それを見かけたのは午前中の早い時間だった。珍しいこともあるもんだと、門田京平はワゴンに凭れ通りを歩く折原臨也を眺めた。臨也は夜に紛れている印象が強い。着ている服のせいかもしれなかった。全身を黒ずくめにして、うっすら微笑みながら行く臨也にまた何か悪さでも考えているのかと懸念するが、どうしたのか最近やけに大人しいらしい。
 それに今日は、臨也の後ろを変わった物がついて回っている。
「やあ、ドタチンじゃないか」
「お、おう」
 朗らかに挨拶してくる臨也に京平はたじろぐ。
「他のメンバーはどうしたの?」
「あいつらなら買い物に出てるぜ」
 京平にはよくわからない趣味に付き合わされるなら待っていた方がいいと判断したのだが、こんな光景を見るならば付いて行った方が良かったのかもしれない。
「臨也、その後ろの……」
「ああ」
 京平が恐る恐る尋ねると、臨也はにっこりと笑った。
「俺の子供たちだよ」
 臨也の太ももあたりから顔を出している小さな黒髪をした男の子は確かに、臨也に瓜二つだった。だけど、どうしても、もう一度聞かずにはいられない。
「そっちも、か?」
「二人とも俺の子供だよ」
 ふたり、という単語を強調し臨也はむしろ質問されて嬉しそうに答えた。
 臨也が父親になった、という半ば信じられない事実。正直、高校からの付き合いだったが女関係はよくない噂しか聞いてない。家族など持たないで過ごす方が楽なタイプなんだろうと勝手に予想していた。
 しかし、それよりも、だ。臨也の連れている子供の片割れは京平のよく知る人物にそっくりだった。
「こんにちわっ」
 呆然としていた京平に、黒髪の方が話しかけてくる。
「よう。元気がいいな」
 無邪気な笑顔につられて、京平もぎこちないが返事を返す。
「サイケ、偉いぞ」
 臨也がごく自然にまるで父親のように幼子の頭を撫でた。いや、父親には違いないだろうが、理解が追いつかない。
「ほら、津軽も」
 そろり、と臨也の背後から顔を出し、すぐにまた引っ込める。
 やはり――似ている。
「なあ、本当にお前の子供なのか」
 臨也は三度目になる質問にも関わらずにやりと笑みを浮かべた。
「こ、こんにちわ」
 臨也の後ろで蚊の鳴いたような声が挨拶する。その子供は、どう見ても静雄そっくりだった。

 男が妊娠して子供を産んだ、なんてすごい話をすんなりと受け止めていた。静雄ならそんな魔法みたいなことも簡単に出来てしまうような気がしていた。
 しかし、唯一、未だに信じられないことがある。
 その静雄の相手が、臨也だった……ということだ。
「久しぶりじゃないか、セルティ」
 臨也は他人の家ですっかりくつろぎソファに座っている。
『ああ、久しぶりだな』
 目線をそらしてしまうのは、臨也の隣にいる子供がセルティをジロジロと遠慮なく見つめてくるからだ。子供は嫌いではないが、間近で触れたことはない。セルティの装いや雰囲気に無垢な子供たちは異変を感じ泣き出すことがある。それ所以、あまり自分から近づこうとはしないのだが。
「ネコでしょ? それ?」
 臨也にそっくりな方がヘルメットを指差し笑う。かわいいねー! と静雄にそっくりな双子の片割れに向き直った。確か、サイケと津軽と言ったか。実際に会うのは今日が始めてだ。今年の年賀状で二人の姿を知った。静雄とはそれ以前から連絡は復活していたがもっぱら近況を兼ねた世間話で、肝心の事実確認はしていない。
 できないだろ。どう考えても。
「なんだい? ジロジロみて」
 臨也がセルティの視線に薄く笑う。
『今日は、その、静雄は、どうしたんだ?』
「ああ、シズちゃんならねぇ。ちょっと用があって遅れてくるんだ」
「お母さんは、後からくるんだよー!」
『お、お母さんか、あはは』
 ちょろちょろと危な気に動き回るサイケの手を引っ張りながら臨也はソファに座り直す。その隣りで大人しく座っている津軽は臨也にべったりとくっついたままだ。今年で四歳になると聞いている。正反対な双子だとも聞かされていたが、静雄のミニチュアが臨也に懐いているという場面は実際に目の前にしているというのに、にわかには信じられない。
 津軽は見られていることに気がついたのかこっちに振り向いた。
『津軽くん、こんにちわ』
 話しかけたが、すぐに臨也の腕にすがりついて顔を隠す。
「恥ずかしがり屋なんだ。俺に似てね」
『相変わらずのホラ吹きだな、お前は』
 軽口を気にすることなく臨也は微笑みながら、腕に巻きついたままである津軽の頭を撫でた。
「シズちゃんからよく聞いてるだろう、津軽。彼女がセルティだ」
「妖精の?」
 小さな声で呟く津軽に臨也が頷く。
「ああ、そうだよ。セルティはデュラハンなんだ。この前、お話ししただろ」
「うん、神話の」
 臨也が『オハナシ』だなんて単語を使うのも驚いたが、津軽はデュラハンがなんだかをきちんと覚えているらしい。
それなら、この大人しそうな子が震え出してもしょうがないと思ったが津軽は予想に反してセルティにきちんと顔を向けた。
「お母さんの大好きな友達って聞いてる。会えて、うれしい、です」
 少し赤くなった頬っぺたが可愛い。
「お母さんの友達なら俺たちの友達だねー」
 サイケは言いながら津軽に抱きつく。
 本当に仲の良い兄弟だ。臨也と静雄と同じ顔をしているというのが、やっぱり、どうしても慣れないが。
「セルティ。帰ってきたのかい?」
 一汗かいたように腕で額を拭って、この家の主である新羅が奥から現れた。
「やだなあ、見つけてきちゃったの?」
 新羅が抱えてきた荷物を見て臨也が嫌そうな顔をする。
「私は案外に思い出を大事にするタイプなんだよ、臨也」
 得意そうにして新羅はテーブルにアルバムを広げる。子供たちが一斉にそこに群がった。
『高校の時の?』
 ちらりと見えた写真、少し幼い新羅。あの時しょっちゅう着ていたブレザー姿が今はもう懐かしい。
「そうだよ。君にもみせただろう、昔」
 そう言って笑う新羅はあの頃に比べると若干男らしくなったかもしれない。
「お二人さん、ここでおっ始めたら。さすがに俺は止めるよ」
 見つめ合うセルティと新羅に、臨也がうんざりしたように話しかける。
『ババババ、バカか! そんなことするわけがないだろ!』
「なぁに? どうしたの?」
 首を傾げているサイケをみてセルティは口を、ではなくPDAを閉まった。「セルティ! 僕はいつでもどこでもだい、ぶべぼっ」それから腕を広げて詰め寄ってくる新羅に肘鉄を喰らわす。
「うわっ、すっごい!」
 サイケはセルティの暴挙にはしゃぎ、その後ろで同じ顔をした臨也がにやにやと笑う。津軽だけが無言でアルバムに齧りつくようにして見入っている。
『しず……、お母さんの若い頃はどう?あまり変わってないかな?』
「うん、ちょっと違うかも。でも、今もすぐにケンカするよ」
『そこは相変わらずだな』
セルティの質問に津軽は考え込むように一枚の写真を見つめている。それには学ランを着た臨也と、静雄が互いに嫌そうな顔をして納まっていて今にも互いに掴みかかりそうだった。
「そうそう、昨日の朝もねー」サイケが割り込むように話し出す。「お父さんが、『運動したから朝ごはんが美味しいなー』って言ったら怒ってた。何でだろう? 運動するのはいいことなのに」
『そ、それは』
 もしや、そういうことなのか?
 臨也に目線を向けると苦笑しながら、やれやれと言いたげに肩をすくめる。
 聞いてみたいけど聞くのが怖い……。
「こらこら、家の内情をあまり詳しく人様にもらすのはやめなさい。それに二人がいないところで俺とシズちゃんは、実はすっごく仲良しなんだからさ」
 臨也がセルティを見て意味ありげに含み笑いをする。ふふふと性悪そうな笑みを浮かべる父親にサイケと津軽は顔を見合わせた。
「ああ、そうだ。シズちゃんが来たら俺たちは幽君のとこにいるって伝えてくれない?」
 帰り際に子どもたちに靴を履かせながら臨也がそんなことを言う。
『携帯はどうしたんだ?』
「シズちゃんが携帯を携帯しないのは珍しいことじゃないんでね。一応伝えておくよ」
 それじゃあね。数年前から何も変わらない黒いコートを羽織り臨也は背を向ける。その様に悪魔を重ねていたのは妖である自分だったろうか? しかし、今はその両隣に小さな手を握っている。
「またねー、セルティ! 新羅!」
「バイバイ」
 すっかり臨也がする呼び方を真似るサイケと、小さく手を振る津軽にセルティも応じる。
『子どもっていいな』
 あの臨也を父親然とさせてしまう二人はすごい。
 そんな驚きを呟いたセルティに横から熱い視線ばかりでなく、呼気までかかる。
「だから、セルティがその気なら僕はっ、ぼくはぐはぁああ!」
 新羅の体当たりを避けて指先から自在に影を操る。
『お前は少しは自制をしろっ! 子供たちの前で恥ずかしくないのか!』
「むむご、あむあ」
 顔をすっぽり影にした新羅が語る言葉はよくわからない。
 しかし、それにしても、あの臨也と静雄がなぁ。今日こそ静雄に聞いてみようかな。うーん、殺されるかな?
「むむあ、むうあっ」
 ゾッとしない想像をするセルティはじたばたともがく新羅を床に転がした。

 絶妙なタイミングで電話を入れてきた相手にどこからかスケジュールが漏れたのか疑ったが、臨也たちとの待ち合わせ場所に向かう幽の足取りは軽い。
「待たせましたか?」
 若干緊張をして喫茶店の椅子に腰掛けたが、多分今日も自分は相変わらずの無表情を浮かべているだろう。臨也はサイケの口を紙ナプキンで拭いながら言う。
「いいや、そんなことはないよ」
 アイスクリームを買い与えているところを見ると少し待たせたに違いない。臨也のことを幽は知ってはいるが、ほとんど聞いた話しか知らない。こうしている分にはとても穏やかな普通の人にしかみえないが、兄は臨也の名前が出るだけで目つきを変えていた。
「あっ、カーミラ才蔵だっ」
 サイケがアイスクリームをぼとりとテーブルクロスに落としながら大声を出す。
「ねえ、津軽! このお兄さん、カーミラ才蔵だよ!」
「本当だ」
 幽は臨也と静雄によく似た双子にじろじろ見られながら、彼らをじろじろと見返した。初対面の時に、伯父というのは甥っ子になんと声をかけるのだろう。今のところ、その役どころは回ってきていない。
「今日は敵をやっつけにいかなくていいの?」
 興奮ぎみにテーブルに体を乗り出してくるサイケは幽が最近出ている特撮ヒーロー物が好きらしい、と静雄の電話から聞いていた。
「今日は、お休みなんだ」
 君たちに会いにきたんだ、とか上手い台詞が言えるほど幽は器用ではない。平和島家の人間は大体が口下手で照れ屋だ。
「二人に会いにきてくれたんだってさ」
 臨也が幽の心を読んだように子供たちに笑う。本当に、臨也と幽の兄は対照的だと、ちょっとした態度から感じ取ってしまう。それ程に二人は違う人種だ。
「それよりさ、このお兄さん、誰かに似てない?」
 臨也が子供たちに聞くと、サイケがくりくりとした目を瞬かせた。
「カーミラ才蔵?」
「そうじゃなくてさ」
 必殺技みせてよ! とスプーンを振り回すサイケの隣で、津軽はじっと幽を見つめている。
 大人しくて口数が少ない津軽は、幽に似てるんだぜ。
 電話だけでなかなか会いに来れないと静雄が嘆いていたのはついこないだのような気がする。
「俺は君たちのお母さんの弟なんだ」
 双子なのに全然違う顔をして、でも同じように驚いた顔をして幽を見た。
「それ本当?」
 サイケが持っていたスプーンをばきりと折る。臨也が顔をしかめて「こら」とたしなめた。
 臨也は、確か兄のことを化物と罵り、あの力を持つ静雄をひどく嫌っていた筈だ。それが、自分と同じ顔をした子供がその力を受け継いでいる。それなら臨也は嫌悪を抱いていてもおかしくはない。
「勝手に店の物を壊しちゃダメだ」
 しかし真っ当な叱り方をして優しいと言って良い手付きでそっとサイケの手からスプーンだった残骸を取り出す。そこから普段の彼ら親子を感じ取り微笑みたくなるが、多分きっとくすりとも笑えていない。
「じゃあ、お母さんは吸血鬼なの?」
 黙っていた津軽が小さな声で呟く。幽が顔を上げると臨也にしがみついた。
 カーミラ才蔵が子供向けに特撮ヒーロー物にリメイクされた。普通なら、新人俳優にやらせるだろうところを自ら声を上げた。どうしても、と譲らない幽に周りの人間は驚きつつも優遇してくれた。
「シズちゃんは吸血鬼っていうよりも、この前出てきたゴーレムに似てるよね」
「あー、お母さんに言っちゃおー」
 臨也の軽口にサイケが拗ねたように言う。
 彼ら親子が仲良く四人でテレビの前に並んでいる姿を想像する。
 ここにくる前はそんなこと考えるにも至らなかった。幽は兄のことをよく知っているつもりだったが、それは平和島家における静雄で、三人の前では別の顔をしているのかもしれない。臨也の前でも。
「兄をよろしくお願いします」
 幽の言葉に臨也は一瞬驚いた顔をしたが「こちらこそ」と丁重にお辞儀をしてきた。
 これから新宿に顔を出さなくちゃ、という親子を見送る。はしゃいで先を走るサイケを追いかけるように臨也が「じゃあ」と片手を上げた。手を繋がれた津軽がじいと幽を眺める。
「また会いにきて、待ってるから」
 津軽は臨也の足にしがみつきながら、顔を真っ赤にしてこくこくと頷く。「笑うとお母さんに似てるね」
 後ろからそんな声が聞こえた。臨也の困ったような返事が少し可笑しかった。


 もこもこのダッフルコートに動物を模った耳当て。中に着たモヘアのセーターと、ムートンも色違いにして双子たちは同じような格好をしていた。
「これ、あなたの趣味?」
「可愛いだろ」
 ふふんと鼻を鳴らす臨也に波江は今一度、ソファに座ってココアを啜る二人を見る。
「可愛いけど、あなたがあの服を選んでる場面は気持ち悪いわね」
 いつも通りの対応に臨也がめげることはない。
「二人とも俺に似て何でも着こなすからなあ」
 あなたの服装なんかその黒一色しか見たことないわよ。
 そう、ぼやいてもよかったが、そもそも臨也と会話すること自体が面倒くさい。
 そうだ、すごく面倒くさいことを波江の雇用主はいつも振ってくるのだ。
「で、ケーキって言ってもどんなのがいいのよ?」
「そんなにレパートリーあるの? 流石だねえ、誠二くんを育てただけはある」
 臨也に褒められても全てが揶揄にしか聞こえないのは何故なのだろうか。波江は半目をして子どもたちを指差す。
「あの子達が作れそうなものだったらホットケーキぐらいでしょ?」
「そうかもねえ」
 波江のきつい口調にも特に気にする様子なく臨也は顎を撫でてカウンター越しに双子を眺めた。
 自分の子どもにケーキの作り方を教えてやって欲しい、と言ってきた癖に臨也はのんびりとした様子で手元のカメラを弄っている。
「ココア美味しかったよ、おばさん」
「おばっ」
 マグカップを流しに持ってきたサイケにきっと振り向くが、双子は気がつかずに流しに背伸びをしている。
「えらいけど、まだ届かないな」
 臨也は洗い場に片付けようとする手からマグカップをひょいと持ち上げ、食器洗い機に入れた。
「すごい」
 津軽が心底感嘆したように稼働する食器洗い機を眺める。
「いつだって、うちに来れば最新の機器が使えるんだよ」
 臨也が得意気にするでもなく双子に言い含めている。
 月に何回か新宿を離れる大変に、仕事熱心な、雇い主は、本当はこっちに子どもたちを連れてきたいようだ。
 電動泡立て器に、自動調理プログラムがついたオーブンレンジ、著名なデザイナーが作った無駄にセンスの良い台所用品の出番がようやくやってきた。本当ならこれらを使って最愛の弟に料理を作りたいところだ。
「この粉を入れて振るの?」
「ぶはっ、サイケ、振りすぎだよ」
 空気中を真っ白にした兄弟に津軽はくしゃみをしている。
「よこしなさい」
 取り上げるようにふるい掴むと津軽はさっと離れるように下がる。昔から弟以外の小さな子供は苦手だった、多分自分の態度が原因なのだろうが、それを治すつもりは波江には毛頭ない。
「こうやってやるのよ」
「ふんふーん、なるほどねー、波江ってば料理うまいじゃん!」
 一瞬臨也に言われたのかと思ったが、横を見るとサイケがにこにこと笑って手元を見ている。
「ちゃんと躾しなさいよ、確実にあなたの遺伝子じゃないこの子は」
「そうでもないよ。サイケはシズちゃんによく似てる」
 臨也は手に構えたカメラから顔を上げずに答える。
 一眼レフ、だなんて。数年前の臨也ならいくつも持っている携帯を使っていたのに、今は思い出を鮮明に撮りたい、なんていうコマーシャルの謳い文句を鵜呑みにしたような理由で購入したんだ。と聞いてもいないのに某大型電気店の紙袋を掲げてべらべらとしゃべっていた。
 それより前の日、初めて臨也が子供たちを見た日。
 ――シズちゃんがね、子供産んでたよ。俺の。
 随分長旅をして帰ってきたらしい臨也がぼんやりと呟いていた。とんでもない嘘をつくほど、平和島静雄が居なくなったことに囚われている情けない男を波江はいつも通り胡散臭げに見た。
 しかし、それは嘘ではなかった。臨也は隠し撮りしたであろう写真を机にばら撒きながら「俺によく似てるだろう? 反吐が出るくらいにね」と口の片端だけを持ち上げる卑屈な笑みを浮かべていた。
 それが今や、カウンターキッチンに身を乗り出してカメラを携えている。波江は誰に聞かせるでもなく鬱屈とため息をついた。
「チェスやろうよ、お父さん」
「津軽は得意だからな、あんまりやりたくないなぁ」
 えー、残念そうに言って双子たちは将棋やオセロが混ざったチェス盤を覗き込むのに夢中になっている。
「それで、平和島静雄はいつくるのよ?」
 すっかりひとりで作ってしまったスポンジ生地をオーブンに入れながら尋ねた。
「それがさあ、わかんないだよね」
 人に作らせたコーヒーを「うっす」と言いながら臨也は啜っている。
「わからない? だって今日は、確か」
「そう誕生日じゃんか、シズちゃんの」だから、サプライズ。
 臨也が子供みたいに無邪気に笑う。大概悪巧みをする時はこんな顔をしてる。
「朝起きたらテーブルに、子どもは預かったって置き手紙。シズちゃん、きっと発狂してるだろうなあ」
 あはは、まるで他人事のように臨也は笑う。
「シズちゃんの行動形式なんてすぐにわかっちゃうからさあ。今ごろ、池袋に着いて、目に付く知人の胸ぐらを掴んでるんだろうなあ。『俺の子どもをみなかったかっ!』なぁんて血相変えて」
 くつくつと笑う臨也に呼応するかのように携帯の呼び出し音が次々に鳴り出す。いくつもの異なるメロディはしかし、同じように助けを乞うているように聞こえなくもない。
「うるさいよー、臨也くーん」
「そうだよねえ、せっかくのお祝いが台無しになっちゃう」
 耳を塞ぐサイケに臨也はポケットからばらばらと携帯を取り出し、その電源を全て切った。
「ちょっと、」
「知ってる? シズちゃんがいつになっても池袋帰ってこないの」
 詰問しようとする波江を遮り、臨也は手を広げる。
「まだ子どもが小さいからとか、親にちゃんと説明してないからとか、もっともらしい言い訳を並べるけど。一番は、俺とそういう関係だったって知られたくないらしいんだよね。そんな照れ屋なシズちゃんに、皆にサイケと津軽をお披露目する機会をプレゼントしようと思ってね」
 静雄に胸ぐらを掴まれ何人かはトラウマも受け取っているだろうと波江は考える。
「そんなもっともらしい言い訳並べても、あなたが単に静雄とそういう関係で子どもまでいるって自慢したかっただけでしょ?」
 波江の言葉に臨也は微笑みながらも何も言わない。チェス盤に載る駒を触ろうとする小さな手を見つめているらしい。波江が以前、あのよくわからない配置を変えたら臨也は年甲斐もなくむくれた、もー波江さんには掃除たのまないからー、そうやって頬を膨らましていた男が何か眩しいものでも見るように目を細めている。
 高級マンションの部類に入るこの室内でさえ、エントランスが無理やりにこじ開けられ、粉砕される音は聞こえるらしい。
「私は、逃げるわよ」
「まあ、待ちなって。まだケーキ出来てないじゃないか」
 肩をがしりと掴んでくる臨也を睨みつける。
「なぁに、サイケと津軽が無事でいるところを見れば瞬間冷却されたみたいにおさまるから。それが、すっごく面白いんだ」
 にやにやと笑いながらカメラを掲げる臨也に冷たい視線を送るがもちろん怯むわけがない。
「シャッター音と一緒にあなたも弾ければいいのよ」
 臨也がにぃと笑うと、それがわかったかのように玄関から轟音が鳴り響いた。

 

かいりきこどものの誕生日おめでとう!







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