唐突だが、俺、平和島静雄と、折原臨也は恋人として付き合っている。
きっかけは忘れてしまった、というよりは成り行きで、なぜかこうなったというのが正しい気がする。殺し合いもスキンシップの一部みたいなものだもんな?ちなみに、そんな考えを持つのは君達二人以外いないと新羅に呆れられる。まぁ、詳しい話はノミ蟲に聞いた方が早いし、嬉々として話してくれるはずだから、そちらを勧めする。

 さて話は変わるが、俺は今、折原臨也宅で、恋人である奴を待っている。
 丁寧にも、ソファに正座して。

 なぜなら、今日は大事な話をしに来たからだった。

 ピピッ

 カードキーが家主の帰りを知らせる。

 ガチャ

「た〜らいま…っと! あれ…? シズちゃんが俺の家に自分から来るなんて珍しいね!」

 玄関の靴を確認したらしい、奴がバタバタとリビングに入ってくる。

「ただいま〜♪ どうしたの? 俺が恋しかったの? ね? ね?」
 案の定、いい感じに酒が入っている臨也は上機嫌だった。いつもの黒いコートをだらしなく着て、顔は赤く、目はトロンとしている。何より酒臭い……。

「プッ! どうしたの? 真顔で正座なんかしてぇ〜ねぇ、ねぇいつもみたいに膝枕して〜」
 ソファに上がろうとする臨也の肩をガシッと両手でつかむ。
「……臨也、大事な話がある」
 サングラス越しの俺の目に何か感じ取ったのか、よろめきながら、その場に正座する臨也。
「なんらぁ?」
 ヒック! っと酔っ払い丸出しのしゃっくりする奴をソファの上からじっと見つめ、深呼吸をひとつ。


「俺たち別れよう。」

 事の発端は、すでに付き合い始めから見えていた。

 付き合って1ヶ月経ったある日。

「ハッ……! シズちゃん、今日も可愛かった〜……」
 荒い息を吐きながら、俺を後ろから抱きしめて覆い被さる臨也。余韻に浸ってるのか、体重を俺に預けてくる。二人はベッドで素っ裸。まぁ…つまり、そういう事をしてたわけだ。
 チュッ、チュッっと啄むように頬に口付けられる。
「ん……イ、ザ……どけ……」
「どかな〜い! もう少し、このままで……ね?」
 ギュと抱きしめる力を強められ、俺、愛されてるな……とか何やら恥ずかしい事を考えていた時だった。

 枕の下に何かある?なんだ?金属の輪っか?みたいだ。

 臨也に抱きつかれながらソレをベッドサイドの電気スタンドに翳す。


 女物のピアス……



「……おい、ノミ蟲。」
「え〜二人きりの時はイ・ザ・ヤっでしょ〜?」
 俺の背中から離れない奴は、かつてない命の危機にさらされていた。

 メキメキッ

「ん〜何の音?」

「お前んちのダブルベッドがぁ〜〜!! シングルに変わる音だよ!!!」

 バキッメキメキャ!!

「う……わっ!! 今の俺じゃなきゃ絶対死んでた!! ど、どういうつもり!?」
 苛つくことに、臨也の野郎は俺の拳をギリギリ避け、さらに真っ二つに割れたベッドから壁際に飛び移っていた。本当にノミ蟲みたいだな。
「……どうも、こうもお前を殺すつもりなんだけどぉ〜?」

「…え? 何かした、俺? …あ、そりゃ、確かにさっき色々しましたけど、それはシズちゃんも気持ち」「違う!!!!」

「こいつは…なんだ?」

 キラーン! っとピアスを奴の目の前に掲げる。

「…波江のかなぁ?」

 プイっとそっぽを向いてボソリと呟く臨也。

「ほぉ〜?へぇ〜お前の秘書は夜のお仕事も手伝ってくれるってわけかぁ〜?」
「…掃除してて落としたんじゃないの?」

「そうか、そうか。あの秘書がお前の寝室を掃除…。有り得ない話じゃないよなぁ〜、

なんて!!誰が納得するか!!」

「…う…あ、あれだよ、ほら?お、俺の!実はそれ!!俺のピアスなんだ!!」
「ふ〜ん…でっけぇリング型の派手なピアスをお前がね…。耳にピアスの穴開けてもいないお前が……。

  馬鹿にするのもいい加減にしろ!!!」

ピシャーン!!っと雷を落とされ首をすくめるノミ蟲。いつにも増して顔が白い。というか青白い。
「臨也ぁ…俺いつも言ってるよなぁ?言い訳する奴は大っ嫌いだって!
それと、言ってなかったがぁ…俺の辞書では、浮気した奴は死刑と決まっている!!!」

「…シ、シズちゃん…落ち着いて!誤解なんだ!いや誤解でもないのか…いや!でも俺の話も少しは聞いてよ!」

「誤解も何も!これ以上言い訳したら許さねぇからな!!」
「…悪かった…よ。クラブで知り合って、一回だけ関係を持っただけなんだ…。連絡先も知らないし!…ほんの遊びだったんだ…」

「わかった…

 じゃあ、死ぬ準備は整ったか?」

「わ〜!わかってないじゃん!!… だから体の浮気であって!俺の心はシズちゃんから一ミリも離れてないんだって!!」

「そんな…、そんな事言っても、絶対にゆ、(ヒグッ)ゆるざ(グシュ)ない゛、んだがらなぁ!!!
(ボタボタ!←大量の水)」
「…ご、ごめ!シズちゃん泣かないで!!俺が悪かったから!もう絶対しないから!俺にはシズちゃんしかいないんだから!!」

「…ほ、本当か?嘘ついたらこ、殺すぞ…!?」
嗚咽を漏らしながら、臨也をじっと見つめる。

「ああ…絶対にシズちゃんを悲しませるような事は二度としないよ。それにシズちゃんになら、
 俺は殺されてもいい…!」

臨也…

シズちゃん…

ガバッ!っとお互いどちらからともなく抱き合い再びシーツの波にのまれた。あ、間違えた。ベッドは大破していたので固い床の上だったが…二回戦目に突入しちまったわけだ。

付き合いたてなんて、皆こんなもんだろ?え?違うのか?
些細な事で喧嘩して、関係を確かめる。そんな時期、一時的なものだと、俺は思っていた。二度目があんなに早く来るまでは…


そうだ。折原 臨也は人間が好きだ。だが、特に女は大好きだった…。
自慢ではないし、のろけでもないが臨也は顔が良い。ものすごく良い!すげぇ近くで見てる俺が言うのだから間違いない(まぁ、俺の前ではニヤニヤしてたり、デレデレしてるので見失う時もあるが)。そんな男が、女に放っておかれる訳がないのは、わかる…。それに、あいつの仕事柄、接待やなんやら新しい人間と接する機会が多いのも良く、わかる…。酒を飲む場が多いのもわかる…、わかるが…酒が入った臨也は何かのスイッチが入ってしまうらしい。要するに、見境なく女に手を出す悪いクセがあった。

二度目、三度目、いやいや四度目と続く度に俺はもちろんブチ切れた!!ノミ蟲を殺す勢いで怒り狂った。そうして喧嘩をしては、臨也が二度としない!と謝る。その後にご機嫌取りをされ、何だかんだ許してしまう俺がいた…。

そんな感じだったが、俺達はまだ付き合っていた。
「シャワー浴びてくるから待っててね!寝ないでよ!絶対だよ!!」

「…いいから、寝ないから、ウザいから!早く入ってこいよ…」

奴の家に遊びにきていたある日。一緒に風呂に入ろうという誘いを丁重に、且つ頑なに断り、鼻歌を歌いながらシャワールームに向かう臨也を見送る。アイツと風呂に入ると大変だからな…やれアレしろだの、コレをこうしろだの、挙句の果てにドレをどうしろとか。ここでは決して言えない展開になるのだ…どうせ後で使うのなら、今はシャワーいいやと。リビングでタバコをふかしていた俺だったが、ふとテーブルの下に目がいった。


…長い髪の毛が落ちている。しかも茶髪。


あ〜、またか。と思った。

そして、呆れている自分がいた。
…そう、怒りは通り越していた。

その事実に驚き、何より傷ついた。こんな気持ちにさせる臨也も許せないが、自分が一番許せなかった。

あいつの悪癖から目を逸らそうとしている弱い自分が許せなかった。

このままでは俺はダメだ…臨也は元々ダメかもしれないが、とにかく俺達二人はこのままでは不味いと気付いた。

カチカチ

と短いメールを携帯から送信。

バキッ

その携帯をバラバラにする。

シャワールームのノミ蟲を置いて、俺は奴のマンションを後にした。


『しばらく一人にしてくれ』


臨也へメールを送った後、俺は行方を眩ませた。





池袋の喧騒から離れ、数日がたった。トムさんにお願いし一週間の有給休暇をもらった俺は、人里離れた温泉宿で一人羽を伸ばしていた。

万が一に備え、幽とトムさん、それにセルティには居場所を教えてある。

「…う〜、津軽ぅ海峡ぉっ〜♪と」
暢気に歌いながら、温泉に浸かっていた。臨也から距離を置いた事で心も、なぜか体も軽くなった様だ。鈍よりと曇っていた頭の中も、ようやく回り始め、そろそろ、あいつについて答えを出すべきかと一人ごちていた、ところだったのだが…

ドタドタッ!

ガラガラガラ!!

民宿のオヤジが慌てふためいた様子で、温泉に駆け込んできた。

「…あ、入浴中に突然失礼いたします!平和島様にお電話が、そ、その至急という事でして…」

ついに来たか…。奴にしては随分探すのに手こずっているな、ざまあみろと思っていたのだが。やっぱり見つかったか?
温泉から出て着替え、古めかしい黒電話を受け取る。耳元につける前から何やら電話口が騒がしい。

ノミ蟲のねっとりヴォイスを想像していた俺は、電話の相手が奴ではないことに気付いた。

「新羅…」

『あ〜!!静雄君!やっと出た!まさに起死回生!セルティから連絡先聞いたんだ!』

「…で、何だ?手短かにな。湯冷めしちまうから。」

『のんびり温泉なんか入って!こっちはもう波乱万丈、大変だよ!!』

折原君が自宅に閉じ籠ってるんだ!!


「…それのどこが大変なんだよ。むしろ日本、いや地球に優しい。エコじゃん。」

『あ〜、それはそうかとも思うけど…じゃなくて!折原君がいない事で色々な出来事が〜って言ってる側から!!』

あ、ちょ、と新羅の声が遠ざかる。
『ちょっと!貴方がいなくなったおかげで折原が仕事しなくて、私が大変だわ!!』
臨也んとこの秘書だ…

「…そりゃ、すまなかったな。ところで一体何がどうなってるんだ?」

『顧客から仕事の催促が殺到してるのよ!』

アイツのお客と言えば、粟楠会(ヤクザ)から普通の高校生まで様々だからな。
「…でも、電話位ほっとけばいいだろ?」
『…それで済んだら、わざわざ此処までこないでしょ。顧客が、実力行使に出たのよ!』

折原 臨也を出せと。大小の組織が動き始めたらしい。

『代わったよ、静雄君。わかったかい?外では警察まで出回る始末。セルティからは黙ってくれと言われたけれど、また白バイクに追いかけられてさ…。君達に何があったかは…大体想像はつくけど。折原君の様子を見に戻ってきてくれないか?』
嫌だ!と言いたかったが、俺がいない事から他の人が大変になっている状況を無視できる程、気が大きい方ではない。
セルティもとっばっちりを受けてるみたいだしな。
「わかった・・・戻る・・」
『ありがとう静雄君!後で折原君をとっちめる時は僕も創意工夫・・ってさっきから何の音?ミシミシ言ってるんだけど』
「わかったんだけどなぁ〜・・俺の体が納得してねぇみてぇだ!!」
『わっ!静雄君ちょっ』

バキョ!!

黒電話を大破させた俺は、怯える仲居さん達に負目を感じながら、ムシャクシャしながら深夜特急で池袋に戻ったのだった。



そこで初めて、生ける屍とやらを見ることとなる。

「何なんだ、お前は・・・?」

某新宿の高級マンションの一室に足を踏み入れた俺は、ある死体・・・だったら、良かったのだが、変わり果てた臨也を発見した。

眉目秀麗とは良く言ったものだ。目は落ち窪み、深いクマが出来ている。三日三晩寝ずに食べずにいたであろうノミ蟲はまさに虫の息だ。もともと、白い顔なのに、さらに紙のように色が無い。

「無精ひげまで生やして・・・男前が台無しじゃないか。」

薄暗い部屋の中で、何台ものチカチカ光っている携帯に囲まれているノミ蟲。意識が朦朧としているのだろうか、臨也は薄目を開けた。
「・・シズちゃん?・・・本物なの?さっきから幻覚ばかり見てるからなぁ・・」

俺はすぐ傍で、うるさく鳴っている奴の携帯を指一本で、廃棄処分にした。

「シズちゃん!!本物の!!シズちゃん!!!帰ってきてくれたの!!シズちゃん!!」

ガバァっと抱きついてくる奴をサッと避ける。
反動で転んだノミ蟲は、何やら鼻を押さえて痛そうだ。

「痛いよ、シズチャン・・・」

「何なんだ、お前は?なんでこんな状態になるまで 閉じこもった?」

「シズちゃんが俺の前からいなくなったから」

「俺がいなくなった原因はわかってるんだろ?」

「・・・うん」

俯いて返事をする奴に腹が立った。

「だったら!なんで俺を探さない!!追いかけるべきだろうが!!それで言い訳なり、何なりすればいいじゃないか!なのになんでお前はこんな」「だって!!」

臨也は苦しそうな顔で俺の言葉を制した。

「シズちゃんに今度こそ見放されたと思ったんだ!そんな俺は生きる資格なんて無い!
って考えてたら、いつの間にか時間が経ってて・・・・
シズちゃんがいなけりゃ、俺は生きていけないんだ・・・」

「・・・じゃあ、なんで浮気なんかするんだ。なぜ止められない?」

「・・・病気なんだ・・」

「は?病気だと!?」

「その、あの〜、酒が入るとさ・・・お、おっぱいが・・」

「おっ、ぱい・・・?」

「おっぱいが俺を狂わせるんだ〜!!それに腰!唇が俺を誘惑するんだ〜!!どうしても勝てないんだ〜!!」

ぐしゃぐしゃと頭を掻き毟る臨也を冷たい眼差しで見つめる。人は心底呆れ返ると、憎しみの感情はやがて憐れみにと変わるらしい。カワイソウナ奴、ノミ蟲。しね!

「腰、唇ね・・・てめぇは俺には無いパーツを他所に求めてるんだな。じゃあ、俺じゃ足りないって訳だ。なら俺じゃなくて、ちゃんと胸の大きい、腰のくびれた、唇の厚い女と付き合った方がいい。お前の病気の治療になるかも知れないしな。」

「嫌だ!!!!」

臨也が今まで聞いた事もないデカイ声を出した。

「嫌だね!!俺は絶対シズちゃんと離れないから!!!おっぱいとか、腰とか唇じゃなくて!!そんな一部分じゃなくて、シズちゃんのすべてが必要なんだ!!シズちゃんの存在が俺のすべてなんだ!!!」

恥ずかしい・・・!恥ずかしい奴だな!!今時そんな台詞を真顔で吐く奴がいただろうか。いや、ドラマの世界にも最早いないだろう・・・。

「俺に見放されたと思ったんじゃないのか?」

「でも、結局帰ってきてくれたじゃない。」

ヘラっと笑う臨也の鼻をこづく。

「痛い!何するのさ!」

「何か言うことがあるんじゃないのか?」

「・・ごめんなさい。もう二度としません。」

「それは聞き飽きた。」

「欠点の一つや、二つ位、目をつぶってくれよ」

「それはお前が言っていい台詞じゃねぇ!!却下!!謝れ、全裸で!!」

「全裸希望!?いいの?もう仲直りのセ」ボグシャー!!

俺の右ストレートがきれいに決まった。


という感じで、またまたうまく言いくるめられてしまった俺・・・。そんな目でみないでくれ、言いたい事はわかってる・・・。でもな、ここで紹介出来てないのが非常に残念だけど、普段の臨也は恋人としては大変優秀だ。記念日や、誕生日は一度も忘れた事はないし、サプライズパーティとかもしてくれた。旅行にも年に三回位は連れて行ってくれる。話下手な俺と違って、博識で色んな事を知っているから一緒にいても飽きないし(たまにウンチクが過ぎるが)。短気な俺に比べて、結構おっとりしてるから相性は悪くないと思う(24時間戦争コンビと呼ばれていた当時が不思議で仕方ない)。顔も悪くはないというか、実は面食いな俺、あいつの顔だけは昔から好きだったような気がする・・。夜寝る前のおやすみ、朝のおはようメールも今だにくるしな〜、俺は面倒だから5回に1回の割合でしか返信しないけど。何が言いたいかというと、だた一つを抜かせば、あいつは恋人として完璧なんだ。まあ、その一つが問題だけどな・・・。


そして、ノミ蟲引き篭り事件から半年が経った現在。ソファの上で正座をしている俺と、酔っ払いの臨也に話は戻る。

「な、なんて言ったの、シズちゃん?」

酔いは醒めたのか、すっかり顔色は真っ白だ。目を真ん丸に見開いて聞き返す臨也。

「聞こえなかったか?だから別れよう、俺たち。」

「・・な、なんで?」

「なんでって・・・また浮気しただろ、てめぇ。」

人は怒りを通り越すと、呆れに、呆れを通り越すと無の境地に至るらしい。驚愕を隠しきれない奴と比較して、俺の表情は冷静だった。本日起こったことを淡々と伝える。

「お前今日、池袋にいただろ?しかもホテル街で、女と肩組んで中に入るのを見かけちまってな。すまんな、偶然通りかかってな。いや本当に、見るつもりはなかった、悪かった。」

嘘だった。池袋の飲み屋から女連れで出てきたノミ蟲を尾行した俺は、この現場をしっかりと目に焼き付けた。そして、そのまま真っ直ぐ奴の家に向かい、別れを告げるためずっと待機していた。

「え?何言ってるのシズちゃん・・・俺、別れないよ?」

「悪いな、無理だ。もう二度としないって言ってたろ。」

俺の精神は限界だった。待っている間、ある情景が頭から離れなかった。臨也の白い手が女の頬をなでる、臨也の形の良い薄い唇が女に何事か囁く、臨也の赤い目が女の目を見つめる。そんなの、おかしいじゃないか。あの手も、唇も、あの目だって臨也のものは、俺のものなのだから!!
もう疲れた・・・。こんなに頭の中がぐちゃぐちゃになるのはウンザリだ。毎回無理していたが、嫉妬深い自分を臨也に悟られるのも時間の問題だ。そんなみっともない自分を晒す位なら、冷静なフリができる内に別れた方がいいと思った。

「・・・なら、・・・す」

「うん?」

何やら呟いている臨也に耳を近づけると、

「別れる位なら、殺す!!!」

ヒュッと奴のナイフが頬を掠める。血が出たなコリャ、床が汚れると場違いなことを考えつつ、尚も攻撃の手を緩めないあいつのナイフを掴む。

「いつも冷静なてめぇがどうしたんだよ?殺すのに、そんな所狙っても死なないぜ?狙うなら、ココ、ほら心臓をきちんと刺しな。」

ナイフを左胸に押し当てる。

「・・・ぐ!!俺が!シズちゃんを殺せるわけないだろ!!!!馬鹿!!」

「馬鹿ぁ・・・?馬鹿って言ったほうが馬鹿なんだよ!!この馬鹿!!!大体ナイフじゃ俺は殺せないだろうが!!」

「そんなの知ってるさ!!・・知ってるけど、体が勝手に動いたんだからしょうがないだろ!!」

「しょうがないのはお前だろ!何開き直っていやがる!!お前みたいな屑野郎とは別れるって言ってるだろう!!!」

「いやだ!!いやだ、いやだ、いやだ、いやだ!!!!絶対に嫌だ!!!!」

「だー!もう、うっせぇなっ!!!別れるって言ったら、別れるんだよ!!!」
しばらく、嫌だ!!別れる!!嫌だ!!のやり取りを続けていた俺達だったが、

「・・うあ!シズちゃん!!血が!」

臨也のナイフを掴んでいた手からダラダラと血が垂れている。あんまり痛くは無いというか、全く痛みを感じてなかった俺は気づかなかった。

「ノミ蟲のカーペットに染みがついちまったな、すまん。」

「馬鹿!!そんな事よりも止血だろ!!馬鹿!!!」

だから!どっちが馬鹿だと言いかけて、奴の怖い位真剣な表情に気圧された俺は、ノミ蟲の手当てを受けることとなった。

さっきまで正座していたソファに二人して腰掛けて手の平をグルグル巻きにされている俺、としている臨也。すばやく手を動かしていた奴だったが

「・・・う、俺のせいでシズちゃんがこんな、こんな目に」
その手を止めて、俯く臨也。
「別に大したことじゃねえよ、あと数時間したら治ってるぜ、きっと。」
「そういう問題じゃない!」

さっきから臨也の野郎は怒ったり、弱ったりで忙しそうだ。
「俺はシズちゃんを大切にしたいのに!…いつも傷つけてしまう。どうしようもない男だ…」

「そうだな。確かにどうしようも無いな。」

「…でも別れるのは嫌だ!!!絶対に!!…どうしようも無い男で居られるのも、シズちゃんの前だけなんだ!」

ふるふると嫌々する様に首を振る臨也。いつも不適な笑みを浮かべた情報屋はどこに行った?

「俺が有りのままで居られるのはシズちゃんだけなんだ!!」

俺の肩を掴み、無理矢理キスをしてくる臨也。

「…ふっ…ん!はっ…臨也…口切れてるぞ!」

必死な余り唇を噛んでしまった様だ。

「全然痛くない…。シズちゃんはもっと痛かったんだろ?俺のせいで。俺がシズちゃんの心を傷つけた…」

ペロリと臨也の切れた口の端を舐める。鉄の味に混じって、塩の味?ん、なんだか水みたいな…
こ、これは、まさか…?
「お、俺のせいでっ!シズちゃんがっ!で、でも!別れるなんて嫌だぁあ〜〜!!」
ワア〜ンとでも擬音語がつく勢いで泣き出した臨也。まるで、でかい子供だ。しかも、泣き慣れていないのか息継ぎが不安定で危なっかしい。いつものすかしたドヤ顔はどうしちまったんだ。

「…シズちゃんがいないと俺はどうしようも無い!」

すがり付く様に抱きつかれ、ソファに沈みこむ俺。

「居ても居なくともどうしようも無いじゃないか。てめぇは。」

俺の胸からガバリと顔を上げる臨也。う…!眉目秀麗…鼻水垂れてるぞ…!しっかりしろ、眉目秀麗!20代も後半に差し掛かる男がそれは不味い!これは見ていられない。
「…シズちゃんが居なけりゃ!こんな世の中どうしようも無いんら!!!」

ウギャーとまた俺の上着に泣きつくノミ蟲、ああ、そういえばコイツ、泣き上戸だったけ…?とか俺の上着に涙と鼻水のシミをつけやがって、後で殺す!とか思いながら、先ずはこの泣きノミ蟲をなんとかしなくてはと奴の背中をポンポンとあやす。少し伸びすぎた後ろ髪を撫でてやる。

「臨也…よく聞けよ…次は無いからな。次は。」

もはや何十回目となった台詞を言う俺。何がどうしようも無いって、最終的に許しちまう俺が一番どうしようも無い…。

まぁ、前置きが長かったが、何が言いたいかというとだ。
つまり、俺はどうしようも無く折原 臨也を愛しているってことだ。

如何(どう)しようも・無い


へたれな臨也と男前なシズちゃんが書きたかったはず……確か

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