あちら側へ行けそうな気がするんだ。 飛び立った彼は、向こうの地面にうまく着地出来ずに、あっという間に真下へと落下していった。ここから落ちたらいくら彼でも助からない。慌てて下を覗き込んだ俺は、絶叫していた。あああとか、おおおとか意味のない言葉の羅列を口から迸らせながら頭を掻き毟り、その場に転がる様にもがき苦しんだ。今感じている途方も無い哀しみは、彼が死んでしまった事に対する喪失からなのか、それとも俺が彼を殺してしまったという罪悪からなのか、わからない。 飛び移ろうとした彼の手を一瞬引いたのは俺なのに、それが向こう側へ渡らせたくなかったからなのか、それとも彼を殺したかったのかわからないのと同じ様に。 目を開けると、先程の出来事が現実では無かったとすぐに理解できたのに、俺は傍らの温もりが急に恋しくなった。 「・・ん、だよ・・」 眠りから目覚めた彼は、鼻声を出してモソモソとこちらに振り返る。 「突然抱きついてくるなんて・・恐い夢でも見たのかよ?ノミ蟲の癖に」 「・・シズちゃんの体、あったかい・・・」 質問に答えてねーよ、とボヤク彼の裸の胸に耳を当てればトクトクと刻む音に安堵する。 「何珍しく甘えてるんだよ?臨也くんよぉ」 意地悪く笑う彼は、俺の頭を優しく撫でる。俺は彼の背中に腕を回し抱きしめた。素肌が触れ合い心地いい。 「・・本当にどうしたんだよ・・臨也・・」 「シズちゃんが死ぬ夢を見た、」 「勝手に殺すなよ、俺は残念ながら早々簡単には死なないと思うぜ?お前もよく知っていると思うけど」 ハハと笑い声を上げ、俺の背中をあやす様に軽く叩く。 「で?何が原因で俺は死んだんだ?」 「落ちた、すごい高さから真っ逆さまに」 「ふ〜ん、俺はそんなんで死ぬのか、馬鹿にされたもんだな」 「・・死んだ、いや殺された、俺に」 背中にある彼の手の動きが止まる。そして、俺の背中を思い切りはたいた。 「いって!!バチンって言ったよ!!」 「ノミ蟲が常日頃から言ってる願望を夢に見ただけで大騒ぎしてるからだろ」 「そうだけど、そりゃ、そうだったけどさ・・今は違うじゃない?俺たち付き合ってる」 言いながら彼の頬を両手で包む。 「何だかよく判らないけどな」 俺は彼に口付ける。歯列をなぞり、舌を絡めとる。 「よく判らないけどキスは出来る」 「その先もする気かよ・・?」 舌なめずりしながら、笑う彼の目はすっかり欲に濡れている。 「・・ハハ、それを愚問って言うの知ってる?」 彼の鎖骨に噛み付き、窪みに舌を這わせる。 「お前、それ癖だろ?いつも始めはそこからだぜ」 「うん、好きなんだよ。いつかここから食い破れるような気がして。」 地面に墜ちて砕けた君の体を貪る。飛び散った脳髄は甘美だろうか、内臓は綺麗な薄いピンク色をして温かい血を滴らせているだろうか。 「おっかねぇな、このまま殺されそうだ・・あっ!」 「・・いいねぇ、二人でこのまま死んじゃおうか、なっ!」 深いところで繋げれば彼は満足そうな吐息をついた。 「はっ・・、俺を殺した時、どんな気分だった・・?」 彼の太ももを片方持ち上げ、自分の肩にかける。柔らかくて白い腿の裏に爪を立てれば、赤い線がよく映えた。 「・・虚しかったよ、君を失って」 彼の膝を抱え直し、腰を動かす。 「んあっ!・・そ、れで・・他には」 「君を!殺した罪悪に、打ちひしがれたよ・・!」 俺に貫かれている彼は妖艶な笑みを浮かべる。 「・・へぇ、それってまるで俺のこと愛してるみたいだな」 「下らない質問するね・・」 彼から離れると、連結部から粘ついた体液がシーツに垂れる。彼の髪を掴んで、荒々しく唇を奪う、獣同士が争いをしているような息遣いをしながら、口の端を濡らす彼は扇情的だ。 「ああ、俺もお前を殺してみてぇな・・」 うっとりと俺の目を見ながら微笑む彼は、俺の首に手を伸ばす。 「シ、ズちゃ・・ぐっ!・・」 「俺だったら手前の死体を奈落の底に落とすなんてヘマはしない・・」 ミシミシと締める手に力を入れられ、俺は懸命に息を吸う。 「ずっと傍に置いとくぜ、腐っても、骨になっても。きっと満ち足りた気持ちになる。お前は俺の手の中で永遠になれるんだから」 「・・・・っ!うぐ・・!」 俺の首を締めながら、彼は慈しむように笑う。 「苦しいのか?そうだよな、すぐに楽にしてやるからな?」 ボキリと嫌な音がしたきり俺の記憶は途切れた。 永久機関1 |