深夜、福沢は物音で目を覚ました。
 ドアが開く音。目だけを動かして入ってきた人物を確かめる。
 それは予想通りの相手であった。どうしたと福沢の口が動いて相手を……。だ時を見た。ぎゅっと唇を噛みしめた太宰は福沢を見落としてはその腕を動かしていた。
 ぎゅと握り閉められ軌道が圧迫される。
 息ができないのに福沢は真っ直ぐ太宰を見ていた。生理的な涙が浮かんで、目の前がぼやける
 何故か歪んだ太宰の顔がくっきりと映った。
 その白い首に手が巻き付いて締め上げている。
 目が見開く。
 目に映っている筈のものと違う景色の中で太宰が夢見るように微笑んでいた。
 福沢の手が伸びる。
 ぱたりと太宰の腕から力が消えていあ。見下ろす太宰の目は暗い色をしていた。太宰どうした。問いかけるのに太宰はじっと見下ろしてくる。
 腕を掴んで自分の元に引き寄せる。
 抱きしめてその頭を撫でるのに太宰はゆっくりと息を吐き出していた。
「貴方は何があっても死んでは駄目なのです。何があっても」
 ゆらゆらと褪せた目が福沢を見てくる


「社長」
「どうした」
 呼ばれた声に顔を上げた福沢は太宰の姿を見てその目元を歪めていた。ゆらりと立つ美しい顔をしていた。口元にゆったりとした笑みを浮かべ静かにたっているけど、福沢にはその姿の方が泣かれているよりもずっと恐ろしく感じた。
「これから本格的な戦いが始まります」
 太宰の口から音が出ていく。福沢の眉が寄りながら、大きく頷く。
「そうだろうな。否、もう既に」
「軍警がここにも攻めてくるでしょう。私は一度捕まることにします」
「太宰」
 咎めるような声が福沢から出て。太宰を睨みつける。それでも太宰は穏やかな顔をして口元に笑みを張り付けている。もう決めたと揺るがぬことはないと分かるものだった。福沢から細いため息が出ていき、太宰を見る。太宰がその口を開いた、。
「魔人ドストエフスキーを自由にしておくわけにはいきません。彼の傍に行き、彼を押さえておきます」
「大丈夫なのか」
 ぎゅっと眉が寄る。心配する声が出るのに大丈夫ですよと答える太宰はいつも通りであった。
「探偵社が勝ちさえすれば私も出て来られます」
 福沢が頷く。それでも不安が残っている様子に太宰が一歩福沢に近づいてきていた。
「社長。私も牢屋の中でできる限りの手は打ちます。だから勝ってください。そして絶対に死なないでください。
 貴方は何があっても死なないで」
 切実な声が耳に届く。強く願われるのに福沢は太宰を見つめる。頷きながら太宰の名前を呼ぶのにもう一歩近づいてきた太宰が、その懐から何かを取り出していた、
「これを」
 差し出されたのはいつかの短刀。真っ白な刀を見つめる。ずぼらな太宰がこれだけはちゃんと手入れをしているのだろう。汚れ一つもついてはいなかった。
「これは」
 短刀を見ながら福沢が短く問いかけていた。そっと太宰の手が白い鞘を撫でていく。そして福沢の手の中にそれを押し付けていた。
「きっとあなたのことを守ってくれるでしょう」
 ふわりと太宰が笑う。薄く開いた福沢の口。そしてゆっくりとその首が動いた。短刀から目を離してじっと太宰を見つめる。
「駄目だ。これは受け取れぬ。お前の大切なものなのだろう」
「だからこそですよ。だからこそ、貴方に持っていてほしいのです。私が持っていたら奪われてしまいますから。貴方にあずかっていてほしい。これは私の守り刀です」
 太宰の目は福沢を見た後にまた短刀に戻っていた。いつくしむ瞳で短刀を見つめ柔らかな声を出す。穏やかであるが不思議な力強さがあって、手のひらに短刀を押し付けられる福沢はつい握りしめてしまっていた。
 私の大切なものと太宰が囁いている。太宰の瞳が福沢を見た。短刀を見つめていたのと同じ目で福沢を見て、お願いと囁く
「この短刀が私を守ってきてくれました。だから貴方が私を守ってください。勝って私を」
 太宰が笑う。福沢の手の中には白い短刀があった。
「わかった」
 太宰の前、短刀を握りしめて福沢は深く頷いていた。太陽を見つめるように見つめてくる太宰を見ながら福沢は言葉を口にする。
「お前を守ろう。そして必ずお前の元に返す」



 太宰を抱え逃げ込んだ本の世界。太宰は手錠の外された自分の姿を見てはほうと息をついていた
「まさか脱獄をさせてくるとは」
 さすがに思いもしませんでしたよと太宰が福沢を見てくる。他の者たちは全員怪我をして与謝野に見てもらっている最中だった。悲鳴がたくさん聞こえてくるのを聞きながら福沢は太宰を見る。
「敵を倒すにはお前が必要だと判断したからな。奴らの異能は厄介だ」
「後で問題にならなければいいんですが」
「後のことなど考えている暇などないだろう。それに私も脱獄したようなものだ」
 福沢が言うのに太宰がため息をついていた。真犯人を捕まえたとしてもそれはそれとして叩かれますよと太宰が言っている。福沢の答えは簡潔であった。それを聞いた太宰はまあ、そうなんですよねと困ったように首を傾けていた。社員だけでなく社長も脱獄だなんて何言われてもおかしくないですねと言っていた。
「まずは目の前の敵を倒していかなければ」
 太宰の顔は静かになっていた。目元が下がりもしていなければ口元が上がっていることもない。動きのない静かな顔をして、その瞳がどこか遠くを見ている。何かを深く考え込んでいる様子の太宰を見下ろして、福沢は口を動かした。
「太宰」
 短く太宰を呼ぶ。顔を上げた太宰が福沢を見てそしてどうしましたと問いかけてくる。
 福沢の手が懐に伸びて、そしてそこから白い短刀を取り出していた。太宰の目が見開いてその短刀を見つめる。すぐにその目は大切なものを見るものに変わっていた。
「これを先に返しておく。もちろん私がお前を守るがそれでもそれがあった方がいいだろう」
 福沢の手が差し出された太宰の手の上に短刀を置く。帰ってきた短刀を見つめて太宰はそれをぎゅっと抱きしめていた。
「ありがとうございます」




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