いて、伸ばされた手に鞘を渡していた。
「これを預かっていてくれ」
 太宰に告げ、そして今度は太宰の体を福沢へと渡している。完全に蚊帳の外だった福沢は男の動きに驚いたもののすぐに太宰を受け取り抱えていた。男を睨む。男は何も言わず周りに目を向けていた。
 男の足が動いたと思ったほぼ一瞬のうちだった。周りにいた探偵社とその味方以外の全てが血を拭きだし、倒れていく。驚く暇もないうちに最後の一人が崩れ落ちる。その傍には男がいて、血で濡れた小刀を手にしていた。
 男自身には返り血すらついていない。
 男の目はまっすぐに太宰をみて太宰のもとに近づいてくる。太宰を抱えた福沢は後退った。だが男の方が素早かった。
 瞬きをするわずかな間にも男は既に福沢の前に来ており、そして、福沢に手を伸ばしていた。男の手が福沢の顔面を掴む。濃い血の匂いを感じて噎せる
 えっとこぼれる太宰の声。太宰を見下ろして男が笑う。手にした小刀を太宰に渡して、男はさらに距離を詰めた。男の体が透けていき、太宰をすり抜けていく。そして福沢にかさなり、その輪郭が混ざりあうように溶けて消えた。
 男がいなくなり、福沢が残るのを褪せた目がみていた。





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