「保健室ってさ掃除の時間はカウンセリングルームになってるんだって? 俺それ知らなくてさ、掃除の時に指を切っちゃって、箒を振り回してた奴が花瓶を割ってさ、後片付け手伝ってたら人差し指の先をほら、結構ぱっくりいっちゃってるでしょ? もう大分良くなったけどね。でさ、保健室のドアに近付いたらなんか変な声が聞こえてきて……ちょっと普通じゃない感じがしたから、あのマジックミラーみたいなフィルムが貼ってある覗き窓あるじゃない、あれって端の方がすこし剥がれてて中が見えるんだよ、そしたら、君が」「あの人は悪くない」
 埃臭い体育館倉庫で怯えた目をした平和島静雄が俺にそう言い放つ。
「へええ、こりゃ驚いた。あれは合意の上なのか」
「ごうい……?」
「無理矢理君を押さえつけて何かエッチなことしてたわけじゃないんだ、君もノリノリだったんだね!」
「黙れっ」
 自分の声に驚いたのか相手は口元を手のひらで抑えた。
「黙っていられないよ。俺と同い年の男の子がさ、変態野郎に犯されてるんだ。ほっとけないよ」
「違う! あの人は、先生は悪くないっ」
 自分を正当化したいのだろう、声を荒げる相手。その胸元に指をつきつける。
「何で?」
「そ、れは……俺が悪い子だから」
「はあ? 悪い子だからお仕置きとか、マジで? 何で君がそんな理不尽を黙って受けてるの、ぶっ飛ばせばいいじゃん今日みたいに」
「違う! 悪い子が治るように、ああしてくれてる!」
 俺は目の前で頬を上気させている顔をまじまじと見、それから鼻で笑った。
「馬鹿じゃないの? そんなことすっかり信じこまされて、ねえシズちゃん?」
 琥珀色の瞳が大きく見開かれ、ついで唇が戦く。
「カウンセラーの先生は君のことそう呼んでた」
 シズちゃん、もう一度口にしたら左の拳が飛んできた。寸でのところでそれを避ければ背中が跳び箱にぶち当たった。
「あぶないなぁ……俺に怪我させたらこのこと言い触らして君の大事な先生をどこかにやってしまったり出来るんだけど、そういうことは考えない? 君バカそうだもんねえ? まあ、はっきりバカなのだけど」
 声をたてて笑えば相手の肩が小刻みに震えた。泣くのかな?泣くところみてみたいな――顔を上げた彼の目には黒々と渦巻く憎しみが宿っていた。
「てめぇ何がしたい」
「さあ、どうしようか? 君はどうしたい?」
「ごちゃごちゃ言ってんじゃねえ、先生のことはしゃべるな。その代わり何をさせる気だ」
「意外と賢いじゃないか」
 俺もセックスしてみたいな、そう耳元で囁けば彼は俯いた。
「……絶対に他に漏らすんじゃねえぞ」
 顔を上げた彼の顔があんまりに必死だったので吹き出しそうになるのをなんとか堪えた。

 重ねられたマットレスに腰掛けて彼は俺を睨む。
「あいつの前ではそんな顔してなかったじゃない」
「るせぇんだよ」
 むかい合えばまた胸がどきどきと脈打った。
「何してンだよ、ズボン脱げば?」
「あ、ああ」
 それからどうするの? とは聞けない。彼はマットの上で諦めたように寝そべっている。
「きたねぇベッドだな」
「保健室のベッドとは違う?」
 ドラマでみた映像を手繰り寄せ仏頂面の相手に覆い被りトレーナーをたくしあげる。
「んなのいいから早く済ませろ、別に痛かねえし」
 捲れたトレーナーを元に戻して彼はブリーフを脱ぐ。
「早くしろって、何だもうたってるじゃねぇか」
「うん」
 急にパンツを脱ぐのが恥ずかしくなってきた。彼は舌打ちをして俺の下着に手をかける。
「まさか大口叩いといて怖じ気ついたのかよ?」
「……ねえ、本当にそこに入れるの」
 確かに話では聞いたことがある。トレーナーと靴下だけの彼は四つん這いになり後ろを向き、また舌打ちをした。
「やり方知らねぇの? お前ガキだな」
「知ってるよ! ただちょっと確認しただけだろ」
 バカにした口を聞く相手にムキになった俺は乱暴に彼のお尻の間を広げた。人のこんなところ初めてみた。
「シズちゃんのうんちする穴はなんだかかわいいね」
「じろじろ見るなっ」
 赤ちゃんの唇みたいなそこをじっくり見ようと尻を引っ張ったら彼の片手がそこを隠した。
「もっと見たい」
「ダメだ、早く終わらせろ」
「え〜」
「早くしろ、誰かきたらどうする」
「本当に痛くないの?」
「ああ」
 お尻の穴にそっと自分のちんこを近づけたら彼の体が震えた。俺は先っぽを少し入れてみた。
「んっ……なにこれ自分でするより全然気持ちがいい!」
 一度中に入れてしまえば腰が勝手に動いた。彼は無言でときおり荒い息を吐き出す。暗い体育館倉庫に俺の情けない声だけが響いた。途中で彼の顔がみたくなって無理矢理仰向けにしたら、彼は泣いていた。ぐしゃぐしゃに歪んだ顔をみて俺は初めて人の腹のなかに精子を吐き出す。行為はほんの数分で終わった。
「お前……名前は?」
「折原臨也、学年も君と一緒。ちなみに隣のクラス。今まで興味もなかった?」
「もう忘れるつもりだ」
 淡々と身支度を整える彼の鼻はまだ少し赤い。
「ねえ、まさかこれ一回で済むと思ってないよね?」
 おんぼろの天井には穴が開いていて、そこから光が漏れ出てる。照された顔は俺をまた興奮させた。その泣きそうな顔は最高。
 
 静かになった体育館倉庫。彼が立ち去った後、血のついたマットレスをみて俺は思い出した。
 最初はこんなことなどするつもりはなかったと。彼は嫌嫌カウンセラーに行為を強いられていて、それを俺は助けてあげる予定だったのに。それが裏切られた。期待が外れた。それどころか彼はどうもあの犯罪者に飼い慣らされてるらしい。ひどく腹が立った。だから傷つけた。
 でも今更、もう笑った顔は見られない。こうなったら困らせて困らせて困らせて俺のことをもっと知ってもらおう。今そう決めた。
「ずっと前から好きだったなんて、言えるわけがないんだ」
 掃除の時間が終わったのか、どこからかはしゃぎ声がする。それは遠い世界の出来事みたいに聞こえた。



思春の森 後篇


この二人にはいつまでも思春期でいてもらいたいものです。


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