猫、猫
2024/10/28 15:51


「酷いです!!」

 探偵社内に怒声が響いた。
 えっと中にいた全員が目を白黒させてその怒声の主を見る。蓬髪の下、顔を赤らめ怒鳴った男。太宰は怒りで頬を膨らませる。全員がえっ? と頭にハテナマークを浮かべた。彼ならきっと喜びで頬を染めて騒ぎ立てると思っていたのに…………。
「何で社長そんな姿なんですか! 酷い! 社長なんて嫌いです!!」
 詰られた人物は困惑する。目を見開いて固まって彫刻のように動かないが、よく見ればその口元は小刻みに震えていた。
「え、だ、太宰さんどうしたんですか?」
「そうだぞ、太宰。ど、どうした。普段のお前ならへらへら喜ぶだろう」
 どうにか落ち着けようと周りが声をかける。だが余計に血が昇り赤くなっていく。火に油を注いだのは明らかだった。太宰の目元にはうっすらと涙が浮かび始めていて。
「喜べるわけないだろう!! だって酷いじゃないか! こんな、こんな可愛い姿になるなんて…………」
 ふるふると震える肩。だから喜ぶんじゃないのかとは全員の胸に浮かび上がった疑問だ。大きく太宰が息を吸い込む。
「私だってごろごろにゃんにゃんしたいのにできないじゃないですか!! 酷い!! いじめです!!」
「「「はい??」」」
 吐き出されたのにほぼ全員の声が重なった。太宰の指が話題の人物である福沢を指す。
「だって猫だよ! 猫!! 顎の下とか触ってごろごろってしたい! 耳とかふにふにって触りたいし、しっぽもふわふわしたい。たくさん撫でたりしてにゃあにゃあ言ってもらいたいの!!」
 力説されるのに全員が社長を見た。そこにいるのは普段通りの、と言えたら良かったのだが、今日に関しては少し違っていた。外に出ていたときに誤って異能にかかってしまい現在頭に猫の耳、臀部には猫の尻尾がついている。言動なども猫らしくなっているとの事である。
 あぁと何人からか納得の声が上がった。太宰の持つ異能は人間失格。触れた異能力を無にする力だ。つまり太宰が触れるともとに戻るわけで。
「私もごろごろにゃんにゃんしたい。社長にしてもらいたい!!酷いです。社長!!」
 太宰の駄々を捏ねる声が暫く探偵社内で暫く響いていた。



「太宰」
 夜中、名を呼ぶ声が優しく耳に届く。それでも太宰は唇を尖らせて体事そっぽを向いていた。昼間、嫌がる太宰になかば無理矢理異能を解かせてからずっとこの調子である。おかげで社では国木田の怒号がいつもより多く響いた。
 共に帰宅し夕飯も食べ終えいつもならゆったりとした甘い時を過ごすはずの時間になっても太宰の機嫌は治らない。
「太宰」
 福沢がもう一度太宰の名を呼ぶ。肩に手を置いて此方を見なさいと柔らかく声をかける。渋々と云った様子で振り向いた太宰の目がまあるく見開いた。
「え」
 彼から呆然とした声が落ちるのにくすりと福沢が微笑む。何でと呟いた太宰の目はじっと福沢の頭の上に注がれていた。福沢の銀の髪の上には白い猫の耳がちょこんと乗っている。
「偽物にはなってしまうが触ってよいぞ。ごろごろにゃんにゃんしたいのだろう」
 ぱちぱちと瞬くこと二回。数秒少し上を見て、今度は下を見る。何かを考え込んだ太宰は福沢をみてぱあああと歓喜の表情をうかべた。やったーと声をあげて飛び付く。
「福沢さん、 大好き!」
 心からの声が響くのに薄い体を抱き止めた福沢はうむと満足げに頷いた。





「にゃーー。にゃにゃぁ。
 君達は良いね。こんな良い家に幾らでも居て良いんだもんね」
 その日福沢が家に帰ると一匹の猫が家のなかに勝手に侵入していた。猫と云うのはそう言う生き物なので驚くことはない。ただ胸が柔らかなものに包まれてぽかぽかとした暖かな気持ちになる。
「良いねぇ……。私も君たちみたいに良い人に飼われたいよ」
 にゃんと日溜まりに集まった猫が揺らす尾を白い指先がつつく。いつものおどけるような笑みを浮かべながら太宰の目はそれとは違う色をしていた。何処か切なそうなそんな目……。
「別にそやつらは飼っている訳ではないぞ。勝手に家にやって来るのだ」
 後ろから声を掛けると太宰の首がゆっくりと振り向いた。おどけた笑みは崩れて軟らかなものになる。
「そーなんですか」
「ああ」
「ふーーん。でも良いですね。幾らいても許してくれるんですから」
 白い手。太宰が猫を撫でる。羨ましいな〜、何てそんな声が聞こえてきそうだった。
 太宰の近くにいた猫たちがぶらんと抱えあげられた。
「……私が拾って家に連れてきた猫は一匹ぐらいだ。
 部屋の中に入るのを許しているのも。だからすまぬな。お前たちは外に出てくれ」


 その猫を拾ったのは探偵社の事務所の中でだった。血だらけで倒れながらすぐ出ていきますから何て可愛くない言葉をはいた猫。無理矢理手当てして家のなかに連れてきた。猫は二三日家にいたがすぐに何処かにいなくなってしまった。一週間してふわりと探偵社に舞い戻った猫はにゃあにゃあと変わらず騒がしく場を乱した。
 だが時々静かになってはふらりと姿を消した。
 次に拾ったのは川。流れていたのを拾い上げれば細められた目が福沢を見つめる。尖った唇。助けなくとも良いのにと顔がそっぽを向く。腕の中から逃げようとするのを抑え込んでまた家のなかに連れ込む。冷えた体をお湯の中につけるとはぁと吐息が漏れた。
 尖っていた唇が少し緩んで腕のなかで緊張していた体がほどけていく。
 泊まらせた猫は翌日の朝には消えていた。
 その日の夜また猫を拾う。
 猫は福沢の家の近くの路地裏に膝を抱えて座り込んでいた。福沢が猫の前に立つと座り込んでいた猫は暗い目で見上げて口元だけを笑みの形にさせた。
 拾ってくれますか。
 そんな声が聞こえた気がした。

 それから猫も猫を時々拾った。事務所のなか、川の近く、路地裏や山、福沢の家の傍。いろいろな所で拾った猫は少しずつ福沢になついていた。自分からすり寄ってくるようになり、気付けばふらりと消えるものの家にいることも多くなった。
 そして今日その猫は初めて自分の足で福沢の家にやって来ていた。
「私、猫なんかじゃないですよ」
「そうだな」
 追い出された猫を視線で追いかけた太宰。ぱたんと襖が閉められるのに口元がへの字になった。抗議をするとはまた違う声。細められた目がゆらりと揺れて太宰を見つめ涙を流す。
「でも猫になりたいな」
 ぼつりと溢れる声。俯いた顔。つむじが見えた。
「猫になったら……」
「私は猫を飼うつもりはないのだがな。でもお前ならよいかなと思う」
 言葉の続きを分かろうとは思わなかった。わかりたくもないと思いながらつむじの見える太宰の頭を撫でる。目だけを上に向けて太宰が口を震わせる
「にゃー」
 小さくないた声。いつもの笑顔を浮かべようとする。
 私程の美猫は滅多にいませんよ。美醜は特に気にせん。なら何を気にするんです。
「そうだな……。それが分かったら苦労はしないのだが」
 問い掛けられた問に答える声。小首を傾けるのに不安そうな目が見上げる。福沢の瞼が震えて目の筋肉が緩む。
「どうしてこんなにいとおしく思うのだろうな」
 柔い声に目を大きくさせた太宰は固まってそれからにゃーと泣いていた。キョトンとした目のまま。にゃーと。


 飼ってくれますかと何時かのようにその声は言っていた







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