襖の向こうからドタバタと誰かが歩き回る音がする。きっとサイケだろうと思いながら俺はタオルケットを顎の下にまでかぶり直す。
「さっむ……」
 東京のアスファルト地獄とは違い山奥の朝はかなり涼しい。いや、肌寒いくらいだ。夏の盛りだというのに鳥肌が立っている。体をさすりながら眠気にうとうとと身を任せていると遠慮がちに声がかかった。
「お父さん、朝だよ」
「おはよう、津軽。今日は休みだよ。それにまだ六時だし」
 枕元の携帯を手繰り寄せる。八月某日まだまだ夏休みは終わりそうにない。津軽はおはよう、と返事をすると襖を開けて傍にやってきた。いつもは浴衣を着ている筈が水色のTシャツに白い半ズボンという格好をしている。
「今日は登校日だから」
「そうだったの。でも、俺もう少し眠たいよ」
 昨日の夜遅くにこちらにたどり着いた。夏休みをもぎ取る為に多少の無理をしていたせいか体がまだ横になりたいと駄々をこねている。
「疲れてるの?」
 津軽とサイケの為にがんばっちゃった。だから明後日から旅行に行けるよ。
 そう言いたかったが、これはまだ秘密なのだった。
「ちょっとだけね」
 そう笑ってみる。心根が優しい津軽は心配そうに眉を下げたが、その後ろで襖が音をたてて開け放たれる。
「お父さん、朝だよ!」おきろぉお!
 と叫んで布団にダイブをかますサイケを、俺はなんとか抱き止めたが胸のあたりから不穏な音がした。
「いっててて、やめろよー。サイケの場合、下手したら永眠になっちゃう可能性もあるんだからさ」
「えいみん?」
 それ何て言う食べ物? とでも言いたげに目を輝かせている我が子を抱き起こす。
「はいはい、気をつけて学校行ってきてね」
「ご飯、一緒に食べようよ」
「まだ胃が起きてないよ」
 せがんでくるサイケを適当にいなし布団に再び横になる。
「そんなに寝たいなら、一生寝たきりにしてやろうか?」
 不機嫌な声音に振り向くと、シズちゃんがオタマを片手に仏頂面していた。

「たくっ、子供の前でぐうたらしてんじゃねぇよ。朝飯がいつまでも片付かねぇだろ」
 がちゃがちゃと食器を鳴らしながら流し台に運ぶ。エプロン姿のシズちゃんを見るのもいつのまにか慣れてしまった。
「美味しかったよ、ごちそう様」
 文句を聞き流して笑いかける。シズちゃんは鼻を鳴らして、また食器を洗い始めた。
 居間では津軽が真新しいランドセルに何かを詰め込んでいる。
「何を持っていくんだい?」
「図画工作の、宿題……」
 俺が近付くとサッと後ろに隠した。引っ込み思案で恥ずかしがり屋なのは小学生に上がっても変わらない。
「へぇ懐かしいな。俺もね、小学生の頃は作ったよ。アイスの棒で貯金箱とか、空き缶で車の模型とかね。津軽は何を作ったの? みたいなぁ。ダメかな?」
 小首を傾げてみると津軽は無言で頷き、頬を蒸気させてお菓子が入っていた空き缶を俺に差し出す。
「響子おばあちゃんにもらったの使っちゃった」
 津軽とサイケには近所のおばあちゃんも合わせて三人祖母がいることになる。甘いものを嬉々として買い与えたがる俺の母親が今度はいつ孫を連れてくるのかとせっついてきたのを思い出した。
「うわ、すごいな」
 クッキーが入っていた筈が、新宿のビル群が広がっている。ビルは粘土で作ったものだったが窓まで細部が描かれていて、何より人間まで小さく作ってあるところが素晴らしい。
「ジオラマじゃないか。これ全部一人で作ったの?」
 はにかんで津軽は頷いた。
「津軽、もう宿題終わったの?」
 パジャマからようやく着替えてきたサイケはフードのついたピンクのパーカーに津軽と同じ白い半ズボンを履いている。
「うん。後は絵日記だけかな」
「えー、じゃあ俺の手伝ってよ」
 サイケが言いながら白紙の夏休みの友を開く。その背後にサイケが脱ぎ散らかしたであろうパジャマを持ったシズちゃんがいた。

 サイケと津軽は正反対の双子だ。昨日見せられた始めての通信簿。津軽は体育以外ほとんど優秀。所見欄には器用で集中力があり大変我慢強い。ただ一つ言うとしたら、もう少し積極的に。と書かれていた。勉強がよく出来るのは俺に似たんだろう。
 一方サイケは、勉学はからきしダメだったが、運動神経に関しては目を見張るものがある。あの怪力を受け継いだのを度外視しても、これもまた俺に似たのだと思う。
 そんなサイケだが、流石に怒りの剣幕をしているシズちゃんからは逃れられなかった様でガミガミと説教をされてうな垂れていた。津軽が落ち着かなげに時計を気にしているのを見てやれやれと口を挟む。
「そろそろバス出ちゃうんじゃないの?」
 俺の言葉にシズちゃんは振り返ったが、すぐにサイケに向き直る。
「ハンカチ持ったか?」チリ紙持ったか。車には気をつけろよ。いいな、絶対に飛び出すなよ、特にサイケ。知らない人にはついて行くな。お菓子をあげるなんて言われてもダメだからな、後は
「はい、はーい。いってきますのチューして」
 シズちゃんが毎回行う儀式を中止にするべく、しゃがんでサイケと津軽に頬を差し出す。
「お前、一体何を教えてんだ!」
 双子に囲まれた俺をみてシズちゃんが目を吊り上げる。
「お母さんもして欲しいってさ」
 するするー! と手を伸ばすサイケに、僕も。と津軽も歩み寄る。
「まったく、しょうがねぇな」
 シズちゃんはあまりしょうがなく見えない顔で背を屈めていた。
「「いってきまーす!」」
 くるくると回りながら危な気に走るサイケと、その後を置いていかれない様に懸命に走る津軽の背中を見送る。
「走らないで、急いで行けよ!」
 隣で双子に叫ぶシズちゃんにちょっと近づいてみる。
「何だよ」
 頬を何度か指差してみるが、シズちゃんは舌打ちをした。
「どっか行くのか? なら、さっさっと行っちまえ」
「どこにも行かないけどさ」
 上目遣いでちらと伺うが、冷たい視線が降り注ぐだけだ。
「そこどけ、邪魔。俺は洗濯すんだよ」
 シズちゃんが俺の子供であるサイケと津軽を産んでから六年が経つ。それでも俺たちの関係は相変わらずだった。
シズちゃんが言うには、双子が騒ぐので仕方なく家に招かれている俺は、月の半分くらいを新宿で過ごし、半分をこちらで過ごしているような現状だ。週末婚みたいだね、と新羅にからかわれたことがある。たとえ結婚してなくても子供がいたら夫婦と呼ばれるものに近しくなるのかもしれない、普通は。でも生憎俺たちは、普通じゃない。男同士だし、それに恋人同士でもなかった。憎い憎いと言いながら、惹かれていたのは痛いほどに知っていたが、甘い時間を過ごしたことはない。何よりシズちゃんがそういう対応を求めていないのは何となくわかる。シズちゃんが俺に欲している役割は子供たちへの資金的な援助、それだけ。それだけかぁ、と悩むのも飽きてしまった。
 あのあり得ない怪力を出す手は案外に細く繊細だ。するすると慣れた手つきでシャツやら、下着なんかを紐に通して吊るしていく。昔のシズちゃんだったらきっと洗濯バサミを何個かダメにしただろうが、今はそれもない。コツがあるのだと、サイケに言っていたのを思い出す。
「学校なんか、いかないっ!」
 ランドセルを買った時には大はしゃぎしていたサイケが癇癪を起したのは、鉛筆五ダースを全てダメにしたからだった。鉄拳が飛ぶぞぉと思ったがシズちゃんはサイケのそばに静かに座り、その手の平に卵を持たせた。
「ピーちゃんの卵だ」
 ピーちゃん、とは裏の庭で飼っているニワトリである。ピーちゃんと津軽が名付けてから数年、今じゃ立派な雌鶏になった彼女は何故か俺が小屋に入るとすごい勢いで突つきにやってくる。それはまあ関係ない話で、シズちゃんはサイケに卵を握らせてこう言った。
「その中にはピーちゃんの子供がいる」
 シズちゃんの顔をみていたサイケの目が卵にじっと注がれる。
「割れないだろう? ほら、鉛筆持ってみろ。力を抑えたい時は、ピーちゃんの卵のことを指先に思い出せ」
 サイケはすぐに折らずに鉛筆を使うコツを掴んだようだった。
 シズちゃんも、俺が用意したつまらないチンピラなんかを相手にする時はピーちゃんの卵を思い浮かべていたのかもしれない。それは、なかなか愉快な想像だった。
「なに笑ってんだよ。気持ち悪りぃ」
 空になった洗濯籠を持ってシズちゃんが縁側から家に上がってくる。
「ヒマなら家のこと少しはしろよ。何しにきてんだか」
 どうやら居間で横になり扇風機の前にいたことが不機嫌に輪をかけたらしい。
「何しにっ、てさ」
 俺は立ち上がり、台所に向かうシズちゃんの後をついていく。セミの鳴き声が遠くからシャワーの音みたいに聞こえた。流し台で採ってきた野菜を洗うシズちゃんの背後に立つ。暑いのか後ろで髪を小さく束ねている。うなじから垂れる汗を見て上唇を舐めた。そっと肩に手を置く。
「邪魔だっ」
 振り向きもせずに俺の手を弾こうとする。指が折れたら仕事に響く、休みとはいえパソコンくらい触りたい。避けるとシズちゃんはムッとした顔をしてようやく俺を見た。
「狭いんだから近寄るな、あっちぃんだよ。邪魔!」
 目の奥に『これ以上、何かしてきたら噴火するぞ』とみて取れた。昔ならそんなボーダーライン容易く、むしろ喜んで飛び超えていた。
「ならキッチンを広くリフォームしようか? 子供たちの様子も見れるカウンター式とかさ」
 あはは、と自分でも寒くなる笑いを浮かべシズちゃんから離れる。
「リフォームか……」
 シズちゃんはそう言ったきり黙々とサヤエンドウの筋取りを再開した。俺はボウルに積まれていく緑色の山を覗いてから、後ろにあるリビングテーブルに座った。
 シズちゃんと俺がそういうことをしたのは、いつだったか? 確か二ヶ月程前だ。五月の連休。双子を動物園に連れて行ったからシズちゃんは機嫌が良かった。そうは言っても俺たちの情事は、俺たちの、と称するのは不安がある。    
俺がシズちゃんをベッドに誘うのは子供たちが寝付いてから、息を殺す様にしてトイレに起きたシズちゃんを待ち伏せするというものだ。もはや強姦だ。俺の独りよがりのセックスに強制参加させられたシズちゃんは、ため息をつきながらキスを受け入れる、渋々。
『さっさっと終わらせろよ。子供たちが起き出さない様に仕方なく静かにしといてやるからよ』
 そう言った態度が透けて見える相手に、しかし萎えずに果敢に挑む俺は偉いとすら思う。
 シズちゃんから求められるなんてこと、きっと天変地異の前触れでもなきゃあり得ない。それか世界の崩壊か、俺が死ぬ時か。いずれにせよ、今、二人きりだと言うのにシズちゃんの背中からはそんな気配は一切感じない。
「あっちぃ」
 念が通じたのかと思ったが、シズちゃんは苛々とエプロンを外すと俺の横にある椅子の背に乱暴に掛け、またすぐに前を向いた。
 布切れ一枚じゃ大して変わらないだろうに。脱がせてあげようか?
 こんな台詞が浮かんだ。あまりのおっさん臭さに伸ばした手を引っ込めようとしたが、エプロンのポケットに何か白いものを見つける。献立の覚え書きが何かかと勝手に思い、軽い気持ちでそれを抜き取った。がさりと手の中で紙が鳴るのと同時に無心でさやえんどうにかかっていた相手が振り向く。俺が今見ている紙切れが、エプロンに入っていたものだと気がついたシズちゃんは顔を真っ赤にして俺の名前を叫んだ。俺は、必死の形相で紙面を奪い取ろうとしてくる相手から逃れる。
 この紙切れは覚えている。七月七日、七夕の短冊。

「臨也くんは、しょっちゅう来る彦星みたいだねー」
 サイケは俺のことを未だに『臨也くん』とたまに呼ぶ。そうすると歳の離れた兄弟に間違われるので無理に直してはいない。サイケと津軽はシズちゃんのお母さんが作ったという色違いの甚平を着ていた。
「しょっちゅう来て嬉しいでしょ?」
「別に俺は毎日来てもらってもいいよ」
 そう言うサイケの後ろで津軽がこくこくと頷いている。俺は嬉しくて、でも要求にすぐに応じることが出来ず曖昧な笑顔をしてサイケの頭を撫でた。
 笹ではなく竹だったが、小さく切ってきた枝に二枚の短冊が飾ってある。ブルーのものには『もっと本がよみたいです』とお手本のような綺麗な字で書いてあり、夏休み前には新しい童話集を買い揃えることに決めた。一方、はみ出しそうなダイナミックな字で書いてあるピンクの短冊。
「サイケ君さ。ちょっと難しいお願いだよ、これ」
「なんで?」
「なんでって、うーん。いくら努力しても、こればっかりはなぁ」
 クルリとマイルがお気に入りであるサイケのお願い事は『お姉ちゃんが欲しい』だった。残念そうな顔をするサイケにそっと耳打ちをする。
「でもね。もしかしたら妹か、弟なら期待に答えられるかもしれない。彦星に俺から伝えておくよ」
 
そう言ったのを思い出した。俺が今持っている白い短冊にはサイケの字で『おとうとがほしい!』と書かれていて、その横に小さな字で『ボクはどっちでもいいです』と書いてあった。
「シズちゃん、君って奴はさあ」
 俺は下に組み敷いた相手に微笑む。
「なんだよっ」
 顔をこれでもか、という程に真っ赤にさせている。奥手で照れ屋で、こと色気のある話には疎い堅物のこの男がどんな気持ちでこの短冊を持っていたのだろうか? 昨日、俺が帰って来た時に突きつけるつもりだったのか。それとも今日どこかで、例えばこの金髪を散らせているリビングテーブルの上に、そっと置き忘れたフリをしようとしたのか。どちらにせよ、この短冊を作った子供たちには感謝しなければならない。サイケの宿題を全部やってあげても良い位だ。
「俺じゃないからな!」
「そう」白いシャツに手をかける。
「あいつらが、言うから!」
「うん」久しぶりに見る素肌は少し日焼けしていた。
「仕方なくっ」
「はいはい」ジーンズのチャックを外す。
「おい、聞いてるか!」
「わかってるよ、ちゃんと」
シズちゃんの言葉なんて真に受けていたらキリがない。そもそもシズちゃんは動物に近いのだから、その本能に従った行動を見ればいい。
朝食にはフレンチトーストが必ず出ること。子供たちの服に混じって、俺の黒いシャツもきちんと干されていたこと。こうやって、胸元に手を当てれば、うるさいくらいに心臓が鳴っていること。
「あっちぃ……」
 首筋から垂れる汗をなめると喉仏が嚥下するのが見えた。ジーンズの中に手を這わせて、太腿の感触を楽しむ。耳たぶを甘噛みして、耳の中に舌を入れるとシズちゃんの肩が震えた。
「くすぐったがりだね、昔から」
 そうからかえば相手は不服そうな顔をした。
「お前は相変わらず、ねっちこいな」
「でも、しうちゃん、ねっちこいのすきでひょ?」
 胸の突起を音をたてて吸う。愛橋の狭間にしゃべるな、バカ! と怒声が飛んだ。
「ねえ、知ってる?」
 息も絶え絶えといった相手の横で囁く。当たり前だ、俺はシズちゃんの弱点なら知り尽くしている。
「男の子が産まれた場合は、その時のセックスで女性はきちんと感じているらしいよ」
君の場合、色々特殊だから当てはまらないかもしれないけど。そんな事を言う前にシズちゃんの顔がさらに赤くなった。どうやら俺は自分の性技に自信を持っていいらしい。
「これは、またサイケの言う通り弟ができちゃうかもしれないなあ」
 下着の上から膨らんだ箇所を緩く撫ぜる。鼻にかかるような可愛い声を上げながら、シズちゃんは俺を睨んだ。
「うるせえ、女が出来たらどうすんだよ」
 もはや、産む前提なのが愛おしい。俺はシズちゃんの熱い頬を両手でそっと包む。
「その時は池袋中を練り歩くよ。めいっぱいお洒落させた俺の娘をつれて」
 リビングテーブルの上にシズちゃんを持ち上げる。汗がしとどに落ちたが、今のシズちゃんはそれを怒る余裕はないらしい。喘ぐような呼吸をしながら潤んだ瞳で俺を見つめるだけだ。
「さあ、今日のメインディッシュはシズちゃんの活け作りかなあ。それともミルクたっぷりシズちゃんのシチュー?」
 ふざけて下着をひっぱると「早くしろよ」と掠れた声で怒られる。
「早く、してもいいの?」
 ぐっと腰を近付ける。シズちゃんの口から「ひっ」と情けない声が上がった。威勢がいい割に何回しても挿入は手こずる。きっと、最初にしたのが本当に洒落にならないレイプだったのが原因だ。正直、今の俺は勃起し過ぎて痛いくらいだ。久しぶりだし気もはやる。だけど俺は、こうやってシズちゃんを甘やかさないと気が済まないし、ぐずぐずに蕩けた表情を見るのは好きなので時間をかけても構わないと思ってるし、
「何、考えてんだよ?」
 動きを止めた俺を不審に思ったのか、荒い息を吐きながらシズちゃんがこちらを覗きこむ。それから、頭をばりばりと掻いて独り言のように言う。「そうやって、変に気ぃ使うの津軽にそっくりな」
 感づかれていたのか、妙に気恥かしくなって顔に血液が集まってきた。赤くなっているだろう俺の顔をみてシズちゃんが驚いた表情をする。その後に少し笑って俺のズボンを引っ張った。
「早くしろよ、いーざーやーくーん。せっかちなサイケが来年のクリスマスまで待てると思うか?」
 そう言ってから俯いて小さな声で言う。
「俺だって、たまにはしたい時があるんだよ。お前とこういうことを」
 俺は焦ったようにキスをした。暑くてシズちゃんの前髪から汗が滴り落ちる、その水滴を追いかけて相変わらず肉のついていない横腹を指で辿り、そのままもっと下へ。ため息のような吐息が漏れる。
「気持ちがいい?」
「いちいち聞くな、んっ」
 シズちゃんの熱い体内をかき混ぜると、さっきまで不貞腐れていたのが、嘘みたいに艶っぽい顔をする。
「はっ、ふっ、ああっ」
 熟れたように頬を上気させ、固く目をつぶっている。快楽に押しつぶされそうになるのが嫌で小さな子供のように頭を何度か振る。いつもは見せないシズちゃんの仕草が好きでたまらない。背中にかけた足裏が指先を縮めたようだ、ちょっと痛い。
「ねえ、シズちゃん」
 呼びかけても膜がかかった潤んだ瞳はどこを見ているかわからない。だらしなく垂れた涎が唇を赤く照らしている。
「俺の赤ちゃん欲しい?」
 水鏡のような瞳に、かっと羞恥の色が宿る。
「言ってよ、指だけじゃ足りないでしょ」
 言いながら奥のしこりを突ついてみる。
「ひぃ! んんっ」
 電気が走ったみたいにえびぞりになる姿はもう少し虐めてみたい気持ちになったが、そろそろ限界だった。
「ねえ、言って」
 ズボンから張り詰めた自分を入り口に擦り付ける。シズちゃんの眉が物憂げにゆがむ。それから、唇が震えた。
「あ、」
 あぁあああ! 忘れ物しちゃったよ!
 外から聞こえてきた大声。それがサイケの声だと理解する前に、畳が目前に迫っていた。何で? と自問するより早く体が打ちつけられる。多分、台所から隣室の居間にぶん投げられた。
「あれー? 臨也くん、こんなところでお昼寝? うわっ、お尻丸出しじゃーん!」
 あはは! と笑う子供を叱ることも出来ずに俯せのまま寝たふりをする。
「あ、暑いからだろ! ほ、ほおっておけ!」
 台所から聞こえる声にサイケが近づく気配がする。
「あれっ、お母さん服が反対だよ? それにすごい汗、顔真っ赤だし、どうしたの?」
「暑いからな! い、いいから、ほら早く忘れ物だろ!」
 上履き袋を忘れたというサイケを玄関で見送るやり取りが聞こえてきた。
「お前、バスは?」
「大丈夫、近道使うから」
「近道じゃなくて崖だろ! ……誰にも見つからないようにいけよ」
「いってきます!」
「待て、お前が人より頑丈だからって無理はするなよ。十分に注意するんだぞ」
「わかってるよ。いってきます」
「待て、遅刻したら先生にきちんと謝れよ」
「わかったって、遅刻しちゃうから手をはなしてよー」
「す、すまん」
「じゃあ、いってくるね!」
「待てっ!」
「もぉお、なにーお母さん!」
「今日は、特別に寄り道を許す。ただし一時間だ。あと学校の中で遊べ。絶対にだ。いいな! 一時間だけだぞ! 約束破ったら冷やしてあるスイカはなしだからな」
 早口なその言葉をきっと顔を真っ赤にして言っているのだろう。サイケが歓声を上げながら遠くに走って行く音がする。蝉がまたけたたましく鳴き出した。したたかに打ちつけた腹はじんじんと痛むが、俺は僥倖だ。



かいりきこどもの夏休み







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