煙を追いかけて、標的に近付く。昼間の池袋、喧騒から離れた暗い路地裏で俺は相手に声をかけた。

「平和島静雄さぁ〜ん♪」

バッと振り返った池袋最強は驚いた表情を一瞬したが、俺を一瞥するとすぐに無表情になった。

「…なんだノミ蟲か。何か用か?」

「なんだとは随分な挨拶じゃないか?俺が池袋に来たのは久しぶりだろ?」

「そうだったか…」

なんだこの間抜けな返答は。期待通りの反応ではなかったので、俺は相手を怒らせる言葉を選んで話し出す。

「最近大きな仕事に追われていてね。シズちゃんに会いに来たかったけど来れなかったんだ、寂しかった?」

「…そうか。」

おいおい、どうしたんだ、自動喧嘩人形さんよ?何か悪い物でも食べたのか?そんなに効く毒物があるなら、とっくに試してるんだけど。もちろん目の前のアンタにさ。

「どうしたのシズちゃん?元気がないじゃない?いつもの無意味に短気、単細胞な君はどこに行ったの。この数ヵ月に何かあった?」

「…別に。」

俺とは目を合わさずに下を向いて、タバコの煙を吐き出す相手に無性に腹が立つ。

「面白くないなぁ〜こんなの。実に詰まらない…。俺は怒り狂った化物と少しばかり遊んでやるつもりだったんだけど。何これ?生理にでもなった?シズちゃん性別的にはオスじゃん。」

「臨也…下らねぇ事言ってないで用が無いなら、どっか行けよ。こっちは、まだ仕事が残ってんだ、邪魔しないでくれ。」

奴はチラとも此方を見ずにタバコを地面に落とし、革靴でもみ消している。どういう状況だよ、これは。あの平和島静雄が、脳ミソの大分軽い化物が、俺が仕掛けた喧嘩に乗ってこないなんて。ああ、そうか。なら、こいつは好機と考える事にするよ。

仕込みナイフを袖口からそっと忍ばせると、奴に向かって投げつけた。

お気に入りであろうバーテン服が胸元から裂け、そこからは血が流れ出す。いい気味、いい眺めだ。今度こそ反撃に備えて身構える。
「おい、俺を怒らせたいのはわかるけどな。いい加減にしろよ。もういい年齢なんだ、大人になろうぜ。お互い。」

「へ〜?君、本当にシズちゃん?ちょっとオカシイんじゃないの?頭のネジがさらに取れちゃった?」

俺の事をウンザリしたような顔で見てくる奴。その目が気に入らなかった俺は、あいつの手に思い切りナイフを突き立てた。

ナイフはしっかり、手の真ん中を貫通している。その柄を掴み、ぐちゃぐちゃとかき混ぜる。

「ねぇ痛い?どうせ痛くないんだろ?君みたいな存在この世に存在してたらいけないんだよ、本当に虫酸が走る。…ねぇ?どうしたら死ぬの?」

”この化物”

と吐き捨て奴の顔を覗き込む。俺は怒りに燃えたあいつの表情を待ち望んだ。だが、そこに浮かんだものを見て、驚いた俺はナイフから手を離した。

なんだよ、その苦しそうな顔は?まるで何かに刺されて痛がってるみたいじゃないか!

「はぁ?アハハハ!!おい、化物が一丁前に痛がるなよ?笑わせないでくれ!」

「臨也、俺にかまうのはもう止めてくれねぇか?」

さっきの表情はまるで嘘の様に消えていた。やはり、痛がる素振りをこれっぽっちも見せずに自らナイフを抜き取る奴に困惑が隠しきれない。血まみれのナイフがカランとコンクリートにぶつかる。
「はぁ?シズちゃんのしゃべる言語意味わかんない?それは人間の言葉に訳すとどんな意味なんだよ。」

”俺の前に二度と現れないでくれ。”

そう奴は告げると、背中を向け去っていった。憎しみをさらに募らせる俺を置いて。

(・・・化物の癖に生意気なんだよ。お前が俺から逃げるなんて許さない。)

強く拳を握りしめたせいか、気付くと掌から血が滲んでいた。

The man in the moon 中篇







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