「新羅いねぇのか?」
 インターホンを押してもかしかしと手応えのない感触がする、どうやら電池切れらしい。でも電気メーターはぐるぐるとまわってる。借金の取り立て屋なんて仕事をしているせいかこんなとこで留守を確認する癖がついてしまった。なるべく壊さないようにそっとノブを回す、鍵はかかっていない。不用心な、と内心思うが自分の家などその比じゃない。
「勝手に上がるぜ」
  一人挨拶し玄関に入った瞬間、見覚えのある靴が目に飛び込んできた。そしてこの臭い。
「くせぇ……」
 奥歯が勝手にぎりぎりと鳴る。新羅のマンションを訪れたのは懲りない奴らに喧嘩を売られたからだ。おかげで鉄パイプが頭にヒットした。もちろん倍以上の仕返しはしてやったけどな。切れた額は痛くはねえが血で前がよくみえねぇし、自慢のバーテン服には真っ赤なシミが出来ちまった……それというのもどうせ奴の差し金に決まってる! 今日こそ殺す! 絶対に殺す! 殺す、殺す殺す、ぶっ殺す!
「いいぃざあぁあやあぁあ!」
 廊下とリビングを繋ぐドアを勢いよく開け放つ。白衣の背中が振り向き、ぎょっとしたように目を剥く。その前に座っている男は俺の顔をみてにんまりと笑った。
「静雄くんっ、ちょっとちょっと落ち着いて! うちの観葉植物引っこ抜かないでよ、それセルティと選んだのだから」
 わたわたと慌てる新羅を横目に手に持った植木をにやにやと気味の悪い笑みを浮かべている臨也に突きつける。
「てめぇ……のこのこと池袋に来てんじゃねぇよ、何しにきやがった! 答えなくても殺すけどなあぁあ」
 声を荒げれば臨也は首を傾げやれやれとでも言いたげに顔の横で手を広げた。そんなのシズちゃんには関係ないだろ? いつもの口上なら大体こうだ。
「そんなのシズちゃんに会いに来たからに決まってるだろ?」
「そうか、そうか。そんなに殺されたかったのか俺に」
「今日もシズちゃんは可愛いなあ」
「その嫌がらせはなかなか考えたもんだな……お望み通りぶっ殺してやっからそこを動くんじゃねえぞっ!」
 植木を振り回せば奴は容易くそれを避ける。ぱちんっと臨也の手の中でナイフが輝いた。切っ先を俺に向け嫌味なくらい朗らかに笑う。
「シズちゃん大好き」
「はあっ!?」
 恐ろしいことを口走りながら刃を振りかざす。
「俺は君が好きだ!」
シズちゃんラブ! ふざけた台詞と共にナイフを投げつけてくる。ぎらついた目と歪んだ口元はいつもと全く同じなのにどうにも調子が狂う。
「てめぇっ、バカにするのも大概にしろよ!」
「俺は本気だ、出来るならば君を」
 抱きたい、耳元で囁かれ背中に足の多い虫がはいまわる様な感覚がした。
「……殺す殺す殺す今すぐ殺す、ぶっ殺す!!」
「君に殺されるなら本望だね」
 奴の狂った頭をぶち抜こうと右腕を振り上げる。が、それも簡単にかわした奴は俺の脇をすり抜けていく。玄関口で振り向いた臨也はナイフを構える。
「愛してるよ、シズちゃん」
 うふふっと小さく笑い、それから俯く。ぴたりと動作が止まり――やがて、ぎゃああああと大きな悲鳴を上げ、頭をかきむしりながら走り去っていった。
「な、なんだありゃあ……頭の具合が悪いのか」
 ソファの後ろに隠れている家主に話しかける。
「君もよっぽど具合が悪そうだ。顔が青い」
「俺、今ものすげえ鳥肌たってる」
 腕をまくり上げたら鶏皮みたいだねえ、と新羅は苦笑いを浮かべた。




正直者はバカばかり2







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