「いらっしゃいませ〜」
自動ドアが開いたので挨拶をすれば、入ってきた男の客は一度足を止め、慌てて俺から目を逸らし足早に雑誌のコーナーに向かう。出勤前のOLだろうか、パンと野菜ジュースを持った女性がレジに品物を置く、この客も俺と目を合わせたく無いのか下を向いたままだ
「ありがとうございましたぁ〜」
平日の朝だと言うのに、このコンビニは客足が少ないと思っていたら店長がスタッフルームから手招きしていた

「静雄・・コンビニのアルバイトって言ってもな一応は接客業だ。身なりには気をつかえ!」
目の前に鏡を出されると、そこには右目を痛々しく青痣で腫らした金髪の男が、切れた口の端から血を滲ませていた。
「・・また喧嘩か?」
「すんません・・来る途中に絡まれました・・」
店長はドレッドヘアの頭をボールペンで掻きながら溜息をつく
「まあ、大事なくて良かったけどよ・・俺も雇われだかんな、本社のマネージャーがその姿みたら守りきれるか自信ねぇぞ」
「すんません、トムさん・・」
俺が頭を下げればポンポンとそれを叩かれる
「わかれば良い・・ほらよ、これ位はしておけ!見てるとこっちも痛くなる、うう!」
パシンと俺に白い眼帯を投げた彼は、笑いながら目を抑えた



俺のシフトは朝7時から昼12時までの5時間だ、この時間帯に終わることは理想的だ

オートロックにカードキーを差し込む

ピーと音をたてて自動ドアが開いた

エレベーターを下りて、鍵を解除し金色のL字型のドアノブを掴む

部屋の中は薄暗い、俺は足を忍ばせてリビングに向かう

「おかえり・・」

寝室から聞こえてきた声に俺は振り向く

「起きてたのか・・臨也・・」

「ああ・・14時から打ち合わせで人がくるからね」

頭に寝ぐせをつけて一糸纏わぬ姿をした美しい男、フラフラと足取りが危ない
「シャワー浴びてくる・・」
寝ぼけているのだろうか、ボリボリと首の裏を掻きながら臨也は風呂場に向かった

俺は臨也が風呂に入っている間に大慌てで朝食のような昼食を作る

ポーチドエッグは固くならないように気をつける

ベーコンには少し焦げ目を入れる

食パンは6枚切りの厚切りのもので無くてはいけない

コーヒーではなく紅茶を入れる、先にミルクをカップに注がなければはミルクティーとは呼ばない

食卓にそれらを並べ、俺は席に座る、湯気が出ている内に食事を平らげたいが、じっと待つ

「今日も完璧だね、シズちゃん!」

頭をタオルで拭きながら黒いカットソー、同じく黒いチノパンを履いた臨也は笑顔だ

「毎日作ってるんだ、これ位は当たり前だ・・」

「こういう時は素直に頷いとけよ、今時の十代は褒められ方を知らないね」

フフフと笑いながら席につく臨也を見て、俺はナイフとフォークを差し出す

「有難う、さぁ食事を始めようか?」

その言葉を聞いて俺は手を合わせる

「いただきます・・」

「いただきます!」

臨也がベーコンを口に入れたのを確認してから俺は食パンに手を出した




「ああ、わかったよ、波江・・じゃあ次は来週の木曜で」
玄関で黒髪の女を見送る臨也はバタンとドアが閉まるのを確認するとフゥと息をついた
「新作の話・・混み入ってるのか?」
リビングのコーヒーカップを片付けながら俺は臨也に話しかける
「いや・・それは大丈夫なんだけどさ・・あの賞を取った小説あるじゃない?」
「映画化も決まったあの話か・・」
「そうそう・・それを記念してレセプションやるから原作者の俺を呼びたいんだとさ」
長い溜息をつきながら臨也はソファに座り込む
「面倒くさいパーティなんて・・小説家は顔を出さないからいいんじゃないか・・謎めいててさ・・」
「お前の場合は出した方が、本の売れ行きも良くなりそうだけどな」
「波江と同じこと言うなよ・・出版社が一枚噛んでるから断りきれないって、担当者が何言ってんだよ・・使えないなぁ〜あいつも・・」
「矢霧さんを悪く言うなよ・・いつも臨也の為に頑張ってるんだからさ」
そうだけど、とブツブツ言いながらソファのクッションを抱きしめる臨也はまるで駄々をこねる子供の様だ

折原臨也は小説家だ、しかも世の中でいう売れっ子の小説家に分類される

ジャンルは恋愛物、男女が笑い、泣き、そしてお互いを愛する物語を書く

「お手伝いさん、俺にコーヒーの御替わりちょうだい」

「はい、はい・・」

「ハイ、は一回でしよ」

そして俺はこの小説家の元で住み込みで家事をしている、所謂、居候だ


キッチンで洗い物をしながら、コーヒーメーカーのスイッチを入れる

後ろから抱きしめてくる白い手

「おい・・コーヒー飲むんじゃないのか・・」

「コーヒーにミルクはつきものでしょ」

「ふ・・その表現、三文小説・・あっ!」

ズボンのチャックはあっという間に外され、下着の中をまさぐられる

「俺・・多分、官能小説はダメだと思うよ、書くより実施する方が好きだし?」

耳元で囁いていた唇が首筋をたどり、舌でそこを舐められる

俺の体はブルリと震えた

「ふあっ!・・俺は、先生の官能、小説読んでみ、てぇけど?」

「じゃあ、ネタ作りに協力して」

後ろを振り向いた俺に臨也は舌を絡ませ口付ける、水音が台所に響いた



男女の恋愛を書くこの小説家、実は同性愛者、つまりはゲイだ

俺はこの男に拾われた家出少年って奴だった


「んっ・・は、今日も完璧だね、シズちゃん・・」

ソファに移動した俺は臨也の性器を口に含み、舌でそれを愛撫する

「ありはとう・・」

「素直でよろしい・・」

裏筋を丁寧に舐めて、先端をジュウジュウと吸えば臨也は苦しそうな顔をする

「ふ・・もういいよ・・これでイっちゃうとシズちゃんに良い所がみせられないからね」

「・・別にいい、良いことは昨日もしてもらったし」

「黙って頷いとけよ、最近の十代は誘い方を知らないね」

含み笑いをしながら俺の上半身を抱きかかえる臨也

「・・おじさんは疲れちゃったから、後は若い君に任せようかな」

「24歳が何言ってんだか・・」

俺は文句を垂れながら臨也に馬乗りになり、自分で後ろの穴をほぐす

「手際がいい・・売春しながら見知らぬ家を転々としていた経験が生かされているよね〜」

「・・今はお前の為にしか、こんなサービス扱ってないぜ」

「そりゃ、光栄だ。俺のお手伝いさんは万能過ぎて困る、他でもこんなバイトしてそうだけどな・・」

ネチャネチャと指を抜き差ししていたら、それを臨也に手ごと掴まれる

「し、てる訳なぁ、いだろ・・ああっ!指、勝手に動かすな!・・コ、ンビニだ、し・・」

俺の手を使い局部を荒く弄られる、下の男は意地悪く笑い目を細めた

「だってさ・・シズちゃんがバイトしたいなんて、俺は君に十分に小遣いあげてるつもりなのに」

「そ、の話なら、も、納得し・・あうっ!」

「納得したよ、可愛い君が、可愛らしく、いくらか家に金入れたいなんて言うならさ」

臨也は俺の後孔からズルと手を引くと、体を抱きしめてくる

「はぁ・・俺自分で動く、から・・入れてい?」

「可愛い君の頼み事なら、断れないだろ」

俺の髪を優しく梳かしながら、臨也は笑った



「・・俺、水持ってくるよ」
ソファの上で俺はうつ伏せになり、ダランと手を下に伸ばした姿勢で臨也のキスを背中に受ける
「・・わりぃ・・」
立ち上がりたいが体が重くて無理そうだ、上半身にパーカーだけを着た俺はせめて下着くらいはとカーペットに脱ぎ散らかされたそれを拾う


「おい!これは何だよ!!」

トランクスを履きながら、台所から聞こえて来た怒声に俺はギクリと体を強張らせた

何だ?洗い物か?テフロン加工のフライパンならちゃんと水洗いだけにした筈

食器洗うスポンジも新しいものに変えたのに

今日は何をやらかした?

「これだよ!眼帯!こんなもので顔を隠してどの客誑かしてた!?」

台所のごみ箱に捨てた俺が悪かったんだ

フライパンを持ってそれを振り上げる鬼みたいな形相をした臨也を見ながら、俺の耳は聞こえなくなった




遠くの方で俺は、俺が殴られて、ソファに倒れこむ様子を眺めている

臨也が口を大きく開けて何事か罵っているが、やはり聞こえない、無声映画の様に映像も不鮮明だ

髪の毛を引っ張られて顔を上げさせられた俺は鼻から血を流してる

(鼻の骨、折れたんじゃねぇの、また)

自分の事なのに他人事のように感じる、この癖が身についたのは、何も最近じゃない


俺の親父も切れたら手が出るタイプの人間だったから



『お前のせいで、あいつと幽はこの家から出ていったんだ!!!』

無精髭を生やし、酒に酔った親父が充血した赤い目を此方に向けながら胸倉を掴めば、俺の耳は聞こえなくなる

張り手を喰らわされ、酒瓶で頭をかち割られる俺を遠くで見ていた

親父はこんなになる前は、きちんとスーツ着て白いシャツを朝日に輝かせていたのに

何もかも、俺のこの力のせいだ

俺の人並外れた怪力と、傷をすぐに治しちまうこの回復力のせいだ

『ば け も の』

ああ、化物、その通り

親父の口の動きはそう言っていた



気が付くと、家の中はシーンと静まり返っていた

色を取り戻した景色では白いラグマットが赤く染まっていた

(血・・落とすの大変なんだよな・・)

ぼんやりとそれを眺めていたら、目の前に影が落とされる

「ああ・・なんてこった・・また、シズちゃんを、俺は・・」
血の気を無くした様に真っ白な顔の臨也が、震える手で口を抑えている、その手も白く、青い静脈がうっすらと確認できた

「・・ごめん、ごめん、ごめん!ごめん!ごめんなさい!ごめんなさい!!」
何度も謝りながら俺にしがみつく様に強く抱きしめてくる、臨也の肩にボタリと血の塊が落ちた
「・・いい、別に痛くない・・俺が悪いし・・」
「違う!違うよ!俺が悪い!俺が悪いんだ!!眼帯くらいするよね、あんなに腫れてたもの・・それも俺のせいなのに・・俺がバイトに行く君を殴ったからなのに・・俺のせいなのに!!」
ごめん、ごめんと呟きながら俺の胸に顔を埋めて頭を擦り寄せる、その部分が熱くじんわりと濡れてきたので、俺は臨也を引き剥がした

「泣くな!・・泣くなよ、臨也・・泣かないで、俺なら大丈夫だから」
嗚咽を漏らしながら涙を落とす臨也はまるで子供の様だ
「俺の事、許して、シズちゃん!俺の事、見捨てないで!!お願いだから・・」
厭厭をするように首を振る臨也の頬を舌で舐めとる
「大丈夫・・俺は臨也の傍にいるから・・大丈夫だからな」
ギュウと抱きしめて背中を撫でれば、体を震わせてまた泣き始めた

どうしようもない暴力の後は、どうしようもなく反省をする、それこそ悪いのは俺の方では無いかと思わせる位に

「ああ・・シズちゃんの傷が消えなければいいのに、俺がずっと戒められるように・・」
俺の傷ついた部分を舐めているのだろう、右目に舌を入れられる

(俺の傷が消えなけりゃ、アンタはとっくに塀の中だぜ)

そう思いながら、俺は臨也のキスを体中に受けるのだった



膝の上で泣き疲れて眠ってしまった臨也の柔らかな黒髪を撫でる

俺がこいつをぶん殴ってこの家を飛び出ないのは理由がある

「うう・・やめて・・」

眉間に皺を寄せ、美しい顔を歪めてうわ言を口にする臨也

(また夢でうなされてる)

「やめて・・お母さん・・ぶたないで」

涙の跡に、さらに涙を滲ませる奴の頬に俺は口付ける

「かわいそうにな・・」

臨也も親に暴力を振るわれて育った被害者だった



ソファに座り、テレビを見る

今日の夕飯は温野菜のサラダに豚肉の冷しゃぶだった、臨也はまた人参を残した

その男は今、書斎で眼鏡をかけカタカタとパソコンに向かっている、クラシックを聴いているのだろうイヤホンが耳から覗く

その姿に安心した俺は、テレビに目を戻した

『郭公の雛は、託卵をされ、実の親を知らずに育てられます』

動物の番組はそうナレーションし、大きな雛が小さな親鳥から餌を受け取る場面を映し出す

(気付かないもんかね、あんな馬鹿でかいのに)
 
大あくびをしながら、チャンネルを回す

瞼が重いが寝てはいけない、先にソファで寝たらベンチスパナで起こされる

俺はクッションを抱きしめて、キーボードを叩く臨也を眺めた

あの男は男女の愛なんて知らない、それどころか肉親の愛も知らない癖に、恋愛小説なんてものを書いている

俺は奴の小説を一冊読んだきり、他を読んでいない

小説なんてフィクションがほとんどだけど、奴のは酷い、妄想もいいところだからな

ただ、世の中ってのはその妄想を喜ぶものらしい

こんな絵空事、嘘っぱちを何故書くのかと質問したことがある、もちろん奴の機嫌が良い時にだ

そうしたら、臨也は顎に手をあてて一瞬考えてから、こう言った

「この下らない小説を書いていれば、なんだか俺はまともな人間みたいに思えるから」

傑作だ、その答えがまともじゃないと気が付かないんだもんな


『一人暮らしを狙った悪質な犯行、連続絞殺事件の続報です・・』

いつの間にかニュースに切り替わっていたテレビに目を移せば、書斎から奴が消えていた

「物騒な世の中だねぇ・・」

ソファの後ろから聞こえて来た声が俺の背後から缶ビールを奪い取る

「それ、俺の」

「お酒はハタチになってから!よってこれは没収〜」

腰に手を当ててグビグビとそれを飲む臨也に溜息を漏らした

「んだよ・・煙草もダメ、酒もダメじゃ、何を楽しみに生きていけばいいんだよ・・」

ガラスの灰皿で顔面を殴られたのは記憶に新しい

「え〜・・俺の為に生きていけばいいじゃん、シズちゃんは」

酒くさい息で笑う臨也は俺の額に口付ける

「先生・・お仕事はいいんすか?」

「いいんす!別に締め切り近い訳じゃないので」

ニヒヒと笑いながらソファを後ろからよじ上ってきた臨也は俺のパーカーをたくし上げる

ビールを胸元に垂らされ、そこを舐められた

「ぎゃ・・!冷た!・・ソファが汚れる!」

「まあまあ、口で飲めない分、こうやって摂取すればいいじゃない・・片付けは宜しく〜」

アハハと笑いながら乳首を愛撫する臨也は赤ん坊みたいにチュウチュウそこを吸い始めた

「んあっ・・!臨也・・俺さ・・・バイト辞めるよ・・」

俺がそう言えば、臨也はガバリと顔を上げた

「どうしたのさ・・突然、始める前は止めても利かなかったのに・・」

驚いて目を見開く臨也の白い頬に片手を添える

「お前、手がかかってしょうがないし・・・それに、俺、臨也の為に生きるって決めたから」

「そう・・そうか・・ありがとう・・」

俺の言葉に頷いて、手を握る臨也は子供の様に嬉しそうにはにかむ



『・・この事件、未だに犯人は捕まっていません』

ニュースの中でコメンテーターがしゃべる内容を聞きながら、俺はソファに組み敷かれる


(ああ、臨也のこの細い首を絞めることになっても良いよな)

だって、それが


俺の愛し方なんだから




カッコーの子供たちの愛し方




案外長続きしたりするのよこういうカップルが


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