新宿の夜は明るい、賑やかな声を聞きながら黒いコートを羽織り直して家路を歩く

そんな途中にみかけた人だかり

囁き声に足をとめる

「飛び下り、みたい」
「グチャグチャらしいよ」
「ありえない方向にさ」

自殺現場ね…ここではよくあることさ。俺にしたら死体の状況より、その動機の方が気になるのだけれど

好奇心に駈られ野次馬の群れに首をつっこみたくなるが

耳に飛び込んできたサイレンの音と点滅する赤い光をみて、やめる

そうだ…こんなことをしてる場合じゃない

どこぞの誰かが孤独な死を迎えているところ悪いが、生憎と俺は孤独じゃない

恋人が家にくるから

そう俺には平和島静雄という恋人がいた

妄想でもないし、危ない薬をキめてる訳でもなし、気が狂ってるのでもない

俺とシズちゃんは正真正銘、恋人同士

って、俺は一体どこの誰に向かって必死に弁明してるの?

とにかく明日はシズちゃんが休みなんで俺んちに来て…まぁ色々と、その…致す所存である

わぁい!久しぶりにイチャイチャ出来るっ!!

いつもとテンションが異なる程度には嬉しい、最後に会ったのはいつ頃だっけ

確か先々週の金曜日、一緒にテレビの前で夕飯を食べて
流れている映画を何とは無しに二人で眺めていた

「ねぇ、この主人公みたいに俺が浮気してたらどうする?」
「…そうだな…俺だったら、少なくともこのヒロインみてぇに泣き寝入りはしないな。相手を殺して


 お前も殺す、かな?」

シズちゃんはニコッと笑いながら目の前のレアステーキにグサッとナイフを突き刺した、もちろん下の皿は粉々

ね?俺って愛されてるでしょ

だ・か・ら!さっきからどこに語ってンの俺は?浮かれて頭おかしくなってるのかな?

…あ、頭おかしいと言えば最近気になる事があった

俺の部屋の中のものが勝手に動いてる

それに初めて気付いたのは、香水の瓶が洗面所から寝室に移動していたから

それから、微妙に本棚の並びが違ったり

捨てた筈の歯ブラシがコップに入ってたり

風呂場の水を入れっぱなしにしていたのに、いつの間にか抜けてたりとかしてた

若年性アルツ…とかいう単語が頭をかすめたが、浴槽に張り付いた長い一筋の黒髪を発見する

どうやら、頭おかしいのは俺じゃないらしい

頭おかしい何者かがこの家に忍び込んでいるらしい

「たっだいまぁ〜」
抑揚をつけてひとり挨拶するのは癖だ、自分の家に帰ってきた俺はソファにコートを投げ出して真っ先に寝室を目指す、そうそう恋人が来るからにはベッドメイキングは完璧にねっ!

…そういう訳じゃない、この部屋にあるパソコンをチェックする為だ

俺も情報屋の端くれ、自分の仕事部屋を荒らされるのは不本意極まりない、家の中に監視カメラをつけること位している

もっともマメに確認してるのは、ここ3日だけなんだけど

起動して録画したものを頬杖ついて眺める

俺が家を出てからの10時間以上を真面目に見ることはしない
欠伸を噛み殺しながら早送りのボタンをクリックする
この作業は退屈で死にそうだ…だから以前の録画分を俺は見てない

じゃあ何で、こんな事してるのか?

ただの興味本意だ、他人の家に忍び込んで一体何をしているのか?一体何を目的にしているのか?彼女は?あるいは彼は?それは恋慕からなのか?それとも憎悪からなのか?はたまた伺い知れない何かからなのか?しかも俺に何日かは気付かれずに侵入していた強者となれば

実に興味深い

その人物を覗き見たいだけ

それに…捕まえる気になればいつでも出来るし?強盗だか、ストーカーだか知らないけど、俺だって一応自分の身を守る術くらい十二分に備えてる

じゃなきゃ、池袋最強とベッドを共にすることは出来ないさ

ああ!…そうだ、今日はシズちゃんが来るんだった!
何をしようかなぁ?いや、ナニをしようかな〜?

桃色の想像を頭に描いていたら、6つに別れた画面の内もっとも右下端に何かが映る、マウスを操作し通常の再生スピードに戻す

黒いものが蠢く

それはウォークインクローゼットから覗く長い黒髪だとわかるまで少しかかった

女…か?

白いワンピースを着ているところから判断したが、余りにも人間離れした風貌からそうと言い切れるか自信がない

袖口からみえる手足はまるで枯れ木みたいにガリガリに痩せている

それなのに頭が異様に大きくアンバランスだ、ボサボサの髪が顔を隠しているため表情は確認できなかった

リアル貞子乙ww

う〜ん…もしかして3日間ずっとクローゼットにいたとか?

隙間女とかw都市伝説かww

でも俺は和製ホラーより13日の金曜日が好き、シズちゃんみたいじゃない?ジェ●ソンって?

頭をグラグラさせながら歩く女は俺のベッドに上がり座り込む

何をしているのか遠目じゃわからないので拡大する

…枕についた髪の毛しゃぶってるww

あ〜これ実はシズちゃんに(もちろん内緒で)したことあるけど、自分がされるとクるものがあるね
…精神に

口元しか見えない女は一心不乱にシーツに落ちた髪の毛を集めていたが

急に動きを止める

ガチャンと扉が開く音がして

『たっだいま〜』
って俺が登場するお決まりの都市伝説パターンww

…と思いきや現れたのは、金髪のバーテン服を着ている男だった
彼はタバコを燻らせながら寝室に入り

ベッドの上の女と暫く見つめあっていたが

先に気付いて逃げようとした相手をその長い足一歩で捕らえる

激しく暴れる女の手足は悲しいくらいに細い

パキリ、ポキッ、ポキポキッ

ペットボトルを潰すみたいな軽快な音が聞こえたが、何が行われているのかはわからない

二人は監視カメラの死角に入っていた

ときおり画面の隅で男の金髪がチラチラと揺れる

バキンッ!!

一際大きな、何かが折れる音が聞こえた

部屋の中には静寂が訪れ、画面を横切る彼は小脇に何だかよく、わからなくなってしまった物体を抱えていた

ガラララ!

ベランダの窓を開け、それを易々と外にほおり投げる

ポイッってまるで吸い殻捨てるみたいに

その後、男は10分くらいベランダで一服していた

『たっだいま〜』

間の抜けた声が聞こえれば、彼はサングラスを押し上げてゆっくりと室内に入り

あのウォークインクローゼットの中に身を隠した



画面では帰ってきた俺がパソコンの前で頬杖ついてる

その背後にクローゼットはあって


静かに開く音がした




本当ならここで臨也終〜了!ってなるハズだったんですけどね。


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