俺は見知らぬ人間とセックスをしている。しかも相手は、男だ。俺は相手の後ろから覆い被さり荒々しく腰を突き動かしている。最高に気持ちがいい。男の細い首が、興奮からか朱に染まっていく様を満足気に眺める。俺は今この男を、支配していると思うと体の奥から例えようの無い愉悦が沸き上がる。ふと、相手の顔が気になった俺は、その金糸のような髪を掴み、無理矢理振り向かせた。

「…はっ!はぁ、はぁ、なんて夢だ…」
俺は悪夢から飛び起きた。呼吸は荒く、額にはうっすら汗をかいている。心臓がドクドクと脈を打つ。
パソコンの時計は午前3時を過ぎている。仕事をしていたつもりが、どうやら居眠りをしていたようだ。

それにしても、なんて最悪な夢だ。振り向いた顔を思い出す。
男はあの、憎くてたまらない平和島 静雄、心底嫌うあの化物だった。

「疲れてるのか俺、どうかしてる…うっ…!」

思い出したら吐き気を催した。手近にあったミネラルウォーターのペットボトルを慌てて開け、勢いよく水を飲み干す。

「チッ…一体なんなんだ…」

ギリと歯噛みし、口から零れる水を忌まわしく拭う。

俺が、平和島静雄を抱く夢なんて見るわけがない。只でさえ、そっちの趣味は無いんだし、男なんか真っ平御免だ。しかも相手があの化物だと?有り得ない。もし、あいつとセックスしなけりゃ死ぬなんて場面に出くわしたら、間違いなく死を選ぶ。ていうか、それどんな場面だ…?

ハァ、と溜め息をついて座椅子の背にズルズルと凭れる。

「仕事のし過ぎか…?」

一人呟き、立ち上がる。気分を変えようと夜風に当たるため、窓を開けた。


デッケェ月が出ていやがる。真っ暗闇に、ぽっかりと白い穴が空いている。いつもの歩道橋、いつもの帰り道。いつものバーテン服を着て俺はまん丸な月を眺めていた。キレイというよりは、デカ過ぎて何だか恐ろしさすら感じる。まるで、大きな目玉が俺を爛々と狙っているみたいだ。
「人を飲み込んだりしてな…」

誰もいない事を良いことに独り呟いたつもりが、返事があった。

「今日は満月らしいですよ?」

聞き覚えのある声に振り向く。

「ノミ蟲…てめぇ!昼に殺り合っただけじゃ足りなかったのか!?あぁ!?」

臨也はいつもの黒コートを着て、いつの間にか俺の背後に立っていた。

「今晩は、平和島静雄さん。いや?初めましてですね。」

”俺は奈倉と言います。”

そう話し終えた奴は恭しくも、丁寧にお辞儀をした。

「…新しい遊びのつもりかぁ?臨也君よぉ?残念だけど、どっからどう見ても、てめぇはノミ蟲にしか見えねぇんだよ!」

「そうですよね?いきなり、こんな事を言っても信じていただけないでしょうが、俺は折原臨也ではありません。」

「…アホか!お前は残念だが臨也以外の何者でもねぇ。そのいつでも暑苦しい真っ黒な恰好!すかした面!聞くだけで耳が腐る、その粘っこい声!それから趣味の悪い指……」

「ああ、俺は指輪しないんです。なんだか気取っているみたいで好きじゃなくて。」

ニコリと笑いながら両手を俺の前で広げる臨也。

「…バカじゃないのか?そんな取り外しが出来るもの付けて無いから、他人です、なんて。冗談にも程があるぜ。」

ニコニコと俺の話を聞いているノミ蟲。いつもと違うニヤニヤ笑いではなく、その微笑みっていうのか?優しく笑いかける感じ?に激しい違和感と、同時に寒気を覚える。

「無理に信じて欲しいとは言いません。そんな事よりも、俺がここに来た理由を聞いてくれますか?」

「あぁ?下らねぇ事だったらぶっ殺すからな。」

フフッとさも楽しげに含み笑いをするノミ蟲。

「実は貴方に会いに来たのです。平和島さんに伝えたい事があって来ました。」
「おい…もったいぶらずに早く言えよ。他人の割にはキャラ設定がなってねーな?いつもと変わんねぇぞ。」

これは失礼と、咳払いをした臨也を訝しげに眺める。なんて言うか…
いつもの刺々しい雰囲気?黒々と渦巻くオーラだっけか?が感じられない。と頭を捻っていた俺に、衝撃の言葉が襲いかかる。

「俺は貴方の事が好きです。出来れば付き合って欲しい。」

ズルッとずれたサングラスを中指で掛け直す。

「臨也… 下らねぇ事だったら殺すって、俺言ったよな?……そうだな。じゃあ、お望み通りお前と付き合ってやるよぉ…地獄の入口までなぁ〜!!!」

渾身の一撃をノミ蟲に繰り出す。だが、俺の右腕はいつもの様に容易く避けられた。続いて左、右と拳を、さらには足蹴と連続攻撃をするが、すべて空振りに終わる。

「てめぇ…!避けるな!!男なら当たって砕けろだろ!!」
「ご冗談を。貴方の拳をまともに受けたら、砕ける程度まだマシでしょう。」

ニコッと笑いながら、ヒラヒラと舞うように逃げる臨也。だがここは狭い歩道橋だ。すぐに追い詰めた。

「…おい、コラ?俺をバカにしてんのか?いつものナイフはどうしたよ?」

「俺はナイフを扱えません。それに貴方を傷つけることなんて出来ない。」

薄ら寒い台詞を吐く奴に、俺の怒りは萎えた。

「嘘つくのもいい加減にしねぇとホントに死ぬぞ、この野郎…なんだか弱ノミ蟲を相手にしてるみてぇで興が覚めた、さっさっと失せな。」

「そういう優しく真っ直ぐなところも好きです。」

「まだ言うか!!テメェ!!」

再び繰り出した右ストレートを避けたノミ蟲は、歩道橋の手すりにトンッと飛び乗る。

そしてデッケェ月を背中に、こんな事をのたまいやがった。
「また月が出ている夜にお会いしましょう。信じてもらえる様、何度でも好きだと伝えに来ます。」

そうして、奴は優雅にお辞儀をすると、手すりから下にまっ逆さまに落ちた。

暫く、呆然としていた俺だったが、車の駆動音にハッと気付く。歩道橋の下を覗き込んだが、そこには何台かの自動車が通るだけでノミ蟲の姿は見当たらなかった。

「チッ、逃げられたか…」

上着のポケットからタバコを取り出し、火をつける。

今度会ったら、ギタギタにとっちめると心に決め、煙を吐き出した。




the man in the moon 前篇




表題は確かあっちのことわざで幻の男とか、理想の恋人とか


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