「君にこの仕事を任せたのはいつだったかねぇ?」 「先月の10日です……」 随分前になるんだねえ、男の悪趣味な金の指輪が光り俺は目を閉じた。 「申し訳ございません、でした」 なるべく声を抑え目に24歳の若造が委縮している体を取らなければならない。 「君も、なかなかに忙しい身だというのは方々から聞いているからね、仕方ないとは言えこちらもビジネスだからさ」 男が話すたびに揺れる腹を見ながら一体何を食えばこんなにブクブク膨れるんだ? 俺がこれくらいの歳になって同じ様相になったら絶対に死のう。そう考えながら俯く。 「今回の件に関してはもちろんお代は結構です、再調査に関しても料金はいただきません」 「それは有難い、まあ仕事の合間にゆっくりとやってくれて構わんよ」 男は待っていたとばかりにつるりと禿げあがった頭を撫で笑った。俺はこいつと縁を切ることを考えた。しかし、脳内の計算機が損する率が高いことを叩き出す。 「滅相もない、早急に取り掛からせていただきます」 革張りのソファから立ち上がって男と握手する。応接机に置かれた片目のダルマが俺を嘲笑った気がした。 ――ああイライラする。なんで俺がこんな目にあわなきゃならないんだっての! 「ちょっともう聞いてくれよあの狸親爺ふざけやがって俺が言ってることまるで」 「玄関で立ち話もなんだから靴を脱いでくれるかな、折原君?」 気がつくと上がり框に土足でいる俺に新羅は苦笑いでスリッパを差し出した。 「ああ悪いね、別に喉が渇いたから何か欲しいとかそういのはいいからね」 「はいはい、コーヒー淹れるから待っててよ」 たくっ、うちはボランティアで喫茶店をやってるわけじゃないんだけどね。ぶつくさ言っている新羅を後目にラックケースから雑誌を取って、リビングに置かれているクッキーの缶からジャムのついているものを一枚拝借する。それからテレビの前にあるソファに沈みこんだ。 「砂糖いるかい?」 「いらなあい。あ、このクッキーしけってるよ、ちゃんと蓋しめとけってもお」 文句を言いながらしけてはいるがまあ味は悪くないクッキーを口に入れる『今年の夏こそ腹筋を鍛えて、海に繰り出そう!』と謳われているページに表紙を見ると20××年7月号と書いてあり俺は読み気が失せてそれをガラステーブルに置いた。情報は鮮度が命である。それに今は水着姿のギャルを見ても肌寒くなるような気候だ。ギャル? 俺はオヤジかっつーの! オヤジ、そうだあのヒヒオヤジ! 思い出すとまたムカムカしてきた俺はテーブルに置かれてるグラスに気がついた。茶色い液体がなみなみと注がれているグラス。喉が渇いていた、出来れば炭酸がいい。喉元を通り抜けるはじける泡がこの苛々を鎮めてくれるかもしれない。そんな単純な思いからそれを掴み一気に飲みほした。 コーラに、うがい薬を半分足して、アクセントにレモン汁を加えたような味。簡単にいうと 「不味い……なにこれ」 「ちょっと! 折原君そのコップの中身まさか飲んだの!?」 カウンターから顔を出した新羅が真っ青な顔でこちらを見ている。 「実験道具を安易に普通のグラスに注ぐ君の父親も悪いと思う」 「僕、ちゃんと移し替えてって言ったんだけどな……」 ため息をつく新羅はテーブルに湯気のたつマグカップを乗せ、自分の分を膝に抱えて向かいに腰掛ける。 「で、今のところ特に異常はみられないけど遅効性なのかな? 王道なところで女体化? 子供化?」 「君が何を言っているかよくわからない。けれどもう既に効果は出ているはず」 「言ってごらん、怒るから」 「怒るんじゃないか、やっぱ! 勝手に飲んだ君にも非があると僕は思うけど?」 「いいから早く、怒らないから。ただ脅しのネタに使うだけだから」 「十分怒ってるじゃないか……まあなんて言うか、ホ、ホンネデールとでも言おうか」 「今考えただろそれ」 「あ、わかった?」 悪戯な笑みを浮かべる相手を半目で見据える。一拍置いてから、肩を落とした昔馴染みはぼそぼそと話し始めた。 「自白剤みたいなもんかなあ」 「それって!」 「違う違う、危ない薬は使ってないよ! 合法的な材料を使ったものだ」 「ははあ、お前セルティに使おうとしたな」 「……日頃余り本音を言わない彼女のワガママを聞いてみたいと思うのはやっぱりいけないことだったかな?」 「いや、その前にこれ人外に効果あるわけ?」 「いや、今まさに人体実験が始まったところ」 「それ俺のことだろ! ふざけんな!」 「おお怒ってる怒ってる、効果は抜群みたいだね。普段感情を余り出さない君は色々とストレスを抱えてるんだろ? たまにはいいじゃないか。そうやって素直になるのも」 「なんだって新羅の変態的な恋慕の犠牲に俺がならなきゃいけないわけ、大体あの液体注射する以外首なしライダーは摂取出来ないじゃないか、今あいつの首はむぐむぐまぐぐ」 「おや、何かものすごく重要な秘密を漏らそうとしているみたいだけど……自分で口を封じることは出来るのか。体の動きはコントロール出来てしまうようだね、残念」 「お前なんかいやらしいことに使おうとしてたろ」 「恋人にいやらしいことを求めたらいけないの?」 「そんな澄んだ目で見つめてくるな、全く忌々しいな!」 リビングでがたがたと騒いでいた俺は気がつかなかった。こんなことしてる暇があるなら効き目が切れる時間だけ聞いてさっさっと立ち去ればよかった。今になって後悔してももう遅いのだけどね。全く忌々しいことに。 正直者はバカばかり |