「ただいま」 ノブを引いたとたん、ばたばたと奥から慌ただしい足音が聞こえる。 「いい子にしてた」か? というより前に飛びついてくる方が早い。 「わかったっ、わかったから! 離してくれよ。臨也」 バーテン服をきた男に抱きついているのは、真っ黒な――服をきたどうみても妙齢に近い立派な人間。臨也は静雄に注意されても尚離れない。頬擦りを繰り返している。 「そんなに寂しかったのかよ。いいもん買ってきたからそれで勘弁してくれ」 サングラス越しに柔らかい笑みをつくり、背後からぱんぱんに膨れたビニール袋を差し出す。 「缶詰安かったんだ、てめぇ大トロ好きだろ」 その言葉に臨也は再び抱きついた、いや飛びかかるに近い抱擁で喜びを表した。 「そうか、嬉しいのか。良かった良かった」 静雄は衝撃によりずれたサングラスをかけ直しながら、ぎゅうぎゅうと引っ付いてくる臨也の背中を優しく撫でた。 おれはペット 折原臨也は、平和島静雄の愛人……というと語弊がある。愛犬や愛猫のような、まあそんな感じの存在だ。 「最近の子供は軟弱なんだな」 ニュースを見てぼやく静雄。その膝の上に頭をのせた臨也は時折髪を撫でられ目を細めている。 「10時か、もう寝るかな」 電気の紐を引っ張り万年床に寝転ぶと、もぞもぞと臨也も潜り込んでくる。 「もうちっと離れろ、せめぇ」 静雄の背中にへばりついた臨也は身動ぎもしない。 「ノミ蟲みてぇだなぁ」 ふわあ〜、静雄は大きな欠伸をひとつするとそれきり何かを言うことはなかった。 「いい天気だ」 今日は日曜。輝く太陽に伸びをした静雄は、まだ丸くなっている臨也を布団から振り落としベランダに干す。 「せっかくの陽気だ、早く起きろよ」 臨也は不機嫌な顔をしてどこかにぶつけたのか額をさすっている。 「朝飯くったら、散歩行こうぜ」 笑いかける静雄に、臨也は顔を輝かせその周りをくるくると回った。 静雄は左手にビニール袋とスコップ、それから右手に赤いリードを握る。 繋がれた臨也はにこにこと笑顔を浮かべスキップをしたり、飛び跳ねたりと忙しない。 「臨也、下りろ」 塀に登った臨也は綱渡りをする要領で手を広げ狭い幅をゆらゆら揺れながら歩いている。 「下りろ、下りなさい。こら、めっ!」 静雄が声を荒げて紐を引っ張る。くんっと首を引き寄せられた臨也は塀から落ち、くるりと一回転してから着地を決めた。 「他所様の家に迷惑かけんじゃねぇ」 叱られてしばらくしゅんと項垂れていたが、臨也は何かに気が付いて顔を上げた コンビニで軽い買い物を済ませてきた静雄は、電柱にまきつけていたリードの先が切れているのを見つける。 「あいつは、またかよ」舌打ちをして走り出す。 「どこ行きやがった、この前みたいに雌のいる家に忍びこんでたらタダじゃおかねぇぞ」 角を曲がって大通りに出る三区画程通り過ぎたところで、ショーウィンドに張り付いている臨也を発見した。 「おい、何してんだ、こんなとこで。またナイフなんか持ち歩いて…………トムさん?」 珍しいな、臨也の横に並んでガラス越しに佇むドレッドヘアの男を見つめる。タバコを吹かした田中は静雄に片手を上げた。 「人に懐きやすい穏和な性格なんだよな、トムさん。毛並がいいよなあ。もしゃもしゃしてぇなあ……臨也も一人で留守番さみしくないか?」 ひゅっ。 振り向く静雄の耳の近くにナイフが飛ぶ。 「嘘だって、俺の給料じゃ買えないっての」 歯を向いて唸り声を上げている臨也をいさめる。 「でも、貯金がたまったら……」 名残惜しそうにショーウィンドを見る静雄に、臨也は今度こそ噛みついた。 「どうしたんですか、その頬っぺ」 「あ……誰だっけ?」 公園のベンチでタバコをふかしている静雄にワンピースを着た清楚な少女は「園原です」と透き通った小さな声で答えた。 「いつも震えてんな、帝人は」 「はい、少し臆病なんです」 静雄は杏里が連れているブレザーを着た少年の頭にぽんっと軽く手を置いた。臨也は帝人に顔を近づけにおいをかいでいる。 「あんたがこんな時間に散歩なんて珍しいな、いっつも夜にセルティといる気がした」 「はい、今日は……散歩というか」 静雄と杏里はベンチに座って砂場で戯れている愛犬だか愛猫のような二人を眺めた。言及すると戯れているのは臨也だけで、ばりばりと穴を掘っている。その背後で帝人はその砂をかぶっていた。 そよそよと暖かい風が吹き、木蓮の白い蕾が揺れる。 「春ですから」 杏里が鈴みたいな声で小さく言う。どこかで、ぴーひょろろと鳥が鳴いた。 その夜、静雄は息苦しさから目を醒ました。 「んあ?」 薄暗い闇の中、自分に覆い被さる真っ黒な影。耳に湿った息がかかる。 「臨也っ、何してんだ!」 静雄は臨也が自分の体に、腰をすり付けている状況に気がついた。 「やめろっ、こら! ダメだ、めっ」 慌てて臨也を引き剥がそうと暗闇の中で手を動かすが、誤ってテーブルの足を折り置いていた牛乳のパックが静雄目掛けて落っこちる。 「つめてっ……わっ! こらやめろ、舐めるな! くすぐってえ……おわあっ! どこ舐めて、あっ、ちょっ」 静雄の胸元に顔を埋めた臨也はシャツ越しに敏感な部分をべろべろと舐めた。 「ばか、やめろ! そこから乳は出ねぇぞ!」 首根っこを掴んでばりと引き離す。上気した頬、とろんと蕩けた目でうっとりと見つめてくる臨也に――こいつ、発情してやがる、と驚いた静雄は隙を与えてしまう。 「なにす……んっ! ん〜〜、むう〜!」 臨也の唇で、唇を塞がれた静雄は侵入してくる舌に目を白黒させた。 「ぎゃっ」シャツの中に冷たい手が割り入る。 「やめろっ、いざや……あっ、んん」 両方の胸の飾りを摘まれたり、こねくり回されたりしている内に静雄の頭はぼんやりとしてきた。 ――やべ、なんか気持ちよくなってきた…………。 そんな相手に気がついたのか気がつかずか、一度ぺろりと舌嘗めずりをした臨也はスウェットのズボンに手をかける。 「ああっ! そんなとこ、ダメ、だっ……ばっちいからやめなさい!」 制止をかけられても聞くはずがない臨也は静雄の性器を口に含む。 「あっ、ああ……んっ、ふえっ」 他者から与えられる刺激に知らず声が漏れ出る。じゅぷじゅぷと音を立て吸われ、羞恥に顔を赤くして自らの手で口を塞ぐ。 ――俺、ペットに何されてんだ? みっともないことなのに、静雄は自分が興奮しているとわかって益々耳を赤くした。 「いっ、やめろ! ああっ……やめねぇと、一週間餌やらねぇぞっ!」 その言葉にぴたりと動作を止める。 「よぉし、よし。ステイだ、臨也マテ……そのままだ」 どうどうと言い聞かせる静雄に、臨也はカチャカチャと自分のベルトを外す。 「待て! 待てっつっんてんだろうが! や、め〜〜! ちんちんはっ、ちんちんはしなくていっ……ああああっ!」 静雄は昔から動物が好きだった、これが敗因。 臨也はぐったりと横で寝ている静雄を確認すると、布団から起き上がる。 黒いコートを羽織り、洗面所で身支度を整えて指輪をはめる。そろそろと音を立てないよう玄関を開け、未だ明けない外に繰り出す。 「遅かったですね、臨也さん」 「やあ帝人君、昼間ぶり」 「今日は本当に助かりました。臨也さんの口添えがなければ危ないところでした」 「あそこの病院には何人か潜らせてるからね……にしても去勢手術とか、本当いい加減にして欲しい」 「新人類は俺たちを根絶やしにするつもりなんでしょうか」 ――今から数十年前、南極に彗星が落ちたとか、たくさんのUFOが飛来したとか、トンビが鷹を生んだとか、きっかけは何だかうやむやになっていたが、ある日突然、不可解な力を持つ人間があちこちで現れた。彼らは新人類と呼ばれ、やがて力を持たない普通の人間をさげずむようになる。 「ニュータイプって呼び方嫌いだよ。あいつら、化物は俺たち人間の繁殖力を恐れてるのさ。この前のニュース見ただろ?」 「子供たちが体育のテストで標識を抜けなくなってきてる……ってやつですか」 「そう。それで俺、それより前に近所の矢霧さんちで聞いたこと思い出してね」 「張間さんが飼われているお家ですね」 「うん。彼女、妊娠してた」 「ええっと……すいません、もっとわかりやすく教えてくれませんか」 「わからない? やつら怪物はさ、人間と交わることで力を失いつつあるんだよ。美香ちゃんは飼い主とデキてる」 「それというのは、つまり……」 「帝人君も早く杏里ちゃんを孕ませるといいよ」 「なあっ! 何を言ってるんですか! 俺は別に彼女とそういうことがしたいとか、そんな安い考えでなくっ、新人類と対等になりたいと」「俺はシズちゃんの内臓を引きずり出して貪り食えればそれでいいや」 顔を真っ赤にする帝人に臨也は悪びれる風もなくさらりと言う。 「……それじゃ獣ですよ」 「獣で結構、今はペットだしね。だけどさ、これからはそうはいかないよお、ペットショップにいる田中って人と繋がり持てたし」 「いよいよ人質解放の時ですか」 「我ら『鎖を断ち切る会』の初仕事になりそうだよ、リーダー」 「やめてくださいよ、みんな臨也さんの名前に集まってきてるんですから」 「今日はどこでやるの?」 「門田さんのとこです、大きなイベントがあるから飼い主がいないとかで」 「あのオタクコンビにまたぶりぶりのコスプレされてなかった?」 「大丈夫です。今日は鎧姿だったので、まだマシです」 「あんまり人間様を嘗めるなって、じっくり調教してやればいいんだよ。ドタチンもさ」 臨也がくすくす笑いながら呟く内容について、帝人はあまり深く考えないことにした。 おれはペット それにしてもこの臨也楽しそうである。 |