クラッカーの上に乗ったサワークリームとスモークサーモン。誰もが聞いたことがある有名シェフのローストターキー。世界コンクールに輝いた数ヶ月先まで予約がいっぱいの洋菓子店のケーキ。そして、わざわざ取り寄せてもらったフランス産の甘口シャンパーニュ。
「完璧だ」
俺は台所できらびやかな料理を前に拍手をした。他でもない、この部屋にひとりしかいない俺への賛美だ。
「素晴らしい」
だが、今宵のメインディシュはこの雑誌から飛び出してきたようなクリスマス料理ではない。
「んー、実に素晴らしいなあ」
俺は二つのワイングラスに口付けでもしそうな勢いで顔を近づける。グラスの側面では、ウニャウニャした俺の顔がにやにやした笑顔を揺らしてる。
「色合い、香り、発泡の有無、寸分の狂いもない。流石は俺」
夢見るようなシャンパンのピンクゴールド。美酒に寄ったようにグラスを傾ける。そう、遠くからみたら、いや近くからみたってこいつは酒と変わらない。
壁の時計を見る。まだ約束の時間には5時間ほどの余裕があった。並べた料理たちを冷蔵庫に戻さなきゃならなかったが、俺はひとりで祝杯を上げたい気分だった。
「カンパァイ」
浮かれきっていた俺は目の前のグラスを一気に煽った。
とまあ、頭の良い俺の大好きな人間たちならばこの後の展開なんてわかりきっているだろう?
お願いすれば空を自由に飛ばせてくれそうなネブラ社から、新羅を介して手に入れた秘薬。そんな薬あるわけないだろ、飛躍してるねえなんて言っていた俺は実験台を欲しがっていた新羅の父親からマジックドリンクをただでもらった。相手はあの平和島静雄なんだし、万が一、副作用で死んだらめっけもんだくらいの気軽さで、今に至った俺は、目の前にいる背の高い、髪の長い女に喚き散らしていた。
「ちょっと、何だよこれ。センスの欠片もないじゃないか、波江」
波江は片方の耳を抑えながら、片眉だけを顰めるという器用な態度をしながら、訴える雇い主を見下ろした。
「いつもの黒一色よりよっぽど良いと思うわ」
「これどこで買ったの?むしろ、こんなの売ってるとこ見つける方が大変じゃないか」
「貴方が任せるって言ったからじゃない」
波江の長い髪が飽きたように翻ると、廊下の入り口あたりに設置した姿見が視界に入る。
そこには、紺色のセーターに、チェックの半ズボン、ワンポイントがついた白い靴下なんていう優等生の手本みたいな小さな男の子がいる。そう、これが今の俺だ。
俺は平和島静雄に飲ませようとしていた劇薬を誤飲した。
完全にガキ。こんなパーフェクトな小学生いたのか、ってくらいには小学生。やばい、マジでやばい。語弊もやばい。もしかしたら頭も近づきつつあるのかもしれない。
蛍光灯の加減で陰鬱にこちらを睨んでいるような過去の俺。じっと見返していたら、波江が「じゃあ、私は帰るわ」とコートを着込み始めた。
「ちょっと、俺のこと置いてくわけ?この身体的に10歳程度のかよわく、可愛らしい俺を一人残していくわけ?可哀想とか思わないの?全く君の良心ってやつは咎められないのかい?」
玄関先でヒールに靴べらを通している波江は聞いていないような顔をして横髪を耳にかけている。
「可哀想って言うなら貴方が大人の姿でも思ってたわ」
「ねえ行かないでよ、ママ」
鼻声を出したら波江はゴミを見るみたいな目をした。
「サンタさんにでも相談すればいいわ」
バタン、冷ややかな回答と共にドアは閉められた。どうせ約束もしてないのに誠二君たちの邪魔をする気なんだ、あの女。くそみたいなクソリマスを過ごせばいいさ。俺はその間に、そう、その間に、
…………どうしたらいいんだ。
無情にも、時計の針が時を刻む音が俺を焦らす。後、一時間か。約束の時間は夜の10時。小学生ならば眠っていてもおかしくない時間。その時の俺は実際どうだったか、母からは手がかからないと評され、父からは自慢の息子だと誉めそやされ、クラスメイトの誰からも、いや担任教師からも優等生と囃されていた時代の俺。その俺がじっと俺を見ている。
いつまでも姿見ばかり見ていても仕方がない。何遍見ても良い子のサンプルみたいな男の子が居るだけだ。それに、あいつ馬鹿だからいくらでも騙せるだろ。すぐに言い訳なんか浮かぶさ。ぼんやりした顔してさ、丁度こんな感じに。
「ん?」
姿見の横にぼっと突っ立ってる男。バーテン服を着てまるで平和島静雄みたいだったが。
「臨也。てめぇ、縮んだのか?」
目を凝らす俺に相手は呆然としながら呟いた。
ああっ!ほ、本物?な、何でどうして、オートロックどうしたんだいや関係ないかこいつには無理やりこじ開けたにしてはなんの音もしなかったぞ何時の間にこいつは侵入してきたんだしかも時間が早いじゃないかうっかりチェックも出来なかったそれというのも俺がこんな、心の雑音を垂れ流しながら俺は首を傾げた。
「あれれ?お兄ちゃん、だれ?僕は臨也お兄さんの親戚の日々也って言うんだ」
計算もせずにスラスラと口から出まかせは飛び出した。どこかでみたアニメや漫画みたいに。
「親戚、」
静雄はそう呟くと室内に入ってきていたのが怖気ついたように後退した。廊下から顔を半分出し、野良猫のようにこっちを伺う。人見知りスイッチが入ったのだろう、そういえば静雄なんかが初対面の人間に朗らかに話しかけられるわけがない。
「臨也お兄ちゃんなら今はいないんですよ。僕はお留守番を頼まれたんです」
「留守、いない?」
近付いて朗らかに嘘を連ねれば、静雄はオウムのように繰り返し、さらに後退をする。自分より遥かに小さな俺を恐れるようなコミュニケーションに不慣れな相手を笑いたくなるが、出来るだけ無邪気な子供の顔を選んで俺は微笑む。
「何かご用なら、後もう少しで帰ると思うから一緒に待ちません?」
「お、俺は」
狼狽えながら口を開く静雄の目に『なら帰ろうか』迷いが生じたのを見つけて、俺はつい静雄のシャツの裾を引っ張った。
「一人だと寂しいから、誰かいたらいいなあって」
わざとらしい物言いに自分で吹き出しそうになったが、静雄の目に明らかな動揺の色が浮かび、それはやがてクリスマスにたった一人残された子供への同情が篭ったものに移り変わっていった。
「お兄さん、何か飲みます?」
俺は別に、口籠もりながらソファの端に(いつもなら中央にでんと股ぐら開いてふてぶてしく座っている)ちょこんと畏まっている。
「僕、オレンジジュース飲みたくなっちゃった。ついでだから、入れてきてあげる」
「ありがとうな」
グラスを差し出す俺にぎこちなく笑みをする。どういたしまして、お兄さん。にっこり笑いながら胸中でちょろいなと囁く。
「お兄さん、どうやってここに入ってきたの?玄関なら閉めた筈なのに」
俺はあまり好みではない果汁ジュースをストローでかき混ぜながら、対面でキュイキュイとストローを啜る相手に尋ねる。
「ここにいる秘書って奴と、すれ違って」
静雄は思い出したようにポッケから鍵を取り出し、テーブルに置いた。波江に渡しているスペアキー。幸い、というか当然事務所と居住スペースは別のドアで仕切られている。
あの女、舌打ちをしたくなるのを何とか堪える。
「おまえは、」静雄が意を決したように蚊の鳴くような声で話しかけるが、どうやら名前を忘れたらしい。
「日々也だよ」
「日々也くん、」
「日々也でいいよ、何だかくすぐったいからその呼び方」
小さな子供を丁寧に扱う静雄が気持ち悪かったからが真意だったが静雄は少しだけ気を許したような顔になった。
「何でここにいるんだ?」
「お母さんとお父さんが、急にお仕事入っちゃってね。臨也お兄ちゃんが来てもいいよって言ってくれたの」
「ふぅん。で、あいつはいないのか」
落胆した素振りもなく静雄はストローを口の端に咥えジュースを飲んだ。そういえばタバコを吸っていない。もしや子供に気を遣っているのか。そういうこと出来るんだへええ、言いたくなるのを我慢して俺は手を叩いた。
「もしかして、お兄さん、シズちゃんじゃない?」
いつもなら、この呼び名に目くじら立てているのに静雄は驚いたようにこっちを見た。
「あ、ごめんなさい。臨也さんがそう呼んでたから」
「いや、別に構わねぇけど。あいつ何だって?」
良からぬことを吹き込んでるのかとでも言いたげに静雄は眉を顰める。
今のあだ名呼びを許可するくだり録音しとけば良かった、顔の下で思いながら子供の笑顔を纏う。
「今日はクリスマスだからお客さんがあるって。僕、勝手に女の人だと思ってた」
「うん、そうだよな。変だよな、俺みたいのが来んの」
笑いながら、そうだよな、と繰り返す。
そりゃ、そうだよな。俺だって来るか来ないか半信半疑だったもんな。ケーキの威力は絶大だったわけだ。
「あいつ、どこ行ったんだ?」
「えっとね、ちょっとお仕事先の人に会ってくるって。でも、すぐに終わるって言ってました」
「全く、仕事か」
ぼやくように呟いた静雄が、じゃあ帰るわとか言いださないか心配だったが「日々也のとこはみんな働き者なんだな」静雄は感嘆の溜息をついた。内心では子供をひとりにして置くことを憂いている様子だ。もう一押しといった感じ。
「でも、静雄お兄ちゃんが一緒に待っててくれるんでしょ?」
俺は相向かいにいたが、わざわざ横にいって静雄の腕を抱きかかえるように掴んだ。
「え、あ、ま、まあ」
「えへへ、嬉しいなあ」
常、日頃、人から気軽に手を掴まれたりなどはあるまい。静雄は接触に飢えている。今日はせっかくだから俺がそのスキンシップ不足を文字通り、穴埋めしてやるつもりだった。クリスマスなんだし、身も心も童心に返って。子供になったいたいけな静雄なら、もしかしたら力がないかもしれないし、抱きかかえて風呂場に連行して、身体中洗ってあげて、髪の毛乾かして、美味しいご飯たべさせて、お腹がいっぱいになったら、静かに俺の横で寝るかもしれない。眠ったら、まあちょっと言いにくいホニャララとかホニャラララとかホニャをホニャニャしてかつホニャなんていう思い浮かべただけでヨダ、恐ろしくなる虐待をするつもりだった。
その予定だったが、小さくなってしまったのは俺の方だ。これじゃあホニャララどころかホニャをララすることも難しいだろう。しかし、安心して欲しい、俺。あの薬はまだ残っている。流石は俺。
「カフェオレが何だって?」
飲みたいのか?間近で覗き込んでくる顔にどきりとする。
「な、なななんでもないよ」
どうやら声に出ていたらしい。ぶるぶると首を振る俺を静雄は不思議そうに眺めている。
「腹減ってるんじゃないか?そうだよな、もう10時過ぎてるもんな」
静雄は壁にかかったそっけない丸時計を見ていたが、腹時計も操作した。
ぐぅうう〜
鳴り出した静雄の腹に俺は笑った。
「お腹、減ってるのは静雄お兄ちゃんの方でしょ」
もう、と詰め寄れば「す、すまん」耳まで赤くして俯いた。
「臨也お兄ちゃんならきっと大丈夫だよ」
冷蔵庫を開ける俺の後ろで静雄は、でもよ、とか子供のように所帯なさげにしている。俺の前でも少しはその遠慮を発揮して欲しいものだ。
「先に食べててもいいって言ってくれるよ」
「でも、あいつ、」
「大丈夫だって、僕が保証するから」他ならぬ俺自身が言ってるんだ、早くこの中にあるシャンパンを飲み干せばいい。
「すごいな」
しかし、静雄が興味を持ったのはシャンパンの瓶ではなくその奥にあるホールケーキのようだった。
「でっしょー。ここの店は一月前でも予約が取れないんだってよ、まあそこはちょっとツテを使って何とかしてやったんだけど、わざわざこの」
しんと黙りこくった背後の気配に慌てて振り向く「って、臨也お兄ちゃんが言ってたよ」
気がつかれたかと思いドギマギしている俺に、静雄は指を向ける。
「ショートケーキ」
「えっ?」
「ちゃんとショートケーキだ」
クリスマス、どうせ暇なんだろ?と揶揄いがてら聞いてみた。うるせぇ、と吠えるのが何よりの証拠だ。その時にブッシュドノエルについて、なぜその形態なのか無知な相手に教えてやろうとしたら、そんな変な名前のものは食ったことがねぇうちは毎年ショートケーキだ!とかほざいていた。ほら、万が一、予定した薬が効かなかった場合にはケーキにも仕込んでおいた方がいいだろ?致し方なく好きそうな形態にしてやったのさ。
じぃ、と冷蔵庫の中に宝箱が眠っているように凝視している静雄に、俺はケーキを取り出そうとした。

「あっ、手が滑っちゃったよぉお」
俺は大きな銀皿に乗ったケーキを空中に放り投げる。べちゃっ、と嫌な音をさせて生クリームがバーテン服をデコレーションしていく。静雄は、「やりやがったな!」も「ぶっ殺す!」も言わずに、大惨事にたじろいだような顔をしていたが「だ、大丈夫だ。気にするな」とめそめそ泣くフリをした俺の頭を撫でた。
「ご、ごめんなさい、ごめんなさい僕が綺麗にするから」
俺は謝りながら波江が今日、ガスレンジを拭いていた雑巾を手にした。
「静雄、お兄ちゃん……」
「大丈夫だ。この服ならいくらでも替えがあるから、なっ?」
ベストやシャツに油シミをつけて、静雄は子供を安心させるように笑った。替えがいくらあっても俺が切り裂きでもすれば烈火の如く怒りまくっていた癖によく言う。
「静雄、お、お兄ちゃん、ごめんなさぁいうわぁあああん」
「ちょっ、おい、大丈夫大丈夫だから!」
俺は謝りながら腰回りにしがみついて生クリームを尻あたりに思い切り塗りたくった。
「風呂?」
生クリームやら、スポンジやらでぐちゃぐちゃになった床を真新しい雑巾で拭いながら静雄は顔を上げた。
「うん、お風呂入った方がいいよ。静雄お兄ちゃん」
「いや、でも、勝手に」
俺が指でなびった油汚れを頬につけたまま静雄は思案顔をする。大丈夫、大丈夫だから臨也お兄ちゃんには僕から言うから、ねっ。重たい尻を、実際尻を押しながら風呂場へと導けば静雄は、でも、わりぃ、すまん、みたいな言葉を繰り返しながら脱衣所にようやく入った。
静雄はリボンタイを緩め、ベストを脱ぎ、シャツを腕から引き抜いたあたりでこっちを見た。
「俺、入る、から」
「うんだから、僕も一緒に入って背中をながしてあげるね」
「い、いい、平気だ、平気だから」
「だって静雄お兄ちゃんのこと汚しちゃったの僕が原因だし、せっかくのケーキが、」
しゃくり上げてちょっとウルウルと目を滲ませれば、相手はたじたじとした。
簡単な奴。単純な奴だが、身体の方は割りかし悪くない。長い手足に、肉のついてない腹、背中のラインからそれに続く丸みの帯びた「なんでタオル巻いてるの、静雄お兄ちゃん!僕たち男同士でしょ!」
風呂場の中で俺は大声を出した。
「いや、ちょっと俺、デベソで恥ずかしいから」なんて笑う奴の臍がリンゴの窪みみたいになってるのを知っているというのに。
まあ、いい。別に静雄の裸なんて飽きるほどにみている。飽きるほどにみているが、外気に触れた乳首が上向きになっているのを見て俺の喉は思わず鳴った。俺の体が子供でよかったと今だけは思った。
「さ、静雄お兄ちゃん、椅子に座ってくださいな」
「お、おう」
少し伸びた後ろ髪から首筋、それから肩甲骨の間にある背中のライン、タオルを抜き取った尻たぶが椅子で押し潰れている。弾力がありそうだ、噛みついた感触を思い出すと舌舐めずりが出た。
スポンジを手に取り、ボディシャンプーを泡立てる。
「丹念に洗ってあげるね、静雄お兄ちゃん」
「ありがとな……あ、別にそこは、」
「ダメだよ、ここちゃんと洗わなきゃ」
「え、そ、そんなとこ、まで、」
「あれれ?静雄お兄ちゃんのここ、何かおかしいよ?どうしたのかな?」
「ちょ、ダメだっ、そこは、それ以上はっ、」

「ダメだ」
届かねーだろ、あぶねぇぞ。落ち着き払った静雄の声が頭上でして、背伸びしてケーキを取り出そうとしてる俺から銀皿を奪った。
俺の脳内シュミレートは数秒で阻止されたわけだけど、まだまだ挽回の時間はある。あちこちから集めた珠玉のレパートリーをテーブルに並べながら俺は向かいで子供のようにきらきらと目を輝かせてる男を見た。
「すげぇ、ご馳走だな」
ふふん、まあね。と自慢したいのを堪える。静雄が素直に反応するなんて珍しい。いつもなら、こんな飾った料理は性に合わないなどとぼやくに違いないからだ。きっと俺の親戚とかいう他人に油断しきっている。これは好機。
「お兄ちゃん、まずは乾杯しようか?」
グラスを二つ用意し、シャンパンを注ぎ込む。頃合いをみて薬を混ぜてやろう。両方、子供になっていては俺のクリスマスプランは達成出来ない。薬の効き目は日付が変わる頃には切れる予定だ。子供になったシズちゃんにいけない(ある意味イケる)課外授業。企みで黒い笑顔が出ないように頬の内側を噛んでいた俺からグラスとワインが取り上げられる。
「日々也はこっちだろ」
グラスワインと引き換えに押し付けられたオレンジジュース。すっかり子供扱いだ。じゃあ、乾杯と俺は引きつった笑みをしてグラスをぶつけ合う。静雄は「甘い」と二杯目をさっそくグラスに継ぎ足した。
奴が酒に強くはないことは知っていた。だがアルコール度数の低いシャンパン5杯でそんなにならなくてもいいだろう、と目の前で顔を真っ赤にしている相手に辟易としている。
「なあ、おかわりねぇの?」
座った目をしてボトルを抱きかかえている静雄に俺はまあまあと手を翳す。
「シズ、静雄お兄ちゃん、飲みすぎじゃない?お酒ばっかりじゃなくてご飯も食べたら?」
さっきから煽るように飲んでいた静雄に皿を指し示すが、相手はしゃくり上げて、ふんと鼻息を荒くした。
「あいつ、まだ来ねぇのかよ」
「まさか、お、臨也お兄ちゃんを待ってるの?」
「まさか、呼んでおいて来ねぇから文句の一つや二つ、拳の三つ、四つくれてやるだけさ」
言いながら中身の大して入ってないボトルにまで口をつける。嚥下した喉に自分まで喉を鳴らしたくなる。静雄がこんなに乱れるとは珍しい。そういうことはベッドの中だけにして欲しいと不埒なことを考えていたら酔っ払いがじぃっとこっちを睨んでいるのに気がついた。
「日々也、おめぇ本当にただの親戚か?」
もしや、ばれた?と冷や汗をかいた俺に静雄はボトルの先を突きつける。
「実の子、とかじゃねぇだろうな?」
「え、それなら臨也お兄ちゃんが15の時だから」「あり得ない話じゃないよな、そうだ、あいつならあり得ない話でもねぇよなぁああ」
低くなってきた声音に何に気分を害したのだろうか、わからないまま違う違うと俺は必死に連呼した。
「違うよ。俺はただの親戚だよ」
「そうか……。でもあの秘書は、ただの秘書じゃねぇみたいだな」
「波江の話が何で出て来るんだ」
「波江!呼び捨て、そうだ、あいつが呼び捨てにする女なんか早々いねぇじゃねぇか」
「いや、セルティとか呼び捨てにしてるけど……」
「違う!鍵!」
ダンッ、と勢い良く叩きつけられたワイングラスが木っ端微塵にならなくて良かったと安堵しつつも、何故か怒り始めた静雄に俺は焦った。
「か、鍵って?」
「鍵わたすなんざ、ただの関係じゃねぇだろ」
「あれは、ほら何かあった時に事務所に、」
「何かあった!何か、何かってそれなんなんだよ!」
吠えだした静雄に、半ば呆然となってその表情を見返した。静雄は必死の形相をしていたが、やがて弛緩したようにかくりと頭を項垂れさせた。
「……今日、初めてあいつから家に呼ばれたのに。それなのに、あいつはいねぇんだ。臨也、あの野郎、マジで殺す」
それから、スコーっと寝息が聞こえてきた。
「うそっ、寝た?睡眠薬とか入れてないのに」
俺は椅子から立ち上がり、器用に座ったまま寝入ってしまった静雄へと近付いた。
静雄が殴りに来ると言ってうちを訪ねるのは当たり前だったから、いちいち声をかける必要なんかないと思っていた。それなのに、このクソ鈍感野郎は気にしていたらしい。俺からの招待とやらを待っていたらしい。それが薬を盛ってあれやこれやぐふふな作戦が下敷きになっているなんて知りもしないで、馬鹿な奴だ。本当に馬鹿な奴。
酒気を帯びて、赤くなった頬を撫でるのも今の体では難しい。後、数十分で明日になる。明日はクリスマスだ。目を覚ましたこいつに何て言ってやろうか、アンハッピークリスマス?メリー苦しんでよシズちゃん?それとも、
俺はそっと奴の膝に乗っかって半開きになった唇にキスを落とした。シャンパンの味がやけに甘ったるく感じた。


リトルサンタクロース








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