血はもうすっかり止まっている。ひきつれたような傷跡は残っているが、これも時期治るだろ。なんせ、俺は

「…化物か」

いつもの歩道橋、いつもの帰り道。血がついたバーテン服は流石に着ていられない。トムさんに借りたシャツは少しサイズが小さかった。

今日は三日月。少し欠けているせいか、誰かの嫌な笑みに似ている。

臨也の憎悪が宿る目を思い出すと、胸が痛んだ。
(慣れているはずだったんだけどな・・・)
久方ぶりの臨也との再会に俺は戸惑った。

(まぁ、好きな相手にあんだけ嫌われりゃ戸惑いもするよな)
一人自嘲気味に笑う。

俺は折原 臨也にずっと以前から惹かれていた。
奴に化物と呼ばれ、ナイフで刺される俺は長い事、臨也に一方的な思いを抱いている。

きっかけは奴の目だった。人間が好きだと言いながら、誰も寄せ付けない冷たい赤い目。暗い瞳から孤独を見つけた時から、俺は臨也に心奪われた。

こいつも俺と同じだと強く感じた。

執拗なまでに第三者の立場を気取るのは他人と交わる事が出来ないからだ。自分という異質を隠す為に、人と距離を取らずにはいられない。あいつは俺と似ている。あいつと孤独を共有したいと切望した。出来るならば、あいつの孤独を癒したいとさえ身勝手に願っている。

ただ、この好意を伝える訳にはいかない。なぜなら俺は平和島静雄であり、臨也から嫌悪以外の感情を向けられた事が無いからだ。俺があいつに告白したらどうなるか?そんなの嗤われ、蔑まれ一生俺の前からあいつがいなくなるのは容易に想像出来た。だから、俺は奴から離れない為にも、嫌われ続けなければならない。マイナスの感情でも良いから臨也の気を引いていたかった。臨也の傍に居られれば何でも良かった。

そう思ってた、今までは。

静雄、と呼ぶ声に振り返る。

「待たせてしまったかな。」

「奈倉・・いいや、今来たばかりだぜ。」

「嘘ばかりついて、こんなに手が冷えているじゃないか。」

俺の手を取り、優しく握りしめる奈倉。その手に指輪は見当たらない。昼間みた臨也と全く同じ見目に対し、その俺に向ける態度はガラリと変わっている。

二重人格、多重人格、または解離性同一性障害

最近覚えたての浅い知識を思い出す。
折原 臨也は月の出る夜にだけ、奈倉として俺の前に現れる。あの出会いから、三回の満月を数えていた。

「・・・今日も晴れて良かった。会いたかったぜ。奈倉、お前に。」

「珍しい、そんな可愛いセリフが聞けるなんて。」

宣告通り、俺への愛を告白し続けた奈倉。臨也への惨めな片思いに苦しむ俺が、その甘い囁きに堕ちるのに大して時間はかからなかった。

折原臨也は何かに心を病んでいるのか?それならば、早くこの状態を改善しなければならないと通常の人間なら思うのだろう。ましてや、好意を抱いているなら尚更だ。

しかし、この状況をやすやすと手放すなんて、俺には無理だった。

「なぁ、早く行こうぜ。夜は短いんだ。」

俺の手を握ったまま、まるで三日月みたいに薄くほほ笑む奈倉。
その暖かい手は今まで俺が熱望していたものだった。
優しい眼差しに、ほの暗い罪悪感を抱く。


臨也そっくりのその男と、俺は今日もセックスする。


 
「今日はどうしたんだ、静雄?」

歓楽街から離れた、錆びれたホテルの一室。

奈倉に組敷かれ、耳たぶを甘噛みされる。

「んっ…何が?」

シーツと裸の上半身が擦れる音がする。首筋を舐められ、俺は身震いをした。

「なんだか、ひどく大人しい。何かあった?」

「…別に、何も。大人しい方がお前にとっちゃ都合いいだろが。…あっ!」

胸の飾りに軽く歯をたてられる。
確かに、と笑う奈倉の柔らかい髪をなぜる。

「てっきり俺以外の誰かの事考えてるのかと思ったよ。」

「今、俺の視界はお前でいっぱいだぜ、奈倉さんよ。」

舌をからませキスをする俺達。二人の間に糸が伝う。

そうだ。俺はお前と抱き合いながら折原臨也を想う。奈倉はあいつの顔で優しく微笑み、あいつの声で愛を囁く。俺は満たされない気持ちを埋めようとしている。

「な、奈倉…お願いがあるんだ…ハァ…!」

敏感な部分を執拗に攻められ吐息がもれる。

「何なりと、静雄の願いなら。」

俺の胸元に舌を這わせる奈倉は、赤い目を細めた。

「もっと乱暴に抱いてくれ…」

俺の言葉に一瞬瞠目した奈倉だったが、すぐに口の端に笑みを浮かべ、耳元で囁いた。

「お望み通りに」

俺は今、目の前の男に激しく貫かれている。安ホテルのベッドが軋む。

「ハッ!い…!もっと…強くしてくれ…!」

ズルリと性器をいきなり引き抜かれ、無理矢理うつ伏せにされる。

「じゃあ、四つん這いになって。静雄のいやらしい所をもっと良く見せて。」

「な、に…?」

「可愛くおねだり出来たら、もっと良くしてあげる。」

「…ん、無理だ。そんなの…!」

顔を上げようとしたら、髪の毛を掴まれベットに頭を強く押し付けられる。

「静雄、俺はお願いじゃなくて命令してるんだよ。」

そう優しく語りかけながら、後孔に何本も指を突き刺される。

「…ヒィ!痛ぅ…!」
「静雄は体は丈夫なのに、こんな所だけ敏感なんだから。・・まぁ、そこも大好きだけどさ。」

ぐちゃぐちゃと粘膜をかき混ぜられる。その指をさらに奥へと進められ、体がビクリと反応した。

「あうっ!…な、くら…そこは」

「あぁ?痛かった?それは、すまない。」

クスリと笑い、指を引き抜かれる。

「ち、違う…そこ…」

「え?聞こえないな。ちゃんとお願いしてごらん、続きをしてあげる。」

俺はそろそろと立ち上がり、獣の様に四つん這いになった。羞恥のせいか、顔が熱い。

「さぁ、もっと俺に見せてくれよ。」

体の下から腕を出し、唇を噛み締めながら自ら指で押し拡げる。

「すごい恰好だね、静雄。石榴みたいに熟れた中が丸見えだよ。耳まで真っ赤にして恥ずかしいんだろ?そんな事までして俺に抱かれたいのか?」

俺はコクリと頷く。こんな不様な姿をさらしても、臨也に抱かれると思うなら平気だ。

「この淫乱」

罵られてもかまわない。この瞬間だけは、俺の望みは叶えられているのだから。

「なぁ…早く、早くしてくれよ…!」
「良く出来たね、最高にみっともなくて可愛いよ、静雄。ご褒美をあげよう。」

そう言いながら俺を振り向かせ、抱きしめる奈倉とキスをする。息継ぎが上手く出来ずに、涎を垂らしてしまう。なんて情けない俺。

臨也が奈倉だから抱かれているのか?奈倉に抱かれているのか?本当はどうでもいいのかもしれない。奈倉の存在は本当に臨也の別人格なのか?それとも俺の創り出した妄想なのか?それもどうでもいいじゃねぇか。だって、俺は今、とんでもなく幸せだ。

ああ、けれども昼間の臨也に会わせる顔は、もう俺には無ぇよ。こんなに卑しく醜い化け物は、あの美しい孤独な男と向き合う資格なんて無い。

「静雄…何考えて、る?・・うっ!」

奈倉の動きが速くなる。限界が近いのか苦し気な顔をしている。その表情は今日の臨也によく似ていた。

「はぁ!…だからお前の事…!お前の事しか考えて、ね…、あ、ひっ!!」

一際強く打ち付けられ、歓びの悲鳴をあげる。

「…お前って誰の事。教えてくれよ?」
激しく揺さぶられながら、俺は名前を呟く。

かすむ視界の中、俺の前で笑っているのは誰だ?

熱い飛沫を体内に感じ、俺の意識は暗闇に落ちた。


暗闇の中、パソコンの画面を眺める。頬杖をついた俺は、流れている映像をぼんやりと見ていた。

「折原さん。いかがですか、その動画の出来は?」
背後から声をかけられたので感想を述べる。

「先ずは、こんな下らないものを作ろうとした、発想を誉め称えるよ。ただ、それを実行に移した事は愚かとしか言いようがないね。」

平和島静雄の凌辱動画なんて、どこに需要があるんだ?撮影者を滅多刺しにしたい。質問してきた相手が黙っているのをいい事にさらに話を続ける。

「いや〜最近のCG?それとも特殊メイクかな?この役者さん結構似てるよ、胸糞悪くなる位には。まさか、羽島幽平だったりしてぇ!…あ〜でも、やっぱ全然似てないや!」

あの平和島静雄によく似た男が、だらしなく唇を開け、恍惚の表情を浮かべている。焦点が合わない目は、どこに向けられているのかわからない。

「ねぇ、ねぇ?この無修正ハードゲイ映像は誰が撮ったんだよ?気持ちわる〜い!てか相手は誰さ。こんな狂気の沙汰を演じたのは誰だよ?」

「いつまで惚けるつもりなんだ。折原臨也?」

後ろから現れたのは、紛れもなく俺と同じ顔、同じ姿をした男だった。唯ひとつ違いを述べるならば、その両手は指輪をしていない。

「…何だって?」

「あれを演じてるのはお前だろ。いい加減に認めろよ。」

男は冷めた目で、こちらを馬鹿にした風に見ている。

「はぁ?何を言ってるのか、意味がわからないんだけど?」

「なぁ、いつまで俺は奈倉を演じなきゃならないんだよ?」

「何を言ってるんだ、本当に?お前は誰だよ!」

「俺はお前だよ、折原臨也。静雄からの愛を渇望するお前自身じゃないか。」

目の前が怒りの為か、チカチカする。ぶるぶると唇が震えた。

「…馬鹿じゃないのか!?俺があの化物に愛?アハハハ!!傑作だよ!可笑し過ぎて反吐が出る!」
ナイフを手に取り、相手へ投げつける。
ザクリと確かな手応えがし、さびた鉄の臭いが漂う。

「…おい?どんな手を使ったんだよ?この俺に傷をつけるなんてさ…」

奴に向かって投げたはずのナイフは、俺の右腕を突き刺していた。血が腕から伝い、床へと落ちる。

「だから言ってるだろ?俺はお前だって。悪あがきは止めて認めた方がいい。」

”お前は静雄を愛してると”

「…はぁ?そんな事有るわけが無いんだよ!俺が心から死を願う、あの男に?悪ふざけも度が過ぎる!」

「…我ながらお前にはがっかりさせられるよ。じゃあ何故、俺が生まれた?奈倉は何故、静雄を愛してる?答えは明確じゃないか。」

呆れた様に腕を広げる、俺に似た男。その口がさらに俺を問い詰める。

「奈倉は何故、静雄を抱く?お前が抱きたいからだろ、臨也?」

「… 違う!そんな事は無い!!黙れ!!」
蒸し暑い空気のせいだけでなく、俺の額から汗が伝う。

「そうか?まぁ、ひとりの人間すら愛せないお前に、そんな意気地ないものな?」
「…なに?」

ニヤリと笑いながら、俺に近づき胸倉を掴む男。赤い眼が俺の前でぐにゃりと歪む。

「お前はいつも逃げているものな?それを人間すべてを愛してるからと言い訳してるんだろ?本当は恐いだけだろ?誰か一人を、静雄を愛する事がさ」

奴の手が、俺の腕に刺さったナイフを抜き取る。

「…くっ!おい、調子に乗るなよ。お前の言っている事は全部出鱈目だ!なんの根拠も無い下らない戯言なんだよ!」

腕からの出血が止まらない。生暖い傷跡を押さえる。

「そうかな?俺という存在自体が根拠に為りうると思うよ。人の愛し方がわからない寂しい男がつくりあげた別の人格、それが奈倉だ。」

「煩い!黙れ!!」

「…あくまでも認めないつもりか。まぁ、お前がそれで良いなら俺も無理強いする訳にはいかないな。」

ナイフの切っ先を指で弄びながら、男はそれにと続けた、

「最近は俺だけが、あの惨めで憐れな静雄を知っていれば良いと思っているんだ。愛に餓えた化物を飼い慣らすのも面白いかなってさ?」

相手の言葉から頭に血が昇る。

「…ふざけるな!あれは俺のものなんだよ!」

アハハハ!!

「やっと本音が出たじゃないか?臨也?でもさ、お前みたいに捻くれた人間が人を愛することなんて到底無理なんだよ!」

これは愉快とでも言いたげに奈倉は笑い続ける。

「そんなのお前に判断される筋合いは無いね!」

「それが判断出来るんだよ、何せ俺はお前なんでね。」

にんまりと笑みを深くし、ナイフを俺に向けてくる。

「静雄に昼間こっぴどく振られてたじゃないか?もう折原臨也は必要ないんじゃないか?」

「…そんな事は認めない!」

「ならば確かめてみようか?静雄に聞いてみよう。」

ニコリと笑いながら、パソコンのマウスを触る奈倉。

「せっかく静雄の可愛い声が聞けるのにミュートかけてるなんて、勿体無い。」

淫らな水音と、荒い息使いが聞こえる。

「やめろ…!聞きたくない!」

こんな卑猥な表情をする平和島静雄は知らない。こんなあられもない、厭らしい恰好を平和島静雄がするはずがない。それを俺が望んでいるなんて嘘に違いない。

「なぁ、静雄は誰の名前を呼んでるのか?聞きたいだろ?」

「やめてくれ!!」

「嘘つくなよ、一番確かめたがってるのはお前さ、臨也」

俺は耳をしっかりと塞いだはずだった。なのに、その名前を呼ぶ、掠れた声がはっきりと頭の中に響いた。


「はっ!…はぁ、はぁ…」

暗い室内では、空調機の稼働音だけが聞こえる。

浅い眠りから醒めた俺はパソコンの時計が午前3時を過ぎていることに気付いた。仕事をしていたつもりが、どうやら居眠りをしていた様だ。それにしても、悪夢でも見ていたのだろうか?心臓の鼓動がやけに早い。喉の奥が大声を出したかのようにヒリヒリと痛む。
突然の焦燥感に不安を覚える。大事な何かを忘れている気持ちになる。しかし、夢の内容を一向に思い出す事は出来なかった。

「最近疲れてるな、俺は…」

デスクに置いてある睡眠薬は効かなかった様だ。眠りが浅く、良く眠れない。お陰様で仕事に追われる毎日だ。

「…あれ?指輪どこに置いたんだ。」

ふと手をみると人差し指の指輪が見当たらない。後で、洗面所でも探してみるかと一人考える。
頭の中が霧に包まれている様なもどかしい状況を変えるべく、外の空気を吸うため締め切った窓を開ける。

そこでは赤い三日月が、俺を見下ろす様に笑っていた。






the man in the moon後編




二重人格設定の奈倉に夢を描いてるの、アタイ


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