部屋の中では電話の音が忙しなく鳴り響いている。
「はいはい、折原です……その件に関しては」
 雇用主は耳に携帯をあて、右手にメモを取り左手でマウスを操作するという器用なことをやってのけ目線を固定電話に泳がす。
 波江は聞こえるように大きくため息を吐いてから子機を掴んだ。
「最近の仕事量は異常よ」
 濃く淹れて欲しいと頼まれたコーヒーをテーブルに置く。
「儲かることはいいことじゃないか」
 パソコンの画面から目を離さずに応える。机の上の携帯が光りメールの受信を何通も伝えていた。
「睡眠時間を削ってまでのワーカホリックはポリシーに反するんじゃなかったかしら。目の下、酷いわよ」
 いつぞやアオタンを作ってきたことを思い出させる隈をたるませ臨也はにたりと人の悪い笑みを浮かべた。
「波江さんが俺の体を気遣うなんて……明日は槍が降る」
「馬鹿言わないで、あなたが倒れたら私の給料は誰が出すのよ」
 臨也はくつり、と笑みを漏らすと胸元から振動している携帯を取り出す。
「はい、折原です……ええ、そうですか」
 立ち上がった臨也はソファに引っかかったままのコートをつかみ片腕を通す。「すぐに伺います」堅い口調からどうも手放せない上客らしいとわかる。
「今日は戻らないから、適当に片付けて波江さんも帰っていいよ」
 早口でまくしたてて玄関を締める。波江はため息を再び吐いた。
 趣味から生まれた情報屋なんて仕事は片手間で充分だよ、いつもはそう笑いながら依頼の半分以上を平気で断る。金の絞れる数件を月に何度か捌ければ上等だと、そう言っていた男がかかってくる電話すべてを取るようになったのはいつからだったか?
「ドタチンがね、シズちゃんと結婚したいんだってさ」
 あの日、臨也はへらへらと笑い「だてくう虫もすきずき、ってこういうことか」なんて茶化していたというのに。
「馬鹿な男だわ、本当に……」
 手に持った子機がまた鳴り始める。波江は本日三度目になるため息を深々と吐き出した。

『よかったな、静雄』
 公園のベンチに座るバーテン服に話しかける。ショートカットの金髪が顔を上げた。
「ああ……サンキュ、セルティ」
『でも驚いたぞ! いきなり結婚するなんて、門田と付き合ってたの私は知らなかったよ』
「いや……付き合ったりとかしてねぇんだけど、あいつとは高校の時から知り合いだし。あっちが結婚は前提じゃないといけないとかいう奴でな」
『めんどくさくなってじゃあ結婚しちまおうぜ……か?』
「当たり、だ」
 恥ずかしそうに鼻の下を擦る彼女の薬指には小さな石がついた指輪が光る。セルティは自分に口があればこの幸せな女にキスをしてやりたい衝動に駆られる。その代わりに細い体を抱き締めてみた。
『おめでとう、静雄』
「ありがとな、セルティ……」
 ほんの少し揺らいだ薄茶の瞳は嬉しさゆえの涙だろうと、セルティは思った。
 
 



素直になれたら




もだもだする二人が好きなんだ〜!




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