高校の時、臨也の隣にはいつも色んな女の子がいて、でも大体みんな静雄とは正反対の、ロングヘアに胸の豊かな子が多かった様な気がした。静雄はそれを見るたび見ないフリしてどすどすと大きな足音をさせて横を通り抜けようとした。
「やあシズちゃんそんなに急いで、トイレでも我慢してるの?」
 さっきまで話に夢中になっていた様だった臨也が必ずこちらを振り向くので、なんだか言い様のないこそばゆい気持ちになり、でもそれが何だか理解しようとはせず「うるせえぇええええ!」毎回顔を真っ赤にして拳を振り上げた。毎回それは避けられていたのだったけれど。
 でも、あの日、臨也が男を殴り倒した日を境にその気持ちにもようやく気がつき始め、静雄は臨也が他の女と並んでいるのを見るたびに胸のあたりがずきずきと痛むのを感じた。
 高校を卒業し、年を重ねるにつれ臨也は自分などは相手にしないだろうとそう考える時間が増えた。
 そんな時、静雄はいつも財布に入れていたお守りを取り出し握りしめた。
 幽がくれた縁結びのお守りは、いつも静雄を慰めた。
 目を閉じて瞼に浮かぶのは、いつも小馬鹿にするような顔だったけど、静雄は平気だった。

 平気だった、振り向いてくれなくても。そう思っていた。

 でも、それは違ったのだ。間違いだったと、鏡に映った花嫁が静雄に言う。
「なんで来ないんだよ……」
 静雄は誰もいない控室でそう呟くと、小さく笑った。
 バカみたいだ、今更になって、なんてバカな女! 俺はこういううじうじした女が一番嫌いなんだよ!
「笑えよ」
 静雄は鏡に向かって言う。
「笑え、お前は幸せだろう?」
 鏡に映った女は上手く笑えずに、涙をこぼした。

 しばらくひとり泣いていた静雄だったが、いつまでもこうしてる訳にもいかず鏡台のティッシュに手を伸ばし涙をふき、それから豪快に鼻をかんだ。
「げっ」
 顔をあげた静雄は、鏡に映る自分の目元が黒ずんでいるのに気がついた。
 普段申し訳程度にファンデーションをつけているだけの静雄は化粧直しなんてしたことがなかった。
 もう時間がない、誰か、そうだセルティ……は無理だろうから
 静雄は弟の隣に佇む少女の顔を思い浮かべると、控室をそっと出た。
 赤いカーペットが続く静かな廊下を慣れないヒールで危なげに歩く、柔らかい感触は今の静雄にとっては逆に不自由だ。下を向いたまま慎重に歩いて角を曲がる。
「わ」
 聞こえてきた声と静雄は正面衝突した。
「すいません、大丈夫ですか」
「いや、こっちこそ」すいません、と尻餅をついた静雄は差し出された手をみた。

その手は、人差し指に指輪をしている。袖口には薄茶のファー、黒い上着。
口元にはにたり意地悪くみえる微笑。

「一瞬本当にわからなかったよ、どこのお嬢様かと思った」

 なにそれティアラ? 臨也はいつものように小馬鹿にしたような顔で笑った。
 
 手当を終えた臨也が、新羅の家から帰ろうとした時だった。
「これあげる、今の君には良く効くと思うから」
 闇医者は臨也の手の平に布の包みを載せた。
「何これ、漢方薬か何か?」
「それお守り袋らしいよ」
「つぎはぎだらけで原型とどめてないじゃん……」
「君は、その持ち主をよく知ってるだろう」
 新羅の言葉に臨也はずだ袋みたいなお守りを注意深くみた。
「成就したから、もう必要ないってことかな。バカだな、神社に返さなきゃならないとかあるんじゃないの」
「いいから中みてみろよ、臨也」
「そういうの罰当たりだろ」
「君みたいな罰当たりがいちいち気にするなよ、いいから」
 新羅に促され綻びた隙間から、お守り袋を覗いてみる。
「あ……なんで、これ?」
 臨也はお守り袋から金色のボタンを取り出す。
「これ、僕らの中学の制服のボタンだろ。どっかで落としたのを彼女は隠し持ってたのさ」
「シズちゃんはお前のことが…………?」
「臨也、めんどくさい」
「いや、だってそんな、こんな」
「臨也、君だろ、高校でも中学の時の学ランたまにきてたのは、身長あまり変わらなかったからね。僕は結構伸びたからいつもブレザーだったろ」
「なんでこんなズタボロなんだ」
「そりゃあ、あの静雄だもの。肌身離さず持とうとしても、喧嘩の一つや二つ、三つ五つは君のせいで日常茶飯事だもの。中身が出ないように、修繕に修繕を重ねたんだろうね」
「……不器用だな」
「君も大概だと僕は思うよ」
 新羅はとても愉快そうに笑っていた。
 
「なに笑ってんだよ」
 臨也は隣でこちらを睨んでいる静雄に呼びかけられ我に返った。
「いやあ、ウェディングドレスが可哀相だと思って」
「うるせえぇえ!」
 真っ赤な顔をして拳を振り上げる静雄、その後ろから「平和島様、そろそろお時間ですよ」と声がかかった。
「やっ、ば」腕を上げたままうろたえる静雄。
 臨也はその細い手首を掴んで走りだす。
「な、おい臨也、どこにっ」
「逃げるんだよ」
「え」
「そんなみっともない顔した花嫁誰が祝いたいと思うの」
「うるせえなっ! 化粧すれば俺だって人並みになるんだからな、髪だってきちんとしてるし!」
「俺ね、実は髪長いのってあんま好きじゃない」
 臨也はそう言うと静雄の後ろ髪をばっさりとナイフで切った。
「うんうん、シズちゃんはやっぱ男らしくそのくらい短い方が似合ってるよ」
「てめええ! 殺す!」
「おっと」
 臨也は静雄の攻撃をよけ、持っていたナイフを投げつけた。攻撃するつもりはないのだろうが、つい反射で投げてしまったらしいそれはふかふかの絨毯に突き刺さった。
「あれ、なんでこんなとこに血が……臨也お前」ナイフの柄についた血の跡に静雄は気がついたらしい。
 臨也は静雄からポッケに突っ込んでいた右手を隠そうとしたが、抵抗むなしく手の平を暴かれる。
「自分の爪でやったんだ」
「なんで、手の甲だって酷いじゃねぇか」
「色々あるんだ、何せ君の結婚式をぶち壊しにきたんだからね」

 やっぱり来やがったか
 「門田は現れた男に向かってそう言った」
 やだなあ、ドタチンを想ってのことじゃん、あの化物じゃ味噌汁に刻んだまな板が入るって
 「折原臨也はいつも通り不敵に笑った」
 うちの嫁の悪口言うなら覚悟は出来てんだろうな?
 「門田はタキシードの上着を脱ぎ捨て拳を固めた」
 まだ、ドタチンのじゃないだろ
「折原は、勢いをつけて門田の胸に飛び込むと、俺をお嫁さんにして! と叫ん」「ちょ狩沢さん、せっかくの決闘シーンが台無しじゃないすか!」
「ドタイザよりイザドタって感じだったけど、殴り倒してたあたりがさ」
 狩沢はいつもの黒いロングスカートとは異なる淡いパステルカラーのワンピースを着て髪を結い上げている。
「あんな必死な情報屋初めてみたっす、ギャップ萌えは二次元で十分っていう感じっすね」
「あれ? まさかのユマイザ? イザユマ?」
 狩沢はスーツ姿の遊馬崎の腕を掴んで揺さぶった。
「お前ら、馬鹿にしにきたなら帰れ」
 門田は右目に濡れタオルをあてがい二人をにらんだ。
「やだなあドタチンは! すぐに悲観的に考えるんだから、慰めに来たに決まってるじゃない。花嫁を賭けてボコ殴りにされたドタチンとか誰得私得だって」
「そうっすよ、門田さんの不運で今日も飯がうまい!」
「お前らぁ…………マジでもう帰れ」
 門田はため息をつくとずるずると教会の長椅子に倒れた。
「もう冗談だって。わざと殴られてあげるドタチンマジ、ラブ1000パーセントだよ」
「幸せにしなかったらいつでも奪い返すからな、とかベタ過ぎて逆に泣けるっす」
「「ドタチンは俺たちの嫁!」」っす!」
「全然うれしくねぇよ」
 見事に声が重なった二人をみて門田は小さく笑んだ。
 
「どうしたのセルティ?」
 新羅はぼんやりと立ち尽くす恋人に話しかけた。
 セルティもライダースーツではなく光沢のある上等な黒いサテンドレスを着ている。新羅は恋人の横に立ってテラスから下を眺めた。
「うわぁ早いなもう豆粒みたいだ、逃げ足だけは高校の時と変わらないな」
 セルティは頭にはいつものヘルメットをつけ、またいつものようにPDAに指を滑らせ新羅の前に掲げる。
『静雄が「臨也を殴るのに邪魔だからやるって」これを』持っていた花束を新羅に突きつける。
「素敵だね、知ってるかいセルティ? 花嫁からブーケをもらった女の人はね」『静雄、笑ってたんだ。臨也に腕引かれて走りながら。あんな嬉しそうな顔されたら追いかけられないだろう!』
 新羅は夢中で話しかけてくるセルティに微笑んだ。
「僕はね、高校の時は知らなかったんだ。あの臨也があの静雄を、なんてね。でもね、なんでかなぁ、セルティ、君とこういう関係になったらわかるようになったんだ。不思議だね」
『不思議だ、なんでよりによってあいつなんだ、静雄』
「さあ? でもとにかくあの二人をみてると何だかどうにかしてやりたくなったんだよな、これもきっとセルティとの愛ゆえ、臨也にも静雄にも教えてやりたかったのかもしれない。幸せのお裾分けってやつをさ」
『式は丸つぶれだ、静雄の父親なんか卒倒したらしい。大変だな、これからどうなるんだろう』
「じゃあさ、俺たちの結婚式にしようか」
『お前は、本当に呑気だな!』
 新羅が朗らかに笑ってるそばでセルティは恥ずかしそうに黒い霧を撒き散らした。

「おい待て、臨也おい」
 静雄はウェディングドレスの裾を踏みそうになりながら手を引く臨也に呼びかける。
「もうちょっとゆっくり、なあ、おい臨也!」
「遅いっ」
 臨也は舌打ちすると、静雄をふわりと抱きかかえた。
「シズちゃんの癖に、そんなハイヒール生意気なんだよ」
 静雄はお姫様だっこをされ顔を赤くした。
 臨也は静雄を抱えながら、通りに停めてあるタクシーに乗り込む。
「う、え、あおお客様」
「早く出して、どういう状況かみてわかるだろ」
 狼狽える運転手に臨也は一喝した。
「わあ、すごいメールみてみて『貴方を許可するには至りません』って、君の後輩から」
 さっきから臨也の携帯は鳴りっぱなしだった。静雄は動き出した景色を見つめて黙っている。
「どうすんだよ、これから」
「さて、どうする?」
「どうするじゃないだろ! てめぇは、いつだって、そうやってとぼけやがって! 逃げて! 人を馬鹿にして、誤魔化してばっかで、今日なんか、」「来ないかと思った?」
 臨也は静雄の手の平にそっとお守りを載せた。
「残念、俺はシズちゃんを不幸にする為なら何だってするのさ。ドタチンみたいな男と結婚するなんて許さないね」言いながら臨也は静雄の指から結婚指輪をはずしてタクシーの窓から放り投げる。
「前から思ってたんだ、君にはあんなカワイイ指輪似合わないって。シズちゃんには俺のお下がりで十分なんだよ」
 臨也は静雄の薬指に自分の指輪をはめてみせた。
 リングは静雄には少し大き過ぎたが、静雄はそれを見つめたきり口を閉じた。
「……ねぇ、何か言ってよ」堪えきれなくなった臨也が小さく尋ねる。
「くそノミむし、一生かけて殺してやる」

 運転手は道が三叉路に分かれていたのでどちらに行こうか尋ねようとバックミラーをみたが、それを止めた。
 抱き合って、深く口づけあっている恋人同士に話しかけるだなんて野暮なことは出来ない。
 運転手はアクセルを思いきり踏み込むと、ただひたすら真っ直ぐに走り出した。



素直になれたら5




これにて完結!ハッピーエンドに突っ走れ!


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