「ゲスが」
 静雄がそう吐き捨てると、周囲の男達はにやにやと口元を歪めた。
「俺たち、静雄さんと御近づきになりたかったんだ」
 中心人物と思われる派手な頭の色をした男は静雄の姿をじろじろと舐めるように眺めた。スカートの裾が破けているのに気がつき、男から隠すように手で抑える。
「……何だよ、殴るなら早くしろってんだよ!」
 威嚇するように低い声を出すが、肩を震わせる静雄に男は舌なめずりをした。赤黒い舌の先についたピアスが倉庫内の照明を受け鈍く光った。
「殴ったりなんてしないよ、あんたと仲良くしたいだけなんだ」
 ねっとりと絡み付くような声が耳元で聞こえる。至近距離に迫った男からはきつい香水のにおいがした。
 気持ちが、わりぃ
 静雄は始めて向けられた欲望を孕んだ視線に恐怖した。
 こんな奴、数秒でぶっ飛ばせるのに……!
 ちらと横を窺う、赤いオーバーオールを着た女の子は猿轡をされ両目から大粒の涙を流している。この前、静雄が人形を木から取ってあげた子だった。少女の頬につきつけられたナイフ、静雄は首を振る。
「あんたが好きなんですよ、静雄さん」
 興奮した男が襲いくるのに、静雄は固く目をつぶった。

「趣味が悪いなあ」

 聞き覚えのある声に静雄ははっとした。
「臨也……」
 学ランを着た臨也はいつもの不敵な笑みを浮かべゆっくりとこちらに近付いてくる。
 囲んでいた不良たちがざわつく。折原だ、なんであいつが、その言葉から静雄はこれが臨也の企みではないと知った。
「なんだ情報屋、あんたがまさか助けにくるとは」
 リーダー格の男がそう言うと臨也はくすと小さく笑みを漏らした。
「別に俺は助けに来たわけじゃないよ、あんたらの邪魔する気なんて毛頭ない」
 臨也は男に近付いて「続ければいい」そう言った。静雄は怒りと、絶望と、惨めな気持ちで目の前がくらくらと歪んだ。
「シズちゃんの弱みを握ってレイプしようとするなんてそうそう見られたもんじゃない。あんた気にいったよ!」
 臨也は明るく笑って男の肩に手を置いた。
「でも香水が少しきつすぎるなあ、こうすれば匂いもマシになるんじゃないかな」
「うっ……何を」
 男は呻き声を上げて前のめりに崩れ落ちる。男の太ももにはナイフの柄が生えていた。

「シズちゃんっ!」
 なにしてんだよ!
 臨也が不良に蹴りを食らわせながら大声を張り上げる。静雄は我に返り柱に繋ぎとめられている少女を抱きかかえた。
 
 倉庫から外に出ると門田と新羅が、静雄を出迎えた。
「大丈夫か」
「あーあ、こりゃまた派手にやったねえ」
「なんで、お前ら」
「これ」
 門田が携帯を掲げる。
『大至急! 集合せよ、じゃないとあることないこと言いふらす』
「情報屋にこう脅されたら全速力でくるしかないでしょ」新羅は肩をすくめてみせた。
「早く逃げろ、ここは俺たちに任せてもらわないと困るぜ」
 門田がそう言うのに静雄は抱えた少女に視線を落とした。震えている少女は静雄にごめんなさいと謝った。静雄は緩く首をふると門田に少女を手渡す。
「門田、この子を頼む。新羅は怪我してないかよく診てやってくれ」
「おい静雄」
 静雄は門田に呼びかけられたことに気がつきもせず、走り出した。

 ――数が多いな
 臨也はスパナを振り上げてくる相手を避けながら、ナイフを投げる。肩を抑えてうずくまるそいつを乗り越えると、三人ほど新たに殴りかかってきた。一人、二人避け、三人目に蹴りを入れようと足を振り上げる。
「あんたみたいな細いのが無理するなよ」大柄な男はにやりと笑うと臨也の片足を掴んだ。
 くそっ
 ぎりぎりと足首を締め上げられ、臨也は内心で舌打ちする。
「折原臨也も大したことないな」
 周りを囲んだ男のひとりが笑い声と共に鉄パイプを振り上げた。

「なに手加減してんだよ、臨也くんよぉ」
 短い金髪、それにプリーツスカートを翻した後ろ姿が鉄パイプを受け止める。
 臨也が驚いている隙に静雄は周囲の敵をあっという間に片付けた。
「やられたフリして倍返しする気かよ、相変わらず卑怯だよな、てめぇは」
 ふんと鼻を鳴らす静雄に臨也は呆然と口を開いた。
「何しに、きたの?」
「勘違いするなよ、暴れ足りなかっただけだ」に、と笑みを浮かべ静雄は後ろ蹴りを繰り出す。背後にいた不良が倒れると、残党たちが一斉に二人に襲いかかってきた。
「多く倒した方が、アイス奢るってのどーよ?」静雄は臨也と背中合わせになって拳を構える。「やだね、分が悪すぎる」臨也は大分動きやすくなった状況に安堵半分、悔しさ半分と苦笑を浮かべる。
「ああ、でも俺、将棋のルールならいいよ」
「将棋?」
 静雄は敵を殴りながら臨也に尋ねる。
「王将、とったもん勝ちで」臨也はそう囁くと、逃げようとしている主犯の男に向かって駆け出した。

「これで全部かな?」
 臨也は額の汗をぬぐう。
「やっぱ俺のが人数多いぜ」静雄はのした不良どもを荒縄でぐるぐると巻いている。
「戦争では将の首をとったもん勝ちなんだよシズちゃん」臨也は笑って男を柱に縛り付けた。
「よくも、邪魔しやがって」
 憎々しげに言う男に臨也はナイフを突きつける。
「あ? 最初に邪魔してきたのはそっちだろう」
「うるせえ、静雄さんの情報を俺等に売ってたのはそっちだろうが!」
「は?」
「静雄さん、静雄さんの今日の下着はピンクの水玉ですよねえ!」
「いっ……」ヨダレを垂らして振り向く男に静雄は慌ててスカートの裾を抑える。
「静雄さん、貴女は喧嘩した後に必ず甘いものを食べるよね、アイスの棒はもう五本はコレクションしてるよ!」静雄は後退りした。「ねえブラのカップまた大きくなったでしょ。最近はまってる牛乳プリンのおかげかな?」静雄は顔面を青くして首をふる。「昨日の夕飯に出たほうれん草なんで残したの? 嫌いじゃないでしょ。鉄分取らないと、だって静雄さん、二日目じゃないか。せい」静雄が耳を塞いだのと、臨也が思いっきり男を殴りつけたのは同時だった。

 がきんっ

 物凄い音がした。両手で耳を抑えている静雄にも聞こえるほどに。

 臨也は柱からずり落ちた男に、再び拳を振り上げる。

 静雄はその様子をしばらく眺めていたのだが、自分の頬に生暖かいものが飛んできたことでようやく気がついた。
「お、おい臨也もうよせ!」
 臨也は男の人相が変形するほどに殴りつけていた。止めに入っても無表情で男を痛めつけようとする態度に、静雄は一瞬怯んだが、「やめろ!」腕を掴んで一喝した。

「あ…………」

 臨也は驚いたように目を見開いていた、そして慌てて静雄から腕を振り払う。勢いで袖口のボタンが千切れた。
「ちょっと何すんだよもうシズちゃん縫ってくれるの? 無理でしょ」
 あはは、取り繕うように笑う臨也を静雄は睨み付けた。
「バカッ、そんなことよりてめぇの手の方が先だ」
 臨也の手の甲からはしとどに血が流れていた。

「高校の時であの怪我が一番ひどかったよね、手の皮べろべろでさ」
 新羅は臨也の刃物で切りつけられた胸に包帯を巻きながら話を続ける。
「どうせ静雄とやっつけた人数競いあったりしてたんだろ?」
「さあ、そんな大昔のこと忘れたよ」
 臨也はカットソーに腕を通し、財布から札を取り出そうとした。
「いらないよ、君が切りつけられるなんて珍しいものがみれたんだ」新羅はそう断ったが、思いついたように目を輝かせる。
「そうだ門田君のご祝儀にでも包んであげたら、式は来週の日曜だったよね確か」
「そうだっけ。じゃあやっぱ渡しておくよ」
「行かないのかい?」
「行かないよ、仕事たてこんでるし」
「だって、門田君の結婚式なのに」
「ああ、大々招待されてたのかすら怪しいけどね」
「静雄の結婚式なのに?」
「バカだな新羅、だから行かないんだろ」
 肩をすくめる臨也に新羅は小さく笑った。
「君って本当に、意気地がないよね。時たますごく臆病者だ」
「……何が言いたいわけ?」
 臨也はコートを片手に玄関から振り向いた。
「はっきり言ってもいいの?」
 新羅は臨也に睨まれても、にこにこと笑った。
「言えよ」
「じゃあ言うけどさ怒らないでよね。好きな女を他に取られたからってうじうじしてんなよ、みっともない」
 臨也は新羅の胸ぐらを掴んだ。
「おいおい、怒るなって言っただろ」
 新羅はへらへらと笑っていたが「お前に、何がわかるんだよ」と臨也が苦々しく口にした時、その表情を険しいものに変えた。
「わからないよ臨也、わからないからこうやって聞いてるんじゃないか。静雄が、結婚するんだ臨也!」
「何なんだよ、お前もドタチンも、俺に何が言いたいんだよ!」
「そんなの君が一番わかってるだろ」
 二人は無言でにらみあっていたが、やがて臨也はため息をついて手を離した。
「……俺は、どこまでも俺なんだ」
 臨也は弱々しく笑った。
「知ってるかい新羅、シズちゃんは俺のせいでレイプされそうになったりしてさ、膝を震わせてたよ。ああシズちゃんも女の子だったんだって思った、笑えるだろ? それでさ、一番笑えるのは、レイプしようとした男に吐き気を催す程ムカついた自分だったんだよなあ。人間大好きなこの俺がさ、頭に血が上ってボコボコに殴っちゃった、ソイツ。でも今更、俺がシズちゃんへの態度を変えられるわけがないじゃん。今までのあの努力はなんだったんだ、あいつへの執着や恨みが、ただの恋慕だったなんて! 俺バカみたいじゃん、だからそんなの認めない。プライドとエゴの固まりみたいだから俺は、人間だからさ。無理なんだ、無理なんだよ。そんなの望むくらいなら誰かにくれてやった方がずっとずっとマシだ」
 乾いた笑いを漏らし前髪をくしゃりと抑えた。
「俺は化物を幸せになんて出来ないんだ」

「幸せになってね」
 幽はウェディングドレスを着た姉に言った。
「ああ」
「髪長い方が似合ってる」
「そうか?」
 エクステをつけてアップにした自分は何だかまるで知らない人間に見えると静雄は思った。
 ――ティアラとか、笑われそうだ
 静雄は一瞬嘲り笑う口元を頭に思い浮かべる。
「来ないよ」
 幽は見透かすように言い放った。
「何がだよ、幽?」静雄は気がつかないフリをして笑った。
「ならいいんだ、別に何でもない」
「変な奴だな」
「姉さんと、門田さんなら必ず幸せになれるよ」
「ありがとな」
 鏡に映った女は他人事のように微笑んでみせた。


素直になれたら4




しかしこの臨也、熱い男である。


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